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200話 悪気の調査人がやってきた

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 なるほど、なるほど……。
 お金の事や重さ、時刻の事なんかは、これまでオリアーナ達に教えて貰って知ることが出来たし、ギルドの事含め、売り買いの事やふわっとではあるが身分の事などもトクスで知ることが出来た。
 思わぬ縁も得たり等、想定外の事の少なくなかったがそれはそれ、まだまだ知らない事は沢山ある。
 それを色々と教えて貰うことが出来た。

 例えば医療の事。以前はやはり治療師と呼ばれる回復魔法の使い手が治療にあたってくれていたらしいのだが、魔素の減った今は魔法を行使できる者が少なくなり、神殿に併設されていた治療院は閉められたままになっているらしい。
 代わりと言う訳ではないかもしれないが、今なお魔法を使える極少数の治療師が作ったと言う売り文句で、薬は販売してくれるのだがほぼ御貴族様専用で、庶民が手にできるものではないらしい。
 そして初めて知ったが、等級が同じでも作成者によって効果の出方が違ったりするのだそうだ。
 レシピに工夫を加えたりして差別化を図っているせいかと思ったのだが、同じレシピでも差や変化が出ると言う。
 まぁ、同じ等級でもピンキリという事なのだろう。
 何処かで線引きはしなければならないのだから、その辺は至極当たり前なのかもしれない。
 そして今回のニモシャの様な下痢などを伴う症状は、下手をすると隔離された上に処分……皆殺しの憂き目に遭ったかもしれないと言う。
 前世の地球でもコレラ、赤痢、ペスト、天然痘等々、人々を苦しめ脅かした病は枚挙に暇がない。
 そしてその結果、差別や虐殺に至った事例も同じくだ。
 だからこそ『ハッファの光軌』一座も、エリィに対して恩義を感じまくってくれているのだろう。

 そして教育水準もかなり低い様だ。
 一座として貴族家と関わったりする場合があるので、読み書きは一通り教えているらしいが、農村に限らず平民は読み書きできない者が殆どだと言う。
 名前だけ書けると言う者はいると言うが、それを読み書きできると言う範疇に含めるのは無理がある。
 当然算術が出来る者等ほんの一握りだ。

 そんな話を色々としていると、テントの外が騒がしい事に気付く。
 急いで席を立とうとするヌジャルを手で制し、座長のパッタルがのそりと入り口に向かうと閉じていた布を開いた。

「何事だい? 騒がしい」

 テントの入り口に立つ座長の姿を目にし、周囲に集まっていた座員達に安堵の色が広がった。

「お前がここの責任者か?」

 居丈高に問いかけてきたのは、いかにも兵士といった装いの厳つい男性達と、ローブ姿で帽子を深々と被った人が1人……見える顔の皺からかなり高齢層だ。その彼らのずっと後ろには、先だってヌジャルから助けを求められていた旅人達の姿も見て取れる。
 パッタルはテントからすっかり身を出し、ゆっくりと礼を姿勢を取った。

「はい。『ハッファの光軌』の座長を務めておりますパッタルと申します。兵士の皆さまには如何様な御用向きでしょうか?」

 きょとんと好々爺の風情で訊ねれば、一番先頭に居た一際デカい人物が、眼光鋭く威嚇するように問いかけて来る。

「うむ。実はな、後ろにいる旅の者達がやってきて『悪気』だと言うのだ。それで確認に来たのだが」
「左様でございましたか」
「それでどうなのだ? か、隠し立てする事は許さんぞ」

 厳つい兵士と言えど病は恐いのだろう。どこか及び腰に怒鳴りつける。
 流石にその声はテントの中に残されたエリィ達にも聞こえた。不安げに顔を見合わせるヌジャルとケラシャを後目に、エリィが「よっ」と年寄じみた掛け声とともに椅子から飛び降りる。

「エ、エリィ様……」
「ん? あぁ、事情説明に行くだけ。パッタルさんより私が説明した方が良いでしょ」

 そう言うが早いか、さっさとテントの外に滑り出ると、パッタルの隣に立ち並んで兵士達を見上げた。
 突然出てきた子供、しかもフードを目深に被り、その上顔の上半分を包帯で覆った怪しい子供の登場に、兵士達に緊張が走る。
 必死に狼狽える様子を見せないように頑張っていたパッタルに、ちらと顔を向けて頷き、エリィが一歩前に出た。

「怪しい身なりの者の登場で、即臨戦態勢になるのは兵士として優秀だと感服いたしますが、事情の説明くらいさせて頂けませんか?
 それとも『疑わしきは罰する』の姿勢なのでしょうか?」

 怒鳴ったりする訳でもなく、静かに紡ぐ凛としたエリィの声が通ると、兵士達もバツが悪そうに、思わず剣の柄に伸ばしかけた手を下ろす。

「……いや、………そ、それは、その……」

 しどろもどろと口籠る戦闘の兵士を気遣ったりは一切せず、彼らの後ろにいる帽子をかぶったローブ姿の老人に顔を向ける。
 ざっと素早く鑑定してみれば、どうやら彼も鑑定スキルを持っているようだ。エリィに鑑定された事に気付いていない様子なので、エリィより力量は劣るのだろうが、もしかすると悪気とやらの鑑定に特化しているのかもしれない。

