伯爵令嬢と想いを紡ぐ子

ちさめす

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 その後もこの子は暴れ続けた。細い燭台を殿下に見立てて、蹴りを入れたところで神父様は怒り、その結果私たちは追い出された。


 殿下への侮辱は罪となるが、私は神父様に頭を下げて、何とか今回のことは水に流していただけた。


 私は教会を出るまでに神父様と少しの会話をした。簡潔に婚約の破棄を取り消してもらうよう殿下ともう一度話す旨を伝えたのだ。すると、意外な返事が返ってくる。なんと手を貸したいとのことだった。


 そして私たちが教会から出る直前、神父様から一通の手紙を預かる。それは紹介状だった。


 手紙の宛名にはとある伯爵家の名――ムーンと綴られている。


 この子はいった。次の行先はムーン家だと。


 私たちは、私のために恩寵のお祈りをしてくれている神父様に感謝を述べて、教会を後にした。



 ◇◇◇



 ムーン家に向かう馬車の中は、今もすごく怒っているこの子と二人っきりだ。


「あんのばかやろう、あれでこの国のトップってわけ? はん! 聞いて呆れるね! だってそうじゃない!? やってることはただ逃げてるだけじゃん! そんな全部を投げるような決断は決断じゃないね~! ほんっと、どうしてああいうばかはばかなやり方で自分を正当化しようとするんだろうね! そう思わない? お姉ちゃん!?」


 ――あはは……。直接会ったわけでもないのに、ずいぶんとお嫌いになられたのですね……。


「もしもあんのばかが私の前に現れたら、お姉ちゃんのかわりに私がガツンといってあげるからね!」


 そのような言葉をこの子はいったいどこで覚えてくるのだろうか。私はとても不思議に思った。そしてこれもまた不思議なことに、この子の言葉にどこか共感している自分がいたのだった。



 ◇◇◇



 馬車が平たんな道を進む中、私はこの子から『糸』についての話を聞いていた。


 私にはその『糸』というもが見えてるわけではないのだが、この子のいうように、人の想いは繋がっていると思えてきたからだ。


 この子はセレーネ様を知らなかった。ある意味当事者でもある私でさえセレーネ様の名前を知らなかったのにこの子はいい当てた。


 理由を尋ねると、この子は二つの想いと想いからなる『糸』に触れると、その一部分を感じとれるということだった。この子は、私と神父様の『糸』に触れて、それらの想いからセレーネ様を認識できるようのなったのだと。


「要するにねお姉ちゃん、死人に『糸』は紡がれないの。セレーネさんをどれほど想うのかはあのばかの心の問題であって、セレーネさんとあのばかにはもう何の繋がりもないんだから!」


 熱が冷めても、この子のばか呼ばわりは直らなかった。


「それはそうかもしれないけれど……」


「けど、何?」


 ――殿下の御心の中に私の入る隙はなかった。御傍にいても殿下は私を見ては下さならなかった。私を見る時はいつも私にセレーネ様を重ねて……殿下はセレーネ様のことを想い続けていた。


「殿下はこのことをお望みではないのかも――」


 しれない、といい切る前にこの子はいった。


「じゃあやめる?」


「……え?」


「自信がないならやめた方がいいと思うよ。『糸』はね、お姉ちゃんと繋がってるその人の想いも表してるの。『糸』はお姉ちゃんだけのものじゃない。軽々しく『糸』に触れるのは、その人に失礼だからよくないことなの。でもね、平気でそういうことをする人を私は知ってる。悪女っていってね、とっても悪い人なの。お姉ちゃんには悪女になってほしくないから、だから……あのばかと一緒に添い遂げる覚悟がないんなら馬車を引き返そ?」


 ――添い遂げる覚悟……。


 私は殿下のことを思い起こす。殿下と共に過ごしたあの日々を。幸せだった、あの日々を。


「好きなんでしょ? お姉ちゃん!」


「……好き……です」


「あは! お姉ちゃん。私ね、お姉ちゃんなら真剣に向き合ってくれるって信じてるからお姉ちゃんに手を貸すんだよ。……ほんとはちょっと違う理由もあるけど……。でも、とにかく! お姉ちゃんならできるよ! 私、信じてるもん! 絶対にできる! お姉ちゃんなら、殿下を振り向かせられるよ!」


 ――……そうね。その通りだわ。


 殿下は私のことを見て下さっても、私と重ねるようにしてセレーネ様の幻影を追ってしまう。……でも、別にいいじゃないそれで。殿下がどんな想いで私のことを見ていようとも、私の殿下への想いは変わらない。私の想いは、揺るぎなく殿下のことを想っているのだから。だったらこの想いを、繋がるその時まで、殿下の想いにぶつけ続ければいい。


 一本の『糸』になるまで――。


「……ありがとう。やっと私にも少しわかったような気がしますわ。今の私がどうすればいいのかを。それに……」


「それに?」


「殿下はどんなに時間が経とうとも、一重に自分が愛した女性を想い続けられる素敵な御方なのだと、私は気づくことができたわ」


 私は微笑みながらそういった。


 すると、この子はきょとんとした表情になる。


「ええ……。あのばかにそう感じてるの? お姉ちゃん、ちょっとずれてない?」



 ◇◇◇





 
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