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210話 恩人様と竜の碧石
しおりを挟むエリィ達はデノマイラを目指しはするものの、少々街道を外れ、狩りや採集を楽しむ事にした。
片やエリィ達の合流待ちのデノマイラの邸では、集まった面々が突然やってきた高位貴族達に落ち着かない。
そんな頃の聖英信団 ゴルドラーデン王都中央聖堂では、信官吏ツィリーネから一枚の羊皮紙様の物を受け取る信官吏長パトリシアの姿があった。
「動志パッタルからです」
「動志? 珍しいわねぇ~」
パトリシアは受け取った紙様の物に綴られた文字に目を落とした。
『動志』と言うのは、パトリシア達各地の聖堂で勤める信官吏らと違って、各地を何等かで巡る者達の事を指す。
そして今パトリシアが手にしているのは『ハッファの光軌』座長パッタルからの物だ。
ちなみに今更だが、ハッファの光軌の『光軌』は現代日本で言うなら『流れ星』の事である。最もこの世界では妖精の祝福だとか言われている物で、宇宙空間に存在する小さなチリなどが大気圏に突入する際、発光する現象だとは思われていない。
「………」
真剣な表情で書面の文字を追うパトリシアに、もしかして悪い知らせだろうかと、ツィリーネが不安そうにスカートを握りしめる。
控えたまま暫く待つが、珍しくパトリシアが真剣な表情を崩さないので、更に不安が増し、とうとう堪え切れずに恐る恐る声をかけた。
「……パトリシア様…?」
「ん~? どうしたのぉ?」
「いえ、その……もしや悪い知らせですか?」
書面から顔を上げたパトリシアは、落ち着かなげなツィリーネにきょとんと首を傾げるが、問いかけに『あぁ』と納得して小さく頷いた。
「悪い訳ではないわよぉ。ただ久しぶりに『竜の碧石』が旅立ったみたいなのよぉねぇ」
「『竜の碧石』と言いますと、ハッファの光軌の初代座長で、我ら聖英信団の開祖ともいわれるジャダナイファ様の…?」
「そうよぉ、お父さ……ぁ、ついお父さんって言っちゃうわぁ、ふふ」
「今はバルナーラ様もいらっしゃいませんし、良いのではないですか?」
パトリシアはパッと顔を輝かせる。
「あは、ツィリーネのそう思う? お母さんだってお父さんに惚れてただろう癖に、亡き夫を裏切れないとか何とか言っちゃってさぁ。あたしからしたら実のお父さんとか言われても、生まれた時から居ない人より、血の繋がりは一滴もなくてもジャダおじさんの方が、ずーっとお父さんなんだモン。
やだ、話が逸れちゃったわぁ~、そう、そのお父さんの遺品とも言うべき指輪だわねぇ。お父さんがまだ若くて一人で旅をしていた頃に出会った、死を目前にした竜が残した魔石の破片の一つを使ったものなのよぉ。
お父さんの死後は『ハッファの光軌』の座長に代々受け継がれてたんだけど……あれを渡すほどの恩人って……そっちの方が気になっちゃうわぁ」
「確か指輪に加工したもの以外は、各地の聖英堂転移の目印として使われているとか…そうでしたよね?」
パトリシアは、そのジャダナイファとか言う人物の事が本当に好きな様で、とても楽しそうに思い出しながら話す。
「そうそう、死に掛けた竜に、自分を殺したいなら殺せ、人間種にとって金とやらになるんだろう?って言われたのに、甲斐甲斐しく最期まで世話したらしいのよね。
まぁ、他人なあたしら母娘の面倒も、付かづ離れずの距離とは言え、ずうっと見てくれるくらいお人好しなお父さんだモン、わかる……かもぉ?
