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159話 特例転移
しおりを挟む部屋を出て、ギルド舎フロアを入口の方へ進むのかと思いきや、予想に反して進路は更に奥の部屋だった。
手荒く扉を開けて室内に入ると、そこは保管庫で、そこここに木箱や袋が置かれている。ヴェルザンはそのうちの一つの木箱に近づくと中を漁り始める。
後を追って来たナイハルトとラドグースは、声をかけるのも躊躇われるほど切迫した空気を纏う様子に固唾を飲んで見守っていた。
ガシャガシャと木箱の中をひっかきまわし、やっと目的のものを見つけたのかヴェルザンの動きが止まる。そろりと上げられた手には鍵束が握られていた。
「え…鍵?」
部屋の出入り口を占拠して覗き込んでいたナイハルトが、思わず呟きを漏らすが、それに頓着することなくヴェルザンが近づいてくる。
「すみません、通してください」
静かに、だけど低く通る声で勢いのまま告げられれば、ナイハルトとラドグースはさっと身を引いて一人分の隙間を空ける。
その隙間から部屋を出たヴェルザンの後を再び二人して追うが、 滅多に慌てたり走ったりすることのない彼の姿に、後を追うラドグースとナイハルト以外の通りすがる者全てが目を丸くしている。
そのままフロアを抜けて外へ出るが勢いは止まらない。
ギルド舎前の通りを暫く進み角を数回曲がって、出た通りを暫くまっすぐに進めば、そこは警備隊の保管庫だった。
吹き出る汗を拭う間も惜しんでいるかのように、すぐさま鍵束を取り出し鍵を開けようとするが、何本も鍵が束ねられているためにどれが正解の鍵かわからない。
手当たり次第方式で手にした鍵を鍵穴に差し込むが、今の所全て外れだ。
見かねたナイハルトが進み出て、鍵を探すヴェルザンの手自分の手で包み込んで動きを止めると、そのまま鍵束を取り上げる。
「こういう鍵ってパターンがあるのよね。屋敷の鍵ならここの頭の部分に装飾があったりするけど、ここって倉庫でしょ? 宝物庫とかだとまた変わるけど、ただの倉庫ならまず装飾なんてないわ、だからこれとこれ、これも除外」
キーヘッド部分にゴテゴテとした飾りが施された、見るからに魅せる事も意識された鍵はどんどんと候補から外していく。
ナイハルトが選んだ何の変哲もないシンプルな鍵は5本。
一つずつ手に取って鍵穴に差し込んで確認していく。
「それで、どうしてここ?」
普段から身体を資本としているギルド員なら、この程度の距離走った所で然して問題にならないが、ギルドで事務仕事を主にしているヴェルザンにはきつい距離だったようで、完全に息が上がっている。
ナイハルトは鍵の選別をしながら、ヴェルザンの呼吸が落ち着くのを待って話しかけたのだ。
「……ここは警備隊の予備の保管庫です。一応武器や防具も置かれているんですが、隣の保管庫に比べると数も少ないですし、食料や薬なんかは置かれていません」
「へぇ、だけどどうせ一度は調べてるのよね? なのにどうして?」
そう言ってると鍵がカチャンと音を立ててその封を解く。ナイハルトが選び出した鍵、3本目で正解に行き当たった。
「えぇまぁ、この鍵束はモーゲッツ大隊長が管理……いえ、彼が管理などするはずなかったのは置かれている物を見れば一目瞭然ですが、それでもまぁ警備大隊長が預かると決まっていたんでしょう」
保管庫内に入り、入り口横のパネルに手をかざすが、天井部分の照明のうちきちんと動作したのは半分以下だ。管理などされていない事が丸わかりだ。とは言え薄暗くはあるがそれでも視界は確保できる。
そのまま足を進め、ヴェルザンが向かったのは置かれている武器や防具の箱ではなく、さらに先にある壁だ。よくよく見れば扉のようなものがあるのがわかる。薄暗い事が一番の原因ではあるが、ノブが見当たらない事もあって一見しただけでは気づかないかもしれない。
「ここは?」
再び鍵の出番となり、ナイハルトが進み出る。
「ここは緊急時に使われる可能性がある場所です」
あっさりとナイハルトが正解の鍵を引き当て、扉を開けて中に足を踏み入れれば、それだけで室内が明るくなった。
人等を感知して反応する魔具なのだろう。
しかしてヴェルザンは兎も角、ナイハルトとラドグースは揃って息を呑む事となった。
明るくなった室内はさほど広くもなく、置かれている物もさほど多くない。この部屋の手前に置かれていたもの同様の木箱に袋が2つ程、その隣には無造作に布が欠けられただけの小山が1つ。
