31 / 55
廃教会(私)
しおりを挟む
「私の、幸せ……ですか……」
私にも幸せを感じる瞬間はありました。
けれど、幸せというのは、ほんの束の間、一瞬の瞬きのようなもので、すぐにこの手を通り過ぎてしまうのです。
どうせ手に入れられないのなら、そんなもの、この世から消えてしまえばいいのに。
私以外の全てを消しても私の苦しみは終わらないなら、私が一人、消えてしまえたらいいのに。
「……私の幸せは、ギリルの聖なる剣で、命を終えることです……」
私の言葉に、ギリルの気配が揺れました。
ぶっきらぼうですが優しい彼の事です、動揺してしまったのでしょう。
「……師範……」
ギリルの大きな手が、私の髪を撫でました。
まだ水滴の残る髪を、ギリルはいたわるように何度も優しく撫でます。
それだけで、どうしてこんなに安らいだ気持ちになるのでしょうか。
彼なら、本当の気持ちを告げても、私を見捨てないでいてくれるかも知れない……。そんな期待に背を押されて、私は口を開きました。
「ギリル……、私は、もう終わりにしたいんです。私は、私でいることに、この世で生き続けることに、ほとほと嫌気がさしているんです……」
偽りのない胸の内を言葉にすると、私の後ろでギリルの気配が大きく揺れました。
ギリルは私を……軽蔑してしまったでしょうか。
胸に後悔と不安が渦を巻き始めます。
私が口を閉ざしてしばらくして、ようやくギリルが口を開きました。
「……それが、師範の『死にたい理由』なのか?」
「は、はい……。自分勝手ですみません……」
「なぁ……、俺では、師範の生きる理由には、なれないのか……?」
ギリルの縋るような声は、私の耳元で聞こえました。
私を優しく撫でていたギリルの手は、今、私の身体を必死に掻き抱いていました。
私の耳元を、彼の苦しげな息が掠めます。
それだけで、彼の、私を失いたくないという強い想いが伝わってきて、私はそれを裏切ろうとしている自分に、また嫌気がさしてしまうのです。
「……あなたが、私より先に死なないでくれるなら、それも可能だったのかもしれませんね」
自嘲とともに答えると、ギリルがピタリと息を止めました。
ああ……また酷なことを言ってしまいましたね。
そんな事、人である彼にできるはずもないのに……。
「それ……って、つまり、俺が師範と同じ時を生きられるなら、師範は俺と生きてくれるって事か?」
「え? ええ……。ですが……」
思わず肩越しに振り返れば、ギリルはなぜか瞳を輝かせていました。
お、おかしいですね……?
ここは絶望するところではなかったでしょうか?
「じゃあ、師範が人間に戻れたら、死ぬまで俺と一緒に居てくれるか?」
ギリルのキラキラと鮮やかに輝く新緑の瞳が、期待を浮かべて私を覗き込みました。
「そ……そんな……夢みたいな事を言わないでください……。余計に……辛くなってしまいますから……」
じわりと視界が歪んで、私は自身の悲しみに気付きました。
……こんなにも分かりきっている事が、こんなに……悲しくてたまらないなんて。
本当に、涙もろくなってしまったものです。
「師範、違うって、夢とかじゃない。本当に出来るかもって話だから」
ギリルは慌てて毛布の端を私の顔に押し付けると、溢れる前に涙を吸い取ってしまいました。
「……え?」
今……なんておっしゃいましたか……?
「だから、師範が人間に戻れるかもしれないって……」
……そんな、まさか……。
私は、そんな話は、一度だって聞いた事が……。
その瞬間、彼の事が胸に蘇りました。
長い黒髪をなびかせる、彼の姿が。
花を愛し、平和を愛していた彼の、あまりに唐突な消失……。
そして、争いの痕跡ひとつなかった、彼の気配が消えたはずの小さな村……。
まさか、彼は死んだのではなく、魔力を失って、あの穏やかな風景の中に溶け込んでいたというのでしょうか?
