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閑話②
閑話 ――先代の星獣の姫―リーベルタス視点①――
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聡明で勇敢な王がいた。だがその王は裏では色狂いといわれる程の、無類の女好きな人だった。先々代の王だ。そして、その王に情欲を抱かれて仕舞ったのが、先代の星獣の姫であり当時の王太子の許嫁であった。
成人もしていないまだ少女ともいえる女性であった。
許嫁の務めとして、王太子との仲を深める為の登城。他に変わりのいない星獣の姫である少女の成長を王は見守っていたはずだった。王族に生まれ己の年齢に合う星獣の姫は生まれず、焦がれていた事もあったのだろう。幼女から少女に、少女から大人の女性へと成長していく星獣の姫にその心は魅入られた仕舞ったのだ。そして、その思考は己が星獣の姫を手に入れる事に執着していった。
親と子よりも歳が離れていた星獣の姫に、狂った王。日に日に美しく育つ成人もしていないまだ少女とも言える若い娘に、一方的に淫欲を抱いていたのだ。そして、強引に我が物にするために行動を起こしてしまったのだ。そうして尊い命が、――1つ――2つ――消えたのだ。
先代の星獣の姫の名は、カーラ・ステラ・ガーランド。
私、リーベルタス・デューク・カークスの産みの母である。
物心付いた時には、母カーラはいなかった。ついでに父親もいない。かといって寂しく孤独に育ってきたわけではない。私には、私を慈しんで育ててくれる父親代わりと、母親代わりの人がいる。母の兄とその奥方だ。それに可愛い妹の様なソフィアがいる。家族がいる。母の遺してくれた大切なつながりだ。そして母を愛した星獣達は母の子である私を守ってくれる。
*
当時母の許嫁であった王太子は、カーラの事を妹の様にかわいがっていた。好いているがそれは、家族愛の様なものといえただろう。幾分年が離れていたこともあるだろう。
王太子は、カーラよりも少し年上で聡く優しいガーランド侯爵家とは別の侯爵家の令嬢に恋を抱いていた。王太子が抱いてしまった恋情に王の醜悪な思惑が重なった。王は、正妃に成る予定のカーラよりも先にその令嬢を側室として王太子に与えたのだ。
そして時をみて王太子が偲ぶ想いをよせていた側妃に夢中になってくれた事をいいことに、その側妃を正妃に進めてやるといい、元来の婚約者であるカーラは違う王族にあてがうと誤魔化した。
少々強引でも浮かれていた王太子は、息子を思っての事と父である王に対して感謝こそすれ、不信感を抱かなかったのだ。カーラはカーラで、相応しい伴侶を得られるのだと。ちょうど側妃に子が宿っていたので、継承権で後に揉めない為にもこのタイミングなのだろうと、王太子は深く探らなかったらしい。自らの望みの為だったとも言えるが。
カーラを娶ろうと画策する狂った王には側妃が何人かいたが、正妃は病の後に星に還っていた為、城内に反対できるものがいなかった事も、王に幸いした。
――カーラの、母の気持ちを、誰も組んでくれはしなかったのだ
――母は当時、14歳だった
――母を穢した人は、49歳……早くに亡くなった母の父親よりもずっと年上だった…
王太子の側妃を正妃に迎える式の裏で執り行われた婚姻の式があった。その新婦は控え室でただ静かに、待っていた。まだあどけなさの残る14歳の新婦には、王太子は側妃を正妃にする式を執り行っている事、その後自分の婚姻の式が成されるのだと説明されていたそうだ。
――『自分は正妃ではなく側妃になるのだろうか?』
――母は、どう思っていたのだろう?
――星獣を諌める為に、感情を表に出さないように育てられた星獣の姫である母は何を思っのか…
――逃げ出そうとすればできたはずだった
――母には、星獣達がいるのだから…
いよいよ自分の番だと呼ばれたカーラ。聖堂への廊下をカーラは、静かに自分の足で歩いた。警備についている騎士が扉を開け、そこでカーラを待っていたのは王太子ではなくその父親である王であった。そこで初めて新郎が王であると知ったカーラ。一瞬歩みは止まったものの、カーラは自ら歩み進め黙って王の隣に並んだのだ。
――言葉を失ってしまっただろう
――思いもしなかっただろうし、そこで一国の王相手に騒ぐわけにもいかなかったのだろう
――母は、ただ黙って俯いていたそうだ
星獣の姫でるカーラが否定の声を上げれば、星獣が暴れだす可能性があり声を上げる事さえできなかったのだ。王太子とその妃の披露宴の行われている王城には沢山の人が集まっていたのだ。聖堂はもぬけの殻だが招待客はそちらに居るのだ。近くに人が集まっている事に、変わりは無かった。
カーラは、いずれ嫁ぐとされていた王太子に恋心を寄せていた訳ではないが親愛と情、覚悟はあった。ガーランド家に産まれてしまった自分の務めであると。王家に嫁ぐことが、ガーランドに産まれた星獣の姫の務めなのだと。個人的な感情など関係ないのだと。幼い頃から育ってきたのだ。そして王太子に嫁ぐための努力もしてきた。
ガーランド家に産まれた為に、傍らに星獣がいてくれるのだ。大好きな星獣が。ガーランド家に産まれた事を、星獣の姫として生まれた事を、恨むことなくカーラは感謝すらしていた。星獣に愛され、星獣を愛している姫なのだ。星獣を取り囲んでいること以外には感情を動かさない。そう育っていた。
だがさすがに、義父になると思っていた人が「あなたを愛しているんだよ」といやらしい笑みを浮かべ新郎の衣装を着て教会に誓いをたてている事に、表情には出さないが嫌悪感しかなかった。微かに震えるカーラの姿に、その場にいる者は目を伏せ、口を開かなかった。誰もカーラを助ける事は無かった。