だが何より一番目を引くのは床に薄っすらと浮かび上がっている魔紋だ。
「これは……」
目を見開いたまま呆然と絞り出したようなナイハルトの声にヴェルザンが反応する。
「ナイハルト様、ラドグース様も転移のスクロールを使ったことはありますか?」
「……そりゃあるわよ」
「まぁくっそ高いから数えるほどしかねーがな」
ヴェルザンは話しながら魔紋を避けて、その外周を回る様にして奥へと足を進ませている。
「それならば転移のスクロールを使った場合、どこに飛ばされるかはご存じですね?」
「門番ンところだろ、ったく、こっちは命からがら逃げ延びてヘトヘトだって言うのによぉ、あン時は酷ぇ目に遭ったぜ」
ラドグースの話す出来事は過去に経験したものなのだろう。ナイハルトもどこか苦虫を噛み潰したような顔になっている。
「はい、普通に門から入ろうと、転移スクロールで入ろうと、門番の身元照会、確認は必要ですので大抵は門番が詰める場所近くに設置されます」
「ちょ……ちょっとまてよ、じゃあこれって」
「転移に関与する魔紋ね、しかもちょっぴり特別製って感じかしら」
ヴェルザンの説明に驚愕を隠せないラドグースだが、ナイハルトは目の前に浮かび上がる魔紋が転移の、それも少し普通と違うものだと気付いていたようだ。
「はい、ここトクス村には西方前線の将官だけに許された魔紋が置かれているんです。これは一部の者しか教えられない事なんですが、場所柄緊急時対策は必要ですから」
転移のスクロールは、使えば任意の場所に飛べる便利魔具の一つだ。
しかし任意と言っても、どこにでも行けるわけではない。飛ぶ先には必ず目印となるモノ、多くは魔紋が必要となる。
適当に飛んで、突然人様の家に侵入なんてことになっては問題だし、それ以上に飛んだ先が壁の中だった等になっては最早笑えない。
つまりスクロール使用者の為にも、飛んだ先の安全確保は重要なのだ。それに村、町、国、何処に入るにしろ身元確認と言う一手間が必要で、それは転移スクロールを使った場合でも適用される。
その為多くは門近くに、すぐ門番が向かえる場所に置かれるのだ。
だがトクスでは西方前線の将官に限りと言う条件が付くが、それぞれが一番いいと思う場所に魔紋を設置することが許されている。
それというのも5年前ほど前の、スタンピードの苦い経験があったからだ。
当時も西の森、ザナド大森林は魔物が多く前線警備隊が置かれていた。とはいえ日々の巡回と対処だけなら、何も数百人がずっと詰めている必要はなく、前線の砦には小隊が一つか二つ残されている程度なのが常だった。
しかし突然起こったスタンピードの前にあまりに貧弱すぎた。
押し寄せる魔物の群れに、当時はまだ今よりも使えた魔法を打ち込み、矢を射かけたが、焼け石に水でしかなかった。
日々魔物と対峙していたとはいえ圧倒的な数の前に、残留部隊の兵士達は怯えて震えあがってしまった。せめて一矢報いようと武器を手にした将官達が踏みつぶされてしまえば、震えるだけの兵士など何の役にも立たない。全てが瓦解するのはあっという間の事だった。
後方に下がっていた援軍が間に合うはずもなく、残留部隊は砦と共に魔物の群れに飲み込まれ、前線は後退を余儀なくされる。
やっとのことで援軍が辿り着いたここトクスで、魔物の群れとぶつかり辛うじて押しとどめる事は出来たが被害は甚大すぎた。
この時オリアーナの生家であるティゼルト家も果敢に戦ったが、全員の死亡が確認されている。
そんな苦い経験から、万が一将官が不在であっても、一報が入ればすぐにトクスには戻れるように特例が設けられた。
つまり西方前線将官の特例転移ならば、身元照会も何も行われないのだ。
ちなみにカデリオが使った聖英堂転移スクロールの場合も、身元照会などはされない。何故なら門番が常駐する正規の魔紋へ出るのではなく、聖英堂に置かれた魔紋へ出るからだ。
そしてフィルや、更に欠片回収が進んだエリィなら使えるはずの転移魔法は全く別物である。出現地点も任意で予め魔紋を設置しておく必要もなく、他人の家だろうが空中だろうが問題ない。例え地中や海中であったとしても、何の障害もなくそこへ出られるのだ。便利すぎて笑いしか出ない。
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