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年齢(私)
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ギリルの年齢がわからない事に気付いたのは、しばらく経ってからでした。
彼の生まれ故郷はもうありませんし、誰に尋ねる事もできません。
五つよりは大きく見えますが、七つか……八つか……。
私には子どもを育てた経験が無く、この子は年相応に食べていなかったので、体格から予想するのも難しい状態でした。
この世に生を受けた時をその身体に問う事はできましたが、それでは彼の根幹を私が握ってしまいかねませんし……。
「いーよ別に。俺は俺が何歳でも気にしねーから」
ギリルはぶっきらぼうにそう言ってから、ふっと新緑のような瞳に不安を滲ませて私を見上げました。
「せんせーは、俺の歳が分からないと……困るのか?」
ギリルはなぜか私の心配をしていました。
「いいえ、困ることはありませんよ」
「そか」
短い返事だけで彼はそっぽを向いてしまいましたが、小さな耳の隣では幼い頬がいつもより高い位置にありました。
……笑っているのでしょうか?
私が困らない事が彼にとって喜ばしい理由はどこにあるのでしょう?
小さな肩の向こうでは、今、彼の新緑の瞳が煌めいているのでしょうか。
「……ギリル」
彼の名が勝手に口から零れて、私は自分自身に驚きました。
「なんだ……?」
少年は、私の声にほんの少しだけ躊躇ってから振り返りました。
動きに合わせて揺れる赤い髪は鮮やかに燃える炎のようです。
どこか照れたような仕草は、ほんのりと色付いた頬を私に見られるのが恥ずかしいのでしょうか。
痩せていた頬にも肉が付き、ようやくふっくらと健康そうな輪郭になりましたね。
私を見上げた新緑は、やはり溢れんばかりの命をたたえていました。
その輝きに魅入られていると、不意に瞳が伏せられます。
「なんだよ……」
そういえば、私が呼んだんでしたね。
尖らせた唇も可愛らしいだなんて思っては、彼に失礼でしょうか。
「すみません。用はなかったのですが……」
「なんだよそれ。せんせーは用もないのに人を呼ぶのか?」
彼は血の繋がりのない私の事を『せんせい』と呼ぶようになっていました。
「おかしいですね。こんな事、今まで無かったのですが……」
首を傾げる私を、下から新緑の輝きがちらりと覗きます。
ああ、やっぱりその緑眼はとても美しいですね……。
私は、ギリルの瞳がこちらを見る度踊ってしまう心にようやく気が付きました。
「用件ならありました。私はあなたの顔が見たかったんです」
私の言葉に、大きく見開かれた彼の双眸が私を見つめたまま揺れました。
「な……。なん、だよ……それ……」
カアっと音がしそうなほどにみるみる染まる小さな頬。
私はどこか楽しい気持ちで、それを眺めていました。
こんな胸が弾むような気持ちは、とても久しぶりです。
この少年が立派に育った暁には、きっと私の忌むべき生を終わらせてくれる。
やっと、この世と別れられる。
そう期待していたのですが。
いえ、それが望みである事は変わらないのですが。
なんだか……『この生もそう悪くないかも知れない』だなんて。そんな風に思う日が私に訪れるなど、思いもよりませんでした。
実に不思議ですね。
自身に保護すべき対象が存在するというだけで、こうも世界は色を変えてしまうものなのでしょうか。
「ご迷惑でしたか?」
尋ねれば、彼は真っ赤な顔を背けかけ、それをグッと堪えてから小さな唇を尖らせて言いました。
「……別に」
「それはよかったです」
自然と綻ぶ頬に任せて私が微笑めば、まるで応えるかのように、新緑の瞳が優しく揺れました。
彼の生まれ故郷はもうありませんし、誰に尋ねる事もできません。
五つよりは大きく見えますが、七つか……八つか……。
私には子どもを育てた経験が無く、この子は年相応に食べていなかったので、体格から予想するのも難しい状態でした。
この世に生を受けた時をその身体に問う事はできましたが、それでは彼の根幹を私が握ってしまいかねませんし……。
「いーよ別に。俺は俺が何歳でも気にしねーから」
ギリルはぶっきらぼうにそう言ってから、ふっと新緑のような瞳に不安を滲ませて私を見上げました。
「せんせーは、俺の歳が分からないと……困るのか?」
ギリルはなぜか私の心配をしていました。
「いいえ、困ることはありませんよ」
「そか」
短い返事だけで彼はそっぽを向いてしまいましたが、小さな耳の隣では幼い頬がいつもより高い位置にありました。
……笑っているのでしょうか?
私が困らない事が彼にとって喜ばしい理由はどこにあるのでしょう?
小さな肩の向こうでは、今、彼の新緑の瞳が煌めいているのでしょうか。
「……ギリル」
彼の名が勝手に口から零れて、私は自分自身に驚きました。
「なんだ……?」
少年は、私の声にほんの少しだけ躊躇ってから振り返りました。
動きに合わせて揺れる赤い髪は鮮やかに燃える炎のようです。
どこか照れたような仕草は、ほんのりと色付いた頬を私に見られるのが恥ずかしいのでしょうか。
痩せていた頬にも肉が付き、ようやくふっくらと健康そうな輪郭になりましたね。
私を見上げた新緑は、やはり溢れんばかりの命をたたえていました。
その輝きに魅入られていると、不意に瞳が伏せられます。
「なんだよ……」
そういえば、私が呼んだんでしたね。
尖らせた唇も可愛らしいだなんて思っては、彼に失礼でしょうか。
「すみません。用はなかったのですが……」
「なんだよそれ。せんせーは用もないのに人を呼ぶのか?」
彼は血の繋がりのない私の事を『せんせい』と呼ぶようになっていました。
「おかしいですね。こんな事、今まで無かったのですが……」
首を傾げる私を、下から新緑の輝きがちらりと覗きます。
ああ、やっぱりその緑眼はとても美しいですね……。
私は、ギリルの瞳がこちらを見る度踊ってしまう心にようやく気が付きました。
「用件ならありました。私はあなたの顔が見たかったんです」
私の言葉に、大きく見開かれた彼の双眸が私を見つめたまま揺れました。
「な……。なん、だよ……それ……」
カアっと音がしそうなほどにみるみる染まる小さな頬。
私はどこか楽しい気持ちで、それを眺めていました。
こんな胸が弾むような気持ちは、とても久しぶりです。
この少年が立派に育った暁には、きっと私の忌むべき生を終わらせてくれる。
やっと、この世と別れられる。
そう期待していたのですが。
いえ、それが望みである事は変わらないのですが。
なんだか……『この生もそう悪くないかも知れない』だなんて。そんな風に思う日が私に訪れるなど、思いもよりませんでした。
実に不思議ですね。
自身に保護すべき対象が存在するというだけで、こうも世界は色を変えてしまうものなのでしょうか。
「ご迷惑でしたか?」
尋ねれば、彼は真っ赤な顔を背けかけ、それをグッと堪えてから小さな唇を尖らせて言いました。
「……別に」
「それはよかったです」
自然と綻ぶ頬に任せて私が微笑めば、まるで応えるかのように、新緑の瞳が優しく揺れました。
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