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162話 その面差し

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「はぁ、あと一息だな。少しこの辺で休憩しようか」

 ヴェルザンから借りる事の出来たモース種の騎獣から降り、その首を撫でてやる。
 モース種と言うのは魔物の馬型種の事で、今オリアーナが借りているのはマデット・モースと呼ばれる種だ。
 見た目はサラブレッドより小柄ながら、魔物であるので俊敏であるだけでなくスタミナも多い。耳の下あたりから灰色の大きな角が1対生えている。
 体毛は色々だが、行使する魔法の属性に寄った色合いをしている事が多く、今借りている彼(彼女かもしれないが)の色は暗い朱色で、炎属性の魔法を使うだろうと予想できる。だが偶に当てはまらない個体もいるので、思い込みは厳禁だ。青い体毛をしているのに使う魔法は風属性なんてこともあるのだ。
 ちなみに名前はマデット5の6号と言うらしく、ギルドか飼育員かは知らないが命名センスは死滅している。はっきり言って酷い名前だと思う。
 まぁ識別できればいいと言うのは頷けなくもないが、数字が何の意味を持つのかは分からない。

 手綱を引いて街道から少し離れた小川に誘導してやれば、やはり喉が渇いていたのか首を下げて勢いよく飲み始めた。
 ヴェルザンから話を聞いた時に借りた騎獣で、ここまでやや強行軍的に駆け抜けてきたが、ナゴッツ村はもうそんなに離れていない。既に自警団の徒歩巡回の圏内なのだ。

「ここでしっかり飲んでおいてくれよ、村に井戸はあるが、こっちの方が美味しいんだ」

 マデット5の6号が水を飲んでいる隣、少し離れた場所に腰を下ろしてポーチから携帯食を取り出す。それを一口齧ってオリアーナは顔を顰めた。

「急いでいる時はそこまで気にしなかったが、やはり不味いな……行きはエリィが焼いてくれた肉で贅沢な旅だったからな。それに何と言ってもアレクと言う至上の存在が大きかった。やはり猫はイイ。肉球もイイ。本当にイイ……私にもテイムすることが出来れば……うぐ! は…いや待て、テイムできずとも懐いてもらえれば……あぁダメだ、それだと魔物は村や町に連れ帰れない、だが猫ならいいのでは? そう、猫なら普通の動物じゃないか」

 急ぎの一人旅であるせいか、少々独り言が多くなっている気がする。気がするではなく確実に多くなっている。
 しかし改めて言うがエリィはテイムはしていない。
 オリアーナの嘆きは些か的外れであるが、そのまま誤解しておいてもらった方が良いので訂正する事はない。

 それはそうとして、やはり魔物の騎乗獣は早いし速い。脚力もスタミナも普通の動物とは比較にならない。
 ついでとばかりにエリィによって修復済みの剣達はマデット5の6号に積んであるのだが、それ+オリアーナの重さも全く問題く、休憩を挟みながらも行きの半分以下の時間でナゴッツに到着できそうだった。

 あと少しだけと休憩を延長し続けていると、マデット5の6号が耳をピクリと動かして首を上げる。
 その様子にオリアーナも警戒を強め、静かに立ち上がり木の陰へと身を潜ませれば、やがて草の擦れ合う音が微かに聞こえてきた。
 まだ距離はあるようだが、オリアーナは腰の剣に手を伸ばし、相手次第ではすぐに対応できるように身構えていると、一人の男が木製のバケツを片手に近づいてくるのが見える。

「……!」

 見知った顔だった。
 だけど彼はこの村に居ないはずの人物だった。少なくともオリアーナがトクス村に向かうまで居なかったと記憶している。

 それは自警団団長モナハレの息子で、支援兵として西方前線中央砦にいるはずの男だった。
 名前は確かドマナン。スキルはなかったみたいだが、手先が器用で薬草の調合などをしており、その腕を見込まれ中央砦に誘われて行った人物だ。
 そのドマナンがわざわざ村の外にある小川まで来る理由はなんとなくわかる。調合に使う水をここまで調達しに来たのだろう。
 村の井戸水は濁ったりしてはいないものの、恐らく不純物が多いのだろう……ぶっちゃけ美味しくはないのだ。

 そう考えればここまで水を汲みに来るのは不自然ではない………ではないのだが、そうこうしているうちに更に近づいてきた彼の、バケツを持っていない方の手が後ろへ伸ばされて事に気づいた。
 不思議に思っていると、彼の背後から小さな子供の影が見え隠れしているのがわかり、オリアーナは無言のまま目を丸くした。

 モナハレとは幾度となく話したし、彼の自宅にも行ったことがある。彼の腰が悪いと言う理由で、オリアーナが西方前線からこちらに出向していたのだから。
 だけどその息子とは西方前線で顔を合わせただけで、ナゴッツに出向になってからは一度も見た事がなかった。
 結婚したとかそういう話があったなら、目出たい事なんだし噂になったと思うのだが、そういう話を聞いた覚えもない。


「大丈夫か? 背負ったってしんどくはないから、俺の事は気にするなよ」

 ドマナンが子供を気遣って声をかけている。
 優しい表情は、親バカと言われても返事に窮するであろうことは明白だ。声を掛けられた子供の方も、ドマナンを見上げてしっかりと大きく頷いている。子供は奥方に似たのだろう、くすんだ金髪で瞳の色まではわからないが、顔立ちはなかなか可愛らしく見える。奥方がきっと美人なんだろうと思い、村に着いたら是非とも挨拶に向かわねばと心に決めた。

 それほど関わりはなかったとはいえ、顔見知りだし危険があるはずもないと、オリアーナは自身の警戒を解き、傍らのマデット5の6号も撫でて宥めてやる。
 理解したのかブルルと鼻を鳴らした音で、ドマナンがビクリと身を震わせ、すぐさま子供を庇うように背に隠した。これはまずい。

「待て、私だ。オリアーナだ」

 そう告げればすぐにも安堵してくれると思ったのだが、何故かドマナンの顔色は冴えないままだ。

「すまない、驚かせるつもりはなかったんだ。子供連れなのに本当にすまない」
「……ぁ、ぃ、いいえ……すみません」

 未だ緊張が解けないのか、しどろもどろなドマナンの様子を不思議に思うが、まずは子供の方を気遣ってやるべきだと、片膝を地面についてにっこりと笑う。

「初めまして。私の名前はオリアーナと言うんだ。君の名前は?」

 何故か子供もビクッと大きく震え、オレンジがかった茶色の大きな瞳を見開いたかと思うと、ギュッと目を瞑ってドマナンの背後にすっぽりと隠れてしまった。

「ぇ………」

 オリアーナの脳裏にぼんやりと浮かび上がる記憶、面差しがあった。
 くすんだ金髪にオレンジがかった茶色の瞳……浮かぶのはあまり話す事も会う事もなかった西方前線総指揮官。
 どういうことだと首を傾げていると、顔色悪く固まっていたドマナンが眉根をギュッと寄せて、苦し気に息を吐いた。伏せたままの目を横に流して下唇を一度噛むと、ゆっくり顔を上げオリアーナに視線を合わせる。

「オリアーナ様、その、ここでは……家で話しますから」

 くるりと水も汲まずに村へ戻る方向に進み始めた彼と、頑なに目を瞑ったままの子供の様子に、聞かない方が良い予感がビシビシとしているが言葉が出ない。
 促されるまま黙ってドマナンと子供の後に続く様に、緊迫した空気を敏感に感じ取って落ち着かないマデット5の6号を宥めながら歩き出した。



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