21 / 143
ランドスケイプ侯爵家の人々と私
21.花に囲まれた公爵夫人
しおりを挟むギーゼラ・ロスヴィータ・リーベスヴィッセン公爵夫人。お祖母さまは、とても美しい方だった。
お母さまに似た面影があり、若い頃には更に輝くほどの美貌だったに違いない。
お祖父さまは灰色の髪の、王者の風格を持った方だった。
「いかに教育の行き届いていない娘とはいえ、一度くらいは顔を見せてやってもよかっただろうに」
「わたくしも母にそう申し上げたのですが、どこに出しても恥ずかしくない娘になるまで会わぬと⋯⋯」
お父さまに聞いたとおり、かなり厳格な方だったようだ。あのお嬢さまでは、お会いした瞬間にお加減を損ねてしまったかもしれない。
「至らぬ孫で申し訳ありません、お祖母さま。アンジュリーネでございます。初にお目にかかります」
黒い木棺に眠るお祖母さまに、花を添える。
公爵家の敷地内に、教会があると聞いていたけれど、先祖伝来の霊廟や墓地もあるのね。
公爵家の城壁は、街一つを取り囲み、何代か前は領地がひとつの公国だったと言うのがよく解る。もちろん、我が家の領地との境界にも城壁はあった。
「お前やヴィルヘルムに聞いていたのとは随分違う、落ち着いた娘ではないか。やはり、会わせてやるべきだったのでは?」
「ここまで落ち着いたのはごく最近のことなのです」
困った顔で答えるお母さま。まるで自分の事のように申し訳なくなってくる。
「重ね重ね、申し訳ありません、お祖父さま、お母さま。あれもダメ、これもダメ。貴族の娘としての豊かさを享受していながら、マナーやしきたり、慣習などの窮屈さに、鬱憤が溜まっていたのです」
「まあ、勉強もただ詰め込むのはつまらないし、興味を持ってないと、どうにも苦行になってしまうからな。そこは、学ぶ楽しさを教えてやれなかった教師や親の責任でもある。留学はさせてやれないが、先程の通り、我が家の書庫の本はどれを読んでも構わないから、淑女のマナーさえ身につけたら、後は好きな事を学んでも構わん。そこから派生して、いろんな事に興味が広がれば、もっと楽しく学ぶ気になるやもしれん」
「ああ、ありがとうございます、お父さま。わたくし、ちゃんと学びますわ」
ここが、教会の霊安室で、亡くなられたお祖母さまの納められた木棺の前だと言うことも忘れ、お父さまの胸に飛び込む。
「こらこら、場を弁えなさい、故人の前なんだぞ。アンジュリーネ」
叱りつつ、どこか嬉しそうなお父さま。
「なるほど、子供っぽい娘だな」
お祖父さまは苦笑いを見せた。
私、おかしいのかしら。お嬢さまの身代わりを嫌々していたはずなのに。本当の父でもないのに、こんな事⋯⋯
しかも、まだたった入れ替わり二日目だというのに。
「僕もまだまだ未熟者だというのに、どうしてお祖母さまは、僕には会ったのに、アンジュリーネには会わなかったんだろう」
お兄さま。それ、本物のお嬢さまが聞いたら怒り出しますよ「お兄さま。それは厭味かしら?」って。ううん、お父さま達も居るから、一応「それは厭味ですの?」くらいの言葉遣いはするかしら?
「父親が娘に甘いように、『母親』は息子に甘いもの。孫でも同性と異性では扱いが違うのかも知れんな」
お祖父さま、自分は娘(お母さま)に甘いと告白したようなものなのでは。
お父さまもお兄さまも、お母さまもそう思ったらしく、微妙な視線がお祖父さまに集中した。
そして、お兄さまが何かを言おうとした時、公爵家の執事が教会の納棺安置室に入って来て、主だった弔問客が揃ったと伝え、公爵家の教会を任されている司教が、お別れの儀を初めてもいいかと訊ねてきた。
「あ、ああ。そうだな。そろそろ始めようか。家族は顔を見て花を添え終えたところだ」
弔問客達が次々と現れ、故人が好きだったというアリウム、リアトリス、ライラック、アスチルベ、ディステル、ワレモコウ、ラベンダーなど、紅や紫の小花の集合花が集められ、皆で木棺の中に入れていく。
「ワレモコウは季節がまだ早くて、去年のドライ物だけれど、勘弁してくださいね」
「あちらでも、素敵な庭園を造ってくださいね」
「あなたの庭園には、いつも慰められましたわ」
どのご婦人も、花を添えながら、お祖母さまの庭園を褒めていく。
「お祖母さまは、造園がご趣味だったのですか?」
「ええ。後で見ていくといいわ。好きな花だけを植えた物だったけれど、初夏から初秋までは、それは見事なものなのよ」
そう答えてくださったお母さまは、どこか苦しそうだった。
10
お気に入りに追加
4,320
あなたにおすすめの小説
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
婚約「解消」ではなく「破棄」ですか? いいでしょう、お受けしますよ?
ピコっぴ
恋愛
7歳の時から婚姻契約にある我が婚約者は、どんな努力をしても私に全く関心を見せなかった。
13歳の時、寄り添った夫婦になる事を諦めた。夜会のエスコートすらしてくれなくなったから。
16歳の現在、シャンパンゴールドの人形のような可愛らしい令嬢を伴って夜会に現れ、婚約破棄すると宣う婚約者。
そちらが歩み寄ろうともせず、無視を決め込んだ挙句に、王命での婚姻契約を一方的に「破棄」ですか?
ただ素直に「解消」すればいいものを⋯⋯
婚約者との関係を諦めていた私はともかく、まわりが怒り心頭、許してはくれないようです。
恋愛らしい恋愛小説が上手く書けず、試行錯誤中なのですが、一話あたり短めにしてあるので、サクッと読めるはず? デス🙇
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。
蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。
「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」
王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。
形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。
お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。
しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。
純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる