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✿ワンライ関係
・「ハロウィン」「トリックオアトリート」
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帰宅する足が踊る。駅前から徒歩十五分。仕事終わりの新崎迅人が本日向かっている先は、彼の住んでいるアパートではない。が、まぎれもなく、そこは彼の居場所である。
「ただいま、千尋さん」
合鍵を回して入る玄関には、既に丁寧にそろえられた彼の革靴が置いてあった。
「おかえり」
彼の声が、すぐに新崎を出迎えてくれる。一歩、足を踏み入れれば、夕食の香りがした。
「ごめん、いま、火をつけてて」
洗面所で手を洗って着替えている間に、ひょこっと、エプロン姿の千尋崇彦が姿を現した。彼がかけている眼鏡のレンズに色がついている。ブルーライトカットのものだ。おそらく作業中、新崎が帰ってくる時間にもうすぐなるからと慌てて料理を作り始めたのだろう。新崎の胸にぐっとこみあげてくるものがある。
「大丈夫ですよ、そんなにあせって、おでむかえしなくても」
落ち着いているふりをしているが、既にこの男、千尋に抱きつきたくてしかたがない。
「今日のご飯は焼き魚ですね」
「ほっけです。しまほっけ」
「わ、美味しそう」
「あと、今日をちなんで、かぼちゃの煮つけ」
「え? 今日? 何かありましたっけ……」
首をかしげる千尋が、ふっと笑った。
「うん、そうだね。でも、今晩楽しみにしておいて」
「へ?」
「いいから、いいから。ご飯のあとは、いつものようにお風呂だよね」
「え、あ、はい……」
よくわからないが、千尋が上機嫌なのは、わかる。新崎は、さっと部屋儀に着替えると、食卓へと向かった。
その後、何か変わったことがあるかといえば、特になく。いや、ひとついつもと違うことがあった。食事の途中でブルーライトカット眼鏡をしていたことに気が付いて千尋が真っ赤になりながら、眼鏡をはずした。可愛い。新崎はその様子にほっこりと癒されたのだが、あとはいつものように、今日の出来事を話ながら、食事を終えて、先にお風呂をいただいた。
湯舟につかれば、じわーっと身体が湯のなかに溶けていきそうな気分だ。それだけ疲れていたのだろう。
「明日も撮影だし、今日は早めに寝ないとな」
急に襲って来た眠気に、新崎はあくびした。湯舟のなかで寝てしまうわけにはいかない。さっと、立ち上がると、風呂場を出る。寝間着に着替えて、今日は早めにお休みさせてもらおうとしていた、新崎は、居間に戻ってみて、目を丸くした。
「ち、ひろさん……」
彼の目の前に、サンタクロースがいた。赤と白のもこもこの服を着て、頭には謎の赤い帽子。口元には綿あめのように真っ白でふわふわなひげをたくわえて。
「何をしているんですか?」
しばらくの間、謎のサンタと向かい合っていたが、さすがにどうしたらいいのか答えがでなくて、千尋に向かって新崎は問うた。ところが、想定外の返答が帰って来た。
「トリックオアトリート!」
これにはびっくりである。
「え、いや、千尋さん……」
「トリックオアトリート!」
「……な、なるほど」
新崎は、今日が何の日だったのか、ようやくそこで、思い当たることができた。
ハロウィン。
実際、新崎がこの日に関して知っていることといえば、仮想してトリックオアトリート(お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞ!)と言いまくったり、かぼちゃに顔が浮かんだ謎の図柄が印刷された商品や、蝙蝠やらゴーストやらのイラストをよく街中で見かけるようになる、というもの。あとは、どこぞの付近ではコスプレしたひとたちが集まるとか、そんなところ。
それが、本当は一体どういう祭りで、どのように行われるのか、そもそもその起源がどういうものかも、どこの国が発症なのかも、彼は知らない。
けれど、楽しければなんでもいいとばかりにイベント事浮かれまくっている日本人や、それでお金を巻き上げようとしている商業的意図から、なんとなく、そういう感じの日なのだろうと、いう認識しか彼はもっていなかった。
だが、ここにきて、これだ。
好きなひとが、なぜか、コスプレ(?)をして菓子か悪戯を選べと申してきている。
「お菓子なら、コンビニで買った芋けんぴがあります。少し食べてしまいましたが」
新崎はバックの中から、急いでそれをもってきた。袋に実父がついていたので、しけっていない。移動中にちょこっとつまんでたべていたのだ。
「悪戯なら、顔は商売にかかわるのであまりいじってほしくないのですが、それ以外であまり大変じゃないことだったら、なんでも……」
「……新崎くん」
「はい」
「ぼく、やっぱりこれ、滑ってる? 滑ってるよね? ミスった?」
千尋は、被り物を脱ぎ始めた。
「え? サンタさんやめちゃうんですか?」
