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婚約者様と私
39.相乗りします
しおりを挟む昨日はヴァルデマール公爵家のお茶会に参加し、徒党を組んだ令嬢に糾弾されたのを、公爵令嬢テレーゼ様に助けられた。
今日は何事もなく終わればいいのだけれど。
夕刻からお城での舞踏会である。
クリスの率いる騎士団の討伐遠征が終わって国中が平穏を喜び、議会も近く会期を終えると、社交界はオフシーズンに突入する。
今期最後の舞踏会だ。
夏の長期休暇に入る前に縁を結びたい若い世代のためか、社交デビュー済みの未婚の貴族子女は全員参加だった。
お父さまも多少はゆっくり出来る時期に移る事から、しばらく家族で過ごし、ちゃんと話そうと言ってくださった。
もっと早くそうしてくださっていれば、お嬢さまは遊び回ったり病を得る事はなかったのかもしれない。
クリスの送ってくれたクライナーエンゲルの、薄紅のレースを巻いて絞って作られたコサージュが大小たくさん縫い付けられた、総レースの薄紅のドレスを身につけ、薄付きのナチュラルなお化粧にドレスの色に近い紅を差し、イヤリングと髪飾りは、萌葱色に近い宝石を使ったものにする。
薄紅と萌葱の対比が、本当に花のようである。
ドキドキしながら、エントランスに近いティールームでクリスを待っていると、ジェイムズさんから、エルラップネス公爵家の馬車が到着したとの報せを受ける。
なぜか、ティールームの扉を開けたのはお兄さまとクリスの二人で、観音開きの扉を左右それぞれ、同時にだった。
「クリストファー様! お迎えありがとうございます」
今回の舞踏会は、騎士団の討伐遠征を労う意味もあり、今社交シーズン最後のお城での舞踏会なので、クリスは夜会服ではなく白と群青色の騎士服で、紋章の刺繍入りの襟元に徽章と階級バッヂをつけていた。
初めて見るクリスの騎士服姿に、声が出て来ない。白と群青色の爽やかな印象が、とても似合っている。
「なんだ? アンジュ、今更、婚約者に見蕩れてるのか?」
お兄さま、ひと言よけいですわ。却って何も出て来なくなってしまうではないの。
それでも、礼儀でもあるし、なんとか声を絞り出す。
「⋯⋯その、キリリとしてとても素敵ですわ。騎士らしくて。あの、わたくし、ちゃんと踊れるかしら」
違う、そうじゃない。お嬢さまはクリスのことをお気に召さないんだから、もっと冷たい言葉を言わなきゃ。
「なに? お前らしくもない。か細い声で聴こえないぞ? 初夏だと言うのに、喉をやられたのか? 夏風邪は、莫迦しか引き込まないんだぞ?」
「そっ、違いますわ。お祖父さまの別荘に隠っていて、舞踏会は久し振りなので、緊張しただけです。
お兄さまもクリストファー様も、初夏の色の衣装が良くお似合いですわ」
「ドレスコードがなければ、お兄さまの青碧のドレスを着せてやるのに」
「まだ言ってますの? 兄妹で色柄を合わせるのは子供のうちだけですわよ」
クリスが7つ私が6つでハイジが5つの時、クリスとハイジは、デザインと色が揃いの服を着ていた。ズボンとスカートの違いはあったけれど。二人とも愛らしいお顔立ちで、並んでいたらお人形のようだった。
「俺らも子供の頃はそうだったかな⋯⋯」
「クリストファー様まで、お兄さまの戯れ言に付き合う必要はなくてよ。遅れるといけないから、そろそろ参りましょう?」
「そうだね」
クリスの返事を待たず、手を差し出す。
目は半眼にやや顎を上げる。
偉そうで嫌々のような感じは出たかしら。
クリスは目を丸くして私を見たけれど、笑って、待っている私の手に自身の手を下から添えた。
「お待たせしました、レディ。それでは参りましょうか」
エントランスに出ると、群青色の夜会服が紳士らしく素敵なお父さまと、厭味のない深紅の、シルクの薔薇コサージュが幾つも胸元を飾るマーメイドラインのドレスが金の髪を引き立たせるお母さまが待っていて、ジェイムズさんの見送りで、馬車に乗り込む。
「お兄さま、こちらに乗りますの?」
「婚約者同士とはいえ、未婚の男女だからな。城までの、馬車の中という密室状態は緩和しないといかんだろ、付き合ってやる」
「歓迎するよ」
「クリス、トファー様?」
歓迎するの? お嬢さまと二人っきりの空間は、お嫌なのかしら。
でも、結局のところ、お兄さまがご一緒で良かった。
『アンジュ』として話しかける訳にもいかないし、お嬢さまとしてどんな会話をしていいのか困るし、道程の沈黙が息詰まりそうだったから。
あまり外に出ない(はずの)私のために、お兄さまが窓の外を指し、色々と話してくださる。
別荘からお屋敷に来るまで外は見なかったしこの辺りはよく知らないので、楽しい。
窓の外を見ながら、時々クリスを観察する。
子供の頃の女の子のような愛らしさはなりを潜め、それでも長い豊かな睫毛に面影がある。
クセの少ない金の髪と、私達兄妹の会話に加わらないで手元をぼんやり見ている伏し目がちの瞳は深い萌葱色。
騎士だからか、好みの問題か、騎士服の徽章と階級バッヂ以外、飾りはつけていない。
お兄さまは、サファイアのピアスと鎖骨の辺りにクラヴァット留めをなさっている。
貴族には、男性でも肌の色を調えるために白粉を塗り紅を差す人も多いのに、二人とも化粧っ気はない。にも拘わらず、薄紅の頰と艶のある血の色が透けた唇は、正直羨ましい。
男性の方が活動的で血の巡りがいいのだろう。
ちなみに、お父さまもお化粧はされていなかった。
カツラや付け毛をして化粧を施す貴族男性は、どんどん減っていく傾向にある。
それでも、容姿や衣装、美容には気をつけて、お肌や髪の手入れは、豊かさと高貴さの証。
お兄さまより年下だけど、お兄さまより厚みのある胸元や、スラッと伸びてきっちり鍛え上げた手足は、さすが騎士団公国の跡取りで、多くの騎士を従える者だと思える。
お兄さまのお話に耳を傾けながら、お城に着くまでずっと、小さい頃と目の前のクリスを比較していた。
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