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婚約者様と私

35.お嬢さまのご友人

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 蛇に睨まれた蛙ってこんな気分なのかしら?

 背中が汗でいっぱいで、早急に着替えをしたい。

 お母さまに買っていただいたドレスは、なるべく肌を見せないものをと注文したので、どれも立ち襟が首元を覆い、手首までの長袖に、更に手の甲を覆うフリルやレースがあるものまである。

 つまり、生地こそ薄手でも、秋や早春でなければ暑苦しいデザインなのである。

 でも、汗をかいているのは、暑いからじゃない。木陰のテーブル席は適度な湿度と気温、日向ひなたとの温度差が心地良い爽やかな風を呼び込む、過ごしやすい場所だ。

 これが、侯爵邸の庭園で、ジェイムズさんのお茶で読書──ならよかったのだけれど。

 ここはヴァルデマール公爵邸の庭園で、先週いただいた招待状のお茶会会場である。



 今、私を睨んでいるのは、デュッセルホフ侯爵令嬢ナターリエ様。
 金に近い白っぽい茶髪を縦ロールに巻き、三白眼気味に睨んでくる若葉色の眼。
 白磁の肌と白っぽい茶髪で、全体の印象はぼやけた色合いなのに、衣装もクリーム色のオーガンジー生地に淡いオレンジのレース飾りやフリルのプリンセスラインドレス。
 センスがないのか、淡い色合いか黄色系が好きなのか。日向に立っているのが更に眩しさを際立たせる。むしろ痛い。

「どうして、先週の私のお茶会は断っておいて、付き合いのなかったテレーゼ様のお茶会には参加してるのよ?」

 お断りの手紙には、別荘から戻った翌々日で準備も予定も調整がつかないので、日を改めて伺いますとしたためたのだけれど。
 お気に召さなかったかしら?

「お手紙に書いた通り、お祖父さまの別荘から戻ったのが、2日前だったのよ。準備が間に合わないから、次回誘ってくださいと書いたはずですけど?」
「納得してないわよ。こっちも訊きたいこととか色々あるの!
 ⋯⋯大きな声じゃ言えないけれど、ルーゼンベルガー公爵家のギュンター様が亡くなったでしょ? 私怖くなって⋯⋯ アンタは大丈夫なの?」

 ルーゼンベルガーのギュンター様と言えば、お嬢さま一推しの美男子。例の瘡毒の感染源であり、お嬢さまの秘密の恋人。
 彼が亡くなった事が怖いと言うことは、この人もお付き合いが?

 私がお嬢さまとしてこの茶会に参加していると言うことは、一種の存在証明になる。

 ギュンター様と交際していたと一部の人に知られている上に、瘡毒が発症してしまったけれど、私自身は面識はないし、ドレスを脱いでもどこにも発疹や変色は見られない。本人じゃないから。
 つまり、私が肌をある程度晒して外で人と会うことで、療養中なのを隠せる上に、お嬢さまの遊蕩の噂のイメージを改善できるかもしれないのだ。

 そこまでしても、戻って来た時に変わってなければ同じ事のような気もするけれど。

 ナターリエ様は、何処までご存知なのだろう?
 お嬢さまとギュンター様が、瘡毒をうつされるほど深い仲だとご存知なのか、お忍びデートや夜会で人目を避けて密会するけどそこまで深くないと思われているのか。

「わたくしは見ての通り、なんともないわ。いったい何を心配しているのかしら?」

 お嬢さまとして、顎を振って鼻を上げるようにして訊ねる。
 私としては恥ずかしいポーズなのだけど、恥じたり照れたりするのを堪える。

「何かお肌が荒れたり、子供の流行病はやりやまいみたいな発疹とかない?」
「ないわよ」

 見る? と言いたげに、袖を少し捲り、レースの立ち襟も少しだけボタンを外して緩め、白いうなじを見せる。


「ランドスケイプ侯爵令嬢アンジュリーネ!! 私達にも見せなさいよ」

 ずらりと並ぶ自称ご令嬢達。行動は令嬢らしいとは言えないけれど。幼児の集団糾弾と変わらない。

 ふたりほどは、言葉を交わしたことはないけれど、貴族院高等学校で見かけたことのある伯爵令嬢。ひとりは東の帝都に近い領地のロスカスタニエ伯爵令嬢ローザリンデ様だったと思うけど、もう一人は思い出せないわ。
 他の三人は知らないので、淑女教養フィニッシング学校スクールへ通われたか学校へは通わなかった深窓の令嬢なのだろうか。

「あなた、ちょっと顔立ちが綺麗なのと、父親が高官なのを鼻にかけて、男⋯⋯殿方と派手に遊んでるそうじゃないの」
「先日亡くなられたルーゼンベルガーのギュンター様とも親交があったのでしょう?」

 それで、なんでこんな風に取り囲まれるのだろう⋯⋯

 雰囲気を察してか、ナターリエ様はこそこそと逃げていく。
 薄情なご友人だこと。お友達って、向こうが集団で来たら、庇って差し上げるものではないの?

 この人達は、ギュンター様のファンだったって訳ではないわよね。それでお嬢さまを今更糾弾する意味はないだろうし。

「あなた、もしかしたら『病持ち』じゃない?」
「お父上が宮廷の高官でも、侯爵令嬢でも! エルラップネス公爵家のクリストファー様に相応しい淑女とは思えませんわ!!」

 そう来ましたか⋯⋯




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