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番外編

その青色に触れたい(1/2) - ルストック視点

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「ルスー、上がったぞー」
少し高めの明るい声は、俺と同じ四十越えの男性とは思えない、張りのある若々しい響きで俺の耳に届く。
俺の名を短く呼び、気安く声をかけてきたのは、俺のパートナーとなる男だった。
こいつの声は心地良い。いくらでも聞いていたくなる。
特に、俺の腕の中で喘ぐ時の声は甘く蕩けるようで、ついつい時間を忘れて没頭してしまう。

「ああ」
短く答えて振り返れば、風呂場から出てきたレインズは、まだしっとりと濡れた鮮やかな金色の髪を、その背に下ろしていた。
金髪と言っても様々な色があるが、レインズの強く明るい鮮やかな金色は、濡れているせいで透明感を増し、まるで黄金のように高貴な輝きを放っている。どこか神々しさすら感じるほどに美しい色だと、俺は思う。
レインズはベッドに腰を下ろすと、首を傾げるようにして長い金髪を片側に寄せ、首に掛けていた布で拭き始めた。
そんな仕草も、まるで絵画の一枚のようで実にサマになる男だ。

俺の視線を感じたのか、不意に青い瞳がこちらを見た。
俺をじっと見つめる、透き通った青い宝石が、動揺に大きく揺れる。
「なっ、……何見てんだよ……」
淡い色をした薄い唇をほんの少し尖らせて、秀麗な眉を不服そうに顰めて、レインズは言う。
けれど、その頬にはほんのりと赤みが差して、青い瞳には喜びが滲んでいる。
まったくもって、照れ隠しにもなっていない。
そんな姿が、またどうしようもなく可愛いと俺は思う。

俺は口元に浮かぶ笑みをそのままに、同じ部屋で息をする、この美しい男に問う。
「お前、俺に会ってなかったら、今頃いいとこのお嬢さんに見初められて良い暮らしをしてたんじゃないか?」
俺の言葉に、青い瞳が不思議そうに揺れる。なんだ、その全くピンと来てない様子は。
「ルスに会わなかったら……かぁ。……うーん……。全然想像できねーや」
そう言って、金色の髪を揺らして男は苦笑する。
「ルスを知らない俺なんて、今の俺とは違い過ぎてさ」

……なんだそれは。
お前は、俺がいない世界は、想像すらできないのか……?

まるで、俺がいないと今のレインズは微塵も存在しないとでも言われたような気がして、俺は小さく息を呑む。

レインズは、なんの気もなさそうに、へらっと笑うとまた髪を拭き始める。
俺が次の言葉を見つけきれず静かに動揺を続けていると、レインズが振り返った。
「ルスはさ、まだやっぱ、魔物が憎いのか?」
不意に出された『魔物』という言葉に、ヒヤリと腹の底が冷える。
もう何十年と経ったのに、俺はまだ、その言葉を心穏やかには聞けなかった。
それでも、こちらを見つめてくる青い瞳が心配しないよう、表面上は穏やかに答える。
「魔物を前にすれば、どうしても……な」
復讐心に呑まれそうになることはある。
息絶えて地に沈むその肉塊ですら、切り刻みたくなる程の憎しみ。
けれど、そんな暗い自分の衝動にも、もう随分と慣れてきた。
「……だが、そうでない時は、少しは思う部分もできたよ」
いつまでも憎しみを消せない狭量な自身への自嘲を浮かべつつ俺が告げれば、レインズは青い瞳に驚きを浮かべて言った。
「へ? そうなのか!?」
「俺が、お前に逢えたのは、魔物が俺の故郷を潰したから……だからな」
魔物の姿を胸に浮かべていても、それでも愛しく見えてしまう金髪碧眼の男を見つめながら、俺は答える。
男はやはり、その宝石のような青い瞳を揺らして、あっという間に顔を耳まで赤く染めて、恥ずかしげにじわりと俺から視線を逸らすと、どこか拗ねるように言った。
「……ルス、お前……それじゃあ、無くしたものと手に入れたものが、つり合わねえだろ」

「そうか?」
お前は、自分がいかに美しく健気で価値のある存在なのか、まるで分かっていないな。
俺は内心で苦笑しながらも、そんなところも、また謙虚で好ましいと思う。
「剣も、学びも、騎士の仲間も、あの村にいては手に入らなかったものだろう」
俺が言えば、レインズは少しだけ遠くに視線を投げて、何かを思い出しているような顔をする。
「ルスは、あのまま村にいたら鳥飼いになってたって言ってたな」
「そんな昔の話、よく覚えてるな」
俺がその記憶力に感心すれば、レインズは少し照れ臭そうに笑って言った。
「お前の言葉は、俺にとってはずっと特別だったからな!」
ほんのり頬を染めて、俺に褒められたのが嬉しいのか。ちょっとだけ誇らしげな顔が、どこか子供っぽく映って、愛らしい。
そろそろ髪は乾いただろうか?
俺はおもむろにソファから立ち上がると、レインズの元へと足を進めつつ答える。
「俺の家はあの村で代々鳥を育てていたからな。食用だけじゃなく、乗用の飼育もしていた。物心つく頃には、俺も世話を手伝っていたよ」
「ルスは鳥の世話うまいもんな」
へらっと笑って、レインズが言う。
その頬に流れる金の髪を指先でそっとすくって、形の良い柔らかな耳にかけてやると、レインズは嬉しそうに青い目を細めた。
「慣れていただけだ」と答えて、レインズの隣に腰掛ける。
レインズの、まだしっとり潤んだ金髪をゆっくり撫でると、レインズの薄く柔らかな唇がむにゅむにゅと不思議な動きをした。
口元が緩むのを堪えようとしているのか、その淡く色付いた唇は、引き結ぼうとする努力と、滲む幸せの間で翻弄されているようだ。
「で、でもお前、鳥好きだろ?」
「まあな」
問われて即答する。
鳥の世話をする事は、今も変わらず好きだ。
ふかふかした鳥の首を撫でている間は、嫌な事を全て忘れられそうな気がした。
「鳥飼いの人生も、悪くなかったんじゃないか?」
「……そうだな」
毎日、朝から晩まで鳥の世話をして過ごす一生も、それはそれで幸せだったんだろう。
俺は、ぼんやりとそんな自分を想像して苦笑した。

途端、レインズが隣で小さく息を呑んだ。
見れば、青い瞳が焦りを滲ませて俺を見つめている。
またこいつは何か思い詰めてるのか?
俺が困った顔で笑いかければ、レインズはぐいと俺の頭を抱き寄せた。
「っ、ルスっ、俺、ルスのためなら何でもするから!!」
……俺は、そんなにお前が慌てるほど、望郷の色を浮かべていただろうか?
俺がどんなに懐かしんだところで、俺の村はもう無くなってしまったし、お前を置いて帰る場所なんてどこにも無い。
「……どうした急に」
尋ねれば、レインズは俺の頭を抱いたまま、真剣な声で可愛いことを言う。
「いや、ルスが寂しそうで、つい……」
俺は小さく苦笑すると、温かな男の胸で目を閉じた。

それにしても、お前の心臓の音はいつもバクバクとうるさいな。
一緒に暮らし始めて、もう三ヶ月になるというのに。
そろそろ慣れても良いんじゃないか?
共に居る時は、こうやって頻繁に触れ合っているだろう?
俺はレインズの背に手を回す。
『何でもする』と口走った男の背を、首の裏から腰の辺りまでゆっくりと撫で回せば、時折小さく肩が揺れる。
レイのしなやかな身体が、じわりと熱を持つのが伝わってくる。
「ルス……」
俺を求めるような声で、小さく名を呼ばれて、俺は気付いた。

ああ、そうか。
俺には、もうあったな。帰る場所が。

俺よりずっと細い腰へ回した両腕に、じわりと力を込めてゆく。
「……っ」
俺の頭上で僅かに漏らされた息に、顔を上げて見れば、潤んだ青い瞳が不安げにこちらを見つめていた。
なんだその顔は。
俺は、レイを安心させるように笑いかける。
「レイ、俺はお前を置いてどこかに行ったりしない。俺は一生を、お前と共にあると誓っただろう?」
レイは俺の言葉に、必死で応えてきた。
「ルス、俺……っ、ずっと、そばに居るから……っ」
苦しげに、それしか出来ない自身を申し訳なく思っているかのように、美しい金色の眉が寄せられている。
その眉を解いてやりたくて、俺はレイの細い顎を引き寄せた。
優しく口付ければ、レイの柔らかな唇が俺を受け入れる。