「そちらの御老人様、貴方様が調査人? それとも鑑定人とお呼びすれば良いでしょうか? 特に問題が無いようでしたら、先に鑑定して頂いても宜しいでしょうか?」

 丁寧は言葉遣いながらも、色々とすっぱりさっぱり削り落として言葉を進めるエリィに、パッタルも兵士達も、勿論鑑定人御老人も目を丸くしている。
 だが無駄な言葉を重ねても事態は進まない。こういう事は早々に終わらせた方が話が早くて済む。

 何しろ鑑定されて困る事等、何もないのだ。
 ニモシャはまだ床に伏せているが、それは体力が落ちているからで、感染源になる危険性は少ないというか、ない。
 看病を交代する時に、あの白い肌の踊り子さん、名をムルメーシャと言ったか…彼女が感染してはと、ざっくりだがニモシャを鑑定していた。
 そして出たのは体力低下状態の一文。
 感染の危険性を追求してみれば、そちらも問題がなかったのだ。

 それにさっき聞いた話では、発疹が出ようが、下痢をしようが、なんなら部分壊死しようが、全て『悪気』なのだと言う。
 つまり原因の特定などしていないのだ。

 一応周辺も視て見るが、全く問題ない。
 タリュンの葉と共に桶につけたままの衣服も問題なく消毒殺菌されているし、地面他も大丈夫だ。
 しかし難癖をつけられても気分が悪い。
 人知れずささっと浄化しておく。これで文句はあるまい。
 最早浄化魔法程度なら寝ながらでも行使できるのだ。

 兵士達に促されるようにして、前に出た老人が周囲を見回す。
 暫くして首を振る。

「見える範囲で悪気の影はないですな」

 老人の言葉を聞いて、あからさまに兵士の顔色が良くなった。

「そ、そうか! だが一応念のために病人も鑑定してもらえるか?」
「はぁ、悪気だったらこんなに綺麗なはずないんですがねぇ、はぁ、わかりましたよ」

 何をもって綺麗なのかわからないが、悪気特有の何かが御老人には視ることが出来るのだろう。そんな鑑定人の老人だが、悪気ではないから帰らせろの構えのようだ。とは言え兵士達に逆らうのも得策ではないみたいで、仕方ないと言いたげに溜息が混じる。

「おい、ぐったりした子供がいたんだろう? そいつの所へ案内しろ」

 悪気ではないと聞いて、安心した途端、更に居丈高になる兵士に、誰もが眉を顰めるが、当然エリィはどこ吹く風である。

「案内するのは構いませんが、兵士様方が来た所で何の役にも立てませんでしょう? ですので鑑定の御老人様だけでお願いしたいのですが?」
「な!? き、貴様、なんという!」

 ギリッと奥歯を噛んだ音がしたかと思ったら、再び剣の柄に手をかける兵士を、鑑定人の老人が止める。

「すぐ手が出そうになるのはあまりに余裕がありませんな。それに彼女の言う通りです。病人の枕元へ大勢で踏み込むのはよろしくない。私だけで良いので案内してくれますか?」
「はい、勿論です」

 エリィが先導するように奥のテントへ向かう。
 扉代わりの布を押し開ければ、外の喧騒が聞こえていたらしく、ムルメーシャが酷く不安そうにこちらを見ていた。
 彼女の傍らでは、さっきよりも更に顔色の良くなった少女、ニモシャが穏やかな寝息を立てていた。

 老人は入り口に立ったまま微動だにしない。現在進行形で鑑定しているのだろう。

「うむ。清潔で病人にはいい環境のようですな。しかし彼女は酷く体力が落ちているようです。やはり幼い子供に旅は辛いのかもしれませんな…いや、失礼した。ゆっくり休ませてあげてください」

 穏やかに言い切ると老人は、さっさとニモシャの眠るテントから離れ、何とも不機嫌そうな兵士達に近づいて行った。

「病人も悪気ではありませんでしたよ。多分だが長旅の疲れが出たんでしょう。
 幼い子供だから、疲労が極端な形で出ただけだと思いますね。まだ調べますかな?」
「む!? い、いや、悪気でないならそれでいい。全く紛らわしい!」

 無駄にデカくて厳つい兵士が、かなり後方に控えていた旅人たちを睨みつける。

「はぁ……彼らは悪気かもしれないと言って報告してくれただけですよ。わかりますかね? あくまで『かもしれない』だ。可能性でしかないんですよ?」
「う……だ、だが私には町の治安を守る義務があってだな、このような誤報に振り回されるのは…」
「そもそも貴方が望んで飛び出して来たんでしょうが……最初に詳しく確認もしないまま飛び出して、あーだこーだと文句をつけるもんではない」
「うぐ……」

 腕組みをして、良い年をした大人たちの言い合いを冷ややかに見ていたエリィが、ボソリと低く呟く。

「終わりましたでしょうか?」
「な!」
「あぁ、すまなかったね。我らはここまでで失礼させてもらうとしましょう」
「ハイ、ソレデハ、ゴキゲンヨウ」

 未だ唸る兵士らを引き摺って帰って行く老人達を、淡々と棒読みで見送ってから振り返ると、何故か座員一同がひれ伏していた。

「……はい?」



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