「だって、きみ、乗り気じゃない、だろう?」
千尋は困ったように笑った。
そうか、新崎は思った。彼なりに、新崎が楽しめるように、彼が思う若者のノリを目指してみたのだろう。可愛い。ちょっと、ピントがずれているところも、可愛い。どうしよう、可愛い。
新崎は、我慢できなくなって、千尋に突撃した。手にしていた芋けんぴはどこかにほうりなげられ、床に着地した。
「に、新崎くん!」
「千尋さん、だめ、俺、だめなやつだってことは知っていると思うけど、もうだめ」
ぎゅっとサンタさんにしがみつくように腕を回した。
「サンタさん、俺にプレゼントください」
「え? え? プレゼント?」
戸惑う千尋に新崎は、ぎゅっと腕の力を強くした。このまま、逃がしたくない。
「俺がほしいのは、俺が世界で一番だって思っているひとです。そのひとは、世界にひとつしかない脚本を日々書いていて、それで、人柄も、優しくて温厚で、でも、自分に厳しくてストイックで、でも、どこか抜けていて、とても可愛くて」
「ちょ、ちょっと待った。止まって。それ以上言ったら、サンタさん困っちゃう」
「俺だって困っちゃいます。もっと、そのひとのいいところあるから。いっぱい言わせて」
「いや、あの、新崎くん……! なんだかぼくがいたずらされているような気がしてならないのだが」
「ふふ、いたずらじゃなくて、おねだり。俺に、俺がすきなひとをください」
「……え、ええ~!?」
「だめですか? 俺には千尋さんはくれませんか?」
「だ、だめじゃないけど……そしたら、サンタさんが、千尋さんをあげるから……」
千尋が戸惑いながらも、そう答えた。
「本当ですか!? やった~! ありがとう、サンタさん。今年いっぱい、とってもいい子にしていたから、俺のところにやってきてくれたんだよね!? それじゃあ、来年までまたいっぱいいい子にしているから、来年も来てくれる?」
「も、もちろん……」
新崎の圧に押された。千尋がうなづく。それを見て、新崎は安心したように、腕の力を抜いた。
「本当だね? やった! じゃあ、来年、また会おうね」
「うん、はい。はは、ハッピーハロウィン!」
「ハッピーハロウィン!」
さっと、新崎から距離をとった千尋が、来ていたものを脱ぎだした。口元のつけひげをとれば、線の細い千尋崇彦の顔が現れる。
「千尋さーん!」
彼が何か言うまえに、新崎は再び千尋に突進した。
「やった! サンタさんが、千尋さんに会わせてくれたんですよー! やった! 今日はサンタさんが千尋さんをくれたから、今晩はずっと千尋さんは俺のものですよね!?」
とんだ一日になったものだ。
千尋は苦笑いした。(了)
「ただいま、千尋さん」
合鍵を回して入る玄関には、既に丁寧にそろえられた彼の革靴が置いてあった。
「おかえり」
彼の声が、すぐに新崎を出迎えてくれる。一歩、足を踏み入れれば、夕食の香りがした。
「ごめん、いま、火をつけてて」
洗面所で手を洗って着替えている間に、ひょこっと、エプロン姿の千尋崇彦が姿を現した。彼がかけている眼鏡のレンズに色がついている。ブルーライトカットのものだ。おそらく作業中、新崎が帰ってくる時間にもうすぐなるからと慌てて料理を作り始めたのだろう。新崎の胸にぐっとこみあげてくるものがある。
「大丈夫ですよ、そんなにあせって、おでむかえしなくても」
落ち着いているふりをしているが、既にこの男、千尋に抱きつきたくてしかたがない。
「今日のご飯は焼き魚ですね」
「ほっけです。しまほっけ」
「わ、美味しそう」
「あと、今日をちなんで、かぼちゃの煮つけ」
「え? 今日? 何かありましたっけ……」
首をかしげる千尋が、ふっと笑った。
「うん、そうだね。でも、今晩楽しみにしておいて」
「へ?」
「いいから、いいから。ご飯のあとは、いつものようにお風呂だよね」
「え、あ、はい……」
よくわからないが、千尋が上機嫌なのは、わかる。新崎は、さっと部屋儀に着替えると、食卓へと向かった。
その後、何か変わったことがあるかといえば、特になく。いや、ひとついつもと違うことがあった。食事の途中でブルーライトカット眼鏡をしていたことに気が付いて千尋が真っ赤になりながら、眼鏡をはずした。可愛い。新崎はその様子にほっこりと癒されたのだが、あとはいつものように、今日の出来事を話ながら、食事を終えて、先にお風呂をいただいた。
湯舟につかれば、じわーっと身体が湯のなかに溶けていきそうな気分だ。それだけ疲れていたのだろう。
「明日も撮影だし、今日は早めに寝ないとな」
急に襲って来た眠気に、新崎はあくびした。湯舟のなかで寝てしまうわけにはいかない。さっと、立ち上がると、風呂場を出る。寝間着に着替えて、今日は早めにお休みさせてもらおうとしていた、新崎は、居間に戻ってみて、目を丸くした。
「ち、ひろさん……」
彼の目の前に、サンタクロースがいた。赤と白のもこもこの服を着て、頭には謎の赤い帽子。口元には綿あめのように真っ白でふわふわなひげをたくわえて。
