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「堂々と、自分がこの人のそういう相手なんだって言って、胸張っていきていきたいんです、俺。だけど、今はその時じゃない」
「うん――、そうだね」
「悔しいけれど、誰から何を言われようと俺は俺のままでずっとそのひとのことが好きなんだと思います。でも、それだけじゃ、甘い。それだけじゃ足りないから。俺が好きなひとと堂々と好きだっていうのを周囲にいるひとも、俺のファンで俺の活動を応援してくれているひとも、みんなが納得して、おめでとうって言ってくれるようにならないと――だから」
「新崎くん、まじめだ」
「茶化さないでください」
「真剣なんだ」
「はい」
「いい子だね」
「……なんなんですか、それ」
「ふふ、じゃあ、いまのは秘密なんだね」
「ええ、まあ、はい。新田さんの胸のなかにしばらくの間、隠しておいてください。いずれ時が来ます。俺がその時を用意します。そしたら、存分にぶっちゃけてもらっても構いません」
「結婚する気まんまんじゃん」
「はい!」
新崎が、応えたところで、店内に黄色い声が上がった。
「きゃああ、嘘!? それじゃ、あの、『青空リバイバル』の!?」
ん――「青空リバイバル」?
どこかで聞いたことのある単語だ。新崎はその由来を必死に探し当てようとしたが、それより先に、新田が目を光らせた。
「えっ、松葉ゆうじゃん!」
松葉ゆう。
はっとなって、新崎は声がした方向を向いた。
「すごい、あたし、ファンなんです!」
店で働いている若い女の子が、ふたりの観光客に詰め寄っていた。
「松葉――って、あ、ああああ! 千尋さーん!!!!」
新崎は、思わず叫んだ。
そこにいたのは、まぎれもない、千尋が働いている少女まんが雑誌の看板作家であり、彼の書いた作品は出版不況だという時代にもかかわらず売れに売れ、アニメ化、舞台化、ドラマ化、CD化のメディアミックスもばんばんされ、揚げ句の果てに、その奇天烈で強引で残念な性格でさえ、編集部が甘やかし、担当である千尋が、餅をたくさんこしらえなくてはならなくなった原因の張本人であった。
いきなり、立ち上がった濃いサングラスに深くかぶったキャップのいかにも不審者然とした男性客に、店内は、しんと静まりかえる。
「あの、すみません、ちょっといいですか?」
新崎は、それでも必死になって、女の子に詰め寄られていた男ふたり組に近寄った。
「誰?」
一緒にいた背の高い若い男の影にかくれるように、お餅を所望の作家は、半歩後ろにさがった。
白い肌に大きな黒目がちな瞳。細身の体形。千尋は三十代と言っていた。本当にこの可憐な美少年が、彼の担当作家なのだろうか。
「ま、松葉先生、ですか?」
おそるおそる尋ねてみる。
「もしかして、F社のひと?」
「い、いえ、俺はF社勤務の千尋崇彦の知り合いです」
「げっ」
すると、一気に作家の顔つきが変わる。
「今、千尋さんは、お餅をたくさん生産している最中なんです。このままだと、連載がストップして、先生の開けた穴を埋めるために代原を探すためにまた千尋さんが徹夜して、兼業している脚本業もどんどん遅れてしまう! なので、すみません、先生! 東京へ帰って! まんがを! 書いてくれませんか!!」
「うん――、そうだね」
「悔しいけれど、誰から何を言われようと俺は俺のままでずっとそのひとのことが好きなんだと思います。でも、それだけじゃ、甘い。それだけじゃ足りないから。俺が好きなひとと堂々と好きだっていうのを周囲にいるひとも、俺のファンで俺の活動を応援してくれているひとも、みんなが納得して、おめでとうって言ってくれるようにならないと――だから」
「新崎くん、まじめだ」
「茶化さないでください」
「真剣なんだ」
「はい」
「いい子だね」
「……なんなんですか、それ」
「ふふ、じゃあ、いまのは秘密なんだね」
「ええ、まあ、はい。新田さんの胸のなかにしばらくの間、隠しておいてください。いずれ時が来ます。俺がその時を用意します。そしたら、存分にぶっちゃけてもらっても構いません」
「結婚する気まんまんじゃん」
「はい!」
新崎が、応えたところで、店内に黄色い声が上がった。
「きゃああ、嘘!? それじゃ、あの、『青空リバイバル』の!?」
ん――「青空リバイバル」?
どこかで聞いたことのある単語だ。新崎はその由来を必死に探し当てようとしたが、それより先に、新田が目を光らせた。
「えっ、松葉ゆうじゃん!」
松葉ゆう。
はっとなって、新崎は声がした方向を向いた。
「すごい、あたし、ファンなんです!」
店で働いている若い女の子が、ふたりの観光客に詰め寄っていた。
「松葉――って、あ、ああああ! 千尋さーん!!!!」
新崎は、思わず叫んだ。
そこにいたのは、まぎれもない、千尋が働いている少女まんが雑誌の看板作家であり、彼の書いた作品は出版不況だという時代にもかかわらず売れに売れ、アニメ化、舞台化、ドラマ化、CD化のメディアミックスもばんばんされ、揚げ句の果てに、その奇天烈で強引で残念な性格でさえ、編集部が甘やかし、担当である千尋が、餅をたくさんこしらえなくてはならなくなった原因の張本人であった。
いきなり、立ち上がった濃いサングラスに深くかぶったキャップのいかにも不審者然とした男性客に、店内は、しんと静まりかえる。
「あの、すみません、ちょっといいですか?」
新崎は、それでも必死になって、女の子に詰め寄られていた男ふたり組に近寄った。
「誰?」
一緒にいた背の高い若い男の影にかくれるように、お餅を所望の作家は、半歩後ろにさがった。
白い肌に大きな黒目がちな瞳。細身の体形。千尋は三十代と言っていた。本当にこの可憐な美少年が、彼の担当作家なのだろうか。
「ま、松葉先生、ですか?」
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すると、一気に作家の顔つきが変わる。
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