俎上の魚は水を得る

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#027 畏れぬ者

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温泉施設こと、別荘の土台を建造し始めている一角と、新設する街道の敷設工事現場近辺。
その辺り一体に結界が張られている。

結界がある事で、魔獣は勿論森の獣も、凶暴なものや肉食獣などが作業範囲に入って来る事はない。
ただ、人間に関しては、結界の内側と外側の行き来が可能だ。
近隣の市町村や街道から、ちょっとした買い出しや関係者の往来、あるいは物資を輸送する馬車などが出入りする必要上、当然の措置だ。

今まで道が無かった場所に道が出来た。
過去、それが無かった頃にも、少しくらいなら踏み込んだ者は居ただろう。

だけれど、風向きによってはそこそこ遠くまで届く硫化水素の臭いと、近隣の村の高台からも遠目に見える植生のはげた部分などは、それが何なのか分からないこの世界の住人にとっては、足を踏み入れる気を削ぐには充分だったと思われる。

まあ、実際硫化水素ガス中毒で死に至る事故は、日本でも折に触れ散見されていた。
その昔には、狩りが目的でこの近辺に踏み込んだ者の中に、そういった者、あるいは助かりはしたが健康被害を受けた、という者も居ただろう。

だから近隣の古老達は、あの地域には踏み込むなと諭してきたのだ。
獲物を狙って獣道を頼りに踏み込む猟師も、近場のごく浅い部分までで引き返すというのが暗黙のルールとなっていると言っていた。

だが、ここに来て、今まで入り込む事が出来なかった原生林地帯の、比較的深い部分まで道が出来た。
もしくは道を敷設するために雑木などを整理して更地にしてある。

地元の古老達の言葉に、余り触れる事の無かった余所者の冒険者達などの中に、逆に手つかずの狩り場として良い素材が転がっているかも知れないという、期待や好奇心を膨らませて踏み込んでしまう者が現れたのだろう。



ある時の事だった。
祭壇に向かって供物を出そうとしていたとき。

原生林の一角から、激しい威圧を感じた。

拠点の方から、作業員達からざわめきが起きた声が聴こえた。

とっさに俺もミランも索敵をする。

工事中の街道沿いに、作業員達の目を盗みながら結界の外側の獣道をたどって、地元の猟師達ですら入らないような領域まで入っていった、二人の冒険者が立ちすくんでいた。

彼らのいずれかが投げたブーメランが、神の使いである白銀のフクロウを仕留めたのだ。

神の使い。
おそらく神竜様の眷属。

全身が白銀で、少し発光している。その片翼が半分以上弾き飛ばされて、根雪の上に真っ赤な血を流しながら藻掻いていた。
その後ろには、同様に少し発光した白銀の大篦鹿が怒りに目を血走らせて、歯をむいている。

先ほどの威圧は、大篦鹿おおへらじかが不埒な冒険者に向けて放ったものだったのだ。

それを見つけた瞬間に、俺はその場に転移して、即座に最も強力な治癒を施した。
とっさに何も無い空間から現れた人間に、ビックリしたらしき大篦鹿は、その勢いのまま俺に突進してきた。

無論俺の全身には、強力な防御魔法が貼られている。
タックルするつもりでかかってきた、強靱な角は弾かれた。
俺は無視して治癒を続ける。幸い欠損した翼の再生が始まった。
大篦鹿は、再度の攻撃を踏みとどまった。

その間、何秒だったか。
大篦鹿の気が俺に向いた隙にと、冒険者コンビが転がるように逃げ出した。


――――  待てッ! ―――――

頭の中に直接響くような命令が響いた。

今度は白銀の大鷲だった。両翼を広げれば、ちょっとしたバスも覆われてしまうだろう程の大きさだ。

それが猛スピードで二人に向かって滑空している。
初めて踏み込んだ場所である上に、獣道が根雪によって所々途切れても居るし、泥濘んだり、固まって滑りやすい箇所もあるのだろう。

即座に逃亡を諦めて、無謀にも迎撃の体制に入った。
背負っていた大きめのブーメランを構えて魔法を流し込み、相方がそいつに身体強化魔法をかけた。

二人とも命がかかっているのだから、手加減無く相手を仕留める気は満々だ。

ブーメランを構えたそいつの周囲に、つむじ風のような、空気の巻き込みを作ったと思ったら、自分たちに向け猛スピードで向かってくる大鷲に向かって投擲した。

俺はその時、フクロウの羽が完全再生する瞬間で、そちらに対する反応が遅れた。

大篦鹿は、みるみる再生されていくフクロウの羽に意識が向いていた。

ただ、尋常では無い強い気が俺を襲った。
…おそらく。
この騒ぎで“ヌシ様”の意識が覚醒してしまった…。

抗いがたい畏縮に全身が総毛立った。



瞬間。
冴え渡る清廉な青空に、激しい硬質な打突音が響いた。

ブーメランの多くは魔獣の角と木片を重ねて作られている。

大鷲のほぼ目の前で、冒険者が投げたブーメランが粉々に砕けた。

「何をしているッ!バカ野郎ッ」

滅多に聴く機会の無い、ミランの怒号が響いた。
身体強化をして駆けつけたミランが放ったブーメランが、冒険者のそれを空中で粉砕したのだ。


「貴様らが狙ったのは神の使いだッ!魔獣じゃ無いッ!罰当たりめがッ」
彼らのすぐ傍まで身体強化による跳躍でたどり着く。

彼らに向け大鷲の鋭い爪が迫る。

「うわぁッ!!」
もはや間に合わないと、冒険者達は自らの頭を手で庇って身を伏せた。

大鷲の爪が、ミランの体に施されている結界に触れた瞬間に火花が散って弾かれた。

大鷲の体が一瞬にして、後退して空中で止まる。

冒険者もミランも一斉に大鷲を見た。

瞬間、大鷲の鋭い鳴き声がこだました。
それは、甲高いのに厚みがあり、脳に直接響く重い波動だった。
大鷲の巨大な翼が空を打つと、一陣の突風が辺りの木々や草花をなぎ倒して、表面を覆っていた雪を吹き飛ばした。

大鷲の発した声に可視光線があるかのように、その大きく尖ったくちばしから、巨大な光の球が現れる。
再びの鳴き声と共に一旦くちばしの先に溜まったと思うと、瞬時にして一帯を覆うほど膨らんで炸裂した。

あまりの眩しさに、思わず片手で目元を庇って顔を背けた。

目を閉じても分かるその強い光が収まったと感じて、徐に薄目を開ける。

ゆっくりと、ミランの体がその場に頽れた。

「ミランッ?!!」
とっさに俺は、完全に翼が治ったフクロウを抱きかかえたまま、立ち上がってミランに向かって走り出そうとした。

が。

その瞬間、俺の体は固まった。

谷の奥、まだ少し雪を被る枯れ枝や、針葉樹の木々の向こうに、銀色の、やはりやや蒼白く発光している巨竜の姿がぼんやりと見えたのだ。

―――――― ヌシ様……ッ!

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