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廃教会(私)
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「私の、幸せ……ですか……」
私にも幸せを感じる瞬間はありました。
けれど、幸せというのは、ほんの束の間、一瞬の瞬きのようなもので、すぐにこの手を通り過ぎてしまうのです。
どうせ手に入れられないのなら、そんなもの、この世から消えてしまえばいいのに。
私以外の全てを消しても私の苦しみは終わらないなら、私が一人、消えてしまえたらいいのに。
「……私の幸せは、ギリルの聖なる剣で、命を終えることです……」
私の言葉に、ギリルの気配が揺れました。
ぶっきらぼうですが優しい彼の事です、動揺してしまったのでしょう。
「……師範……」
ギリルの大きな手が、私の髪を撫でました。
まだ水滴の残る髪を、ギリルはいたわるように何度も優しく撫でます。
それだけで、どうしてこんなに安らいだ気持ちになるのでしょうか。
彼なら、本当の気持ちを告げても、私を見捨てないでいてくれるかも知れない……。そんな期待に背を押されて、私は口を開きました。
「ギリル……、私は、もう終わりにしたいんです。私は、私でいることに、この世で生き続けることに、ほとほと嫌気がさしているんです……」
偽りのない胸の内を言葉にすると、私の後ろでギリルの気配が大きく揺れました。
ギリルは私を……軽蔑してしまったでしょうか。
胸に後悔と不安が渦を巻き始めます。
私が口を閉ざしてしばらくして、ようやくギリルが口を開きました。
「……それが、師範の『死にたい理由』なのか?」
「は、はい……。自分勝手ですみません……」
「なぁ……、俺では、師範の生きる理由には、なれないのか……?」
ギリルの縋るような声は、私の耳元で聞こえました。
私を優しく撫でていたギリルの手は、今、私の身体を必死に掻き抱いていました。
私の耳元を、彼の苦しげな息が掠めます。
それだけで、彼の、私を失いたくないという強い想いが伝わってきて、私はそれを裏切ろうとしている自分に、また嫌気がさしてしまうのです。
「……あなたが、私より先に死なないでくれるなら、それも可能だったのかもしれませんね」
自嘲とともに答えると、ギリルがピタリと息を止めました。
ああ……また酷なことを言ってしまいましたね。
そんな事、人である彼にできるはずもないのに……。
「それ……って、つまり、俺が師範と同じ時を生きられるなら、師範は俺と生きてくれるって事か?」
「え? ええ……。ですが……」
思わず肩越しに振り返れば、ギリルはなぜか瞳を輝かせていました。
お、おかしいですね……?
ここは絶望するところではなかったでしょうか?
「じゃあ、師範が人間に戻れたら、死ぬまで俺と一緒に居てくれるか?」
ギリルのキラキラと鮮やかに輝く新緑の瞳が、期待を浮かべて私を覗き込みました。
「そ……そんな……夢みたいな事を言わないでください……。余計に……辛くなってしまいますから……」
じわりと視界が歪んで、私は自身の悲しみに気付きました。
……こんなにも分かりきっている事が、こんなに……悲しくてたまらないなんて。
本当に、涙もろくなってしまったものです。
「師範、違うって、夢とかじゃない。本当に出来るかもって話だから」
ギリルは慌てて毛布の端を私の顔に押し付けると、溢れる前に涙を吸い取ってしまいました。
「……え?」
今……なんておっしゃいましたか……?
「だから、師範が人間に戻れるかもしれないって……」
……そんな、まさか……。
私は、そんな話は、一度だって聞いた事が……。
その瞬間、彼の事が胸に蘇りました。
長い黒髪をなびかせる、彼の姿が。
花を愛し、平和を愛していた彼の、あまりに唐突な消失……。
そして、争いの痕跡ひとつなかった、彼の気配が消えたはずの小さな村……。
まさか、彼は死んだのではなく、魔力を失って、あの穏やかな風景の中に溶け込んでいたというのでしょうか?
