仕立て屋の一番

阿沙🌷

文字の大きさ
上 下
2 / 2

✿仕立て屋の一番 2.

しおりを挟む




 マーサーに連れてこられたのは、星がいくつかつく高級レストランだった。
「こ、ここって全席予約制の……!」
 びっくりして店の前でたちすくむレイジにマーサーは笑いかけた。
「そうだよ。大丈夫、ちゃんと席はとってある」
「で、ですが!? って、え!?」
「きみのお店に行く前に、必ず席をとっていた。でも、ぼく、なかなか誘うタイミングがつかめなくて、いつもキャンセル料を払っていたからね。きみと同じでぼくも今日が初めてなのさ」
「は、はあ!?」
 わけがわからない。
 頭の中が混乱していて、うまくことばが出て来ない。この人、何を……!?
 なんとかマーサーのエスコートで、席にまでたどりついたレイジだったが、うまく注文できずに、マーサーと同じ料理を頼んでしまった。
 まずい。
 ただでさえ、無表情にみられる自分が、ここまで変な言動をしていると、一緒にいて、気分を害してしまうのではないだろうか。内心、慌てるレイジであったが、マーサーは、ワインに口をつけながら、始終にこやかである。
「ねえ、レイジ。実はぼくも島国育ちなんだ」
「へ?」
 急に始まったマーサーの話にレイジはびくりと肩を震わせてしまう。そんなレイジの様子に、マーサーは不快になるどころか、微笑みをたたえた。
「母がレイジと同じ国の出身なんだ。何度か、ぼく自身も行ったことがある」
「あ、は、はい」
「春はいいな。桜が綺麗だった。それから冬も。寒いけど、こたつっていうこういう机に布がかぶさっていて、ほかほかするやつがあってね。秋も、モミジが真っ赤で綺麗だ。でも、夏はすっごい暑くてむしむししちゃうよね」
「は、ええ、まあ」
「夏は大嫌いだったなあ。だから、連れていってもらうのは、なるべく春がよかった。だけど――いつからだろうね。ぼくは夏に行きたいと思うようになった」
「え?」
「ふふ、祭りってしってるかい? こう、いっぱい屋台が出て――」
「ああ、はい。俺も故郷の夏まつりには結構出てました」
「そうなの!? バナナにチョコかけたやつとか、射的とか、焼きそばとか、いろいろあって楽しいよね」
「はい、そうですね」
 急に故郷のことを思い出して、望郷の念にかられる。
「でね、ヨーヨー釣りってわかる? こういう丸い小さな水風船が水の上に浮かんでいて、それを吊り上げる遊びなんだけど」
「え、ああ、はい」
「ぼくそれが苦手でね。吊り上げるための針が、よじれた紙の先についているやつで、すくいあげるだろう。どうしても、うまくいかない」
「あ――。そういえば、俺、子供のときに、外国人の子供が近所の祭りで、必死に何回も、ヨーヨー釣りにチャレンジしていたの、手伝ったことがあるなあ。懐かしい」
「え、そうなのかい!? やっぱり、あれは難しいよね」
「ええ。で、俺がその子のかわりにつってあげて、ヨーヨーを渡したら、ありがとうって、言われて」
「それはよかったね」
「で、それで、その子、とても喜んでくれたんですよ。なんたって、その子、明日帰っちゃう予定だったらしんですが、いつか絶対、きみのこと、探し出して、このお礼は絶対するって決めたって――」
 マーサーの手が、伸びて来た。レイジの手のひらの上にそれが重なる。
「ずっと、待ってた。きみが現れるのを」
「え――」
「きみは今、何人もの男のスーツを仕立てているね。たくさんの紳士たちに囲まれる生活をしている。何十人、何百人、何千人と彼らに接して生きていくんだろうね。その中で、ぼくは一番の男になる。いつか、きみに一番に選ばれる男になるから、どうか、きみを――」
 マーサーの瞳は真剣だった。(了)

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

馬鹿な先輩と後輩くん

ぽぽ
BL
美形新人×平凡上司 新人の教育係を任された主人公。しかし彼は自分が教える事も必要が無いほど完璧だった。だけど愛想は悪い。一方、主人公は愛想は良いがミスばかりをする。そんな凸凹な二人の話。 ━━━━━━━━━━━━━━━ 作者は飲み会を経験した事ないので誤った物を書いているかもしれませんがご了承ください。 本来は二次創作にて登場させたモブでしたが余りにもタイプだったのでモブルートを書いた所ただの創作BLになってました。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

突然現れたアイドルを家に匿うことになりました

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 「俺を匿ってくれ」と平凡な日向の前に突然現れた人気アイドル凪沢優貴。そこから凪沢と二人で日向のマンションに暮らすことになる。凪沢は日向に好意を抱いているようで——。 凪沢優貴(20)人気アイドル。 日向影虎(20)平凡。工場作業員。 高埜(21)日向の同僚。 久遠(22)凪沢主演の映画の共演者。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

処理中です...