Garlic短編帳

阿沙🌷

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✿喜劇じみた惨劇

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「お前たちに任せても大丈夫か?」
 心配そうなボスの声が耳元のイヤホンから聞こえてくる。
「へーきへーき。むしろ、ぼく一人のほうが良かったかもしれないって感じ。……これより浄化作業に入る」
 長い金髪を後ろでひとまとめにしながらエルガーが本部へと連絡する。それがラージャにとっては安堵と心配の種だった。
 危機的状況において相棒エルガーの態度は一切変わらない。
 援護班ゼロ、仲間ゼロ。ラージャとエルガー二人きりでやつに遭遇するのはいつ以来だろう。
 だからと言って敵を発見してしまったのだ。浄化を怠れば甚大な被害が出る。二人だけでやるしかない。けれど、暴走がちなエルガーを制御できるのはこの場に自分しかいない。
「ヘイ、ラージャしょぼくれてると遅れを取るぜ」
 にやっと白い歯を見せて笑うエルガーは耐吸血鬼用銀弾銃に特殊銀製弾丸の装填した。彼らにお見舞いするのに通常火薬兵器は効かない。異常な回復力で木端微塵の状態からでも彼らは復活してしまうのだ。
「だ、大丈夫。落ち着いてる」
「落ち着くんじゃねえ、盛り上がっていかねえとな」
「おいエル。派手にぶっぱなして報告書作成地獄行きの愚行はやめてくれよ」
「おい、よく周りを見てみろ。市街地と違って今回ならうまくやれる」
 確かに、畑ばかりの農村でなら――と思ったが、この男だから何をしでかすか分かったものではない。
 だが同時にどんなことをしてでも敵を洗滅させる彼のことだ。味方でならこの上なく頼もしい。ただし、過剰な暴走行動さえなければの話なのだが。

 吸血鬼Vampir
 それは人体を、屍を、超越的存在に変化させてしまう。
 生前の姿そのものの不死者体、腐乱が始まっても行動し続ける遊屍者体、lycanthrope体や夜燕Fledermaus体など異種生命体のような形態をとるもの、血と肉のスライムもしくはゼリー状体。
 死してなお活動を行う彼らは生者の血肉を欲し、貪る。まさに怪力無双、変幻自在、神出鬼没。
 「心核」と呼ばれる部位の破壊でしか浄化することが出来ず、発生原因すら謎の奇病に対して人類のとった行動は、排除と排斥。
 その任務を全うする存在こそが、吸血鬼始末人Vampirdzhija、ハンターと呼ばれる者たちだった。

「へい、そろそろお出ましだぜ?」
 住民を避難させた民家の裏に身を隠しながら、エルガーが獲物へとじりじりと近付いていく。
 巨大なと聞いていたが、確かに大きい。ヒグマくらいの大きさにまで脹れあがったスライム状のそれは元が人間とは思えないような不気味な血肉色をしていた。
 彼が歩行――というより這いずり回っているかのような移動をするたびに、足元の草が悲鳴を上げ、生命を失っていく。枯れ果てた植物がわだちを作っていた。
「ありゃ触れたら生命力まるごと吸い取られる絶倫タイプだな」
 エルガーは好敵手とばかりに、不気味な笑みを漏らす。
「ラージャ、お前はなるべく距離をとっとけ」
「エル、お前はどうするんだよ」
「遠くからってのは、ぼくの趣味に合わないだろ」
 エルガーが、勢いよく敵体の前へと飛び出していく。彼に気が付いた吸血鬼はぶよぶよとした塊から何かを放った。それはエルガーへ目掛けて発射された触手だった。お得意の瞬発力でそれをかわすと、本体に向けてなおも突進する。
「このばかが!!」
 ラージャは銀弾を発射するも、飛距離からして届かないのは分かっていた。ただエルガーからラージャへと興味が移る。
「うおりゃああ!!!!」
 その一瞬でエルガーが体当たりをするかのように本体に突撃をかけた。ぶつけた右肩から右わき腹にかけて焼け爛れるような痛みが走る。だがエルガーはそのまま自分の身体をスライム状の敵本体へとめり込ませる。
 エルガーの猛突にラージャへ狙いを定めていた吸血鬼は触手をエルガーへと向ける。だがエルガーへと危害を加える前に、攻撃圏内へと移動していたラージャの弾丸に打ち抜かれて地面に落ちた。
「くっそぉぉおおおお!!!! いってえええええ!!!!」
 エルガーが叫んだ。それでも彼はずぶずぶと敵体の内側へ身体を沈めていく。
「エル!! なにばかやってんだよ!! 敵本体にわざわざ取り込まれに行くやつがあるか!!」
「いる!! ぼくだ!!」
 撃ち落とした触手が回復して再び活動を開始する。相棒を助ける暇なく、ラージャは射撃に集中するしかない。
「死ぬぞ!! どうなってもいいのか!!」
「どうなってもいいよぉぉおおお!!!!」
 スライム状部分との接触によって火傷状態の皮膚を纏ったエルガーの手には愛用の耐吸血鬼用銀弾銃が握られている。銃筒の先に硬いものが当たった。心核だ。その瞬間、エルガーの撃鉄が炸裂した。
「くっ!!」
 ばしゅっと果実がつぶれるような嫌な音がしたと思うと、内側から弾けるように吸血鬼の肉体が破裂した。
 その真っ赤な破片は降り注ぐ雨のようになってエルガーの身体に降り注ぐ。だがそれは地面に落ちた途端、ほの白い粉状に変わる。
「もう燃え尽きちまうなんて、やりがいのないやつだな……って、痛って!!」
 灰になっていく敵体を眺めながらぼんやりとしているエルガーの後頭部に衝撃が走った。消耗した肉体はそれだけで、くらりと倒れそうになる。だが、怪我に触れないようにそっと支えられて、エルガーは彼のほうを睨んだ。
「ラージャ、なんだよ!」
「むかついたから殴った」
「てめぇ……怪我人になんつー真似を」
「そうだよ、なんつー真似だ、エル!」
「ぼくが他の男の体内に入ったのがそんなに嫌か?」
「そうじゃない、いや、そうなんだけど」
「それじゃあ、どうしろってんだ。ほっとくとあの手の化け物はより巨大化する。心核破壊を狙えないと長期化する。ぼくがここに呼ばれたってことは、つまり……」
「だからって捨て身になるのは、……もう、いい加減にしろ!!」
「捨て身じゃない。ラージャがいる」
 にやりと笑う笑顔が弱弱しくなる。
「ぼくは疲れた。ちょっと眠るね」
「救護班が来たらたたき起こしてやるかな」
 ラージャには分からない。
 彼がそこまで早急な浄化へとこだわる理由が。
 ただ、それが彼なりの愛情なのかもしれない。――どうせ殺すなら、早めがいい。
 それなら、とも思う。自分をもっと標的に近づけさせてくれてもいいじゃないかとも。
 まるでエルガーの戦いはむちゃくちゃだ。もともと社会性ゼロの人間が銀弾をばらまいているようなものだから、チームワークを求めること自体が絶望的なことなのかもしれない。
 それでも、まるで彼のやり方は、ラージャを敵から離して独断で解決しようという節がある。
「いつまでも新人じゃねえんだぞ」
 だから信じてくれ、俺を。
 そうつぶやいたが意識を失っているエルガーの心にはきっと届かない。(了)


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