上 下
26 / 143
ランドスケイプ侯爵家の人々と私

26.図書室と結婚したひと

しおりを挟む

「お茶の時間も忘れて、集中して読んでいたのよ?」
「お母さま、その話はもう⋯⋯」
「そんなに面白かったのかね?」

 今夜はお父さまもご一緒に晩餐をいただく。

 お母さまは、昼食から先ほどまでお帰りになられたお父さまのお迎えにも出ずにひたすら図書室にこもっていた私の事を、お父さまに報告した。

「はい。「ニーベルンゲンの歌」を、近年出版されたものではなく、奥の書庫にあった写本で読ませていただきましたの。それにあわせて、古エッダやサガの本も。こちらには、古ノルド語の辞書もあって、本当に素晴らしい書庫ですわ」
「この子ったら、図書室に住みたいなんて言うのよ?」

 そこまで話さなくても⋯⋯

「辞書を何に使うのかね?」
「原書の翻訳です。書庫にあった古典文学の本には、原文のままの物もあったので、なんとか訳して、一ページ分溜まったら読み返す、をしておりましたので、時間があっという間に過ぎてしまって⋯⋯ お帰りのお迎えに出なくて申し訳ありませんでした」
「それは構わないが⋯⋯ その訳文は残してあるのか?」
「? はい、夜、もう一度読み返そうと思いまして、自室の文机の上にありますけれど」
「見せてみなさい」
「え?」

 なんのために?

「わたくしの見解が入っている訳でもなくただ訳しているだけで、見ても面白いものでは」
「いいから」

 私の後ろに控えていたエルマさんが、ドア近くの壁のメイドに目配せをする。
 メイドは一度ドアの外に出て、すぐに戻って来た。
 その後、数分して、私の部屋の掃除やベッドメイクをするメイドが、文机に置いておいた私の訳文を持って来た。

 お父さまはざっと目を通し、お母さまに手渡す。

「明日明後日は忙しいからすぐには無理だが、そうだな、週末がいいか。あまり雅やかでないドレスを着て、王城へ行く準備をしなさい」
「お父さま?」
「もっといい、叙事詩と歴史の写本と羊皮紙の備忘録などが納められている書庫がある」
「王立図書館ですか?」
「いや。王城の王族が暮らす奥宮に、王族しか入れない、貴重本や焚書、絶版された古典文学の初版などが納められている部屋があってね。一般人には知られてもいない場所なんだが、わたしは若い頃から出入りしていてね。管理官と顔見知りになって、わたしは王族でもないのに出入り自由なんだよ」
「いいのですか? そんなたいそうな秘密をお話になって」
「お前が言いふらしてまわるなら困った問題だな? だが。その部屋に入ってみたいと思わないかね?」
「思います!!」
「だったら、内緒で入るためには、秘密は守れるだろう?」
「はい。わたくしは、あまり人とはお目にかかりませんから、どなたにも漏らしたりしませんわ」

 歴史や叙事詩の写本や絶版された初版、焚書まで遺されている秘密の書庫!

「そこで読んだ本で得た知識のおかげで、わたしは王宮で地位を得てここまでになれたと言えるのだ。その知識は、お前の識りたい事にも活かせるだろう」

「あなた? そのお部屋、わたくしも連れて行ってもらえるのかしら?」

 子供のようなきらきらとした眼で、お母さまが訊ねる。
 お父さまは、喉を詰まらせるような顔をしたけれど、一呼吸置いて頷いた。

 

「わたくし、社交デビューしたばかりの頃に、お父さまに見初められてね? まったく知らない方からお誘いを受けても戸惑うばかりで、しばらくはお断りさせていただいてたのですけれど、こちらで夜会が催された時に伺って、あの図書室を見せていただいたの。それで、わたくし、つい、こちらで暮らしたいと言ってしまったの」

 お母さま? それ、お父さまとではなく図書室と結婚したって事?

