えっ、コレ、誰得結婚?

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#058 不穏な空気

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討伐は大抵、「黒山」からはみ出してきた群れが人里近くまで下りてきて、作物や街道沿いなどを脅かしたときに出動するのが主だ。

だが時折、神官や、哨戒塔の魔導師達が、例の不穏な魔力の高まりや波動を感じ取る。
そういうときは本格的に迎撃に出る。

この時は、かなり強い波動を感じた。
俺は本来、そういうのを感じる能力はあまりない。
察知能力の高い仲間は、哨戒塔からの警報を待たずに感じるらしいけど。
そんな俺でも感じたくらいだから、かなり規模のでかい暴走が来る、と領内は騒然となった。

哨戒塔に勤める魔導師達は、大量暴走の起きる場所を特定し、即座に領民への適切な避難指示を発動させる。
暴走の起きる向きや、魔獣の種類などが割り出され、それに応じた避難場所を指示される。

今回、領都は安全だが、領の北側から南南西の方向に向けたコースが危険領域となる。
我々討伐騎士団は、哨戒塔が割り出した魔獣の種類などに応じて装備を調え、待機すべしと指令が下った。

騎士の中で、領都内等の、近場が地元の者に限って、一旦自宅に戻っての支度が許される。
与えられた支度時間内である事が条件だが、危険区域が出身地の者達は、特別に家族への伝言なども頼めることになって居る。

俺は先ずは工房に走った。
サンドラもバドも次兄もいない。
どうやら、在庫のポーションや貼り付け剤などを出して、騎士団の詰め所に向かったらしいとのこと。
つまりはむしろ騎士団に戻った方が会えるという事だ。

とりあえず工房の従業員のうち、地元雇用の者達は一旦帰宅させ、郷里から派遣された者達は領都警備隊の指示に従うように伝えた。
もっとも郷里から派遣されてきた者達は、殆どがオークランス領という魔獣出没地域から来た者達だから、ところが変わっても対応の仕方はある程度分かっている。

そして。
領都館へ向かう。
一介の騎士としての俺は、領主家のご用命が無ければ領主館を訪ねられる立場では無い。ただ、この緊急時に、魔獣の存在などかつて一度も意識したことすら無いであろうダミアン様が怯えているのではと心配になった。
大奥様のおかげで、限りなく顔パスに近い状態となって居た事も有り、領都館の家令が事情を察して直ぐに通してくれた。

侍女に案内されて、客室エリアに向かうと、俺の来訪を伝えられて迎えに出てくれたエルダー君が居た。

エルダー君はえらく困惑していた。
「婿様、何とかしてください。義兄君あにぎみと護衛騎士達が…」
どうやら揉めているらしい。

急いで駆けつけると、王家からダミアン様付きとして派遣されてきた騎士達が、警報に反応して、こんな危険なところにダミアン様を置いておけないから、今から直ぐに王都に帰還するというような主張をしている。
対して次兄は、領都館及び領城内には強固な結界が張ってあるから、むしろここの中に留まっていた方が安全だ、落ち着け、と説得している。

だが、王家から送り出される際に「もし万が一、魔獣の大量暴走などが起こるようなら直ぐに戻れ」と言われていたらしい。
いかにも魔獣と直に対峙した経験の無い、素人が言いそうなことだ。

「近衛騎士団の中には、魔獣討伐の経験者はいないのですか?」
思わず俺は訊いてしまう。
「馬鹿にするな!それくらいの実地訓練、我々全員ちゃんとクリアしている」
いつも誰よりも俺を睨んできているリーダー格が激昂する。
「どこの森だ?」
兄がへえ、という顔で訊くと「毎年、セグの森で討伐に参加している!」とドヤ顔で応えた。

「ああ、あの、騎士学園の卒業実習で行く森か」
兄の顔には無意識に笑みが浮かぶ。
無理も無い。オークランス領や他の魔獣出没地域から入ってきていた学生達にとっては、なぜあんな初級向けの森が卒業試験になるのか意味が分からなかったからだ。
彼らを見て分かった。
彼らのように高位貴族出身で、卒業前から近衛に内定している者達にも、単位を与えないといけなかったからだ。

近衛は王族を護る騎士団だから、魔獣と対峙する必要性はほぼ無い。
対人での戦闘力の方を重要視される。
だから、相手が人間ならば相当な手練れなのだろう。

けれども、対人と対魔獣では戦い方が根本的に違う。
その違いが今ひとつ分かっていないなら、彼らは、対魔獣に関しては素人同然と言える。

兄の笑みに、一抹の屈辱を覚えたのか、護衛騎士達の態度が更に硬化する。
ダミアン様は、騎士達の背後に庇われるように退けられて、どうしていいのかオロオロとするだけだ。
俺は、彼らを押しのけてダミアン様に近づいた。
護衛達はそんな俺に不満を漏らす。
「これから大がかりな討伐に行くんですよ。伴侶に言葉をかけていくことを騎士団は禁じていません。文句を言われる筋合いはありません」
思わずにらみ返してしまったら、護衛達は見るからに悔しそうに歯がみをしつつも黙った。

「いいですか、ダミアン様。この領主館に居る限りは安全です。ここから出てはいけません。大奥様もお側に居りますし、どうか、ここで事態が収束するまでご辛抱ください。護衛騎士達は貴方を心配するあまり興奮気味ですから、どうか貴方の口からご命令ください」

ダミアン様は、一度ハッとして護衛騎士達を見回すと、徐に頷いて「僕はここに居ます。あなた方は義兄上や辺境伯家の皆様の指示に従うように」と命令を口にした。
護衛達は悔しげだが、引き下がった。

ホッとして「では、俺はもう行きます」とその場を後にしようとしたとき、ダミアン様が背後から俺の手を握って追いかけてきた。

「お見送りさせてほしい」

「では、一緒に見送りゲートに参りましょうか」
次兄が、戸惑う俺の脇から手を差し伸べて告げると、ダミアン様はふっと緊張を解いたような表情になった。
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