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✿ひっかき傷
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「エル!! 自分だけサボってんなよ」
「無理ぃ、こういうマンネリ化しそうなことはダメ、死ぬ」
絶対に死にそうにない人間が死ぬと言っても大して効果はない。いや、それどころか、彼への怒鳴り声が喉元まで上がってくる。
だが、いくら罵声を浴びせても無駄だ。分かっている。だから必死に飲み込んで平常にまで戻していかなければならない。
エルガーというふざけた男に出会って、ラージャの忍耐力は格段に上がった。それは喜ばしいことなのか、悲しきことなのか、ラージャにはわからない。
彼が、単純作業たる後始末の報告書を途中で投げ出すことは最初から分かっていた。
だが、デスクの上に靴を履いたままの足を乗せて天井を見つめる脱力した彼の姿を見ていると、こみ上げてくるものが無いわけではない。むしろ、こみ上げてくる怒りで頭がどうにかしそうだ。
今回も自分が二人分のレポートを最後まで仕上げるんだなぁと思うと、PC画面を見続けて乾いているはずの瞳が潤んでくるのでラージャは袖口で目をこすった。
「あー、ダメ。もうムリィ」
足を床に戻したエルガーが、席を立つ。
「おい、どこに行くんだよ!!」
慌てて彼を追うラージャ。
彼が向かった先は更衣室だった。追ってきたラージャにエルガーは薄ら笑いを浮かべた。
「ヘイ、お前も早退かァ?」
シャツのボタンをはずしながら言うエルガーにラージャは目を細める。
「な!! ……と、とりあえず、着替えながらしゃべるな!!」
細い。
脱げば彼の身体が思っていた以上に細いことは知っている。
だが、実際に目の前にそれを出されてしまうとどうしても彼のペースに飲み込まれてしまう。
結局、我慢強くなろうが、根気強くなろうが、エルガーにラージャは敵わない。
「つーか、早退ってどういうことだよ!!」
「もうムリだって。あきらめが肝心っていうだろ。ぼくは現場しかキョーミねぇし」
彼と共にいると時々血管がちぎれそうになる。いくら我慢強くなったとはいえ、ラージャにも抑え込めるときと抑え込めないときがあるらしい。
「だからってお前!!」
思わず胸ぐらを掴もうと距離を詰めたラージャは、はっと息を飲んだ。
既に上半身がはだけているエルガーがラージャの手を逃れるために、さっと回転するように身を引いた。
その瞬間、彼の背中のそれが目に入ってしまったのだ。
「――っつ!!」
勢いのまま、エルガーの身体をロッカーに押し付ける。
逃げ場はない。
大柄なエルガーの肉の壁が小柄なエルガーの逃げ道をなくす。
「……これ、何?」
しんと冷たい声。普段のラージャからは聞くことが出来ないような冷徹な響きが鼓膜を震わせたかと思うとエルガーの背筋がぞくりと刺激された。
「何ってなんだよ。つか、重い!!」
逃れようともがくが単純な力比べならラージャのほうが上だ。
「知らないのか? 背中、すっげえぞ」
まるで翼が生えているみたいだ、とラージャに耳元でささやかれて、カッと身体が熱くなる。触れる吐息が彼の身体の内側から押してはならない変貌のスイッチを撫で上げるかのように。
「誰だ?」
「誰って、ぼくは天下随一のエルガー様だよ!!」
「そうじゃなくて、誰がつけたわけ?」
「はぁ⁉ だから、何を!!」
「ひっかき傷、つけたやつ。お前に抱きついたやつ」
「わ、まじか!! てか、お前、なんだよ、今日!! なんか変!!」
「いいだろ、たまには」
「絶対に嫌だ。つか早くぼくを離せ」
「こっちも絶対に嫌だ」
ふっと背中に落ちてくる感覚。ぞわりと全身の毛孔が引き締まるような嫌な予感。エルガーが四肢をばたつかせて抵抗する。
ラージャの唇が、背中の傷をなぞるように落ちてきたのだ。
「バッ!! 何してんだよ!!」
逃れようと暴れるエルガーとそれを強引にねじ伏せながらキスを落としていくラージャ。
力では押し切られるだけだ。
ふっと唇を離した瞬間を狙ってゆるんだラージャ身体の間から、エルガーは拳を飛ばした。
「うっ!!」
それは、ラージャの顔面にヒットし、ひるんだ隙にエルガーは抜け出す。
「こんの!! セクハラ野郎!!」
普段から妙な色気を全面に出しているやつに言われたくはない!! そう返したかったラージャだが、殴られた衝撃で言葉を発せずにいた。
「あとでボスに告げ口してやるからな!! あっかんべー!!」
お前は小学生か!!
