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婚約者様と私
47.揃いの⋯⋯
しおりを挟むクリスと面識があったと告白してからは、クリスと会う時や会う可能性のある外出時には、さほど濃くはないけどお嬢さまらしい化粧にしてくれたり、答えられない話になった時にさりげに話題を変えるきっかけをくれたり、エルマさんが協力してくれるようになった。
彼女なりに、危機感を憶えたのかもしれない。
領地へ帰る前に、私と会っておきたいと、何度か、城下町の貴族向けの店や、郊外の景色のいい場所へ連れて行ってくれたりするクリス。
その度に、欺している事に胸が締めつけられ、息苦しくなるけれど、会わない訳にもいかない。
本当に、初めて(お嬢さまとして)会った時と違い、優しい眼で話しかけてくれるし、時々、こちらを観察するような眼で見ている事がある。
「やはり、私だと解ってはいなくても、お嬢さまではないと疑われているのではないかしら」
「だとしても、訊ねてこない以上、確信までは持てないのかもしれません」
「このまま、乗り切って、元気になったお嬢さまと再び入れ替わるしかないわよね」
入れ替わった後に変に思われても、あの時は疲れていて元気がなかったとか、淑女ごっこを頑張っていたんだとか、誤魔化してもらうしかない。
こうなったのも、病を得たことは可哀想だとは思うけれど、淑女の慎みを忘れたお嬢さまの自業自得でもある。
「アンジュ。今日は、遠征で会えなかった間にあった君の誕生日を、遅れたけれど、祝っておきたいと思うんだ」
先々月は、お嬢さまの誕生月だったという。
お嬢さまは、初夏の生まれ? 偶然かしら。
「クリストファー様も、来月の暑い盛りですわね」
「え?」
驚いて私を見るクリス。
「え? あら? ごめんなさい、勘違いだったかしら?」
「いや、あってるよ。来月だ。⋯⋯憶えていてくれたんだね」
「婚約者さまのお誕生日ですもの。わたくしにとっても記念日ですわ」
とは、お嬢さまは、言わなさそうだけど、或いは、恋人には似たようなことは言っていたかもしれない。
ふたりで、貴族向けの店の建ち並ぶ通りを歩く。
意外に人出が多く、身なりのいい人だけではない事にも驚いた。
「まあね。お金さえある程度持っていれば、買い物に来る人は居るよ。豪農の娘とか、大商会の夫人とかその子供達とか。なにも、貴族だけじゃないさ。後は、そういった人達を狙った、スリや落とし物や置いたものを掠める置き引きなどもウロついているから、僕から離れないように」
「はい」
「あそこに入ってみようか」
クリスに手をひかれて、天然石やガラスビーズを扱った小間物屋に入る。
「ここなら、わたくしのお小遣いでも何か買えそう⋯⋯」
と、思ったけれど、さすが貴族向けのお店だけあって、ブランド品なのか、値札がない。
まさか、言い値? 時価?
「ふふ。気にしないで。こないだの遠征で、近隣の同盟国からたくさん褒賞をもらったんだ。なんなら、王都で一番の宝石店に入っても⋯⋯」
「だ、ダメよ! そんな、お国の財産でしょう? いざという時のために取っておいて! わたくしに散財するなんて無駄なことダメよ」
「婚約者への贈り物が無駄遣いとは思わないけど」
「お気持ちだけで嬉しいわ、ね?」
クリスは、私が偽者だと知らないから、そんな事が言えるのよ。
私に贈り物をしても、お嬢さまとの距離を縮める足しにはならないし、私がもらった物を、クリスを気に入らないお嬢さまに渡したくない。
だから、私の為にお金を使うなんて言わないで。
お嬢さまなら、宝石店に行って、もっと高価な物を買ってもらうのかしら?
