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 新しく入ったドラマの撮影で、A県まで来た。地方ロケが入ると、三か月はゆうに家を留守にすることになる。
 ただでさえ、仕事が不規則で忙しい想い人とは、なかなかふたり重なった休日オフがとれない。それだけではなくて、ロケに出ると、距離的にも遠くなる。
 だから嫌だ、なんて思ってもいないのだが。新崎にいざき迅人はやとはひとりため息をついた。
 職業、俳優。
 そう名乗っても胸を張っていられるような仕事をしているという自負がある。
 見てくれているひとがいるからだ。それは自分のファンでもあり、視聴者でもあり、追いかけるべき業界人たちのことでもあり、そして、好きなひと。
「あーあ、今ごろ、千尋ちひろさん、何やってかなぁ」
 小休憩中に地べたにそのまま置かれたパイプ椅子の上で、思わずこぼしてしまうひとりごと。
「え、誰です? それ」
 聞かれていたらしい。
 青空の下、あわただしく走るスタッフたち。次のシーンを取るための小さな待ち時間。共演の役者の耳の良さに新崎は少し驚いた。
酒井さかいさん……」
「ひとりごと? 新崎くんって意外と抜けてるよね」
「いや、その……」
「誰? 大事なひと? 新崎くん、まだ独身だったよね? 彼女?」
 共演している酒井は新崎の先輩俳優で、年齢など感じさせないほど人懐っこい性格だった。そして、好奇心が旺盛。あれもこれもと首を突っ込みたがる性格らしい。
「あの、いや、そのぉ」
 新崎自身、冷や汗が出てくる。
 千尋崇彦たかひことの関係は絶対に秘密だ。
 それは二枚目として仕事をしているからというだけではなく、千尋に迷惑がいってしまうからというのもある。
 彼の想い人である千尋は、普段は出版社に勤務している編集者であるが、忙しい合間を縫って脚本執筆をしているクリエイターでもある。
 彼の高校時代の友人が座長を務めている劇団に脚本を下ろしていたとき、新崎と千尋は出会った。
 最初は千尋の書く豪快で外連味ケレンミの強く、それでいて人情にあふれた脚本が好きで、そんな憧れからの関係だったのだが、いつの間にか、千尋自体にも興味がわいて、気が付いたら彼のことが好きになっていた。
 どんなにアプローチしても、千尋は振り返らなかったのだが、その理由は俳優の卵と脚本家という間柄、自分の将来をダメにしてしまうのではないかという千尋の心配がさせていた。
 だから。
 ようやく自分に振り向いてくれた千尋をがっかりさせるような役者にはなっていはいけない。からなず、ビックになってやる。
 彼の目の前で大きく胸を張っていられるように。
「何しどろもどろになってんだよぉ。んもぉ、気になるなぁ」
 しかし。
 ここで、自分が誰かと付き合っているということがばれてしまってはいけない。新崎は笑ってごまかそうとした。
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