えっ、コレ、誰得結婚?

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#043 俺の美神〈ミューズ〉

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「あのね、シュルティ。あなたは知らなかったから仕方が無いと思うのだけど、ダミアンには社交界でよく言われているいくつかの異名があるの。
『社交界の妖精王』とはよく言われるけど、彼に言い寄る紳士達が最も使うのは『地上に舞い降りた私の美神ミューズ』という表現なのよ」

思わず驚きのあまり四角い口をしてしまった俺。
その俺を見て、自分に向けられた言葉ではなかったのだと、初めて気付いたダミアン様は両手で顔を押さえてわなわな震え始めた。真っ赤だ。
「え、え、つまり…僕に言ってくれた訳では無く…」

「…は、えっとあの…、う、馬が…あまりに…見たことない…綺麗な…」

「馬だとッ?」

閣下が真っ赤になって立ち上がった。無言で大奥様が扇を膝に打ち付けて音を立てると、悔しげに口をパクパクしながら睨んだが、…やはり再び座った。歯ぎしりしながら。

しかもうちの両親サイドでは、父は少し口から魂が抜けかけて、母は額を手で覆っていた。

やっちまった。

コレ、俺がやっちまったって事じゃん。

今まで俺は100%自分は被害者だと思っていたけど、元は自分の責任てことじゃねえ?
バラの件だって、渡すときにハッキリと別の紳士からのお使いだと明言しなかったのは俺の落ち度だ。
手紙が入っているんだから大丈夫だろうなんて、詰めが甘すぎる。

で。
美神ミューズ』発言から、記憶の糸が繋がって、もう一回の遭遇を俺は思い出してしまった。

最初の出会いから半年後位だったか。
その同じ黒臙脂の馬車をフチ駒と並んでミューズ(勝手に俺が命名)が牽いており、広場のカーブですり減った石畳に挟まっていたのを、巡回の時に見つけてお助けしたんだった。

そのときの俺は、ミューズと再会できて舞い上がってしまって。
お礼の返答に極めて上機嫌でこう言った。
「今日はなんて良い日なんだ!一目惚れしたミューズに再会できるなんて!!むしろこちらがお礼を言いたいですよ」
ミューズの首を撫でたり頬ずりしたりしながら。多分頬を染めて、満面の笑みで。

向こうが俺の指す『美神ミューズ』の対象をダミアン様だと捉えていたなら、それは確かに愛の告白とも取れる発言だ。チャラい印象は否めないが。

因みにそのとき馬車の個室の中で、ダミアン様がどんな表情をしていたかは知らない。

なにしろ、このときも俺的にはダミアン様のことを認識していた訳ではなかった。
…でも、確かに馬車に乗っていた従者殿の髪の色は同じだった。

なんで彼の髪の色に関してはこんなに鮮明に覚えているかというと、ミルクティー色だからだ。
顔の中身は漠然としているのだけど髪の色と、少しそばかすがあったという事だけが印象に残っている。

 そのときの俺の認識度で言ったら『馬>従者殿の髪色>奥の坊ちゃま(ほぼ覚えていない)』だった。

非常に言いにくいことこの上なかったのだが、ココできちんと正直に話さなければ、せっかくこの場を与えてくださった大奥様のお気遣いも無駄になるし、根本的な誤解を解けない。
そう思い、話さないわけにもいくまいと、自らを奮い立たせてその経緯を話した。

公爵閣下は叫び出したいのを必死に堪えているらしく落ち着きがない。その顔は怒りで真っ赤だし、こめかみにくっきりと血管が浮いている。
流石に夫人も怒りに震えて居るようだ。

そりゃあ、掌中の珠、王国の『奇跡の子』であるダミアン様を、馬以下に位置づけたような発言をされたら怒り心頭なのも致し方がない。
コレはもう、俺は本気で心から謝罪した。

「…そんな…そ、そんな…!なんて…僕…、ああ、なんて恥ずかしい…!そんな勘違いしていたなんて…!」
ダミアン様は顔を覆って悶絶していた。閣下とは全く別の意味で真っ赤だった。

俺は床に膝をつき、深々と頭を垂れ、謝罪した。

「なぜあなたがそんなに謝るの?勘違いしたのは僕だ。
…恥ずかしいよ。
僕は色々な人からそう呼ばれて…最初こそただの社交辞令だと受け流していたけど、そのうちにそれが普通になってしまった。
だからこんな恥ずかしい思い違いをしてしまったんだ。
…いつの間にか、そう呼ばれるにふさわしいと自惚れて居たのかもしれない。
…ああっ、もう!本当に恥ずかしい!」

そう言って両手で顔を覆って俯いて、跪く俺の腕を引き上げて起立を促した。

…なんだ。この人、俺がずっと思っていた人物像と全く違う。
本当にピュアで穏やかで優しい人なんだ。全く傲るところがなく、むしろ謙虚だ。
戸惑っているのは俺だけではない。俺の両親もダミアン様の言葉には驚いていた様子だった。

お互いに謝罪し合い、気遣い合いながら元の席に座る。

「さて」
大奥様の扇がパチリと鳴った。

「確かに、それぞれの勘違いがあって、それが発端なのは否めないのだけど」

さっきから怒りの余り鼻息が五月蠅い公爵閣下を見て、大奥様が静かに指摘する。

「今回の一番の問題は、ダミアンとシュルティが、今に至るまでついぞしっかりと対面できていなかったことにつきるわ」

うちの両親が真剣な面持ちで頷く。
閣下は目をそらして苦虫をかみつぶしたような表情になったが、一方で侯爵夫人は「問題?」と、怪訝な表情。

何か問題が起きているの?とでも言いたげ。

「ダミアン。あなたが受け取ったバラに添えてあった手紙には『意に沿わぬ婚姻を結ばされそう』とあったと言っていたわよね?ちょうどその頃、シュルティは王宮に婚約の承認申請を出していたのだけど、知っていて?」

ダミアン様はハッとして青ざめた。

「…ま、まさか…」

大奥様は少しいたわるような表情で頷いた。

「そう。その婚約は、真実彼の長年の願いを実現するはずのものだったのに、却下されてしまったのよ。あなたとの婚姻を優先させるために」

ダミアン様は息をのんだ。
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