死に際に残した竜の言葉って言うのが、最期に楽しかった、ありがとうとか感謝だったらしくて」
「そうなんですか? 初めて聞きました」
「あ~、そっか、そっかも……あたしが何度も聞きたがって、その度に仕方ないなぁって話してくれンのよ、そんな大事な思い出とセットの話だから、詳しく話した事はなかったかもだわ~。だけどツィリーネなら良いわ~」
「ありがとうございます。それで『竜の碧石』が旅立ったというのは?」
「ハッファの光軌の恩人に渡したみたいよ~。それでそのうちこっちにも来たら良くしてやって欲しいってさぁ」
パトリシアの横に控える様に立っているツィリーネが神妙に頷いた。
「なるほど、ハッファの光軌の恩人となりますと、確かに我ら聖英信団にとっても恩人となりますものね」
「ま~ぁ~、そうなんだけどぉ~くふッ」
間延びした返事をしたかと思うと、パトリシアの目が眇められる。
そのせいで笑顔が笑顔に見えなくなり、ツィリーネの背筋に寒いものが走り抜けた。
「んっふ お父さんの指輪を渡された人だモン、疑ったりはしないし、何より恩人は恩人だから、ちゃあんと働かせてもらうけどぉ~……」
「パ、パトリシア…さ、ま…?」
「実力くらいは知っておきたいじゃなぁい? やっぱ強い奴なら色々便宜の図り甲斐ってモンもあるしぃ~」
送られてきた羊皮紙様の一枚をポイッと近くの机に放り投げ、パトリシアは被っていたウィンプルも同じく放り投げた。
「実力次第で関わる深度を変えるくらい、文句は言われないと思うのよ~」
「と言うと、その恩人様というのは、腕の立つ方という事ですか?」
「ん~どうかしらぁ、窮地は救われたらしいけどぉ、別に戦いにはなってないみたいなのよぉ。だけどパッタルが…というか一座としても認めた人物なんだってぇ~」
パトリシアから帰ってきた言葉に、信官吏ツィリーネの顔が一瞬で引き攣る。
「……はい?」
「だからぁ、なんか悪気を癒してもらったとかでぇ。恩人様の名前はエリィ様でぇ、見た目は目元に包帯巻いた小さな女の子なんだってぇ~」
ツィリーネは顔を引き攣らせたまま、しかし両の拳をグッと握りしめた。
「あ、貴女はそんな方に実力がどうのって、なんですか!!??
癒し手となると戦闘能力はほぼ皆無なはず、えぇナシです、ナシ!!
そのうえ小さな女の子で目元に包帯…なのに襲い掛かる気満々なんですか!!??」
流石に耳元で怒鳴られて、パトリシアは咄嗟に耳を押さえる。
「ツィリーネ煩ぁ~い。耳痛ぁ~い」
「だまらっしゃい!!」
はうと唸って微かに身を竦めるパトリシアに、さらに追い打ちをかける。
「全く、何かと言うと脳みそまで筋肉な発言と行動では困ります!
バルナーラ様にもご報告しますからね!」
ツィリーネの言葉にパトリシアが情けない表情で振り向いた。
「ちょ! お母さん関係ないでしょおおおお!」
「実力を測るのは構いませんが、仮にも恩人様ですよ!? そんな方に、しかも癒し手様に襲い掛かろうなどと……全く持って許し難い所業です!!
私が言って聞いてくれないのであれば、バルナーラ様にお願いするよりほかありません!!」
ぐぅぅぅと低く唸るパトリシアを、ツィリーネは目力を込めて睨み返す。
「わ、わかったわよぉ~! 大人しくしてればいいんでしょ~!?」
「お判りいただけたようで何よりです。
良いですか? 何度も言うようですが『ハッファの光軌』の恩人様は我ら聖英信団にとっても恩人様なんです! ココマデハ、イイデスネ?」
「……ったくぅ」
「返事は!?」
「はい!!」
「宜しい。恩人様とは言え、聖英信団としてもやはりお人柄など見極めたいと言うのは当然ですので、止はしません、しかし方法はちゃんと考えてください!」
「……はい」
「癒し手……薬師か何かなんでしょうね、普通に考えれば武器を振りまわすようなタイプではないでしょう」
「(そんなのわかんないじゃんね~?)」
「………」
ツィリーネには聞こえないように呟いたはずなのに、彼女は地獄耳なのか…。
「目元に包帯、もしかすると視界に問題がある方かもしれません。そして何より小さな女の子に無体な事はやめてください! いいですね!?」
『それもわかんないじゃんねぇ』とか呟きかけた所で再び睨まれる。
「見た目が小さいだけで本当に子供かどうかわからないのも事実ですが、だからといって問答無用で襲い掛かろうとするバカは貴女くらいです」
「……ハイ、ゴメンナサイ」
ツィリーネを怒らせるのはやっぱりまずかったかと、パトリシアは項垂れた。
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