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176話 蠢く悪意達

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「この辺だけ魔物が少ないですから、当たりかもしれないですね」
「元7階級は伊達じゃないってことですか」
「そんな人が砦に居てくれたら、俺らもっと楽できるのにな~」
「お前ら……戻ったら訓練メニューの見直しを検討しよう」
「「「え!? そんな~」」」

 小さかった話声はどんどん大きくなり、ゲナイド達との距離が近くなっていく。
 マツトーの話によればこの辺の魔物が殆どいなくなっているのは、エリィ達が殲滅していったからだろうとの事だから、砦に欲しい人材はマツトーではなくエリィ達じゃないか、なんてどうでもいい突っ込みを心の内でしている間に、木々の合間から相手の姿は確認できるようになった。

 剣を腰に携え、先頭の兵士は長い棒で進む先の下草を横払いにしている。見えにくい下草に隠れるような毒蛇や毒虫を警戒しての事だろうか。その彼の後ろ、先頭から2番目の兵士は上の方を警戒しながら、時折鈴の様な物を鳴らしている。
 鈴のようなものは魔物除けの魔具の一種で、商隊等がよく用いるものだが、街道を行く商隊なら兎も角、魔窟前線の砦の兵士が使っているのは驚きだ。
 それと言うのも小物にしか効果が見込めない代物だから。ある程度の大きさの魔物には効果がない事はゲナイド達は実感として知っている。過去、商隊護衛の依頼を受けた時、その依頼主がゲナイド達にも渡してきたのだが、しっかり襲われた経験があるのだ。
 そんなものを何故兵士が使っているんだろうと不思議に思っていると、先頭から3番目に位置する男の顔が見えた。

「「「「「!!」」」」」

 ゲナイド側全員が息を呑む。

「なんにせよ、この辺から慎重に探して行こう。全員魔物除けの鈴は持ったか?」
「「「はい」」」
「よし、じゃあ二人ずつ組みになって探索してくれ」

 指示を飛ばしている彼こそ、ゲナイド達が保護に向かっているコッタム子爵本人ではないか。
 何故こんな場所に総指揮官自らお出ましになっているのかわからないが、向こうから来てくれたのならとてもありがたい。

「(ゲナイド、あれ)」
「(あぁ、飛んで火に入る何とやらだな)」
「(誰が行く?)」
「(カムラン、お前初手を頼む。警戒されるなよ)」
「(俺も行った方が良いか? どう見ても捜索対象は俺だろう)」
「(多分そうだと思いますがね、とりあえずはカムランに任せましょう)」
「(わかった)」

 話がついた所でカムランだけ少し離れ、そこから大きな音をわざと立てつつ兵士たちに声をかけた。

「すみません、敵じゃないです。ギルドから派遣されてきたギルド員パーティなんですが」

 カムランがたてた大きな音に反応してトタイス含め兵士全員が身構える前へ、カムランが軽く両手を上げながら出る。

「君は…」

 カムランの顔を見てトタイスが微かに瞠目した。
 その声に初めて気づいたかのように、元々動きの少ない表情筋を駆使して不自然に見えないように取り繕う。

「貴方は、まさか……コッタム総指揮官…でいらっしゃいますか?」
「あぁ、君は確か大地の剣の」
「はい、カムランと言います。まさか我ら西方魔窟の守護神なる貴方に名を知っててもらえるとは……」

 心から思っているかのようにカムランの声が僅かに歓喜に上ずる。

「随分と大仰だな。そしてその言葉、そっくりお返ししよう。君ら大地の剣を始めとするギルド員達は、我ら前線を預かる者にとって後顧を託す拠り所なのだ。これからも宜しく頼む」
「……ぉ、お~い…いい感じでまとまってる所悪いんだが、ちょっと手を貸してくれ~」

 トタイスたちと対峙しているカムランの後方から、木の陰に隠れつつゲナイドが声をあげる。

「合流できたのは良かったんだが、村サブの調子が思った以上によくなくてな~」

 一部棒読みの声に、小声でマツトーが抗議する。

「(おい、俺は一人で動ける)」
「(ちょ、いいからここは任せてもらえませんかね、この方が助かるんですよ)」

 ゲナイドの狙いがはっきりとしないが、そう言われればマツトーとしても乗るしかない。

「す。すまない……」
「何!? その声はマツトー殿!?……あぁ、無事で何よりだ。おーい、全員捜索は終了だ」

 トタイスの声にどこにそんなに居たんだと首を傾げたくなるほどの兵士たちが、わらわらと湧いて出てきた。
 トタイス本人は数名で身軽に捜索に向かうつもりだったのだが、副官以下皆からの許可が下りずに、こんな大所帯になってしまった。

