上 下
9 / 13

✿9.

しおりを挟む
 千尋は、ぐっと腕に力を込めて新崎を引きはがした。それでもくっついていようとする新崎に「めっ」としかる。しょぼんとして、肩を落とす新崎に、千尋はため息をついた。
「きみは駄犬かな?」
「へ?」
「いや、今のはひとりごと。……ぼくはきみに会いに来たんだよ」
 千尋は新崎に背中を向けた。新崎はその背中が遠ざかっていくかのように感じて、縋りつきたくなった。しかし、体が動かなかった。拒否されることが――すごく、怖くて。
 だけど、千尋は部屋の隅に置いた自身の鞄を取りに行っただけらしい。すぐに新崎のもとに戻ってくる。そして、鞄の中から包みを取り出した。
「これは?」
「新崎くんへ」
「え。えっと」
「今日、ホワイト・ディだから」
 一瞬、新崎の頭は硬直フリーズした。何度も千尋のことばが頭のなかでリフレインする。その意味をとらえた途端、新崎は得体のしれない幸福感に包まれていた。
「それって……その、そういう意味、ですよね」
 おずおずと尋ねてきた新崎がやけに幼く見えて千尋はまた吹き出した。
「あ、あの! なんでそんな笑うんですか!」
 少し怒ったように、むっと不機嫌を外に出す新崎。TVテレビでも配信でもそんな姿は見ることができない。俳優でもなく生身の新崎だから見れる素の表情。それをいま独占しているということがたまらなく愉快であるとまではさすがに言えないけれど。千尋は、微笑んで彼の頬に触れた。
「叩いた?」
「へ?」
「撮影に入る前に、ほっぺ叩いていたなぁって」
「……見てたんですか?」
「うん。ずっと、見てた。知ってるでしょ。ぼくが見ているのは」
「最初は俺がずっと、千尋さんのこと見てたのに」
「そう。いまはぼくも見ている。答えはそれでわかるでしょう?」
「ただの……バレンタインのお返しじゃないってことですよね」
「そういうの、聞かなくてもわかるでしょう?」
 ずるい。
 新崎は千尋を見つめた。いつも彼だけがずるい。
 不安なとき、助言をくれるのも、安心感をくれるのも、みんな千尋ばかりだ。
「なーに? まだぐずついてるの?」
「ぐずついてません……」
「なんか瞳、うるんできてない? 泣いちゃだめだよ。明日だって撮影あるんでしょ」
 俳優の仕事は自身の体が資本だ。泣きはらした真っ赤な目でカメラの前には立てない。必死であふれそうになるものをこらえる。
「けど、涙は我慢しても、感情までは抑え込まなくていいからね。……ぼくの前では」
 ほら。やっぱり、そういうところ、ずるい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夢はサンタクロース

阿沙🌷
BL
大きなオーディションに失敗した新人俳優・新崎迅人を恋人に持つ日曜脚本家の千尋崇彦は、クリスマス当日に新崎が倒れたと連絡を受ける。原因はただの過労であったが、それから彼に対してぎくしゃくしてしまって――。 「千尋さん、俺、あなたを目指しているんです。あなたの隣がいい。あなたの隣で胸を張っていられるように、ただ、そうなりたいだけだった……なのに」 顔はいいけれど頭がぽんこつ、ひたむきだけど周りが見えない年下攻め×おっとりしているけれど仕事はバリバリな多分天然(?)入りの年上受け 俳優×脚本家シリーズ(と勝手に名付けている)の、クリスマスから大晦日に至るまでの話、多分、そうなる予定!! ※年末までに終わらせられるか書いている本人が心配です。見切り発車で勢いとノリとクリスマスソングに乗せられて書き始めていますが、その、えっと……えへへ。まあその、私、やっぱり、年上受けのハートに年下攻めの青臭い暴走的情熱がガツーンとくる瞬間が最高に萌えるのでそういうこと(なんのこっちゃ)。

憧れが恋に変わったそのあとに――俳優×脚本家SS

阿沙🌷
BL
新進気鋭の今をときめく若手俳優・新崎迅人と、彼の秘密の恋人である日曜脚本家・千尋崇彦。 年上で頼れる存在で目標のようなひとであるのに、めちゃくちゃ千尋が可愛くてぽんこつになってしまう新崎と、年下の明らかにいい男に言い寄られて彼に落とされたのはいいけれど、どこか不安が付きまといつつ、彼が隣にいると安心してしまう千尋のかなーりのんびりした掌編などなど。 やまなし、いみなし、おちもなし。 昔書いたやつだとか、サイトに載せていたもの、ツイッターに流したSS、創作アイディアとか即興小説だとか、ワンライとかごった煮。全部単発ものだし、いっかーという感じのノリで載せています。 このお話のなかで、まじめに大人している大人はいません。みんな、ばぶうぅ。

俺、ポメった

三冬月マヨ
BL
なんちゃってポメガバース。 初恋は実らないって言うけれど…? ソナーズに投稿した物と同じです。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

憧れが恋に変わったそのあとに――俳優×日曜脚本家SS掌編集!!

阿沙🌷
BL
新人俳優の新崎迅人と日曜脚本家の千尋崇彦のいちゃいちゃなSS詰め!のつもり!

処理中です...