「何をしているんですか?」
しばらくの間、謎のサンタと向かい合っていたが、さすがにどうしたらいいのか答えがでなくて、千尋に向かって新崎は問うた。ところが、想定外の返答が帰って来た。
「トリックオアトリート!」
これにはびっくりである。
「え、いや、千尋さん……」
「トリックオアトリート!」
「……な、なるほど」
新崎は、今日が何の日だったのか、ようやくそこで、思い当たることができた。
ハロウィン。
実際、新崎がこの日に関して知っていることといえば、仮想してトリックオアトリート(お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞ!)と言いまくったり、かぼちゃに顔が浮かんだ謎の図柄が印刷された商品や、蝙蝠やらゴーストやらのイラストをよく街中で見かけるようになる、というもの。あとは、どこぞの付近ではコスプレしたひとたちが集まるとか、そんなところ。
それが、本当は一体どういう祭りで、どのように行われるのか、そもそもその起源がどういうものかも、どこの国が発症なのかも、彼は知らない。
けれど、楽しければなんでもいいとばかりにイベント事浮かれまくっている日本人や、それでお金を巻き上げようとしている商業的意図から、なんとなく、そういう感じの日なのだろうと、いう認識しか彼はもっていなかった。
だが、ここにきて、これだ。
好きなひとが、なぜか、コスプレ(?)をして菓子か悪戯を選べと申してきている。
「お菓子なら、コンビニで買った芋けんぴがあります。少し食べてしまいましたが」
新崎はバックの中から、急いでそれをもってきた。袋に実父がついていたので、しけっていない。移動中にちょこっとつまんでたべていたのだ。
「悪戯なら、顔は商売にかかわるのであまりいじってほしくないのですが、それ以外であまり大変じゃないことだったら、なんでも……」
「……新崎くん」
「はい」
「ぼく、やっぱりこれ、滑ってる? 滑ってるよね? ミスった?」
千尋は、被り物を脱ぎ始めた。
「え? サンタさんやめちゃうんですか?」
「だって、きみ、乗り気じゃない、だろう?」
千尋は困ったように笑った。
そうか、新崎は思った。彼なりに、新崎が楽しめるように、彼が思う若者のノリを目指してみたのだろう。可愛い。ちょっと、ピントがずれているところも、可愛い。どうしよう、可愛い。
新崎は、我慢できなくなって、千尋に突撃した。手にしていた芋けんぴはどこかにほうりなげられ、床に着地した。
「に、新崎くん!」
「千尋さん、だめ、俺、だめなやつだってことは知っていると思うけど、もうだめ」
ぎゅっとサンタさんにしがみつくように腕を回した。
「サンタさん、俺にプレゼントください」
「え? え? プレゼント?」
戸惑う千尋に新崎は、ぎゅっと腕の力を強くした。このまま、逃がしたくない。
「俺がほしいのは、俺が世界で一番だって思っているひとです。そのひとは、世界にひとつしかない脚本を日々書いていて、それで、人柄も、優しくて温厚で、でも、自分に厳しくてストイックで、でも、どこか抜けていて、とても可愛くて」
「ちょ、ちょっと待った。止まって。それ以上言ったら、サンタさん困っちゃう」
「俺だって困っちゃいます。もっと、そのひとのいいところあるから。いっぱい言わせて」
「いや、あの、新崎くん……! なんだかぼくがいたずらされているような気がしてならないのだが」
「ふふ、いたずらじゃなくて、おねだり。俺に、俺がすきなひとをください」
「……え、ええ~!?」
「だめですか? 俺には千尋さんはくれませんか?」
「だ、だめじゃないけど……そしたら、サンタさんが、千尋さんをあげるから……」
千尋が戸惑いながらも、そう答えた。
「本当ですか!? やった~! ありがとう、サンタさん。今年いっぱい、とってもいい子にしていたから、俺のところにやってきてくれたんだよね!? それじゃあ、来年までまたいっぱいいい子にしているから、来年も来てくれる?」
「も、もちろん……」
新崎の圧に押された。千尋がうなづく。それを見て、新崎は安心したように、腕の力を抜いた。
「本当だね? やった! じゃあ、来年、また会おうね」
「うん、はい。はは、ハッピーハロウィン!」
「ハッピーハロウィン!」
さっと、新崎から距離をとった千尋が、来ていたものを脱ぎだした。口元のつけひげをとれば、線の細い千尋崇彦の顔が現れる。
「千尋さーん!」
彼が何か言うまえに、新崎は再び千尋に突進した。
「やった! サンタさんが、千尋さんに会わせてくれたんですよー! やった! 今日はサンタさんが千尋さんをくれたから、今晩はずっと千尋さんは俺のものですよね!?」
とんだ一日になったものだ。
千尋は苦笑いした。(了)
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