だが、自分のしてしまった行動を冷静に思い出してみて、爆発しそうな気持になるラージャだった。(了)
「無理ぃ、こういうマンネリ化しそうなことはダメ、死ぬ」
絶対に死にそうにない人間が死ぬと言っても大して効果はない。いや、それどころか、彼への怒鳴り声が喉元まで上がってくる。
だが、いくら罵声を浴びせても無駄だ。分かっている。だから必死に飲み込んで平常にまで戻していかなければならない。
エルガーというふざけた男に出会って、ラージャの忍耐力は格段に上がった。それは喜ばしいことなのか、悲しきことなのか、ラージャにはわからない。
彼が、単純作業たる後始末の報告書を途中で投げ出すことは最初から分かっていた。
だが、デスクの上に靴を履いたままの足を乗せて天井を見つめる脱力した彼の姿を見ていると、こみ上げてくるものが無いわけではない。むしろ、こみ上げてくる怒りで頭がどうにかしそうだ。
今回も自分が二人分のレポートを最後まで仕上げるんだなぁと思うと、PC画面を見続けて乾いているはずの瞳が潤んでくるのでラージャは袖口で目をこすった。
「あー、ダメ。もうムリィ」
足を床に戻したエルガーが、席を立つ。
「おい、どこに行くんだよ!!」
慌てて彼を追うラージャ。
彼が向かった先は更衣室だった。追ってきたラージャにエルガーは薄ら笑いを浮かべた。
「ヘイ、お前も早退かァ?」
シャツのボタンをはずしながら言うエルガーにラージャは目を細める。
「な!! ……と、とりあえず、着替えながらしゃべるな!!」
細い。
脱げば彼の身体が思っていた以上に細いことは知っている。
だが、実際に目の前にそれを出されてしまうとどうしても彼のペースに飲み込まれてしまう。
結局、我慢強くなろうが、根気強くなろうが、エルガーにラージャは敵わない。
「つーか、早退ってどういうことだよ!!」
「もうムリだって。あきらめが肝心っていうだろ。ぼくは現場しかキョーミねぇし」
彼と共にいると時々血管がちぎれそうになる。いくら我慢強くなったとはいえ、ラージャにも抑え込めるときと抑え込めないときがあるらしい。
「だからってお前!!」
思わず胸ぐらを掴もうと距離を詰めたラージャは、はっと息を飲んだ。
既に上半身がはだけているエルガーがラージャの手を逃れるために、さっと回転するように身を引いた。
その瞬間、彼の背中のそれが目に入ってしまったのだ。
「――っつ!!」
勢いのまま、エルガーの身体をロッカーに押し付ける。
逃げ場はない。
大柄なエルガーの肉の壁が小柄なエルガーの逃げ道をなくす。
「……これ、何?」
しんと冷たい声。普段のラージャからは聞くことが出来ないような冷徹な響きが鼓膜を震わせたかと思うとエルガーの背筋がぞくりと刺激された。
「何ってなんだよ。つか、重い!!」
逃れようともがくが単純な力比べならラージャのほうが上だ。
「知らないのか? 背中、すっげえぞ」
まるで翼が生えているみたいだ、とラージャに耳元でささやかれて、カッと身体が熱くなる。触れる吐息が彼の身体の内側から押してはならない変貌のスイッチを撫で上げるかのように。
「誰だ?」
「誰って、ぼくは天下随一のエルガー様だよ!!」
「そうじゃなくて、誰がつけたわけ?」
「はぁ⁉ だから、何を!!」
「ひっかき傷、つけたやつ。お前に抱きついたやつ」
「わ、まじか!! てか、お前、なんだよ、今日!! なんか変!!」
「いいだろ、たまには」
「絶対に嫌だ。つか早くぼくを離せ」
「こっちも絶対に嫌だ」
ふっと背中に落ちてくる感覚。ぞわりと全身の毛孔が引き締まるような嫌な予感。エルガーが四肢をばたつかせて抵抗する。
ラージャの唇が、背中の傷をなぞるように落ちてきたのだ。
「バッ!! 何してんだよ!!」
逃れようと暴れるエルガーとそれを強引にねじ伏せながらキスを落としていくラージャ。
力では押し切られるだけだ。
ふっと唇を離した瞬間を狙ってゆるんだラージャ身体の間から、エルガーは拳を飛ばした。
「うっ!!」
それは、ラージャの顔面にヒットし、ひるんだ隙にエルガーは抜け出す。
「こんの!! セクハラ野郎!!」
普段から妙な色気を全面に出しているやつに言われたくはない!! そう返したかったラージャだが、殴られた衝撃で言葉を発せずにいた。
「あとでボスに告げ口してやるからな!! あっかんべー!!」
お前は小学生か!!
だが、自分のしてしまった行動を冷静に思い出してみて、爆発しそうな気持になるラージャだった。(了)
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