「今日も、僕の贈ったクライナーエンゲルのドレスを着てくれているんだね」
「ええ。とても気に入ってるの。綺麗で華奢なレースをふんだんに使っているのに、そんなに派手じゃなくて、上品でとても素敵だわ」
本当に。手触りも、見た目も素晴らしいドレス。
子供服のブランドだと莫迦にして中身も見ないなんて、お嬢さまは愚か者よ。こんなに素敵なドレスなのに。
「これ、クリスの瞳の色に似てるわ」
「奥様は、お目が高い。そちらは、ピーコックブルーカラークォーツの天然石でございまして、価格はエメラルドやサファイアに比べましたら破格のお値段になります。お求めになりやすいお値段設定でございますので、ぜひ、旦那様とお揃いで誂えては如何でしょう?」
お店の人が、私達を新婚の若夫婦だと勘違いしたのかお決まりの口上なのか、私達を奥様、旦那様と呼んだ。
恥ずかしさに、頬に熱が集まる。
「そうだな。どうせなら、僕は、アンジュのグリーントルマリンがいいかな」
「良質の物が、奥にございます。少々お待ちください」
「クリス!?」
「君が、僕の萌葱色を身につけてくれるなら、僕は君の孔雀色を身に着けるよ」
優しく細められた目が、私の目を捕らえ、温かく大きな手が頰に添えられる。
頰の熱はますます上がり、息苦しさも強まる。
「お待たせいたしました。トルマリンは別名電気石とも言いまして、心や身体をクリーンにし、判断力を高め、心を深く愛情深いものにすると言われています。色も豊富で、一口にグリーンと言っても様々。ちょうど、奥様の瞳の色に近い物が手に入った所でして」
「商売が上手いな? 店主。アンジュを想い護る力になる物をもらおうか」
ラシャ生地に並べられた微妙に色の違う、明るく濃い色のグリーントルマリン。
「さあ、どれが君の色に近いかな? 選んで」
「無理よ。自分の目とは比べられないわ」
「なるほど。では、僕が選ぼう。こちらを向いて」
なんだか楽しそうに、私の顔──眼を覗き込むクリス。近いですってば。
口づけ出来そうなほど近くで眼を覗き、石を一粒一粒比べて選んでいく。
恥ずかしいやら居心地悪いやら。
店主も微笑ましげにこちらを見ているし。
「クリス。恥ずかしいわ。そんなに近くで見なくても比べられるでしょう? お店の人達も見てるわ」
「そうかな? ふむ。君の恥ずかしがる可愛い顔を見られるのもシャクだね。店主、選び終わるまで、」
「私どもは向こうにおりますのでごゆっくり」
そう言って、店主も従業員も下がっていく。
「え? え? 私達だけにしていいの?」
「まあ、僕らがこれらを盗んだりすり替えたりするとは思ってないんじゃないかな? ふたりとも、信用買いで奥に通したんだろうし」
同盟国の跡取りとその婚約者なら、身分もハッキリしていると言うこと? 解ってて、奥様なんて呼んだの!?
クリスは、最後の一粒まで、私の目と比べて、二粒選び出した。
「この二粒をピアスにしてくれ。指輪や首飾りにすると、訓練や戦闘中に傷付けたり失くすかもしれないからね」
「かしこまりました。奥様の碧水晶は如何なさいますか?」
「わたくしも、失せやすい首飾りや指輪よりも⋯⋯ でも、髪飾りも耳飾りも、気がついたら失くしている事もあるし、自分では身につけていても見えないし」
「細いブレスレットとかはどうかな? 腕なら自分でも見られるし、普段は袖の内に入れておけば、傷つきにくいだろう?」
「でしたら、奥様の雰囲気に合う、このような細く天然石で繋いだデザインは如何でしょう? 金属枠でカッチリした物よりも肌にも優しく、繊細で奥様にお似合いかと」
屑石で繋いだ幾つかの見本を見せられる。
「これ⋯⋯ お花の形ね? 可愛いわ」
トルマリンや水晶をカットした欠片に細い糸を通して繋いだものだけど、ところどころ花の形をしている。
「このデザインで、真ん中の大玉をさっきのピーコックブルークォーツをメインになるよう加工してくれ」
「かしこまりました。天然石のお代金、加工料金込みで、このくらいになります」
小さな紙にサラサラと書き記し、クリスに見せる店主。
「思ったより安くついたな。支払いは今がいいか?」
「いいえ。こちらも信用商売でございますから、出来上がったものを見ていただき、ご納得いただければその時に頂戴致します」
私には見せてくれないけれど、きっと安くない。
「行こう。小腹が空いたから、何か食べよう」
店を出て私の手を引き、食事が出来そうな所を探して歩き出すクリスは、いい買い物が出来たと、とても嬉しそうだった。
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