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 新崎の部屋。その机の上に日本料理が並ぶ。女中たちが手分けして運んできてくれた。彼女たちが部屋から去ったのを見て、千尋がため息をついた。
「はぁー。やっぱり、個室のほうがゆっくりできていいねぇ」
「……千尋さん」
「ん? 何?」
「なんで、俺と一緒にいるんですか? 千尋さん、彼らと一緒にご飯食べててもいいんですよ?」
 そんな新崎に千尋は思わず、吹き出してしまった。
「え? 千尋さん?」
 急に笑い出した千尋に理解が追い付かない新崎。
「あははは。もうやめてよ。そんなふくれっ面、新崎迅人の名前が泣くよ。笑いすぎて、ぼくまで涙が出てきそうだから……!」
 腹を抱えだして千尋が身もだえる。
「ちょ、ちょっと……」
「もーだめ。ほんと、新崎くん、きみってぼくのこと、好きなんだねぇ」
 え。
「ちょっと、それどういうことですか? えっ、えっ」
「カメラの前ではあんなに輝いていて、現場では役者然として堂々としているのに、変なところで抜けてるっていうか……」
「抜けてる……って、やっぱり俺って抜けてるんですか?」
「うん」
「うんって!! ああ、もう、素直にうなづかないでぇぇ!!」
 ダイレクト・アタック。千尋のことばは何よりも新崎に響く。しっかりとした大人な男に、なりたい。けれど、うまくいかない。悔しい。
「あ、でも悪い意味じゃないよ」
「え?」
「そういうのも、含めて。ぼくは、いいと思っている、から?」
「……疑問形、なんですね」
「え、あ。そ、それより、ご飯食べちゃお? ね?」
「そうやって別のこと話題に引き出して、話を変えるのは、千尋さんの癖」
「んもう、性格悪くなってない? あ、あの監督の下にいるせいかな」
 途端、ぷつんと糸が切れる音がした。いや、完全にそれは切れた。なんの糸かはわからない。ただ、それが切れたせいで、新崎も切れた。
「え、ちょっと……ん!!」
 新崎は千尋へと距離を詰めるとその唇を奪った。
 最初は自身の唇を押し付けるだけ。けれど、ひるんだ千尋の隙間から口のなかへと舌を押し込む。
 抵抗しようとする千尋の体を抑え込んで、抱きしめて、逃れられないようにする。
 新崎以外の場所からは絶対に、逃がさない。
「ぷはっ、あ、あの、新崎くん?」
 苦しくて、どんどんと新崎の胸板を叩いていた千尋だったが、新崎の唇がようやく離れ云った途端に、新鮮な空気をやっと吸えた。けれど、乱れた呼吸に肩も揺れる。
 それに、いつの間にか新崎に抱きしめられていた。
「なんで、あいつなの!?」
「え?」
 そして、目の前の青年はやけにこどもっぽくて。
「今日、監督の現場、見に来たんでしょ! めちゃくちゃ仲いいじゃないですか! ラブラブじゃないですか! わかりあっているじゃないですか! それって俺への当てつけ? 俺が、かっこよくて地位もあってしっかりした大人じゃないから! いつも千尋さんに迷惑かけてばかりで、ガキっぽくて、未熟だから!」
「は……え? ちょっと、待って」
「だから、本当は別れたい? 別れたいんですか? 実際、千尋さんとはまともに会えていないし、まともに恋人っぽいことしてないし、イチャイチャしたいけど、できないし、できていないし、でもしたいし、したいけど、千尋さん相手だと俺ヘタレるし、なんか勇気でないし、でもしたいし、でもなんかこう、ああーって感じで、むしゃくしゃするし、でも俺は!! 千尋さんだけなんだよ!!」
 新崎はぎゅーっと強く彼を抱きしめた。
「ん。こら、折れる。骨、折れちゃうから」
「ヤダ。千尋さん、どっか行っちゃうなら俺がへし折る」
「怖いこと、いわないの。それがイケメン俳優のすることですか?」
「イケメンじゃないもん。もうダメンズ。マダオ。ぐだぐだすぎて自分でも嫌になる。けど、かっこいい人間になんてなれない」
「充分かっこいいと思っていたんだけどなぁ」
「なんで過去形なの!? ほら、やっぱりね。過去形ってことだから!!」
「はいはい、落ち着いて、落ち着いて。深呼吸。吸って、吐いて、吸って、吐いて」
 新崎は、千尋の肩口で呼吸した。
「はー、やべぇ。千尋さんの匂いがする……」
「こら! 嗅がない!!」
「自然に鼻に入ってくるから不可抗力。というか興奮する」
「しない!! 落ち着け!!」
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