えっ、コレ、誰得結婚?

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再び、主人公シュルティ目線

#098 王族には王族

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「シルヴェスティル・サンテオ・ジナグーナである」
王太子殿下が名乗られた。
俺達は皆、殿下の御前に片膝をつき、最上級の礼をした。

王太子殿下は頷き、起立を促す。
そしてまず最初に、セディナンの方を向き。
「体はもう良いのか?無理せずともよい。座りなさい」

セディナンは田舎の農夫の子だから、雲の上のお方にお声がけいただいただけでも、もはや頭がスパーク。

座れと命じられているのだから座れば良いのだろうけれど、この中では最も身分の低い自分。
他の皆様がまだ着席して居ないのに、自分が…?という、戸惑いに「あ、はっ!…いえ、…あの…」とオロオロしながら、俺やフェタフィンデル伯爵夫妻の方に助けを求めるような目線を送ってきた。

インテリ風の側近が殿下に耳打ちすると、「そうであったな」と頷き「皆も着席してくれ」と指示された。

まず、女伯爵が腰を下ろすのを確認してから御夫君、バド、俺、そしておずおずと頭を下げながらセディナンが着席した。
挨拶が後回しになってしまったが、と、前置きしてから殿下は、先ずは伯爵夫妻と、そしてバドと定例通りの挨拶をし、本題に入った。

今回、カロリーナ王女殿下の一行がいよいよマムヌツィ男爵領に、何かを仕掛けるであろうというのは、実は王家の手のものが把握しており、予想していたとのこと。

だからこそ、王太子殿下もフェタフィンデル伯爵領に潜んで待機していたのだという。
どうりで。王都からではこんな短時間では駆けつけられないだろう。
予め張っていたのか。

相手が他国の王女である以上は、いざという時にはこちら側も王族という札を出した方がスムーズだから。
もっとも、王太子殿下にはこの件に関して、もう一歩詰める考えがあったようなのだが。

ただ、それでもまさか付け火とは思わなかったが、とのことだった。
この大陸では、付け火の罪は重い。
例え高位貴族の者でも、ごく特殊な状況下以外での付け火は大抵さらし首だ。
王女の一味が移動中のバドを攫おうとしたことは以前もあったし、もっと周到に策を練って来るであろうとは思っていたが、と。

さすがは王家子飼いの「影」。
きっと王女殿下の傍に侍る側近の中にも、そして雇われた傭兵の中にも紛れ込んでいたのだろう。
傭兵側の内部で語られていた事も、側近でもなければ知り得ない情報なども持っている。

知っていて、事前に悪事を止めなかったことを詫びられた。
結局そのせいで邸の一部が燃えてしまったし、セディナンが命の危険にさらされることになってしまった。

ただ、ジナグーナ王家としては、事件性のない状態ではカロリーナ王女殿下の一行を拘束することは出来なかったのだ。

実はカロリーナ王女殿下は、「お忍びで」と言う名目で入国している。

目的はバドの発毛剤なのだろうけれど、その順番待ちが出来なかったあの傍若無人ぷりは、一事が万事。
宿泊している高級ホテルにも、外食時のレストランにも、劇場にも、宝石店にも、行く先々で迷惑をかけて廻っている。
だが、他国の王族となったら、それを諫めることが出来るのは、やはり王家くらいしかない。

あらゆるところからの陳情を受け、ジナグーナ王家としてセデンヤード王家に対して「速やかなるお迎え」を要請した。
だが、セデンヤード王家は王女殿下のジナグーナ入りは、あくまで「お忍び」であり、年頃の貴婦人が事故での脱毛に悩んでいるのは痛ましいことで、切望する発毛剤が手に入るまでは滞在することを許して欲しいと、哀れみを請うような論調でゴリ押してきていた。

「…え、じゃあ…」
バドが面を上げて口を開きかける。
その瞬間、一同の空気が張り詰め、一斉に視線がバドに向かった。

発毛剤の施術をしてさしあげれば…

バドがそれを言いかけたのだと、全員が察した。
殿下は掌を見せて、バドの言葉を制止した。
「バルドエッド・マムヌツィ男爵。君の言いたいことは分かる。だがそれはダメだ。
ごねれば思い通りになるという成功体験をならず者どもに与える事になる。
…それと、彼らがセディナンを君と間違えて攫って、人違いをしたと分かったあとに、何を話したか教えよう」

バドにとっては、セディナンや領民に危険が迫るくらいなら…、そしてこの国の人々に被害が出るくらいなら、いっそ王女殿下の希望を叶えてしまって、さっさとお帰り願った方が良いのではと言う考えが、一瞬過ったのだと思う。
だが王太子殿下の次の言葉を聞いて固まる。

