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テレーゼ様と私
58.閑話(馬車の中でお喋り)
しおりを挟む本筋に戻る前に三人の会話が続きますが、登場人物の考えや関係性が少し露出するだけで、ストーリーへの関わりはやや薄いです
❈❈❈❈❈❈❈
何か、話題が欲しい。
黙ってクリスに抱えられてると、背中や腿の裏から温もりが伝ってきて、意識し過ぎてしまう。
次は、クリスと馬車に乗らないようにしよう。
「テレーゼ様は、いつからクリストファー様と親しくされているんですか?」
「⋯⋯⋯⋯」
話題を間違えたかしら。共通のものをと思ったのだけど。
「別に親しくしている訳ではなくてよ?」
「でも、二人でわかったような会話を交わしていたではありませんか。最近知り合った人という感じではありませんし、今期最後の舞踏会でも、お二人で踊られたでしょう?」
「ですから、あれは、談話室に隠って密談するのも憚られるから、ダンスしながら交渉していたのですわ」
「交渉?」
「言っただろ? 利害関係での協力者協定を結んだって」
「ひとつの目的に向かっての同盟とでも言いましょうか」
「テレーゼ様は、クリスととても仲が良いのだと思ってましたけど」
「それは違うから。 テレーゼ様のようなザ・ご令嬢って感じでいかにも上位貴族令嬢なのは好きじゃないし。俺は、こう、ふわっと温かな癒されるというか、包み込むような天使像⋯⋯」
「母親理想化傾向が?」
「あら、公子様は、ムッターイデアの人でしたのね」
「二人してなんだよ、そうじゃないから」
でも、私に最初声をかけた理由は、お母さまと同じ色の目をしているか見たかったって⋯⋯
「いいのじゃありませんか? 娘は父親に似た面を持つ男性に惹かれ、息子は母親のような温もりを女性に求めるのは仕方のないことでしょうから。公子様の母君にお目にかかるのが楽しみですわ」
「公子様って言うの止めろ。テレーゼ様が、母に会う機会は殆どないと思うが」
「そうよねぇ、帝都の社交の場にも出ていらっしゃらないし」
「領地内の流通や治安維持の管理に忙しいからな。父上や俺達騎士が、諸国にたいして戦力という商品である以上国に居ない時間が長い。母上が国を護らないといけないから、社交してる暇はないんだよ」
「社交も、外交手段、国防の一面でもあるでしょう?」
膝に乗せられたまま、後ろを仰ぎ見て話すのは難しいし、距離が近いことを改めて意識してしまうわ。
「それはそうなんだけど、母上は、とり澄ましたお貴族さまがお嫌ぃ⋯⋯苦手だからな」
「それはわたくしに対する挑戦ですわね?」
「なんでそうなる。何も、テレーゼ様が嫌いとは言ってないだろ。くだらない事ばかり話題にしたり、遠回しに人の悪口ばかり言って、付き合っても実のないやつらがキラ⋯⋯ぃ苦手なんであって、同じテーブルについて話せるヴァルデマール公爵夫人やテレーゼ様がどうとは言ってないって」
馬車の轍や馬車馬の蹄の音が変わったので、貴族街に入ったのだろう。
屋敷まであと少し。この息苦しい状況も、あと少し。
「本当に、お二人は仲がよろしいのね」
「だから、違うと⋯⋯!!」
「クリストファー様、羨ましがられていてはダメでしょう。ここは、やきもちを妬かせる所ですわ」
ため息をつくテレーゼ様。
そうね。このままお嬢さまと入れ替わっても、焼きもちを妬いてもらえないでしょうね。
「婚約者を大切にしていると、もっとまわりからもわかるように演技してみては如何でしょう?」
「⋯⋯アンジュ様? ご自身のことだとわかって仰ってます?」
え? あれ? ああ、そうだった。お嬢さまとクリスの事を話している訳ではなかったのに、他人目線で言ってしまった。
お二人が仲よくテンポよく言葉を交わしているのを傍観している間に、明るい雰囲気についお嬢さまの身代わりをしている自分が希薄になっていたみたい。
テレーゼ様の前では、砕けた言葉で話されているし、本当に仲良しだと思ったのだけど。
どうやって誤魔化そうかと思っているうちに、クリスが後ろから抱き締めて来た。
「じゃあ、もう少し仲のいい所をまわりに見せようかな?」
「いえ! ここには、テレーゼ様しかいらっしゃいませんわ」
だから、必要ありません。
そう言おうとした時、馬車が止まった。
「ったく、油断も隙もない。お前の天使になるのは来年。それまでは俺の可愛い天使だから。ほら、おいで」
馬車の扉が開き、お兄さまが顔を出すと、クリスの膝の上から私を抱き上げて引き取り、そのまま馬車を降りる。
「テレーゼ様は任せる」
私は、そのまま地に降ろされ、屋敷へ促される。
振り返って見たら、テレーゼ様がクリスのエスコートで馬車を降りてくるところだった。
「そうだ、アンジュ。僕はもうすぐ領地に戻る」
テレーゼ様の手を放すと、こちらを向いて呼びかけてくる。
お兄さまもニヤニヤに近い笑みで振り返る。
「本来は、あの舞踏会で国王の労いの言葉を聞いたらすぐ帰るはずだったもんな」
「そんなにすぐに帰る必要はないから。遠征の後は長期休暇を取るのは当然だろ? 鍛練さえ忘れなければ、どこにいてもいいはずだ」
「だったら、可愛い天使さんの傍がいいですわよね?」
「う、うるさいな。それで、だな。その、秋の社交シーズン開幕まで領地に戻るのなら、ついでに、一度、僕のところに来ないか?」
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