「……ほんとうに……そんなことが、できるのですか……?」
私の声は情けないほどに震えていました。
私にも幸せを感じる瞬間はありました。
けれど、幸せというのは、ほんの束の間、一瞬の瞬きのようなもので、すぐにこの手を通り過ぎてしまうのです。
どうせ手に入れられないのなら、そんなもの、この世から消えてしまえばいいのに。
私以外の全てを消しても私の苦しみは終わらないなら、私が一人、消えてしまえたらいいのに。
「……私の幸せは、ギリルの聖なる剣で、命を終えることです……」
私の言葉に、ギリルの気配が揺れました。
ぶっきらぼうですが優しい彼の事です、動揺してしまったのでしょう。
「……師範……」
ギリルの大きな手が、私の髪を撫でました。
まだ水滴の残る髪を、ギリルはいたわるように何度も優しく撫でます。
それだけで、どうしてこんなに安らいだ気持ちになるのでしょうか。
彼なら、本当の気持ちを告げても、私を見捨てないでいてくれるかも知れない……。そんな期待に背を押されて、私は口を開きました。
「ギリル……、私は、もう終わりにしたいんです。私は、私でいることに、この世で生き続けることに、ほとほと嫌気がさしているんです……」
偽りのない胸の内を言葉にすると、私の後ろでギリルの気配が大きく揺れました。
ギリルは私を……軽蔑してしまったでしょうか。
胸に後悔と不安が渦を巻き始めます。
私が口を閉ざしてしばらくして、ようやくギリルが口を開きました。
「……それが、師範の『死にたい理由』なのか?」
「は、はい……。自分勝手ですみません……」
「なぁ……、俺では、師範の生きる理由には、なれないのか……?」
ギリルの縋るような声は、私の耳元で聞こえました。
私を優しく撫でていたギリルの手は、今、私の身体を必死に掻き抱いていました。
私の耳元を、彼の苦しげな息が掠めます。
それだけで、彼の、私を失いたくないという強い想いが伝わってきて、私はそれを裏切ろうとしている自分に、また嫌気がさしてしまうのです。
「……あなたが、私より先に死なないでくれるなら、それも可能だったのかもしれませんね」
自嘲とともに答えると、ギリルがピタリと息を止めました。
ああ……また酷なことを言ってしまいましたね。
そんな事、人である彼にできるはずもないのに……。
「それ……って、つまり、俺が師範と同じ時を生きられるなら、師範は俺と生きてくれるって事か?」
「え? ええ……。ですが……」
思わず肩越しに振り返れば、ギリルはなぜか瞳を輝かせていました。
お、おかしいですね……?
ここは絶望するところではなかったでしょうか?
「じゃあ、師範が人間に戻れたら、死ぬまで俺と一緒に居てくれるか?」
ギリルのキラキラと鮮やかに輝く新緑の瞳が、期待を浮かべて私を覗き込みました。
「そ……そんな……夢みたいな事を言わないでください……。余計に……辛くなってしまいますから……」
じわりと視界が歪んで、私は自身の悲しみに気付きました。
……こんなにも分かりきっている事が、こんなに……悲しくてたまらないなんて。
本当に、涙もろくなってしまったものです。
「師範、違うって、夢とかじゃない。本当に出来るかもって話だから」
ギリルは慌てて毛布の端を私の顔に押し付けると、溢れる前に涙を吸い取ってしまいました。
「……え?」
今……なんておっしゃいましたか……?
「だから、師範が人間に戻れるかもしれないって……」
……そんな、まさか……。
私は、そんな話は、一度だって聞いた事が……。
その瞬間、彼の事が胸に蘇りました。
長い黒髪をなびかせる、彼の姿が。
花を愛し、平和を愛していた彼の、あまりに唐突な消失……。
そして、争いの痕跡ひとつなかった、彼の気配が消えたはずの小さな村……。
まさか、彼は死んだのではなく、魔力を失って、あの穏やかな風景の中に溶け込んでいたというのでしょうか?
「……ほんとうに……そんなことが、できるのですか……?」
私の声は情けないほどに震えていました。
10
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる