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.今年最後の控室

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 十二月三十一日。年末。現在時刻は十二時半。ということは、あと十一時間と三十分程度で今年が終わってしまうわけだ。新崎にいざき迅人はやとは、あまりにも時間がはやく過ぎてしまうことに驚いた。
 だが一年前――今年の始まりのことを思い出そうとして、少し靄がかかる。この一年すぐに終わってしまうと思ったその直後にやっぱり一年はそれなりに長いのだという気持ちになる。今年の一月を振り返ろうとして遠くに手を伸ばすような感覚だ。
「なに、ぼーっとして飯くってんだ?」
 声をかけられて新崎は、はっと顔をあげた。自分は控室に座っていて机の上に広げていたお弁当を食べている。そんな現実に引き戻される。
 声をかけて来た守谷もりや勝世は、にやりと不気味な笑みを浮かべた。
「大丈夫、心配するな。千尋先生だって今日はちゃんと見に来てくれるはずさ」
 新崎は、頬を染めた。わかりやすい反応に守谷の不気味な笑みが深くなる。
「べ、べつにそんなことを考えていたわけでは……」
「いいじゃないか! 青春だなぁ!」
 守谷はニタニタが顔に張り付いてしまったかのように、不気味な顔のまま、新崎の隣に空いていた椅子の上、腰を下ろした。
「それよりその弁当、まさか千尋のか?」
「あげませんよ」
「出し巻き卵食べたい」
「あげませんってば」
 劇団のボスの魔の手から千尋の手作り弁当を死守するため、ばたばたと逃げ回っていた新崎だったが、控室を叩くノックの音に、おふざけは中断された。
「はい、どうぞ」
 お弁当を抱え込んでガードしながら、新崎はドアを開けた。そこに、お弁当の製作者が立っていた。
「おっと、新崎くん、こんにちは」
 飼い主が帰宅してきて喜ぶ犬のように、新崎は尻尾をぶんぶんと勢いよく振った。
「千尋さん! どうしたんですか? まだ講演時間の前ですよ!」
「うん、早くつきすぎちゃったから顔でもだそうと思って」
 よう、と守谷が片手を上げて挨拶する。
「今年も年末進行お疲れさん」
「ああ、全く、今年も大変だったよ」
 千尋は苦笑いを浮かべながらこたえた。
「誰かさんが余計な仕事を増やすからね」
「おっと、それは俺のせいだけじゃないだろう」
 もともと別の演目をする予定だったのだが、劇団のボスである守谷が急遽千尋に新しい作品を依頼して、むりやり今日の年末公演に間に合わせたのだ。
 だが、千尋が戦っていたのは、脚本だけではない。出版社勤務の千尋にはもう一人、巨大な敵が存在しており、今年も締切と仲良くできない作家に振り回されていた。
 だが、疲労さえ感じさせないほど、千尋からはおっとりとした優しい雰囲気を感じる。どんなに仕事が大変でも、その凄惨さを感じさせない千尋の人柄のすごさには、メジャーデビューを果たし仕事の量が増えて四苦八苦していた新崎にとっても、ものすごく超人的に見える。というか新崎の目には千尋の背後にはいつも後光がさして見えるのだ。
「千尋さん、お疲れなのに、今日も会えて嬉しいです。絶対、いい舞台にします! 見ていてください!」
 千尋の手を固く握りしめて、新崎がいう。千尋も、少し頬を染めて嬉しそうにうなづいた。このあたたかな空気に居づらくなったのか、守谷が自分にガッツを入れる。
「おっしゃ! これで気合入れて、年を納めて、来年は爆竹公演だ!」
「……本当に爆竹用意するところがヤバイと思うんですけどね」
「でも、今年最後の仕事だね。新崎くん、頑張って」
「はい!」
 幕が上がる三時まで、最後の最後の調整とチェックが待っている。やると決めたらやるのだ。新崎の瞳に火が灯った。

(了) 

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✿俳優×脚本家シリーズ(と勝手に名付けている)
攻め:新崎迅人 若手俳優でぽんこつ × 受け:千尋崇彦 日曜脚本家さん

✿シリーズ一覧>>>1.delete=number/2.目指す道の途中で/3.追いつく先においついて4.ご飯でもお風呂でもなくて/5.可愛いに負けてる/6.チョコレートのお返し、ください。/6.膝小僧を擦りむいて

✿掌編>>>白髪ができても / むっとしちゃうの
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