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148話 緑の中より出づるは春色
しおりを挟む金色の彼岸花の道は見る間に延び広がり、大灰色狒々の足共に到達するまで一瞬だった。
「ギョアアウウゥ……ギュガ…」
大灰色狒々の言葉はわからないが、戸惑っているような雰囲気がある。
だがそんな戸惑いも直ぐに絶叫に変わる。
「ギョアウウ、ガギャギャオオオオゥアァァァアアアアア!!!!」
金色に輝く彼岸花様の光は瞬く間に大灰色狒々の足元からその身体を覆うように広がり上がった。
必死に払おうとしているようだが払った程度ではどうにもならないのだろう。引き千切ろうとする動きに変わったがその手は光る花をすり抜けるばかりで掴めていない。
最早エリィとアレクだけでなく、セラとフィルも動きを止めて見つめるしかなかった。
「ガギャ!! ギュガガ……ガギョアアア………グガ…………」
闇雲に腕と身体を振り回していたが、その動きが徐々に緩慢になるとともに爪の先まで光輝く彼岸花に埋め尽くされると、膝をついたように一度ガクリと崩れ落ち、そのままゆっくりと傾いて倒れ伏した。
虫の音一つしない静寂が辺りを満たす。
「き、綺麗やけど……物騒な技やな……」
空気を読んだのか、反対に読めていないのか、アレクの何とも形容しがたい間抜けた感想が漏れて、緊張で張り詰めていた空気が一気に弛緩した。
「アレク……」
「物騒かは兎も角綺麗だっただろう? アタシに似てさ!」
『綺麗』という単語が余程嬉しかったのか、レーヴの美しい顔が幼い少女のようにへらりと笑みを形作った。
「美しいと言うのはエリィ様に許された形容で、レーヴ、貴方には相応しくありませんね。そうですね……精々十人並みと言ったところでしょう」
「フィルてめぇ!!」
フィルの言葉には本気で同意しかねる。
美しいも何も顔は半分仮面の下でわかりようがない。肌は白くまぁ美しいと言えなくもないと思うし、水銀様の肌はエリィ自身としては気に入っているが、他から見てどうかと言うと正直返答に困る。
「エリィ様と比べようなんてアタシだって思っちゃいないってんだよ!!」
むぅっとむくれたレーヴの言葉は売り言葉に買い言葉にしてはズレてる気がする。まずはエリィが美しいと言う部分を否定してくれと沈黙したまま懇願するしかなかった。
目の前のフィルとレーヴの茶番はいつもの事なので放置するとして、光り輝く彼岸花が風に溶ける様に消え去った後には、無残な大灰色狒々ことヒヴァトスラスの骸が残されていた。
毛皮は刃の跡や血の跡が多いが、それも収納に入れれば綺麗に浄化修復保全され素材化される事だろう。かなり身体も大きかったので魔石も期待していいかもしれない。顔を向けるだけで収納へと放り込めば、大灰色狒々の身体はあっさりとその場から消え失せた。
こちら側の軽い負傷や汚れを消せば、そこで戦闘のあった痕跡は大地に残る爪痕や血痕、荒らされた地面以外には残らなかった。
エリィがこの場に着く前に既に戦闘開始されていたので、改めて周囲を見回す。
木々は鬱蒼と大きく、足元は苔があったりして湿度が高いせいか、妙な冷ややかさが空気にある。瘴気も人間種や動植物にもそこそこ辛い濃度ではないだろうか、まだ身動き出来る範疇ではあるが。
ふと右手後方に気配を感じたのでエリィが足を踏み出せば、その音に気づいたフィルとレーヴも言い合いを止め後ろに続く。
「この先で見かけたので、魔法をぶつけて先程の場所まで引っ張りました」
フィルの言葉になるほどを頷く。
恐らくだがこの先に子供こと精霊達とトクス村ギルドマスターがいて、彼らを襲おうとしていたか何かの大灰色狒々に魔法をぶつけて気を引き、彼らに危険が及ばないようにここまで引っ張り出して開戦となったと、そう言いたいのだろう。
気づけばこの近くに走る切っ掛けとなった笛と弦の音はいつの間にか消えている。そのままもう少し歩を進めた場所で、蔓や草で作られたドームのようなものが見えた。
エリィの背丈よりも高さのある少し大きめのドームに近づく。
がさりと足を踏み出す音に、フォーム内の存在の緊張が一々伝わってきて少々可哀想な気がするが、初対面のエリィが声をかけた所で緊張を助長してしまうだけだろう。
「ん……フィルなら大丈夫かな」
「エリィ様?」
エリィが足を止めて後ろのフィルに振り返った。
「すごい緊張と言うか恐怖なのかも? それが伝わってきて、先に声をかけてあげたほうが良いのかもしれないんだけど、私じゃ……ほら、初対面だし反対の結果になりかねないかなぁと、ね」
「あぁ、なるほど、承知致しました」
ポン!と効果音の幻聴がしそうなほど瞬時にシマエナガ姿になったフィルが、立ち止まっているエリィ達からトテトテと少し抜け出た。
「アンセ、フロル」
緊張と不安ではち切れそうになっていた目の前のドームの中から、それらが霧散して緩んでいくのがエリィには感じ取れた。
次いで蔓や草で編まれたドームが解け消えれば、そこには地面にへたり込んだエリィと同じくらいの子供二人と、ぐったりと横たわって苦し気に目を閉じている中年男性の姿が現れた。
子供はどちらもそっくりな顔をしていて双子と言って差し支えないだろう。
男の子の方は上品な淡い桃色の髪をすっきりと短髪に整えており、大きな新緑の瞳は男の子らしく、隣の女の子に比べて少々吊り気味だ。
女の子の方は同じく淡い桃色だが緩やかに波打っており、その長さはへたり込んでいる今の姿勢ではわからないが地面に渦を巻いているところを見るとかなり長いのではないだろうか。
そして男のとこ々新緑色の瞳は大きく眦が少し男の子に比べれば下がり気味だ。
装いもやはり人間種とは異なる。白いチュニック丈のワンピースには同色の刺繍が細やかにちりばめられ、左肩からギャザーを寄せたような光沢のある大きな布を掛け下ろし腰のベルトでしめ止めている。
そう、古代ギリシャとか古代ローマと言った風情だ。
精霊と言うから羽根もあるのかと思っていたが、それは見えない。もしかすると人間種がいるせいで隠しているだけかもしれないが。
まぁとんでもなく春色な美少年と美少女であることは間違いなかった。
「「フィルシオール!!」」
美少年精霊アンセクティールと美少女精霊フロリセリーナが、その新緑の瞳を潤ませたかと思うと、シマエナガなフィルめがけて駆け寄ってきた。
フィルに両横から抱き着き、その極上ふわっふわ羽毛に顔を埋めて泣きじゃくっている。
「ふぇ……ふえぇぇん……遅いよ、もう……僕、もうダメかもって」
「そう、ですわ、ヒック……心細くて怖くて、フィルの大バカなのですわ、ヒック」
声まで美少年美少女である。
大きな真ん丸シマエナガに抱き着く美少年と美少女、耳福眼福ではあるかもしれないが、見惚れている訳にも行くまい。
本来の救出目標であるセレスティオンはここには居ないようだが、さほど離れてもいないと思われる。ならばこんな瘴気濃度が普通よりも高め場所に、あまり長く留まるのは危険だろう。
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