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#030 俺のココロ削られる
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新たなアイテムを試作しながらも、通常業務の筋トレグッズや補助器具などの製造用薬液をバドは滞りなく錬成している。
隣国に出荷するスライムの生地の需要は増えており、その薬液の原料である薬草も必要で、工房から少し離れたところに畑も借りた。
その畑で薬草を作るための下働きもここの領民から雇った。
グッズの最も重要な部材であるスライムの生地の生産を増やすため、程なくまた俺の地元から二人スタッフを派遣して貰ったりもして、この辺境伯領でも商会は順調だった。
そのほかにもバドは大奥様の為のポーションも作っている。
その副産物的な感じで、関節や筋に効くポーションも塗り薬も余剰が出て、それらは順当な価格で一般販売するようになった。
領都内の畑で薬草を作るようになったとは言え、まだ充分に育っては居ないし、最も重要な薬草はバイハン領から取り寄せる必要がある。
そんなわけで、バイハン領からは薬草を運ぶ荷馬車が定期的に、この辺境伯領に往来するようになった。
当然ながら、希少な薬草だから護衛騎士がつく。
その護衛は屈強な我がオークランス領の精鋭だ。
ある時、ちょうど俺が討伐の任務を終えて休みに入った時、工房に顔を出すとバイハン領からの荷馬車が到着した。
長旅を労いに出ると、5名の護衛騎士の中に、次兄が居た。
「ちょっと話が有るんだが、いいか?」
工房の応接室に場所を移した。
「母上がウチの領の神殿でむしり取…いや、発行させた離縁届が無効にされた」
えっ?と、俺は声を上げた。
「しかも、その書面を作成した神官が、不正文書作成の咎で神殿から追放された」
俺は血の気が引いて固まってしまった。
「安心しろ。今ウチのエゴール・デノン騎士団総督が、秘密裏に追放になったアルマン神官を保護してラオドーン聖市国に旅立った。恒例の大司教への献上品輸送にかこつけてな」
ラオドーン聖市国。
この大陸のほぼ半数の国家は三柱女神を信仰しているが、国によって主神とする女神が違っていたりする。
それぞれの女神には個別の聖地がある。
我が国が主神とする月神ナル・ラウーナ神の本山はラオドーン聖市国であり、全ての神官は聖市国で洗礼を受け、派遣先を任命される。
我が故郷オークランス領は、月の象徴である銀とミスリル、そして水晶が産出される事から、毎年のように選りすぐりの品を献上している。
献上品の護衛は我が領の騎士団のトップである総督率いる一団が毎回勤めている。
その縁もあり、総督と大司教は今は気心の知れた友人同然となって居る。
神話を元にしたボードゲームがあるのだが、かなり知的要素が高く、二人ともそれの名手であると言うのも大きいのかも知れない。
そのエゴール・デノン総督が庇護した形で、アルマン神官を同行させ、聖市国に赴くという事は、その追放が不当である事を大司教に説明し、アルマン神官を改めて登用してくれるよう要請する腹づもりという事だろう。
万が一、中央から不当な圧力があっても、必ずやオークランスが全力を持って護ると言った母上の約束を果たすということだ。
我が国で追放になったアルマン神官が、大司教の名の下に登用されれば、それはその追放自体が本山に否定された事になる。
「そんな事して、大丈夫なの?」
ウチの国の中央神殿が面子を失う。ヘタすると国が面子を失う事になる。
それの手引きをしたのがオークランス子爵家だと知れれば、我が家が王家から睨まれるのでは?
「大丈夫じゃないかも知れん。…王家がな」
次兄は悪い顔で笑った。
俺の婚姻問題が、なんかどんどん大事になっていってない?
俺は頭を抱えるしか無い。
それより何より。
「…要するに…、俺は離縁届を神殿に発行されていない事になったって事だね?」
絶望的な気分で訊くと、次兄は苦々しく頷いた。
「それともうひとつ」
ただでさえ、ぐるぐるしている俺に次兄の冷ややかな声が降った。
「ここんとこ、お前の工房周辺をウロチョロしている不審者がいるって言ってただろ?
