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#004 知らない令嬢
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ある時、騎士団の任務として市街地の巡廻をしていると、見るからに良家の使用人風の若者から呼び止められた。
「先だっては大変お世話になりました。モーグオッド侯爵家の従者ヨハンと申します。
実は先ほど移動中に、我が主が馬車の窓から騎士様達を見つけまして。
是非先だってのお礼に、あちらのカフェでお茶をご馳走させて欲しいとのことでございます。
お仕事中で手が離せないようでしたら、後日に致しますが…」
「…あ、いえ…」
俺達の班のリーダーであるロイドがにこやかに応対した。
「ちょうどそろそろ交代の時間ですので、有り難くご厚意をちょうだい致します」
実はこういうことはよくある事なのだ。
我々市井の警邏なども担う騎士団では、巡廻の最中に様々なトラブルに遭遇したり、救援を要請されたりする。
駆けつけて救助なり助力なりした後で、その際のお礼にとちょっとしたものを頂いたりする。
市場でならば売り物の果物や、串焼きや揚げパンなどのような軽食、絞りたての果汁ジュースなど、心ばかりのお礼という感じで。
それをきっかけにコミュニケーションを図ると、市井の人々が最近気にしていること、不安に思っていることなどを知ることが出来る。
相手が貴族だった場合だと、お助けした内容にもよるが、今回のようにカフェテリアへのお誘いや、事案の規模にもよるが、時間によってはお食事に誘ってくれたりなどもある。
勤務外に偶然バーで遭遇した際に、酒を奢ってくれたりとか。
騎士団ではそういったお誘いやお礼は、軽いものであれば快く受けるように言われている。
経験上、そういった交流によって得る巷での人々の様子を知ることが、治安に良い影響を齎すからだ。
だから、その際の交流の仕方なども指導されている。
一種の情報収集なのだ。
大抵の人は、助けてもらったらお礼はしたい。
言葉は勿論だが、何かちょっとした物。
勿論、俺達騎士団にしてみたら、皆さんが安堵してくれれば充分。
ましてや言葉だけでも頂ければ充分なのだが。
それでも、お礼と称して差しだされた、その場で消える程度の飲食物。
ただそれだけでも快く受け取って、逆にそれにお礼を告げて口にして見せる事で、なぜかある種の壁が取り払われて、気安い気持ちの交流が生じる。
そうして交わされる会話は、お堅い職務としての聞き込みでは得られない情報が有るのだ。
無論、直接的な金銭や貴金属などは受け取ってはならない。
受け取って良いのは“消え物”。その場で消える飲食物か、近い将来には消える菓子折や花くらいのものだ。
縁談や政治的な勧誘なども受けてはならないし、もし家格的に拒むのが難しい場合や、持ちかけられた騎士にとって願ってもない内容だったりした場合は必ず上司に相談するように指導されている。
場合によっては助けてくれた騎士に、真剣に恋してしまう令嬢もいるからだ。
モーグオッド侯爵家の場合は、比較的単純だったがそれなりに物騒な事案だった。
侯爵が同伴していた文官に付き纏っていた他貴族の令息が、侯爵と文官の中を邪推して悪絡みし、終いには激昂して暴れ始めたのだった。
まあ、このようなある種の痴情のもつれネタ自体は、事案として珍しいことでは無いのだが。
暴れた令息がそこそこ鍛えたゴリラだったから、存外に被害が大きくなっていた。
最終的には剣まで抜いたし。
ウチの班が駆けつけて取り押さえた時には、巻き込まれて怪我を負った人や、壊された物などが点在しており、それらへの対応なども迅速に行った。
その際の店や、店員、たまたま居合わせた客などからも、関わりの度合いによって、その後軽くお礼をされたりもした。
