157 / 162
第六章
#157 万死に値する
しおりを挟む
義憤というのは結構強い思いだと感じる。
元々災害の多い国である日本で生まれ育った人間だからか、火事場泥棒という輩は私怨や痴情、もしくは物欲・権力欲からの犯罪を起こす人間よりも唾棄の対象だと思ってしまう。
喪中である事を知っていて、いやむしろ喪中で警備が削がれているのを見込んで攻撃してくるなど、外道の中の外道。
魂レベルで滅さなければならない。
その上で。
攻撃を仕掛けてくるナシェガ皇国側の軍部もだが、そいつらの手先となって越境の手引きをしている、シンクリレア側の売国奴に至っては更に許せない。
転移ポータルからイエイツ辺境伯領の領主館に降り立ったとき、既に俺はだいぶカッカしていた。
そんな俺の波動に呼応したのか、俺が呼び出そうと意識してないのに、手元にカムハラヒが現れた。
握りしめると威圧にも似た、魔力の噴出を感じた。
傍に駆け寄ってきたマティウス様と、麾下の騎士団長及び幹部騎士達が体を強ばらせて「うぁっ」と声を漏らしながら踏ん張った。
「おい、冷静になれ。カムハラヒが暴走し掛かって居るぞ。ノール兄様もクラクラしている」
デュシコス様が窘める声を聞いてハッとした。
慌てて傍らの王子を見ると、明らかに若干目を回しかけていた。思わず手を回して腰を支える。
「ス、スミマセン。つい。…この厳かな期間にわざわざ仕掛けてくる相手の卑しさに腹が立って…」
慌てて周辺の皆様にペコペコと平謝りした。
ただ、手の中のカムハラヒからはチリチリと波動が伝わっている。
鑑定が出来る者が居たらどうなっているのか訊きたいくらいだった。
「カムハラヒは貴方の深いところの意識と連動しているのですね」
王子はカムハラヒを握る俺の手の上に、そっと白くて繊細な指先を乗せた。
それによって少しずつ鎮まっていくのを感じる。
やはり、カムハラヒの所有者は俺ではない。王子なのだと実感する。
俺とカムハラヒの関係性は、半身。お互いに片方だけでは完成されない。
俺とカムハラヒが一体となって、初めてその能力を発揮する。
その主人は王子だ。
それより、俺はもはやカムハラヒの成長に完全に引っ張られている。
“聖剣”…なのか?
俺からすると、むしろ“妖刀”と言った方が相応しいとさえ思うのだが。
俺の怒りに呼応して噴出したカムハラヒの魔力には、ある種の意思を感じた。
そう。
“殲滅せよ!”と。
マティウス様の指示で、先ずは現状を説明された。
山や川を再現した1畳半ほどの広さの立体地図が机上にある。簡易な陣や人馬の模型を用いて伝えられ、非常に分かり易い。
謂わば、簡易的なジオラマだ。
予想したとおり、山賊に身をやつした最前線の突撃部隊がエバーゼノンの国境を越えてなだれ込んでいる。
エバーゼノン側には、予め手引きをする敵のスパイが入り込んでいて、国境を隔てている城壁を難なくすり抜けて来るのを誘導したようだとのこと。
更に侵入した者が一部の門扉を開放して敵を招き入れた。
相手の作戦を予め伝えていたことで、オルタンス兄貴達第一騎士団の何人かがその作戦を想定して、要所を張っていたのだが。
なにぶん、こちらで待機していた第一騎士団の人数は少なく、彼らの指揮の下に、最も防衛に貢献しなくてはならないはずのエバーゼノンの領属騎士団はあまり良い働きをしていない。
説明を受けている間にも、刻々と戦況は変化している。
別の地区を受け持っている通信班からの伝達がひっきりなしに出入りしている。
第一騎士団の奮闘によって半数以上は仕留めているとは言え、やはりそこそこの人数を討ち漏らしてしまっている。
その中には、国境を引き返して、想定外だったシンクリレアの騎士団の待機を伝えた者や、そのままエバーゼノンから領堺を突破してイエイツ辺境伯領に侵入してきた一団も居た。
程なくして、エバーゼノン側からの攻撃は激減した。
第一騎士団の兄貴達のおかげで、向こうの戦力が想定外に半減してしまったからだろう。
作戦変更を余儀なくされたと思われる。
ただ、時折散発的に城壁めがけての投石や火炎魔法など投げつけてきているが、どう見てもダメージを与えるためと言うよりは適当に気を引くためにしているだけという印象だという。
