えっ、コレ、誰得結婚?

円玉

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再び、主人公シュルティ目線

#094 激しく同意

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バドのポーションやら貼り付け剤、そして軟膏などは、貴族向けの高価な物から庶民向けの安価な物まで、同じ効能を謳っていても価格に段階がある。
そういう意味で種類が豊富だ。

まだバドがバイハン家に居た頃。
安価な物に関しては、医療費などを捻出できない最下層の貧民や孤児など用に、近隣にある神殿や施療院、修道院などにかなりの量を寄付している。
対価は金銭では無く、薬草園での労働や、指定したいくつかの野草でも良いとして。
労働で還元する者達に対しては、その地域の神殿を駅にして、定期的に送迎の荷馬車を出している。

安価な薬は、可能な限り野山でも採取できる素材で成り立つように工夫されている。
それらは最高級の貴族向けの物ほど飲みやすくもない。結構マズいし、ものによっては臭い。多少効果も遅いが、それでも神殿にしか頼れない平民にとっては命綱となっている。

もともとバイハン伯爵領は農業が盛んで薬草を特産にする以前から領政は豊かだった。
他領に比べれば貧民は少ないと言っても良い。だが無論居ない訳では無い。
だから、曾祖父の代から既に薬草を領内の神殿に寄付するような慈善活動はしていた。

けれど、バドという存在が現れてからは、薬草もだが、薬品そのものを神殿に献上するようになった。
そうしようと判断したのは今のバイハン伯爵だ。
そのうちに、隣領の神殿などにも流せるようになり、近隣の領地では助かるという声が上がっている。
それ以外の領からも要望があったが、そちらは安価なタイプの薬のレシピを伝えることで対応した。
特に秘伝という訳でも無く、昔からの民間療法をもっと詳細にしたようなものだからと。
薬師の仕事を奪わない程度の、微妙な塩梅で推し進めている慈善事業だ。

もちろん自領や近隣の神殿への慈善活動だけで無く、本山ラオドーン聖市国には、毎年多くの薬草や薬品を献上している。
バイハン伯爵領にとっては、それらはナル・ラウーナ神への奉納という扱いだ。
そして聖市国側からはそれをとても尊い貢献として評価されている。

だから、バイハン伯爵家は庶民からも慕われている。

そして、ここに来て、他では替えが効かない品質の薬草園を持ち、それらの質の良さもだが、バドが遺していった数々のレシピを元に発展してきた二次産業である製薬も評判は広まるばかりだ。
それこそ、他国にまでも。

だからか?だから、王家はそこを欲しくなったのか?

「バイハン伯爵領を狙うのは、国一番の薬草農場を独占したいってこと?それとも目的はバド?」
俺は次兄に訊いた。

「まあ、そうだな。最終的にはバドだろう。
ウチの密偵が掴んだ情報でも言われていたけど、以前ダミアン様が聞いた例の乱痴気騒ぎの中でも、バドは金のなる木だと言われていたらしいから」

「そんなことを?」
養母がショックを受けて思わず言葉が漏れた。大奥様は手で額を覆った。

「…辺境伯領に居たときも、彼のポーションや軟膏は人気だったけど、こちらに来てからは更に勢いを増しているしね。
こんな田舎…いや失礼、都市部から外れた不便な農村と申しましょうか…、だというのに、バドの薬目当てで訪れる人が絶えない。
他国の商人からも沢山の受注があり、それも更に増えていると言うだろ?しかも効果のほどを、多くの貴族が目の当たりにした発毛剤とか、噂が広がれば…」

「ああ、もしかして、セデンヤード王国の王家からしてみたら、本来は自分の物だったのがジナグーナに取られたみたいな気分だったり?」
ユルゲン様が思わず呟く。
次兄も大きく頷く。

「でもほら、今これだけこの領内でも薬草園を整備しても、それでもまだ大量の薬草をわざわざバイハン領から仕入れ続けているだろう?
だから、バドの数々の薬品は故郷の農園の薬草が決め手になっているんだと王家は踏んだんだろう。
長い年月かけてバドが、土壌改良なんかしてきたという記録も調べたみたいだな。
だから、バイハン領を王家が牛耳れば、バドの方から薬草を求めてコンタクトを取ってこなくてはならないだろう、と。
最終的にはバドの錬金術師としての能力を繋ぎ止めておける…そう考えたんだろう。
平民になってからの縁組みで今は他国の貴族となってしまった以上、直接的には手出しができないからな」

大奥様はもはや悲しげな表情になって居た。
そんな大奥様の姿に我々は何も言えない。
養父などは、昔からの忠臣であるから余計に辛そうだった。

おそらく、セデンヤード王家は長年良好な関係を築いているジナグーナ王国と波風を立てないようにした上で、バドを逃さない方法を、色々と模索したんだろう。

カロリーナ王女殿下をフェタフィンデル伯爵領に潜伏させているのも、王女の目的はともかく、王女に付いて居る側近の誰かに、ここマムヌツイ男爵領やバドの動向を探らせて情報を得るのが目的なのだろうと次兄は言う。
その流れで、万が一、王女の手先がバドを捕獲出来ればそれもよし、というくらいのハラであると。

セデンヤード王国の王族は、国政的には決して無能ではないのだが、欲深で猜疑心が強い。
そして、表向きあくまでも善人であらんとするために、回りくどいことをする。
もちろん、建前は大事だ。王家は国民の尊敬を集める存在でなければならない。

だからこそ、彼らの肝っ玉の小ささが残念なのだ。
祖父の時も、バイハン家のことも、鷹揚に「我が国のために骨折ってくれることを喜ばしく思うぞ」と、一段高いところから賞していればいいのに。
民心を集め、力を付ける“中央権力に靡かない”貴族の存在が浮上してくると、不安になるようだ。

ダミアン様と俺の結婚だって、ああまでして俺と会わせたくないなら、最初から普通に俺とバドの婚約を承認して、ダミアン様には後宮入りを打診すれば良かったんだ。

ダミアン様に良い人だと思われたかった。だから彼の気持ちを応援しているフリをした。
そして、悪いのは不実な俺のせいだという形にしたかった。
ダミアン様が「奇跡の子」だから余計に。

後から考えれば、あの時余計な回りくどいことをしなければ、ダミアン様もバドも国外に逃がすことなんてなかったんだ。

以前に、ジナグーナ王国の立太子式典の夜会で、挨拶を交わした故国セデンヤード王国王太子アストロン殿下が去った後に、バドが「クソ野郎」などと呟いたことを思い出した。

あの時の俺はぎょっとしたのが勝ってたんだけど、今は激しく同意する。
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