既に侯爵家からは騎士団当てに菓子が届いたりもしたが、事案の大きさから見て、それだけで済ますのは気が引けたのだろう。
そんな中、偶然俺達の班を見つけてお声をかけて下さったという流れだ。
従者ヨハン殿に誘導されて、貴族向けの高級そうなカフェテリアに入店する。
予め事情を聞かされていた店員達はにこやかに歓迎してくれた。
「コレは一体どう言う事なのッ?」
甲高い女性の声がする。一斉に店内の視線がそちらに向く。
どうやら貴族令嬢三人が窓際の丸テーブルに付いている様子だ。テーブルの真ん中には可愛らしいケーキスタンドがセットされ、それぞれの皿にも華やかなケーキが置かれている。
少し離れたテーブルには彼女達の侍女と護衛が付いている様子だ。
三人の中の一番上座に着いていたご令嬢は鋭い目つきでこちらを睨み付け真っ直ぐに俺を指さしながら喚いた。
「この店はいつからあんな男娼を入店させるようになったの?今すぐつまみ出しなさい!汚らわしいッ」
そのご令嬢が誰なのか俺は知らない。
ただ、彼女の方は俺を知っている様子だった。しかも憎悪されているらしいのは確かだ。
「こちらの騎士様のことを仰せで?」
令嬢の目線と指先を見た店長が怪訝そう。
すかさずロイドが紳士的に。
「ご令嬢、失礼ながらどなたかとお間違えでは?この者は我が王国の正騎士で、男娼ではございません」
「惚けないでちょうだい!その男はあの天使のように純粋なダミアン様を誑かした悪党、卑しい子爵家の三男坊でしょう?有名なんだから!」
連れのご令嬢がその言葉に「まあ、彼がダミアン様の?」「…確かに噂通りの…ふぅん…」とひそひそ。
「そう、子爵家の三男なの。ではどう考えても公爵家の家格や財力目当ての…」
「男娼も同然よッ」
困惑する店長。
俺は、怒りを抑え込んで反論しようとするロイドの肩を窘めて告げた。
「俺は外れるよ。侯爵様には菓子折のお礼を伝えておいてくれ」
「いや、待てよシュルティ」
呼び止めるロイドの言葉に手を振って、ひとり店を出た。
「先だっては大変お世話になりました。モーグオッド侯爵家の従者ヨハンと申します。
実は先ほど移動中に、我が主が馬車の窓から騎士様達を見つけまして。
是非先だってのお礼に、あちらのカフェでお茶をご馳走させて欲しいとのことでございます。
お仕事中で手が離せないようでしたら、後日に致しますが…」
「…あ、いえ…」
俺達の班のリーダーであるロイドがにこやかに応対した。
「ちょうどそろそろ交代の時間ですので、有り難くご厚意をちょうだい致します」
実はこういうことはよくある事なのだ。
我々市井の警邏なども担う騎士団では、巡廻の最中に様々なトラブルに遭遇したり、救援を要請されたりする。
駆けつけて救助なり助力なりした後で、その際のお礼にとちょっとしたものを頂いたりする。
市場でならば売り物の果物や、串焼きや揚げパンなどのような軽食、絞りたての果汁ジュースなど、心ばかりのお礼という感じで。
それをきっかけにコミュニケーションを図ると、市井の人々が最近気にしていること、不安に思っていることなどを知ることが出来る。
相手が貴族だった場合だと、お助けした内容にもよるが、今回のようにカフェテリアへのお誘いや、事案の規模にもよるが、時間によってはお食事に誘ってくれたりなどもある。
勤務外に偶然バーで遭遇した際に、酒を奢ってくれたりとか。
騎士団ではそういったお誘いやお礼は、軽いものであれば快く受けるように言われている。
経験上、そういった交流によって得る巷での人々の様子を知ることが、治安に良い影響を齎すからだ。
だから、その際の交流の仕方なども指導されている。
一種の情報収集なのだ。
大抵の人は、助けてもらったらお礼はしたい。
言葉は勿論だが、何かちょっとした物。
