上 下
12 / 95
序章

5、そろそろ待ち合わせの時間なんですが……

しおりを挟む
 
 ラウルスの街を、歩く娘の金色の髪が陽の光を反射してキラキラと光っている。それを梳く様に優しい風が揺らめき、髪を留めたリボンを揺らした。

 ――ふふっ……ふふ、ふぅ
 ――デネブ、手紙わたしてくれたんだよね……
 ――大丈夫かなぁ…
 ――あいつ…筆より先に行動しちゃうからなぁ…

 スペンサー家を出る前夜、つまり家を出ると決めた晩に白鳥座のデネブに仕事を頼んでいた。幼馴染の元に迎えの催促の手紙だ。一方的に場所と時間を指定したが断りの連絡は、無かった。という事は、彼はこちらに来てくれるので間違いないとは思うのだ。――が、心配だ。

 ――せめて、『わかった』とか『了解』とか返事くれればいいのになっ
 ――まぁ……そういうの苦手だもんなぁっ

 空を見上げれば、深い蒼と鳥形のような真っ白い雲達。ゆっくりと飛んで行く白い鳥たちを見送り、深呼吸をして辺りに視線を巡らせた。
 朱色の燃えるような暖かい髪色と、濃く深い真朱色のつり目が楽しそうに弧を描くのを思い浮かべると、娘は上機嫌に足を運ぶ。念の為ともう一度キョロキョロと辺りを見渡すが、やはりそれらしい人物は見当たらなかった。

 ――早く、会いたいなっ

 隠されて育てられただけあって、娘は超が付く程の箱入り娘だ。知り合いといった類は、ほとんどいない。父親や母親の親しい友人位なものだ。数少ない知り合いの中たった一人同世代の幼馴染で、王都とスペンサー領とで離れているが常に連絡を取り合っていて、気の置けない関係を築いている。

 ――昔した約束、覚えているかな?
 ――2人で、遠いとこまでお出かけ……
 ――今なら誰とでも出かけられるけど……きっと、誰よりも楽しいんだろうなっ
 ――なんかワクワクしすぎて、緊張しちゃうかもっ


 箱入り娘であっても、生まれ育った港町である父の治める領地では散策くらいした事はある。だがそこは皆が顔見知りであったし、港に船が入る時や街の外から人が来る時は屋敷から出してもらえなかったし、どんな時でも護衛付きだったりした。

 ――あたし一人でって、星獣の森の屋敷にレオやエリアスに会いに行く時だけだったかも
 ――まぁ、今だって一人じゃないけど…

    街歩きや買い物の知識はあるし、他の人に見えないが傍らにはスピカ。先程髪を梳いたエアリスも、風に乗って近くにいてくれているようだ。

 ――心配も、不安もないよ
 ――……ほんのちょっとだけ…
 ――ドキドキの方が何倍も大きいしっ

 はじめての街は、ついついキョロキョロとしながら歩いてしまう。露店からあれこれと売り込みの言葉をかけられるたびに、娘はキラキラと目を輝かせ覗き込んで歩いた。何か掘り出し物は無いかと真剣だ。

 ――買い物って、どうして見ているだけで楽しいんだろう
 ――そういえば、値切る事も大事だったよねっ

 目に入ってくる露店の数々。港町とは何もかも異なっている。どうしたって初めて目にする光景ばかりでワクワクと心が弾んでくる。待ち合わせにはまだ時間がある。娘は、目についた露店の主人に向かって、にっこりと微笑んだ。

「これ…いくらまでお安くなりますか?」

 キョロキョロと通りの脇に並ぶ露店に目を輝かせれば、店番に声をかけられる。欲しいものがあれば、こっそりスピカに妥当な値段を聞いて値切ってみる。上手くいったりいかなかったりだが、商売人との会話だけでも楽しいものだ。
 話のテンポが合った露店で干し肉を袋に大量に積めてもらった。

 ――ふふっ
 ――シリウス達、喜ぶかしらっ

 露店主から受け取った袋を、キャスター付きの鞄と、腰にぶら下げたポーチにそれぞれ入れた。いいものが安く大量に手に入ったのだ。得した気持ちで、娘の足取りも軽くなっていた。

 ――楽しいっ



「イヤァァァァァァ!!」

 つんざくような女の高い声が響いた。娘の後方からの声に、金色の髪を揺らしながら振り返ると人影が目に入った。

「ちょっと、離してっ!!」
「いいから話聞けって!」

 娘の瑠璃色の目に、若い男女の喧嘩風景が見てとれた。「離して」だなんだと叫んでいるが、女の方は頬を膨らませるだけで、身じろぎひとつしていない。元々、その場を離れる気はないようだ。男が腰を下ろして、何やら説得している様子に危機感が全然湧かなかった。

 ――なんだ…
 ――痴話げんかか…

 足を止め、その光景を見ている内に男女は手を取り合っていた。フフフッと苦笑を浮かべ乍ら金髪の娘は進行方向に向きなおり、新しい生活に必要なものを詰め込んできたキャスター付きの大きな鞄の取手を握りなおそうとした時だ。

 がくんと身体が揺れる。

「……っ!?」

 少女の大きな鞄を抱え脱兎のごとく逃げていく小さな後ろ姿が、少女の目に映った。

 ――こども……?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。

ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」  夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。  ──数年後。  ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。 「あなたの息の根は、わたしが止めます」

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...