13 / 13
.今年最後の控室
しおりを挟む
十二月三十一日。年末。現在時刻は十二時半。ということは、あと十一時間と三十分程度で今年が終わってしまうわけだ。新崎迅人は、あまりにも時間がはやく過ぎてしまうことに驚いた。
だが一年前――今年の始まりのことを思い出そうとして、少し靄がかかる。この一年すぐに終わってしまうと思ったその直後にやっぱり一年はそれなりに長いのだという気持ちになる。今年の一月を振り返ろうとして遠くに手を伸ばすような感覚だ。
「なに、ぼーっとして飯くってんだ?」
声をかけられて新崎は、はっと顔をあげた。自分は控室に座っていて机の上に広げていたお弁当を食べている。そんな現実に引き戻される。
声をかけて来た守谷勝世は、にやりと不気味な笑みを浮かべた。
「大丈夫、心配するな。千尋先生だって今日はちゃんと見に来てくれるはずさ」
新崎は、頬を染めた。わかりやすい反応に守谷の不気味な笑みが深くなる。
「べ、べつにそんなことを考えていたわけでは……」
「いいじゃないか! 青春だなぁ!」
守谷はニタニタが顔に張り付いてしまったかのように、不気味な顔のまま、新崎の隣に空いていた椅子の上、腰を下ろした。
「それよりその弁当、まさか千尋のか?」
「あげませんよ」
「出し巻き卵食べたい」
「あげませんってば」
劇団のボスの魔の手から千尋の手作り弁当を死守するため、ばたばたと逃げ回っていた新崎だったが、控室を叩くノックの音に、おふざけは中断された。
「はい、どうぞ」
お弁当を抱え込んでガードしながら、新崎はドアを開けた。そこに、お弁当の製作者が立っていた。
「おっと、新崎くん、こんにちは」
飼い主が帰宅してきて喜ぶ犬のように、新崎は尻尾をぶんぶんと勢いよく振った。
「千尋さん! どうしたんですか? まだ講演時間の前ですよ!」
「うん、早くつきすぎちゃったから顔でもだそうと思って」
よう、と守谷が片手を上げて挨拶する。
「今年も年末進行お疲れさん」
「ああ、全く、今年も大変だったよ」
千尋は苦笑いを浮かべながらこたえた。
「誰かさんが余計な仕事を増やすからね」
「おっと、それは俺のせいだけじゃないだろう」
もともと別の演目をする予定だったのだが、劇団のボスである守谷が急遽千尋に新しい作品を依頼して、むりやり今日の年末公演に間に合わせたのだ。
だが、千尋が戦っていたのは、脚本だけではない。出版社勤務の千尋にはもう一人、巨大な敵が存在しており、今年も締切と仲良くできない作家に振り回されていた。
だが、疲労さえ感じさせないほど、千尋からはおっとりとした優しい雰囲気を感じる。どんなに仕事が大変でも、その凄惨さを感じさせない千尋の人柄のすごさには、メジャーデビューを果たし仕事の量が増えて四苦八苦していた新崎にとっても、ものすごく超人的に見える。というか新崎の目には千尋の背後にはいつも後光がさして見えるのだ。
「千尋さん、お疲れなのに、今日も会えて嬉しいです。絶対、いい舞台にします! 見ていてください!」
千尋の手を固く握りしめて、新崎がいう。千尋も、少し頬を染めて嬉しそうにうなづいた。このあたたかな空気に居づらくなったのか、守谷が自分にガッツを入れる。
「おっしゃ! これで気合入れて、年を納めて、来年は爆竹公演だ!」
「……本当に爆竹用意するところがヤバイと思うんですけどね」
「でも、今年最後の仕事だね。新崎くん、頑張って」
「はい!」
幕が上がる三時まで、最後の最後の調整とチェックが待っている。やると決めたらやるのだ。新崎の瞳に火が灯った。
(了)
だが一年前――今年の始まりのことを思い出そうとして、少し靄がかかる。この一年すぐに終わってしまうと思ったその直後にやっぱり一年はそれなりに長いのだという気持ちになる。今年の一月を振り返ろうとして遠くに手を伸ばすような感覚だ。
「なに、ぼーっとして飯くってんだ?」
声をかけられて新崎は、はっと顔をあげた。自分は控室に座っていて机の上に広げていたお弁当を食べている。そんな現実に引き戻される。
声をかけて来た守谷勝世は、にやりと不気味な笑みを浮かべた。
「大丈夫、心配するな。千尋先生だって今日はちゃんと見に来てくれるはずさ」
新崎は、頬を染めた。わかりやすい反応に守谷の不気味な笑みが深くなる。
「べ、べつにそんなことを考えていたわけでは……」
「いいじゃないか! 青春だなぁ!」
守谷はニタニタが顔に張り付いてしまったかのように、不気味な顔のまま、新崎の隣に空いていた椅子の上、腰を下ろした。
「それよりその弁当、まさか千尋のか?」
「あげませんよ」
「出し巻き卵食べたい」
「あげませんってば」
劇団のボスの魔の手から千尋の手作り弁当を死守するため、ばたばたと逃げ回っていた新崎だったが、控室を叩くノックの音に、おふざけは中断された。
「はい、どうぞ」
お弁当を抱え込んでガードしながら、新崎はドアを開けた。そこに、お弁当の製作者が立っていた。
「おっと、新崎くん、こんにちは」
飼い主が帰宅してきて喜ぶ犬のように、新崎は尻尾をぶんぶんと勢いよく振った。