俺には、お前がこうして俺に全てを許してくれるだけで、とうに身に余る程だと言うのに。
お前は常に、俺を失う事を恐れてるんだな……。

今までの経緯を思えば、それも無理の無い事か。
そうは思うものの、それでも俺は、なんとかしてこいつを安心させてやりたいと思っていた。
そっと唇を離せば、レイは寂しくてたまらないような顔で縋り付くように俺を見つめている。
俺よりも、お前が寂しいんじゃないのか?
そう思いながらも、俺はレイの青い瞳に映る自分の姿を確認しながら、ゆっくりと諭すように話した。
「俺は、もう寂しくはない。仲間も、後を任せられる後輩もいる」
レイの頬を撫でて、俺は目を細める。
「何より隣には、お前がいてくれるだろう?」
俺の言葉に、青い瞳が小さく見開かれる。
「ルス……」
恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに笑うこの男を、俺はもう一生手放せそうになかった。
「お前は本当に、可愛い奴だな」
愛しい思いを持て余しながら呟いた俺の言葉に、レイが頬を染める。
いつまでも初々しい反応を返してくるレイに、俺は苦笑しつつも、そんなところがより一層可愛いと思う。
「レイ……。お前が俺の、帰る場所だ」
耳元に口付けて、愛を込めて囁く。
「ぁ……。ルス、俺……」
レイの肩がびくりと揺れて、小さく熱い息が零れれば、つられるように俺の身体も熱を帯びた。
わざと水音を立てながら耳の中へと舌を挿し入れると、俺の背に回されていたレイの腕が、俺を求めるように力を増す。
「んんっ……う……」
耳の形を確かめるように輪郭を舐め上げて、その中を舌で撫で回し、柔らかな耳たぶを口に含んで吸い上げれば、レイはその度小さく声を漏らした。
「お前は……どこに触れても感じるんだな」
耳の中で囁けば、俺の腕の中でレイが小さく身を震わせる。
「ぅ……、ルスが……触る、か、ら……っ」
甘くねだるような声と、それでいて拗ねるような言い草が、俺を煽る。
これで無自覚なのだから、困ったものだ。

すらりとした顎のラインを指先でゆっくり撫でて、頬に口付ける。
美しいその顔に舌を這わせれば、俺の背にしがみ付くように回されていたレイの指先に力が入る。
「……っ、ぅ……」
額に、眉間に口付けると、自然と瞼が閉じられた。
その閉じられた瞼に、何だか小さく拒絶されたような気がして、俺は金色のまつ毛を舌先でなぞった。
ふるり、と小さく揺れる金色のまつ毛。
俺の三倍は生えていそうなふさふさしたまつ毛は、俺の唾液でいくつかの毛束に分かれ、余計に艶っぽい姿になっていた。

「……ルス?」
レイがそろりと目を開く。
けれど、俺が唇を寄せれば、そこはまた閉じられてしまった。
瞼の境に舌先を差し込もうとするも、唇よりも薄いそこは、けれど唇よりも強固に青い宝石を覆い隠していた。
「ル、ルス!?」
レイの声に焦りと困惑が滲む。
「何して……っ」
問おうとするその唇へ、唇を押し付ける。
強く吸い上げれば、強ばったレイの身体から徐々に力が抜ける。
そっと離して、うっとりと俺を見つめる青い瞳へもう一度唇を寄せる。
しかし、それに触れる前に、またも瞼を閉じられてしまった。

「目を開けてくれ」
俺の言葉は、自分が思うよりずっと真剣な音で響いた。
「な、何でだよ……」
「お前の瞳に触れたい」
真っ直ぐ見つめて告げれば、レイが動揺を滲ませる。
「うぇ……。……うう、どうしても、か……?」
レイは、驚きと困惑の入り混じった声で尋ねる。
俺はちょっとだけ迷ってから、答えた。
「…………どうしてもという事はない。お前が嫌なら、やめておこう」

身体を離せば、レイはその目を開いて一瞬傷付いたような顔をして、それから慌てて言い返す。
「いっ……いや、だって、目なんか触られたらぜってーいてーだろ!?」
「そうかも知れんな」
「いや、そーだろ!?」
レイは、俺の期待に添えなかったことがよっぽど心苦しかったのか、俺に必死で同意を求めてきた。
俺は、残念な思いを呑み込みながら答える。
「お前なら、俺が触れれば感じそうな気がしてしまってな」
「なんでだよ! 流石に無理だろ!!」
まだ赤みの残る頬で、レイが叫ぶ。
焦った顔も、また可愛い。
「試してみるか?」
「……え。……いや、それは……」
「嫌か。それなら仕方ないな」
サアッと青くなった男に、俺は苦笑を浮かべて視線を逸らした。
これ以上、俺を必死で見つめるその青い瞳を見ていたら、力尽くでもその瞳を手に入れたくなってしまいそうだった。
隣に並んで町を歩けば、こいつが道行く人々の目を奪う存在だという事は嫌でも分かる。
鮮やかな金髪に、真っ青に煌めく瞳。
皆の視線を釘付けるその瞳を、俺だけに許してほしいと、俺だけのものにしたいと欲してしまう。
この欲は、あまり良いものではないだろう。
レイが拒否するのなら、きっと、それが正しい。

夜風にでも当たって頭を冷やそうと、俺は立ち上がる。
と、不意に腕を掴まれた。
驚いて振り返ると、レイはどこか泣きそうな顔をして俺を見上げていた。
「ルス……」
「大丈夫だ。ちょっと頭を冷やしてくる。お前は何も悪くないし、気に病む必要もない」
そう言って、なるべく優しく髪を撫でる。
後頭部の傷に触れないように、いつものように側頭部を撫で下ろすと、レイの手が俺の手を包んだ。
そのまますりすりと頬を俺の手のひらに寄せられる。
「……あまり甘えられると、押し倒してしまうぞ?」
「ん」
手を掴まれたまま、コクリと頷かれて、俺は迷う。
明日は二人揃っての休みだし、元からそのつもりではあった。
けれど、今。心が乱れたままに抱いてしまえば、また前のようにこいつを抱き潰さないとも限らない。
俺は視線を窓に投げると、大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐く。
心を落ち着かせるように。
自分の頭をなるべく冷静に保つように。

俺の反応が無い事を焦ってか、レイが思い詰めたような顔で口を開いた。
「いっ、……一回だけなら、試しても、いい……ぞ……」

思わず、ぽかんとした顔でレイを見る。
俺をおずおずと見上げてくる青い瞳と、ぱち、と目が合うと、レイは恥ずかしそうに頬を染めて俺の手に隠れるように俯いた。

おいおい。どうしてそう、お前はやることなすこと可愛いんだ。
「……本当に、いいんだな?」
俺はもう一度ベッドに腰を下ろしながら、俺の手のひらに顔を隠そうとしている男の耳元へ顔を寄せると、囁くように確認する。
「い、一回だけだからなっ」
顔を隠したまま、レイが答える。
一回だろうが二回だろうが、同じようなものだろう。
こいつは、俺になら痛い目に遭わされてもいいと言ったのだと、分かっているのだろうか。
思わず口元に滲んでしまう笑みを隠すようにして、俺はレイの耳元で囁いた。
「……痛いかも知れないぞ?」
びくり、と肩が揺れる。
けれど、俺を拒む気はないらしい。

そうか。
それなら、有り難くいただくとしよう。
お前の、初めてを……。

胸の内に膨れ上がる征服欲に気付かないふりをしながら、なるべく優しく、レイの頬を両手で包むようにして引き寄せる。
「えと、……目、瞑っちまったら、ごめんな?」
レイはどこか緊張した面持ちで俺を見つめてから、視線の置き場を探すように、そっと目を伏せる。
ごくり。とレイの喉が小さく音を鳴らす様子に、その緊張が痛いほど伝わった。
「そんなに力を入れるな。大丈夫だ。痛ければすぐにやめる」
俺は宥めるように言って指先で頬を撫でながらも、それを要求している自身を自嘲する。
自嘲ではあったが、俺が笑ったことにレイは少し安心したのか、嬉しげに目を細めて俺を見上げた。

ああ、やはりお前の瞳は美しいな。
深みのある青。それなのに奥まで透き通って、チラチラと揺れる部屋の灯りが、青い海の中で踊っているようだ。

未知への不安と恐怖を、俺への信頼で抑えて、俺のために笑ってくれる。
その健気さが、俺にはたまらなかった。
左眼には長めの前髪がサラサラとかかっている。そうでない右眼に狙いを定めて、俺は左手の親指と人差し指で、レイの瞼が閉じないよう押さえた。
それだけの刺激で、反射的に瞬きしそうになるらしいその瞳を、逃さないように拘束する。
ゆっくり顔を近付ければ、レイの表情に恐怖が滲む。
目を閉じることも逸らす事もできない男が、どうしようもなく息を止める。
あまり長く息を止めているようなら、一度放してやろう。頭の隅でそう思いながら、俺は舌を伸ばした。
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