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#040 やっと会えたね
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「お膝は痛みませんか?」
「ええ、全く大丈夫よ。もう一曲踊ってもらおうかしら」
「かしこまりました」
さすが、騎士達や冒険者に混ざってあちこちの討伐隊に参加したこともある女傑だ。
このお年でこれほど体幹の優れた女性はそうそう居ないだろう。
二曲目ではさすがに国王陛下夫妻は玉座に戻られて、個人的に親しい高位貴族の方々と歓談されていた。
王太子殿下はパートナーが変わったようだ。
王家のお血筋の未亡人や年配のご婦人からお相手しているところに、この場に居ない王太子妃殿下への気遣いが垣間見える。
一体どうしてあんな、しょうもない噂の餌食になってしまっているのか分からない。
政治的にも国王陛下をよくサポートし、外交も手堅く、治安や防衛などの新たな取り組みなども積極的に行っている、賢い王太子殿下だと俺は認識している。
妃殿下だってとても良くできたお方だ。
少子化が悩まれるこの国で、まずは王族から見本を見せねばと、ご成婚の折りには「わたくしの使命は国家の宝である、子を増やすことだと思っております!
女達が安心して子を産める環境を整えるために尽力することをここに誓います。わたくし自身も、力の限り産んで産んで産みまくりますわ!」と宣言され、事実3年目で第二子出産をなされている。
妊婦への優遇措置や、庶民層の出産前後の助成、婦人専用の施療院や、産後院の設立、助産婦の待遇改善や、乳幼児専門の孤児院の設立と助成。里親制度の拡充。
それらは王太子妃殿下がご成婚前から手がけてきた社会貢献だ。
可能な限り妊娠中も、それらの動きを止めぬように尽力されてきている。
そういう意味で、俺は王太子殿下ご夫妻は一人の臣民として敬愛している。
あの噂が、全くお門違いだったらいいなと言う気持ちもある。
ただ…。
やはり、問題はダミアン様を王城から出さないことにあるのでは、と思わざるを得ない。
…まあ、出さないのは陛下なのか王太子殿下なのか末子殿下なのか、あるいは乳母殿なのかはわからないけれど。
イズカインスタイン公爵邸はその家格の高さからも、貴族街の中でも王城に近い。
なのに、婚姻証明書にサインする時間すら帰宅させないというのは異常だろう。
曲が終わって一礼するときに、大奥様が少し含み笑いをしながら「わたくし以外とは踊らないよう命じられていると言ってお断りなさい」と言ってきた。
「?」
一瞬何のことか分からなかった。
ただ、ホールの脇側に退いていったときに、一斉に令嬢達に囲まれて「次は是非わたくしと」と腕を捕まれたりして取り囲まれた事で、その意味がわかった。
助けを求めて大奥様の方を見ると、既にダンディな初老の紳士に申し込まれてホール中央に導かれて行っているところで。
若い令嬢達は口調や仕草は一見楚々としているようで、実はエネルギッシュ。
か弱そうなのに、肘や肩で互いを押し合いながら俺の周りを取り囲んでひしめき合った。怖い。
皆さん俺よりもずっと小さいから必然的に俺の目線は下に向く。
気がつくとドレスの裾に隠しながら、足を踏み合ったりもしていた。
コワイヨー。
大奥様に教えられたとおりの台詞を、平謝りに謝りながら、かつ必死に笑顔を振りまきながら告げて、丁重にお断りした。
押し合い合戦に負けてよろめいた令嬢を手で支えたら、黄色い声が上がった。
怖い。
よろめいたふりをして抱きついてきた令嬢をそっと押し戻したら、騒然として、次から次へとよろめく令嬢が現れた。
どうなってんだよ!
乱暴にならないように人垣をかき分ける、というのも至難の業であるのを学びつつ、やっと令嬢達の波を乗り切りかけたとき。
「シュルツアイン卿!!」
甘めの艶のある青年の声がして、俺はそちらを振り向いた。
その人は確かさっき、王太子殿下のお側に居た弟王子殿下では?