カーラが騙し討ちで嫁がされたのは、カーラから見ればお祖父様とも呼べる齢の人だった。
成人もしていないまだ少女ともいえる女性であった。
許嫁の務めとして、王太子との仲を深める為の登城。他に変わりのいない星獣の姫である少女の成長を王は見守っていたはずだった。王族に生まれ己の年齢に合う星獣の姫は生まれず、焦がれていた事もあったのだろう。幼女から少女に、少女から大人の女性へと成長していく星獣の姫にその心は魅入られた仕舞ったのだ。そして、その思考は己が星獣の姫を手に入れる事に執着していった。
親と子よりも歳が離れていた星獣の姫に、狂った王。日に日に美しく育つ成人もしていないまだ少女とも言える若い娘に、一方的に淫欲を抱いていたのだ。そして、強引に我が物にするために行動を起こしてしまったのだ。そうして尊い命が、――1つ――2つ――消えたのだ。
先代の星獣の姫の名は、カーラ・ステラ・ガーランド。
私、リーベルタス・デューク・カークスの産みの母である。
物心付いた時には、母カーラはいなかった。ついでに父親もいない。かといって寂しく孤独に育ってきたわけではない。私には、私を慈しんで育ててくれる父親代わりと、母親代わりの人がいる。母の兄とその奥方だ。それに可愛い妹の様なソフィアがいる。家族がいる。母の遺してくれた大切なつながりだ。そして母を愛した星獣達は母の子である私を守ってくれる。
*
当時母の許嫁であった王太子は、カーラの事を妹の様にかわいがっていた。好いているがそれは、家族愛の様なものといえただろう。幾分年が離れていたこともあるだろう。
王太子は、カーラよりも少し年上で聡く優しいガーランド侯爵家とは別の侯爵家の令嬢に恋を抱いていた。王太子が抱いてしまった恋情に王の醜悪な思惑が重なった。王は、正妃に成る予定のカーラよりも先にその令嬢を側室として王太子に与えたのだ。
そして時をみて王太子が偲ぶ想いをよせていた側妃に夢中になってくれた事をいいことに、その側妃を正妃に進めてやるといい、元来の婚約者であるカーラは違う王族にあてがうと誤魔化した。
少々強引でも浮かれていた王太子は、息子を思っての事と父である王に対して感謝こそすれ、不信感を抱かなかったのだ。カーラはカーラで、相応しい伴侶を得られるのだと。ちょうど側妃に子が宿っていたので、継承権で後に揉めない為にもこのタイミングなのだろうと、王太子は深く探らなかったらしい。自らの望みの為だったとも言えるが。
カーラを娶ろうと画策する狂った王には側妃が何人かいたが、正妃は病の後に星に還っていた為、城内に反対できるものがいなかった事も、王に幸いした。
――カーラの、母の気持ちを、誰も組んでくれはしなかったのだ
――母は当時、14歳だった
――母を穢した人は、49歳……早くに亡くなった母の父親よりもずっと年上だった…
王太子の側妃を正妃に迎える式の裏で執り行われた婚姻の式があった。その新婦は控え室でただ静かに、待っていた。まだあどけなさの残る14歳の新婦には、王太子は側妃を正妃にする式を執り行っている事、その後自分の婚姻の式が成されるのだと説明されていたそうだ。
――『自分は正妃ではなく側妃になるのだろうか?』
――母は、どう思っていたのだろう?
――星獣を諌める為に、感情を表に出さないように育てられた星獣の姫である母は何を思っのか…
――逃げ出そうとすればできたはずだった
――母には、星獣達がいるのだから…
いよいよ自分の番だと呼ばれたカーラ。聖堂への廊下をカーラは、静かに自分の足で歩いた。警備についている騎士が扉を開け、そこでカーラを待っていたのは王太子ではなくその父親である王であった。そこで初めて新郎が王であると知ったカーラ。一瞬歩みは止まったものの、カーラは自ら歩み進め黙って王の隣に並んだのだ。
――言葉を失ってしまっただろう
――思いもしなかっただろうし、そこで一国の王相手に騒ぐわけにもいかなかったのだろう
――母は、ただ黙って俯いていたそうだ
星獣の姫でるカーラが否定の声を上げれば、星獣が暴れだす可能性があり声を上げる事さえできなかったのだ。王太子とその妃の披露宴の行われている王城には沢山の人が集まっていたのだ。聖堂はもぬけの殻だが招待客はそちらに居るのだ。近くに人が集まっている事に、変わりは無かった。
カーラは、いずれ嫁ぐとされていた王太子に恋心を寄せていた訳ではないが親愛と情、覚悟はあった。ガーランド家に産まれてしまった自分の務めであると。王家に嫁ぐことが、ガーランドに産まれた星獣の姫の務めなのだと。個人的な感情など関係ないのだと。幼い頃から育ってきたのだ。そして王太子に嫁ぐための努力もしてきた。
ガーランド家に産まれた為に、傍らに星獣がいてくれるのだ。大好きな星獣が。ガーランド家に産まれた事を、星獣の姫として生まれた事を、恨むことなくカーラは感謝すらしていた。星獣に愛され、星獣を愛している姫なのだ。星獣を取り囲んでいること以外には感情を動かさない。そう育っていた。
だがさすがに、義父になると思っていた人が「あなたを愛しているんだよ」といやらしい笑みを浮かべ新郎の衣装を着て教会に誓いをたてている事に、表情には出さないが嫌悪感しかなかった。微かに震えるカーラの姿に、その場にいる者は目を伏せ、口を開かなかった。誰もカーラを助ける事は無かった。
カーラが騙し討ちで嫁がされたのは、カーラから見ればお祖父様とも呼べる齢の人だった。
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