先日、兄上が捕獲した。
工房の従業員を買収しようとしたらしい。お前とバドの不倫をでっちあげようとしてな」
不倫。
俺はもういっそ不倫でも何でも良いとすら思っている自分がいる。
もともとイズカインスタインとの婚姻なんて無意味じゃないか。
“縁”という意味では、何ひとつ“縁”を繋げていないんだから。
以前母が言っていたように、この辺境伯領で事実婚出来るなら、そうしてしまいたいよ。
俺の有責で離縁になるなら、いっそその方が手っ取り早いとすら思う。
慰謝料だって、それを出しゃあこの馬鹿げた茶番に決着付くなら、お望み通り叩きつけてやるよ!
けど。
バドはきっと許さないだろう。不倫なんて。
真面目だし。
そういうの、嫌いそうだもんな。
俺だって不誠実な行いは嫌いだよ。
でもさ、今のこの状況を見ると、もう“誠実”って言葉の意味自体が分からない。
強制された書類の署名に対してだけ誠実にってことか。人に対してではなく。
結局離縁届は無効になった。
あと数ヶ月待てば一年を過ぎる。あの離縁届を突きつけて、今度こそ…と思っていたのに。
その希望が絶たれた今、もう一度神殿に離縁届の申請をして発行してもらえるとは思えない。
思考の渦に飲まれている俺に、次兄は「大丈夫か?」と声をかけてきた。
「大丈夫じゃないよ」
暴れ出したい気持ちと、地の底に沈み込んでいく気持ちがせめぎ合いながら応えた。
「…で、誰の差し金だと思う?」
あ、さっきの工房の従業員を買収しようとしたって話か。俺は首を振る。わからない。
「王弟殿下なんだよ」
王弟殿下ッ??
なに?
ここに新たな登場人物?
どこに王弟殿下が関わる要素が?
隣国に出荷するスライムの生地の需要は増えており、その薬液の原料である薬草も必要で、工房から少し離れたところに畑も借りた。
その畑で薬草を作るための下働きもここの領民から雇った。
グッズの最も重要な部材であるスライムの生地の生産を増やすため、程なくまた俺の地元から二人スタッフを派遣して貰ったりもして、この辺境伯領でも商会は順調だった。
そのほかにもバドは大奥様の為のポーションも作っている。
その副産物的な感じで、関節や筋に効くポーションも塗り薬も余剰が出て、それらは順当な価格で一般販売するようになった。
領都内の畑で薬草を作るようになったとは言え、まだ充分に育っては居ないし、最も重要な薬草はバイハン領から取り寄せる必要がある。
そんなわけで、バイハン領からは薬草を運ぶ荷馬車が定期的に、この辺境伯領に往来するようになった。
当然ながら、希少な薬草だから護衛騎士がつく。
その護衛は屈強な我がオークランス領の精鋭だ。
ある時、ちょうど俺が討伐の任務を終えて休みに入った時、工房に顔を出すとバイハン領からの荷馬車が到着した。
長旅を労いに出ると、5名の護衛騎士の中に、次兄が居た。
「ちょっと話が有るんだが、いいか?」
工房の応接室に場所を移した。
「母上がウチの領の神殿でむしり取…いや、発行させた離縁届が無効にされた」
えっ?と、俺は声を上げた。
「しかも、その書面を作成した神官が、不正文書作成の咎で神殿から追放された」
俺は血の気が引いて固まってしまった。
「安心しろ。今ウチのエゴール・デノン騎士団総督が、秘密裏に追放になったアルマン神官を保護してラオドーン聖市国に旅立った。恒例の大司教への献上品輸送にかこつけてな」
ラオドーン聖市国。
この大陸のほぼ半数の国家は三柱女神を信仰しているが、国によって主神とする女神が違っていたりする。
それぞれの女神には個別の聖地がある。