勿論、俺達騎士団にしてみたら、皆さんが安堵してくれれば充分。
ましてや言葉だけでも頂ければ充分なのだが。
それでも、お礼と称して差しだされた、その場で消える程度の飲食物。
ただそれだけでも快く受け取って、逆にそれにお礼を告げて口にして見せる事で、なぜかある種の壁が取り払われて、気安い気持ちの交流が生じる。
そうして交わされる会話は、お堅い職務としての聞き込みでは得られない情報が有るのだ。
無論、直接的な金銭や貴金属などは受け取ってはならない。
受け取って良いのは“消え物”。その場で消える飲食物か、近い将来には消える菓子折や花くらいのものだ。
縁談や政治的な勧誘なども受けてはならないし、もし家格的に拒むのが難しい場合や、持ちかけられた騎士にとって願ってもない内容だったりした場合は必ず上司に相談するように指導されている。
場合によっては助けてくれた騎士に、真剣に恋してしまう令嬢もいるからだ。
モーグオッド侯爵家の場合は、比較的単純だったがそれなりに物騒な事案だった。
侯爵が同伴していた文官に付き纏っていた他貴族の令息が、侯爵と文官の中を邪推して悪絡みし、終いには激昂して暴れ始めたのだった。
まあ、このようなある種の痴情のもつれネタ自体は、事案として珍しいことでは無いのだが。
暴れた令息がそこそこ鍛えたゴリラだったから、存外に被害が大きくなっていた。
最終的には剣まで抜いたし。
ウチの班が駆けつけて取り押さえた時には、巻き込まれて怪我を負った人や、壊された物などが点在しており、それらへの対応なども迅速に行った。
その際の店や、店員、たまたま居合わせた客などからも、関わりの度合いによって、その後軽くお礼をされたりもした。
既に侯爵家からは騎士団当てに菓子が届いたりもしたが、事案の大きさから見て、それだけで済ますのは気が引けたのだろう。
そんな中、偶然俺達の班を見つけてお声をかけて下さったという流れだ。
従者ヨハン殿に誘導されて、貴族向けの高級そうなカフェテリアに入店する。
予め事情を聞かされていた店員達はにこやかに歓迎してくれた。
「コレは一体どう言う事なのッ?」
甲高い女性の声がする。一斉に店内の視線がそちらに向く。
どうやら貴族令嬢三人が窓際の丸テーブルに付いている様子だ。テーブルの真ん中には可愛らしいケーキスタンドがセットされ、それぞれの皿にも華やかなケーキが置かれている。
少し離れたテーブルには彼女達の侍女と護衛が付いている様子だ。
三人の中の一番上座に着いていたご令嬢は鋭い目つきでこちらを睨み付け真っ直ぐに俺を指さしながら喚いた。
「この店はいつからあんな男娼を入店させるようになったの?今すぐつまみ出しなさい!汚らわしいッ」
そのご令嬢が誰なのか俺は知らない。
ただ、彼女の方は俺を知っている様子だった。しかも憎悪されているらしいのは確かだ。
「こちらの騎士様のことを仰せで?」
令嬢の目線と指先を見た店長が怪訝そう。
すかさずロイドが紳士的に。
「ご令嬢、失礼ながらどなたかとお間違えでは?この者は我が王国の正騎士で、男娼ではございません」
「惚けないでちょうだい!その男はあの天使のように純粋なダミアン様を誑かした悪党、卑しい子爵家の三男坊でしょう?有名なんだから!」
連れのご令嬢がその言葉に「まあ、彼がダミアン様の?」「…確かに噂通りの…ふぅん…」とひそひそ。
「そう、子爵家の三男なの。ではどう考えても公爵家の家格や財力目当ての…」
「男娼も同然よッ」
困惑する店長。
俺は、怒りを抑え込んで反論しようとするロイドの肩を窘めて告げた。
「俺は外れるよ。侯爵様には菓子折のお礼を伝えておいてくれ」
「いや、待てよシュルティ」
呼び止めるロイドの言葉に手を振って、ひとり店を出た。
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