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序章
5、そろそろ待ち合わせの時間なんですが……
しおりを挟むラウルスの街を、歩く娘の金色の髪が陽の光を反射してキラキラと光っている。それを梳く様に優しい風が揺らめき、髪を留めたリボンを揺らした。
――ふふっ……ふふ、ふぅ
――デネブ、手紙わたしてくれたんだよね……
――大丈夫かなぁ…
――あいつ…筆より先に行動しちゃうからなぁ…
スペンサー家を出る前夜、つまり家を出ると決めた晩に白鳥座のデネブに仕事を頼んでいた。幼馴染の元に迎えの催促の手紙だ。一方的に場所と時間を指定したが断りの連絡は、無かった。という事は、彼はこちらに来てくれるので間違いないとは思うのだ。――が、心配だ。
――せめて、『わかった』とか『了解』とか返事くれればいいのになっ
――まぁ……そういうの苦手だもんなぁっ
空を見上げれば、深い蒼と鳥形のような真っ白い雲達。ゆっくりと飛んで行く白い鳥たちを見送り、深呼吸をして辺りに視線を巡らせた。
朱色の燃えるような暖かい髪色と、濃く深い真朱色のつり目が楽しそうに弧を描くのを思い浮かべると、娘は上機嫌に足を運ぶ。念の為ともう一度キョロキョロと辺りを見渡すが、やはりそれらしい人物は見当たらなかった。
――早く、会いたいなっ
隠されて育てられただけあって、娘は超が付く程の箱入り娘だ。知り合いといった類は、ほとんどいない。父親や母親の親しい友人位なものだ。数少ない知り合いの中たった一人同世代の幼馴染で、王都とスペンサー領とで離れているが常に連絡を取り合っていて、気の置けない関係を築いている。
――昔した約束、覚えているかな?
――2人で、遠いとこまでお出かけ……
――今なら誰とでも出かけられるけど……きっと、誰よりも楽しいんだろうなっ
――なんかワクワクしすぎて、緊張しちゃうかもっ
箱入り娘であっても、生まれ育った港町である父の治める領地では散策くらいした事はある。だがそこは皆が顔見知りであったし、港に船が入る時や街の外から人が来る時は屋敷から出してもらえなかったし、どんな時でも護衛付きだったりした。
――あたし一人でって、星獣の森の屋敷にレオやエリアスに会いに行く時だけだったかも
――まぁ、今だって一人じゃないけど…
街歩きや買い物の知識はあるし、他の人に見えないが傍らにはスピカ。先程髪を梳いたエアリスも、風に乗って近くにいてくれているようだ。
――心配も、不安もないよ
――……ほんのちょっとだけ…
――ドキドキの方が何倍も大きいしっ
はじめての街は、ついついキョロキョロとしながら歩いてしまう。露店からあれこれと売り込みの言葉をかけられるたびに、娘はキラキラと目を輝かせ覗き込んで歩いた。何か掘り出し物は無いかと真剣だ。
――買い物って、どうして見ているだけで楽しいんだろう
――そういえば、値切る事も大事だったよねっ
目に入ってくる露店の数々。港町とは何もかも異なっている。どうしたって初めて目にする光景ばかりでワクワクと心が弾んでくる。待ち合わせにはまだ時間がある。娘は、目についた露店の主人に向かって、にっこりと微笑んだ。
「これ…いくらまでお安くなりますか?」
キョロキョロと通りの脇に並ぶ露店に目を輝かせれば、店番に声をかけられる。欲しいものがあれば、こっそりスピカに妥当な値段を聞いて値切ってみる。上手くいったりいかなかったりだが、商売人との会話だけでも楽しいものだ。
話のテンポが合った露店で干し肉を袋に大量に積めてもらった。
――ふふっ
――シリウス達、喜ぶかしらっ
露店主から受け取った袋を、キャスター付きの鞄と、腰にぶら下げたポーチにそれぞれ入れた。いいものが安く大量に手に入ったのだ。得した気持ちで、娘の足取りも軽くなっていた。
――楽しいっ
「イヤァァァァァァ!!」
つんざくような女の高い声が響いた。娘の後方からの声に、金色の髪を揺らしながら振り返ると人影が目に入った。
「ちょっと、離してっ!!」
「いいから話聞けって!」
娘の瑠璃色の目に、若い男女の喧嘩風景が見てとれた。「離して」だなんだと叫んでいるが、女の方は頬を膨らませるだけで、身じろぎひとつしていない。元々、その場を離れる気はないようだ。男が腰を下ろして、何やら説得している様子に危機感が全然湧かなかった。
――なんだ…
――痴話げんかか…
足を止め、その光景を見ている内に男女は手を取り合っていた。フフフッと苦笑を浮かべ乍ら金髪の娘は進行方向に向きなおり、新しい生活に必要なものを詰め込んできたキャスター付きの大きな鞄の取手を握りなおそうとした時だ。
がくんと身体が揺れる。
「……っ!?」
少女の大きな鞄を抱え脱兎のごとく逃げていく小さな後ろ姿が、少女の目に映った。
――こども……?
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