我が国が主神とする月神ナル・ラウーナ神の本山はラオドーン聖市国であり、全ての神官は聖市国で洗礼を受け、派遣先を任命される。
我が故郷オークランス領は、月の象徴である銀とミスリル、そして水晶が産出される事から、毎年のように選りすぐりの品を献上している。
献上品の護衛は我が領の騎士団のトップである総督率いる一団が毎回勤めている。
その縁もあり、総督と大司教は今は気心の知れた友人同然となって居る。
神話を元にしたボードゲームがあるのだが、かなり知的要素が高く、二人ともそれの名手であると言うのも大きいのかも知れない。
そのエゴール・デノン総督が庇護した形で、アルマン神官を同行させ、聖市国に赴くという事は、その追放が不当である事を大司教に説明し、アルマン神官を改めて登用してくれるよう要請する腹づもりという事だろう。
万が一、中央から不当な圧力があっても、必ずやオークランスが全力を持って護ると言った母上の約束を果たすということだ。
我が国で追放になったアルマン神官が、大司教の名の下に登用されれば、それはその追放自体が本山に否定された事になる。
「そんな事して、大丈夫なの?」
ウチの国の中央神殿が面子を失う。ヘタすると国が面子を失う事になる。
それの手引きをしたのがオークランス子爵家だと知れれば、我が家が王家から睨まれるのでは?
「大丈夫じゃないかも知れん。…王家がな」
次兄は悪い顔で笑った。
俺の婚姻問題が、なんかどんどん大事になっていってない?
俺は頭を抱えるしか無い。
それより何より。
「…要するに…、俺は離縁届を神殿に発行されていない事になったって事だね?」
絶望的な気分で訊くと、次兄は苦々しく頷いた。
「それともうひとつ」
ただでさえ、ぐるぐるしている俺に次兄の冷ややかな声が降った。
「ここんとこ、お前の工房周辺をウロチョロしている不審者がいるって言ってただろ?
先日、兄上が捕獲した。
工房の従業員を買収しようとしたらしい。お前とバドの不倫をでっちあげようとしてな」
不倫。
俺はもういっそ不倫でも何でも良いとすら思っている自分がいる。
もともとイズカインスタインとの婚姻なんて無意味じゃないか。
“縁”という意味では、何ひとつ“縁”を繋げていないんだから。
以前母が言っていたように、この辺境伯領で事実婚出来るなら、そうしてしまいたいよ。
俺の有責で離縁になるなら、いっそその方が手っ取り早いとすら思う。
慰謝料だって、それを出しゃあこの馬鹿げた茶番に決着付くなら、お望み通り叩きつけてやるよ!
けど。
バドはきっと許さないだろう。不倫なんて。
真面目だし。
そういうの、嫌いそうだもんな。
俺だって不誠実な行いは嫌いだよ。
でもさ、今のこの状況を見ると、もう“誠実”って言葉の意味自体が分からない。
強制された書類の署名に対してだけ誠実にってことか。人に対してではなく。
結局離縁届は無効になった。
あと数ヶ月待てば一年を過ぎる。あの離縁届を突きつけて、今度こそ…と思っていたのに。
その希望が絶たれた今、もう一度神殿に離縁届の申請をして発行してもらえるとは思えない。
思考の渦に飲まれている俺に、次兄は「大丈夫か?」と声をかけてきた。
「大丈夫じゃないよ」
暴れ出したい気持ちと、地の底に沈み込んでいく気持ちがせめぎ合いながら応えた。
「…で、誰の差し金だと思う?」
あ、さっきの工房の従業員を買収しようとしたって話か。俺は首を振る。わからない。
「王弟殿下なんだよ」
王弟殿下ッ??
なに?
ここに新たな登場人物?
どこに王弟殿下が関わる要素が?
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