「……ほんとうに……そんなことが、できるのですか……?」
私の声は情けないほどに震えていました。
私にも幸せを感じる瞬間はありました。
けれど、幸せというのは、ほんの束の間、一瞬の瞬きのようなもので、すぐにこの手を通り過ぎてしまうのです。
どうせ手に入れられないのなら、そんなもの、この世から消えてしまえばいいのに。
私以外の全てを消しても私の苦しみは終わらないなら、私が一人、消えてしまえたらいいのに。
「……私の幸せは、ギリルの聖なる剣で、命を終えることです……」
私の言葉に、ギリルの気配が揺れました。
ぶっきらぼうですが優しい彼の事です、動揺してしまったのでしょう。
「……師範……」
ギリルの大きな手が、私の髪を撫でました。
まだ水滴の残る髪を、ギリルはいたわるように何度も優しく撫でます。
それだけで、どうしてこんなに安らいだ気持ちになるのでしょうか。
彼なら、本当の気持ちを告げても、私を見捨てないでいてくれるかも知れない……。そんな期待に背を押されて、私は口を開きました。
「ギリル……、私は、もう終わりにしたいんです。私は、私でいることに、この世で生き続けることに、ほとほと嫌気がさしているんです……」
偽りのない胸の内を言葉にすると、私の後ろでギリルの気配が大きく揺れました。
ギリルは私を……軽蔑してしまったでしょうか。
胸に後悔と不安が渦を巻き始めます。
私が口を閉ざしてしばらくして、ようやくギリルが口を開きました。
「……それが、師範の『死にたい理由』なのか?」
「は、はい……。自分勝手ですみません……」
「なぁ……、俺では、師範の生きる理由には、なれないのか……?」
ギリルの縋るような声は、私の耳元で聞こえました。
私を優しく撫でていたギリルの手は、今、私の身体を必死に掻き抱いていました。
私の耳元を、彼の苦しげな息が掠めます。
それだけで、彼の、私を失いたくないという強い想いが伝わってきて、私はそれを裏切ろうとしている自分に、また嫌気がさしてしまうのです。
「……あなたが、私より先に死なないでくれるなら、それも可能だったのかもしれませんね」
自嘲とともに答えると、ギリルがピタリと息を止めました。
ああ……また酷なことを言ってしまいましたね。
そんな事、人である彼にできるはずもないのに……。
「それ……って、つまり、俺が師範と同じ時を生きられるなら、師範は俺と生きてくれるって事か?」
「え? ええ……。ですが……」
思わず肩越しに振り返れば、ギリルはなぜか瞳を輝かせていました。
お、おかしいですね……?
ここは絶望するところではなかったでしょうか?
「じゃあ、師範が人間に戻れたら、死ぬまで俺と一緒に居てくれるか?」
ギリルのキラキラと鮮やかに輝く新緑の瞳が、期待を浮かべて私を覗き込みました。
「そ……そんな……夢みたいな事を言わないでください……。余計に……辛くなってしまいますから……」
じわりと視界が歪んで、私は自身の悲しみに気付きました。
……こんなにも分かりきっている事が、こんなに……悲しくてたまらないなんて。
本当に、涙もろくなってしまったものです。
「師範、違うって、夢とかじゃない。本当に出来るかもって話だから」
ギリルは慌てて毛布の端を私の顔に押し付けると、溢れる前に涙を吸い取ってしまいました。
「……え?」
今……なんておっしゃいましたか……?
「だから、師範が人間に戻れるかもしれないって……」
……そんな、まさか……。
私は、そんな話は、一度だって聞いた事が……。
その瞬間、彼の事が胸に蘇りました。
長い黒髪をなびかせる、彼の姿が。
花を愛し、平和を愛していた彼の、あまりに唐突な消失……。
そして、争いの痕跡ひとつなかった、彼の気配が消えたはずの小さな村……。
まさか、彼は死んだのではなく、魔力を失って、あの穏やかな風景の中に溶け込んでいたというのでしょうか?
「……ほんとうに……そんなことが、できるのですか……?」
私の声は情けないほどに震えていました。
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