「千尋さん! どうしたんですか? まだ講演時間の前ですよ!」
「うん、早くつきすぎちゃったから顔でもだそうと思って」
よう、と守谷が片手を上げて挨拶する。
「今年も年末進行お疲れさん」
「ああ、全く、今年も大変だったよ」
千尋は苦笑いを浮かべながらこたえた。
「誰かさんが余計な仕事を増やすからね」
「おっと、それは俺のせいだけじゃないだろう」
もともと別の演目をする予定だったのだが、劇団のボスである守谷が急遽千尋に新しい作品を依頼して、むりやり今日の年末公演に間に合わせたのだ。
だが、千尋が戦っていたのは、脚本だけではない。出版社勤務の千尋にはもう一人、巨大な敵が存在しており、今年も締切と仲良くできない作家に振り回されていた。
だが、疲労さえ感じさせないほど、千尋からはおっとりとした優しい雰囲気を感じる。どんなに仕事が大変でも、その凄惨さを感じさせない千尋の人柄のすごさには、メジャーデビューを果たし仕事の量が増えて四苦八苦していた新崎にとっても、ものすごく超人的に見える。というか新崎の目には千尋の背後にはいつも後光がさして見えるのだ。
「千尋さん、お疲れなのに、今日も会えて嬉しいです。絶対、いい舞台にします! 見ていてください!」
千尋の手を固く握りしめて、新崎がいう。千尋も、少し頬を染めて嬉しそうにうなづいた。このあたたかな空気に居づらくなったのか、守谷が自分にガッツを入れる。
「おっしゃ! これで気合入れて、年を納めて、来年は爆竹公演だ!」
「……本当に爆竹用意するところがヤバイと思うんですけどね」
「でも、今年最後の仕事だね。新崎くん、頑張って」
「はい!」
幕が上がる三時まで、最後の最後の調整とチェックが待っている。やると決めたらやるのだ。新崎の瞳に火が灯った。
(了)
0
✿俳優×脚本家シリーズ(と勝手に名付けている)
攻め:新崎迅人 若手俳優でぽんこつ × 受け:千尋崇彦 日曜脚本家さん
✿シリーズ一覧>>>1.delete=number/2.目指す道の途中で/3.追いつく先においついて4.ご飯でもお風呂でもなくて/5.可愛いに負けてる/6.チョコレートのお返し、ください。/6.膝小僧を擦りむいて
✿掌編>>>白髪ができても / むっとしちゃうの
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
初夢はサンタクロース
阿沙🌷
BL
大きなオーディションに失敗した新人俳優・新崎迅人を恋人に持つ日曜脚本家の千尋崇彦は、クリスマス当日に新崎が倒れたと連絡を受ける。原因はただの過労であったが、それから彼に対してぎくしゃくしてしまって――。
「千尋さん、俺、あなたを目指しているんです。あなたの隣がいい。あなたの隣で胸を張っていられるように、ただ、そうなりたいだけだった……なのに」
顔はいいけれど頭がぽんこつ、ひたむきだけど周りが見えない年下攻め×おっとりしているけれど仕事はバリバリな多分天然(?)入りの年上受け
俳優×脚本家シリーズ(と勝手に名付けている)の、クリスマスから大晦日に至るまでの話、多分、そうなる予定!!
※年末までに終わらせられるか書いている本人が心配です。見切り発車で勢いとノリとクリスマスソングに乗せられて書き始めていますが、その、えっと……えへへ。まあその、私、やっぱり、年上受けのハートに年下攻めの青臭い暴走的情熱がガツーンとくる瞬間が最高に萌えるのでそういうこと(なんのこっちゃ)。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
憧れが恋に変わったそのあとに――俳優×脚本家SS
阿沙🌷
BL
新進気鋭の今をときめく若手俳優・新崎迅人と、彼の秘密の恋人である日曜脚本家・千尋崇彦。
年上で頼れる存在で目標のようなひとであるのに、めちゃくちゃ千尋が可愛くてぽんこつになってしまう新崎と、年下の明らかにいい男に言い寄られて彼に落とされたのはいいけれど、どこか不安が付きまといつつ、彼が隣にいると安心してしまう千尋のかなーりのんびりした掌編などなど。
やまなし、いみなし、おちもなし。
昔書いたやつだとか、サイトに載せていたもの、ツイッターに流したSS、創作アイディアとか即興小説だとか、ワンライとかごった煮。全部単発ものだし、いっかーという感じのノリで載せています。
このお話のなかで、まじめに大人している大人はいません。みんな、ばぶうぅ。
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
チョコレートのお返し、ください。
阿沙🌷
BL
ドラマの撮影で忙しくしている新人俳優・新崎迅人には秘密にしなくてはならない恋人がいる。兼業脚本家の千尋崇彦だ。
彼に会いたくても地方ロケに出てしまいしばらく会えない状況が続く。そんななか、なんと撮影現場に会いたくてしかたがなかった男がやってきて――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる