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とりあえず、旅館に移動するという話になった。千尋とはそこで落ち合う約束をして、新崎は帰りのバスに乗り込む。
「あのさ」
酒田が新崎の隣に座る。
「なんですか?」
「あのさっきの千尋って、もしかして、千尋崇彦のこと?」
さきほどのひとりごとを聞かれていたのを思い出して、新崎は息を飲んだ。
「そういえば、お前、ドラマ・デビューしたてのころ、やたらめったら千尋さんのこと話してたよな?」
「はえ?」
「覚えてないの? インタビュー記事とか残っているから、あとで見せてやろうか。すごいぞ。何せ、好きなものを聞かれたら、千尋崇彦の脚本ですって答えているあたり。ただのオタクじゃん」
「い、いいじゃないですか。好きな脚本家がいたって」
「まー、そうなんだろうけど。憧れのひとはって聞かれたら、だいたい同じ役者の名前を挙げるだろ?」
「いますよ? 同業者で憧れているひととかたくさん」
「ほぉ?」
「劇団ですっごいお世話になった新庄さんとか最高ですからね。千尋さんの『議会討論戦記』でジュリアスを演じているんですが、めちゃくちゃすごい行間を膨らませるのが上手で、情感豊かにジュリアスの哀愁を表現するんですよ!」
「千尋さんの『議会討論戦記』ねぇ……」
「あっ!」
「何気に千尋さんの話になってねぇか?」
「新庄さんの! 話です!」
「まあ、そういうことにしてやるか。なんかお前がかわいそうになってきたわ」
「はい!? なんでですか!?」
「まあ、よくわからないが、頑張れよ」
「え?」
「だって、まだ映像作品では出演してないじゃんか、お前」
「あ……」
そうだ。
まだ、千尋さんの書いた脚本でカメラの前に立ったことがない――。
✿
「すごいね。日本家屋って感じだ。写真とっておかなくちゃ」
ロケ隊の宿泊している旅館についた新崎は千尋と合流した。広い浴室は温泉から湯を引いているらしく、一日の疲れが癒される絶品だ。それに料理もおいしい。
「ふふ。千尋さん、それって資料あつめのためですか?」
デジカメひとつ手にとって、旅館の廊下を歩く千尋に新崎は微笑む。なんだか可愛らしくてしかたがないのはいつものことだが、今日もまた可愛くてしかたがない。
「まーね。あと個人的な趣味」
「でも千尋さんが撮った写真って結構な頻度で指が入り込んでいますよね」
現像した写真の隅に千尋の手がぼやけて入り込んでいるのを思い出した。それを指摘すると、むっとした表情になる。そんなささやかな変化すら愛おしい。
「いいじゃないか、もう」
「はいはい、からかいすぎました。ごめんなさい」
「うーん、許す!」
「ありがとうございますっ」
幸せだ。
隣に彼がいるとうだけで心が弾む。世界が輝いて見えるかのように。
けれど。
とりあえず、旅館に移動するという話になった。千尋とはそこで落ち合う約束をして、新崎は帰りのバスに乗り込む。
「あのさ」
酒田が新崎の隣に座る。
「なんですか?」
「あのさっきの千尋って、もしかして、千尋崇彦のこと?」
さきほどのひとりごとを聞かれていたのを思い出して、新崎は息を飲んだ。
「そういえば、お前、ドラマ・デビューしたてのころ、やたらめったら千尋さんのこと話してたよな?」
「はえ?」
「覚えてないの? インタビュー記事とか残っているから、あとで見せてやろうか。すごいぞ。何せ、好きなものを聞かれたら、千尋崇彦の脚本ですって答えているあたり。ただのオタクじゃん」
「い、いいじゃないですか。好きな脚本家がいたって」
「まー、そうなんだろうけど。憧れのひとはって聞かれたら、だいたい同じ役者の名前を挙げるだろ?」
「いますよ? 同業者で憧れているひととかたくさん」
「ほぉ?」
「劇団ですっごいお世話になった新庄さんとか最高ですからね。千尋さんの『議会討論戦記』でジュリアスを演じているんですが、めちゃくちゃすごい行間を膨らませるのが上手で、情感豊かにジュリアスの哀愁を表現するんですよ!」
「千尋さんの『議会討論戦記』ねぇ……」
「あっ!」
「何気に千尋さんの話になってねぇか?」
「新庄さんの! 話です!」
「まあ、そういうことにしてやるか。なんかお前がかわいそうになってきたわ」
「はい!? なんでですか!?」
「まあ、よくわからないが、頑張れよ」
「え?」
「だって、まだ映像作品では出演してないじゃんか、お前」
「あ……」
そうだ。
まだ、千尋さんの書いた脚本でカメラの前に立ったことがない――。
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「すごいね。日本家屋って感じだ。写真とっておかなくちゃ」
ロケ隊の宿泊している旅館についた新崎は千尋と合流した。広い浴室は温泉から湯を引いているらしく、一日の疲れが癒される絶品だ。それに料理もおいしい。
「ふふ。千尋さん、それって資料あつめのためですか?」
デジカメひとつ手にとって、旅館の廊下を歩く千尋に新崎は微笑む。なんだか可愛らしくてしかたがないのはいつものことだが、今日もまた可愛くてしかたがない。
「まーね。あと個人的な趣味」
「でも千尋さんが撮った写真って結構な頻度で指が入り込んでいますよね」
現像した写真の隅に千尋の手がぼやけて入り込んでいるのを思い出した。それを指摘すると、むっとした表情になる。そんなささやかな変化すら愛おしい。
「いいじゃないか、もう」
「はいはい、からかいすぎました。ごめんなさい」
「うーん、許す!」
「ありがとうございますっ」
幸せだ。
隣に彼がいるとうだけで心が弾む。世界が輝いて見えるかのように。
けれど。
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