ふわりとした肩に掛かる、限りなく銀髪に近い淡いブロンド。
妖精のように繊細な美青年だと思った。
まるでその人の周辺の空気が発光しているような錯覚を起こすほどきらきらしい。
周りに居た令嬢達は、皆一様にハッとして、その王子様に道を空けた。
小走りに近づいたと思ったら、頬をバラ色に染めて僅かに瞳を潤ませながら「ああ、やっと会えた!会いたかった!!」と胸に飛び込んできた。
周囲に居た令嬢達から悲鳴にも似た歓声が上がった。
一気に会場の視線が集まったのを感じた。
え?ど、どういうこと?
この殿下は俺を知っているってこと?
「殿下?あ、あの、どこかでお会いしましたか?私は不調法で殿下が何番目の王子殿下か分かりませんが、お目にかかっていたとしたら大変申し訳ありません」
「…で、ん、か?」
妖精殿下が驚愕の表情で俺を見上げ、こわばった調子で「…何を言っているの?」と声を震わせた。
令嬢達から「シュルツアイン卿ですって?」「で、では」「今、ダミアン様のこと殿下ってお呼びになった?」と言うひそひそ声が聞こえた。
えっ?ま、まさか!
「…ダミアン…様?」
少し瞳を潤ませながら苦笑して「そうだよ。忘れちゃったの?」と俺の両腕を掴んでぐいぐい来た。
え…。
…ちょっ…。
俺は混乱を鎮めるために一度しっかりと目をつぶって深呼吸をしてから、おもむろに彼の体を離して、一礼した。
「初めまして。やっとお目通り叶いまして幸甚に存じます」
「…え…?」
ダミアン様が呆然として。
その周辺の令嬢達も同じように目を見開いて固まっていた。
令嬢達の頭越しに、ホール対岸の遠くから、イズカインスタイン公爵がものすごい形相で、大股に、こちらに向かい始めたのが見えた。
公爵が到着するより早く。
「ダミアン、シュルティ、場所を変えましょう」
いつの間にか側にいらした大奥様の声がした。
「ええ、全く大丈夫よ。もう一曲踊ってもらおうかしら」
「かしこまりました」
さすが、騎士達や冒険者に混ざってあちこちの討伐隊に参加したこともある女傑だ。
このお年でこれほど体幹の優れた女性はそうそう居ないだろう。
二曲目ではさすがに国王陛下夫妻は玉座に戻られて、個人的に親しい高位貴族の方々と歓談されていた。
王太子殿下はパートナーが変わったようだ。
王家のお血筋の未亡人や年配のご婦人からお相手しているところに、この場に居ない王太子妃殿下への気遣いが垣間見える。
一体どうしてあんな、しょうもない噂の餌食になってしまっているのか分からない。
政治的にも国王陛下をよくサポートし、外交も手堅く、治安や防衛などの新たな取り組みなども積極的に行っている、賢い王太子殿下だと俺は認識している。
妃殿下だってとても良くできたお方だ。
少子化が悩まれるこの国で、まずは王族から見本を見せねばと、ご成婚の折りには「わたくしの使命は国家の宝である、子を増やすことだと思っております!