「1から3班以外は砦へ先行して戻れ。途中魔物の姿があれば殲滅していけよ」
「「「「「ハッ!!」」」」」
「1から3班は私に続け」

 そう言って横をすり抜けてゲナイド達が潜む後方へ向かうトタイス達砦兵士一団を、カムランが表情には出していないが、内心おろおろと見送る。

「(おい、乗ったはいいが、どうしたらいいんだ?)」
「(村サブはしっかり調子が悪いふりしててくださいよ)」
「(わ、わかった)」

 ゲナイドとマツトーがこそこそと打ち合わせをしていると、木を回り込んできたトタイス隊がやってきた。

「おい、3班はマツトー殿を診てくれ。2班は念の為周囲の警戒にあたれ」
「コッタム総指揮官、ありがとうございます」
「おお、貴殿はゲナイド殿か。そちらに怪我などはないか?」
「はい、自分らは問題ないです。ですが村サブの体長があまりよくなくてですね」
「ふむ、元より砦に一旦入って頂く予定だったのだが、砦までは持ちそうか?」
「それなんですが、トクス村まで護送して頂くことはできませんか?」

 砦で受け入れた後療養をして貰う心積もりだったトタイスが怪訝な表情で固まる。

「トクス村まで? いや、体調が悪いなら一旦砦の方に来て貰った方が…」

 納得できないと言葉を返すトタイスに、ゲナイドはにじり寄って耳打ちする。

「(いえね、ここだけの話にしておいて欲しいんですが、村サブってば無断で飛び出してたんですよ。それでギルドの方が少し……)」
「(まさか)」
「(そのまさかで…、それに砦の貴重な薬品類を使って頂くのも心苦しい所で、ヴェルザンから何が何でも連れ帰るように言われてるんですわ)」

 この際、ある事ない事何でも言って、トタイスにトクス村まで来てもらうのが一番と判断したのだ。
 ゲナイドの視界の端に写るマツトーの表情が「貴様覚えてろよ」と言いたげに半眼になって行くのをそっと見過ごす。

「ふむ……そういう事であれば護送するのは問題ない。怪我人を乗せるための車も一応用意して来てはあるからな。ただ前線の物なのであまり上等な代物ではないぞ? マツトー殿が耐えられればいいが……おい、マツトー殿の容態はどうだ?」

 体調が悪いふりをするマツトーを取り囲んであちこち診ていた兵士が声を返す。

「護送は多分大丈夫だと思います。それに確かにこれは村まで運んだ方が良いかもしれません。皮膚の爛れが見られます」
「爛れ……ふむ、溶解毒か何かをかけられたか……よし、ではトクス村へこのまま護送するぞ。2班は砦に戻ってこのことを報告。1班と3班は私に続け」

 なんだかんだでコッタム子爵保護任務も無事完了できそうである。






「伯父様、いつになったらワタクシの婚約者を変えて頂けますの?」

 一つ一つはどれも豪奢な調度品だが、センスの欠片もなく配された室内で、これまた年齢に見合わない子供っぽいドレスに身を包んだ女性が、上等なソファに偉そうに踏ん反り返る肥え太った中年男性に話しかけている。

「お父様に言っても埒が明かないんですの。あんな小国の王子をワタクシの夫に等耐えられませんわ」
「おお、可愛いカレリネ、ワシが王位を手に入れればお前の望みは叶えてやるとも」

 これでもかといわんばかりにレースを重ね、胸元だけでなく袖口、ドレスの裾にもふんだんにリボンをあしらった鮮やかな黄色が眩しいドレスを身に纏った女性は、ここゴルドラーデン王国の第1王女カレリネ・ゴルドラーデン。もう22歳と言う年齢になり、誰も声高には言わないが行き遅れと陰口をたたかれている。
 彼女が『伯父様』と呼ぶでっぷりと太った男性は現王ヒッテルト4世の実兄、タッシラ・ゴルドラーデンだ。

「そうおっしゃって、既にどれだけの時間が過ぎていると思っていらっしゃるの?」
「はは、耳が痛いのぉ。ちゃんと手は回して居る。安心しているがよい。のう、伯爵?」

 ねっとりと肉に埋もれた小さな目を、入り口付近に控える神経質そうな男性に向けた。



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