エバーゼノンからの侵攻が想定通りに行えない事で、ナシェガ軍(山賊風)は、別の地点から攻めてきた。
しかも、数カ所から。
戦力を分散させるつもりなのだろう。
以前同様、南の砦にはジョヴァンニ様を将とした一団が常に警戒をしていると聞く。
彼らは一度、あの兵器について説明を受けているから、何か対策をとっているだろうか。
一応相手は山賊のフリをしている。
まあ、そもそも同じ国境線上で、一方の国側からほぼ同時に攻撃してくる山賊などいないだろうが、単なる山賊の襲撃という事にして国家の意図するものでは無いという体でしらばっくれ、政治的には何も対応してこない。
こちらをイライラさせるのも作戦のウチだろう。
つまり、現在襲撃している山賊達、待機している後発部隊は皆、ナシェガ皇国の軍ではないのだから、煮るなと焼くなとこちらの好きにしていいという事だ。
それなら、存分に好きにさせて貰おうか。
立体地図をひと通り見て、あの忌まわしい巨大弩砲の移動や設置が可能な地形を、最重要危険ポイントとして目印を付けていく。
巨大弩砲…王妃殿下の異父弟ホスヒュー・センネル・ブリアンテ中尉が創り上げた大型兵器だ。
いくつかの部材からなり、それらを組み上げて台座が出来る。
コレをいわゆる"弩弓"…つまり"弓"とした場合の"矢"に当たるものは、ちょっとした電柱に近い長さがある。非常に緩やかに先端を尖らせている形状で。
電柱というよりは、太めの棹と言った方が近いかも知れない。いわば弾棹か。
台座自体も通常の弩弓の3~4倍ほどの大きさになるが、弾棹はもっと大きい感触だ。。
魔力を纏わせて発射されることで、着弾したときの威力はちょっとしたミサイル並みだ。
火薬兵器の類いを持たないこの世界の中では、かなりの脅威になると言える。
一応、基本的な設計図はナシェガ皇国の軍部に有るらしいが、それぞれの地形や設置場所から移動するのかしないのかなど、各個体に求められる条件をある程度鑑みて、最終的にはブリアンテ中尉の微調整が入るらしい。
そういう意味で完全に直ぐに稼働出来る保有数は8台。
この場合、大きさから言って8両と数えるべきなのか、大砲と解釈して8門と数えるべきなのか迷うところではあるが、とりあえず8台。
そのうち1台は先だってのイエイツ辺境伯領事変の際に、俺が消した。
そして、うち2台はそれぞれシンクリレア側とは別の、他国との紛争が常態化している国境側に運ばれていて、こちらに移動してくる可能性はない。
そして、もう1台、中尉の設計図に従って増産する際の完成見本として、軍部中央の工房に保管されて居るものがある。
現在、中尉が我が国に捕虜となって居ることで、最終チェック出来る人間が不在であり、それでも増産しようと思った際には、完成見本は不可欠だろう。
つまり、今回イエイツ辺境領への侵攻で使用される可能性があるものは最大で4台という事になる。
イエイツ辺境領との国境線上で設置出来そうな箇所は何カ所もあった。そのうち特に設置しやすそうな地形の場所を見繕う。
まずはその場所に近い場所まで行って、索敵をするのが手っ取り早い。
また、もし発射された場合の対策としての結界の強度や重ねがけの必要性なども意識共有しておいた。
その他、現在襲撃されている箇所の対応なども含め、ひと通り確認し合ったのち、デュシコス様には、ジョヴァンニ様の護る南の砦に飛んで貰った。
砦に出入りするシンクリレア側諜報員がもしあの兵器の所在地を嗅ぎつけているようならば、稼働する前に破壊することを勧めた。
兵器として稼働してしまったら脅威だが、矢に相当する弾棹を装填される前ならばただの小回りの効かない移動式櫓とも言える。
的としては大きく、集中攻撃するにはもってこいだ。周辺の攻撃によって装填の邪魔をするだけでも効果は有る。
「もし可能であるならば操作する人間の方を蹴散らして、兵器自体を確保できそうならしてください。ただし、少しでも危険を感じたら、迷わず破壊して下さい」
そう伝えると「わかった」と、デュシコス様は頷き黒いローブを翻して転移ポータルに向かった。
おそらく南の砦にも“索敵”のできる騎士は居るだろう。だが、ああいう人造物をキャッチ出来るかどうかは分からない。
魔物やら魔獣は間違いなく確認出来るだろうけれど。