「勿論、お父さまのお人柄に、今はちゃあんと愛し合ってましてよ?」
「ふふふ。お父さまが一目惚れだとお窺いしましたわ」

 家族のことを教えて貰うときお嬢さまは、女性に縁のなかったお父さまがお母さまに一目惚れして、猛アタックの末お母さまが根負けしたと言っていた。
 お父さまについては、殆ど教えてもらえなかったけれど。
 唯一話してくれたのが、公爵家の跡取りでずっと仕事に真面目に来て、偶々行った夜会でデビュタントだった十二歳も年下のお母さまに一目惚れして口説き落としたこと、仕事に真面目過ぎて、家族としての会話をしたことが殆どないのだということが一回だけ。

 でも、お嬢さまに謝る事も出来る、いいお父さまだと思うけど。
 お母さまのことも大切にされているみたいだし。

 今から、週末が楽しみだと、お母さまと微笑みあった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忘れられない恋になる。

豆狸
恋愛
黄金の髪に黄金の瞳の王子様は嘘つきだったのです。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

子爵令嬢マーゴットは学園で無双する〜喋るミノカサゴ、最強商人の男爵令嬢キャスリーヌ、時々神様とお兄様も一緒

かざみはら まなか
ファンタジー
相棒の喋るミノカサゴ。 友人兼側近の男爵令嬢キャスリーヌと、国を出て、魔法立国と評判のニンデリー王立学園へ入学した12歳の子爵令嬢マーゴットが主人公。 国を出る前に、学園への案内を申し出てきた学校のOBに利用されそうになり、OBの妹の伯爵令嬢を味方に引き入れ、OBを撃退。 ニンデリー王国に着いてみると、寮の部屋を横取りされていた。 初登校日。 学生寮の問題で揉めたために平民クラスになったら、先生がトラブル解決を押し付けようとしてくる。 入学前に聞いた学校の評判と違いすぎるのは、なぜ? マーゴットは、キャスリーヌと共に、勃発するトラブル、策略に毅然と立ち向かう。 ニンデリー王立学園の評判が実際と違うのは、ニンデリー王国に何か原因がある? 剣と魔法と呪術があり、神も霊も、ミノカサゴも含めて人外は豊富。 ジュゴンが、学園で先生をしていたりする。 マーゴットは、コーハ王国のガラン子爵家当主の末っ子長女。上に4人の兄がいる。 学園でのマーゴットは、特注品の鞄にミノカサゴを入れて持ち歩いている。 最初、喋るミノカサゴの出番は少ない。 ※ニンデリー王立学園は、学生1人1人が好きな科目を選択して受講し、各自の専門を深めたり、研究に邁進する授業スタイル。 ※転生者は、同級生を含めて複数いる。 ※主人公マーゴットは、最強。 ※主人公マーゴットと幼馴染みのキャスリーヌは、学園で恋愛をしない。 ※学校の中でも外でも活躍。

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

女神様の悪戯で、婚約者と中身が入れ替わっています。

緋田鞠
恋愛
【完結】政略目的の婚約者である王子マクシミリアンと公爵令嬢グロリアーナ。自らの立場をよく理解している二人は、燃え上がるような関係ではなくとも、互いを信頼した穏やかな関係を築いていた。しかし、そこに現れた男爵令嬢アシュリーが、マクシミリアンと彼の側近候補の令息達に近づいていく。アシュリーを明確に拒まないマクシミリアンに苛立つグロリアーナと、ある目的からアシュリーを突き放せないマクシミリアンは、ある朝、互いの心と体が入れ替わってしまった事に気が付く。入れ替わりがバレないよう、成りすまして過ごすうちに初めて知る婚約者の姿。彼等は何を思うのか。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】王太子妃候補の悪役令嬢は、どうしても野獣辺境伯を手に入れたい

たまこ
恋愛
公爵令嬢のアレクサンドラは優秀な王太子妃候補だと、誰も(一部関係者を除く)が認める完璧な淑女である。 王家が開く祝賀会にて、アレクサンドラは婚約者のクリストファー王太子によって婚約破棄を言い渡される。そして王太子の隣には義妹のマーガレットがにんまりと笑っていた。衆目の下、冤罪により婚約破棄されてしまったアレクサンドラを助けたのは野獣辺境伯の異名を持つアルバートだった。 しかし、この婚約破棄、どうも裏があったようで・・・。

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

処理中です...