女達が安心して子を産める環境を整えるために尽力することをここに誓います。わたくし自身も、力の限り産んで産んで産みまくりますわ!」と宣言され、事実3年目で第二子出産をなされている。
妊婦への優遇措置や、庶民層の出産前後の助成、婦人専用の施療院や、産後院の設立、助産婦の待遇改善や、乳幼児専門の孤児院の設立と助成。里親制度の拡充。
それらは王太子妃殿下がご成婚前から手がけてきた社会貢献だ。
可能な限り妊娠中も、それらの動きを止めぬように尽力されてきている。
そういう意味で、俺は王太子殿下ご夫妻は一人の臣民として敬愛している。
あの噂が、全くお門違いだったらいいなと言う気持ちもある。
ただ…。
やはり、問題はダミアン様を王城から出さないことにあるのでは、と思わざるを得ない。
…まあ、出さないのは陛下なのか王太子殿下なのか末子殿下なのか、あるいは乳母殿なのかはわからないけれど。
イズカインスタイン公爵邸はその家格の高さからも、貴族街の中でも王城に近い。
なのに、婚姻証明書にサインする時間すら帰宅させないというのは異常だろう。
曲が終わって一礼するときに、大奥様が少し含み笑いをしながら「わたくし以外とは踊らないよう命じられていると言ってお断りなさい」と言ってきた。
「?」
一瞬何のことか分からなかった。
ただ、ホールの脇側に退いていったときに、一斉に令嬢達に囲まれて「次は是非わたくしと」と腕を捕まれたりして取り囲まれた事で、その意味がわかった。
助けを求めて大奥様の方を見ると、既にダンディな初老の紳士に申し込まれてホール中央に導かれて行っているところで。
若い令嬢達は口調や仕草は一見楚々としているようで、実はエネルギッシュ。
か弱そうなのに、肘や肩で互いを押し合いながら俺の周りを取り囲んでひしめき合った。怖い。
皆さん俺よりもずっと小さいから必然的に俺の目線は下に向く。
気がつくとドレスの裾に隠しながら、足を踏み合ったりもしていた。
コワイヨー。
大奥様に教えられたとおりの台詞を、平謝りに謝りながら、かつ必死に笑顔を振りまきながら告げて、丁重にお断りした。
押し合い合戦に負けてよろめいた令嬢を手で支えたら、黄色い声が上がった。
怖い。
よろめいたふりをして抱きついてきた令嬢をそっと押し戻したら、騒然として、次から次へとよろめく令嬢が現れた。
どうなってんだよ!
乱暴にならないように人垣をかき分ける、というのも至難の業であるのを学びつつ、やっと令嬢達の波を乗り切りかけたとき。
「シュルツアイン卿!!」
甘めの艶のある青年の声がして、俺はそちらを振り向いた。
その人は確かさっき、王太子殿下のお側に居た弟王子殿下では?
ふわりとした肩に掛かる、限りなく銀髪に近い淡いブロンド。
妖精のように繊細な美青年だと思った。
まるでその人の周辺の空気が発光しているような錯覚を起こすほどきらきらしい。
周りに居た令嬢達は、皆一様にハッとして、その王子様に道を空けた。
小走りに近づいたと思ったら、頬をバラ色に染めて僅かに瞳を潤ませながら「ああ、やっと会えた!会いたかった!!」と胸に飛び込んできた。
周囲に居た令嬢達から悲鳴にも似た歓声が上がった。
一気に会場の視線が集まったのを感じた。
え?ど、どういうこと?
この殿下は俺を知っているってこと?
「殿下?あ、あの、どこかでお会いしましたか?私は不調法で殿下が何番目の王子殿下か分かりませんが、お目にかかっていたとしたら大変申し訳ありません」
「…で、ん、か?」
妖精殿下が驚愕の表情で俺を見上げ、こわばった調子で「…何を言っているの?」と声を震わせた。
令嬢達から「シュルツアイン卿ですって?」「で、では」「今、ダミアン様のこと殿下ってお呼びになった?」と言うひそひそ声が聞こえた。
えっ?ま、まさか!
「…ダミアン…様?」
少し瞳を潤ませながら苦笑して「そうだよ。忘れちゃったの?」と俺の両腕を掴んでぐいぐい来た。
え…。
…ちょっ…。
俺は混乱を鎮めるために一度しっかりと目をつぶって深呼吸をしてから、おもむろに彼の体を離して、一礼した。
「初めまして。やっとお目通り叶いまして幸甚に存じます」
「…え…?」
ダミアン様が呆然として。
その周辺の令嬢達も同じように目を見開いて固まっていた。
令嬢達の頭越しに、ホール対岸の遠くから、イズカインスタイン公爵がものすごい形相で、大股に、こちらに向かい始めたのが見えた。
公爵が到着するより早く。
「ダミアン、シュルティ、場所を変えましょう」
いつの間にか側にいらした大奥様の声がした。
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