「次に狙うのは、男爵ではなく、その伴侶にしよう、と」

さんざん時間をかけて嗅ぎ回っていただけあって、バドの移動に付き従う騎士は、フオゾーフ辺境伯領からも派遣されており、思いのほか手練れだと認識した。
ヤツらはまた、俺が移動するときには護衛が手薄であると言うことも把握した。
人質としても使えるし、見た目が王女の好みでもあるから(?!)捕まえている間、別の楽しみ方も出来るであろうと。

…うげ、まじか…。
王太子殿下から伝えられる、ヤツらの企みに、おぞ気だった。

バドはそれを聞いた瞬間、思わず座ったまま背を伸ばして、かはっと怒りの息を漏らした。

「何と品のない王女でしょうか」
バドが何かを口走る前に、女伯爵が扇で口許を隠しながら眉をひそめた。

「我が領都を拠点にされて、様々な悪行を行っていた報告は私どもの元へも届いておりました。何度かお諫め申し上げてもみたのですが、遠回しの言い方ですと通じなく、直接的だと激昂されて。本当に困った方でしたわ。
あんな方に、奇跡のようですらある、バドの希少な技術の結晶を与える必要などありません。そもそも我が国の中でも身分の高い方々ですら順番を守っているのだし。それを飛び越えさせるなんて絶対にダメですよ」

バドは小さく「はい」と応えた。項垂れているが、膝の上で握られた拳は固い。

それにしても、何だかものすごくやるせない。
もう俺達はセデンヤード国民ではないのだけど、なにげに『ウチの不良王女がスミマセン…』という思いが過ってしまう。

「だが、今回の事案で王女は犯罪者として捕縛出来た」

「でも、自分は平民で…あ、勝手に喋ってしまってスミマセン」
とっさにセディナンが呟いてしまう。

「よい。思うところあれば遠慮無く申せ」
「俺…いえ、自分はただの平民でございます。やんごとないご身分のお方が平民ごときを…その…万が一殺していたとしても…あの…罪には…」
「そなたは勇敢なだけでなく、賢くもあるのだな、セディナン」
近寄りがたさを感じさせる、硬派な面持ちの王太子殿下がうっすらと微笑んだ。
「確かにそなたの懸念通り、殺めたのが平民で有った場合、王女を追い詰めるには弱い。
…そこで、ひとつそなたに相談がある」

はて?と首を傾げたセディナンに向かって、王太子殿下の側近であるインテリ従者が一歩前にでた。

「そなた、この者の養子になって欲しい」

「はぁっ???」

その場に居た俺とバドも驚いたのだが、伯爵夫妻は「なるほど」という顔をした。
「ベルガムディン公爵令息の子となれば、王女の責任を問えますわね」

「えぇっ、公爵様?無理…!無理です!!」

「公爵ではなく、今は公爵子息です。公爵家の次男だから、近い将来的には家の持つ爵位のひとつを継ぎ伯爵になります。
因みに私には既に4人の子が居るから、いずれ君は結局平民に戻ることになります」

つまりは、カロリーナ王女殿下を手っ取り早く追い詰めやすくするために、急遽貴族の子になって欲しいという事だった。
それにしても、このインテリさん4人も子供居るのか。見た感じ王太子殿下と殆ど同年代、年上だったとしてもせいぜい三つくらいの差に見えるけど…と思っていたら。

そんな俺の疑問が伝わっていたのか。
「私の子は全て養子です。愛妻は男性なので」
「社交界でも有名な愛妻家ですわよね」
インテリさんの答えに、女伯爵がにこやかに頷いた。
…そうか。そうなのか。

いやそれよりも。
「セディナン、これは私からのお願いなのだよ。ココで一気にあの迷惑な王女を排除したいのだ。別に養子になったとしても、元々の家族と縁を切れというわけではない。そなたが望む褒美も惜しまない。協力してはくれまいか」
王太子殿下からの『お願い』はすなわち王命に等しい。
元々の家族との縁が切れるわけではない、という言葉に安堵して、セディナンは立ち上がり、胸に手を当て「謹んで承ります」と応えた。

「ありがとう!」
殿下は即座に立ち上がり、大股で歩み寄ってセディナンをハグした。
そして、既に用意してあったらしき養子縁組みの書類を、インテリさんことベルガムディン公爵子息から出させた。
「既に男爵領に手のものを遣わせて、セディナンの母上を迎えに行かせている。母上のサインさえ貰えれば君は公爵家の家人となる」

インテリさんは、セディナンの肩を軽く叩いて親愛を示したあと、バドにも頭を下げた。
「コレと、付け火の件を前面に出して、セデンヤード王家に圧力を加えることが出来ます。やっと、今まで停滞していた色々なことが動かせます!」
セディナンを引っ張って、急ぎ足で退室していった。
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