そう思ったのだが、やはり、兵器自体がかなり大きく強力な魔石を搭載していることで、索敵係のセンサーにヒットしたとのこと。
むろん、以前にあれだけ大規模な紛争があったのだから、ただのんびりと待っているだけなんてジョヴァンニ様に限ってしているはずもない。
常に様々な手段で敵の動向は探っていたと思われる。
デュシコス様が参戦して多分、俺の作戦を伝えているだろう。
デュシコス様が南の砦に行く際に、王子及び付き従うナーノ様やホランド様が「私達はどこに行けば良いのですか」と訊ねてきた。
最も常駐人員の多いアス地区国境線の砦に行って、最強結界を張って置いてくださるようお願いした。
王子のお側を離れるのは抵抗があったが、効率を考えれば仕方がない。
何より戦況を聞くに、配備されている人員数も多い分だけ、怪我人も多そうだった。
その分、俺自身が最短ですべきことをすませて、王子の元に飛んでいくべきだと思った。
勿論王子を派遣する以上は、ナーノ様とホランド様以外にも、絶対的な安全を確保するために領内の屈強な騎士達で周りを固めて貰うことになる。
「あなたがやろうとしていることは分かります。出来る限り、あの忌まわしい兵器を破壊せず奪い取れるように頑張りましょう」
「どうか、危険は犯しませんよう。殿下がご無事で居て下されば、防御だけでも充分ですから」
転移ポータルの前で皇子達一行を送り出すときには、思い切り抱きしめて王子の額や頬にキスをした。
王子は小さく笑って。
「防御には自信があります!任せて下さい。…それよりも貴方も無茶をしないようにね」
一度ギュッと俺の体を抱きしめ返してから離れ、手を振りながら転移魔方陣の光の柱に吸い込まれていった。
見送った直後。
俺は最も遠い北寄りの砦に向かうべく別の転移ポータルへ近づいていた。
マティウス様に、領都の騎士団鍛錬用の最も広いグラウンドには誰も入らないように指示しつつ。
「領主様!!ゼル地区砦からの通信が途絶えました!直前に炎を纏った巨大な柱が飛んでくるという絶叫が聞こえたとのことです!」
駆け込んできた伝達が叫んだ。
俺はマティウス様と目を合わせて、即座に転移先を変更した。
そのゼル地区砦の転移ポータルは無事なのか?
設備班に確認を急がせる。
「三つ有るうちの一つは反応があります。ただ、通信班による確認が取れないので、現場がどうなっているかは保障出来ません。設備の周辺が崩落して閉じ込められてしまう可能性があります!」
設備班と通信班が懸念事項を伝えてくる。
オーデュカ長官から貰った簡易転移アイテムは持っているが、アレは到着地点にも同じ魔方陣が記されたアイテムを広げておかないといけないのだ。つまり使用不可。
「反応ある一つで飛びます」
俺は告げる。
到着地点が仮に崩落していても、カムハラヒで活路を切り開くことは出来るはずだ。
そんなことよりも、一刻も早く現場に行って、領都からの救護班を送り込んだ方が良い。おそらく現場は混乱しているし、相当数の死傷者が予想される。
先ずは俺が現場に飛んで、その後を追って貰うのが一番良いだろう。
その旨を矢継ぎ早に伝えて直ぐに直行した。
降り立った出口側の転移ポータルは、その周辺が半壊していて、対応している数人の設備班の一人は、はじけ飛んできた建物の大きめの石壁に直撃されて絶命していた。
おそらく他のメンバー達も細かい瓦礫の破片などに襲われたのだろう。
みな、左側面側からの爆風に襲われたらしく、そちら側に怪我を負っているものが多かった。
見ると、砦の地下のそこは、崩落によって出口が完全に塞がれている。
だが、負傷にめげず、設備班は必死に領都からの援軍が来ることを祈って作業を続けていた。
「あなたは…、召喚者様?」
左側の側頭部から血をだらだらと流している壮年の騎士が、よろめきながら駆け寄ってきた。
ぐらつく体を懸命に直立して騎士礼をとろうとしているのを押しとどめて、もはや建物の構造自体が判然としなくなっている中で、本来の出口の方向を教えて貰った。
崩落した時の粉塵があちこちに舞って、咳き込みながら作業しているものや、仲間を介抱しているものも居る。
「今すぐに出口を作ります」
俺が言うと、とある箇所を必至に掘り起こそうとしている数人が振り返り「無理です。完全に塞がれています」とかぶりを振った。
「スミマセンが、少し離れていて貰えますか」
指示を出して、俺はカムハラヒを抜いた。
抜いた瞬間に迸る魔力に、その場に居た騎士達が息を呑む気配がした。
「出来れば、土魔法が使える方はこの空間の防御をお願いします!」
カムハラヒにイメージを流し込んで、網を打つように、闇魔法で出口側に詰まっている
瓦礫を覆い込んだ。
まるで黒い炎に焼かれていくように、闇が揺らめき立ちながら、その場を塞いでいた瓦礫を溶かして消していった。
片側が消えたことにより重力の支えを失った反対側の天井や壁が崩れかけてきたのを、土魔法の使い手や、俺の闇の網で避けて飛ばしたり消したりした。
転移ポータルは完全に青空天井となった。
驚愕しているゼル地区砦の面々を背後に地上に降り立つと、そこでは爆撃に飛ばされた無残な騎士達の姿が有った。
しかもその向こうからは突撃してくる山賊達の姿が見える。
嬉しげな奇声を上げて爆煙の粉塵の向こうから、手に持った剣や槍をキャーキャーと振り回し、小躍りしている山賊姿の敵を見て、俺はキレた。
元々災害の多い国である日本で生まれ育った人間だからか、火事場泥棒という輩は私怨や痴情、もしくは物欲・権力欲からの犯罪を起こす人間よりも唾棄の対象だと思ってしまう。
喪中である事を知っていて、いやむしろ喪中で警備が削がれているのを見込んで攻撃してくるなど、外道の中の外道。
魂レベルで滅さなければならない。
その上で。
攻撃を仕掛けてくるナシェガ皇国側の軍部もだが、そいつらの手先となって越境の手引きをしている、シンクリレア側の売国奴に至っては更に許せない。
転移ポータルからイエイツ辺境伯領の領主館に降り立ったとき、既に俺はだいぶカッカしていた。
そんな俺の波動に呼応したのか、俺が呼び出そうと意識してないのに、手元にカムハラヒが現れた。
握りしめると威圧にも似た、魔力の噴出を感じた。
傍に駆け寄ってきたマティウス様と、麾下の騎士団長及び幹部騎士達が体を強ばらせて「うぁっ」と声を漏らしながら踏ん張った。
「おい、冷静になれ。カムハラヒが暴走し掛かって居るぞ。ノール兄様もクラクラしている」
デュシコス様が窘める声を聞いてハッとした。
慌てて傍らの王子を見ると、明らかに若干目を回しかけていた。思わず手を回して腰を支える。
「ス、スミマセン。つい。…この厳かな期間にわざわざ仕掛けてくる相手の卑しさに腹が立って…」
慌てて周辺の皆様にペコペコと平謝りした。
ただ、手の中のカムハラヒからはチリチリと波動が伝わっている。
鑑定が出来る者が居たらどうなっているのか訊きたいくらいだった。
「カムハラヒは貴方の深いところの意識と連動しているのですね」
王子はカムハラヒを握る俺の手の上に、そっと白くて繊細な指先を乗せた。
それによって少しずつ鎮まっていくのを感じる。
やはり、カムハラヒの所有者は俺ではない。王子なのだと実感する。
俺とカムハラヒの関係性は、半身。お互いに片方だけでは完成されない。
俺とカムハラヒが一体となって、初めてその能力を発揮する。
その主人は王子だ。
それより、俺はもはやカムハラヒの成長に完全に引っ張られている。
“聖剣”…なのか?
俺からすると、むしろ“妖刀”と言った方が相応しいとさえ思うのだが。
俺の怒りに呼応して噴出したカムハラヒの魔力には、ある種の意思を感じた。
そう。
“殲滅せよ!”と。
マティウス様の指示で、先ずは現状を説明された。
山や川を再現した1畳半ほどの広さの立体地図が机上にある。簡易な陣や人馬の模型を用いて伝えられ、非常に分かり易い。
謂わば、簡易的なジオラマだ。
予想したとおり、山賊に身をやつした最前線の突撃部隊がエバーゼノンの国境を越えてなだれ込んでいる。
エバーゼノン側には、予め手引きをする敵のスパイが入り込んでいて、国境を隔てている城壁を難なくすり抜けて来るのを誘導したようだとのこと。
更に侵入した者が一部の門扉を開放して敵を招き入れた。
相手の作戦を予め伝えていたことで、オルタンス兄貴達第一騎士団の何人かがその作戦を想定して、要所を張っていたのだが。
なにぶん、こちらで待機していた第一騎士団の人数は少なく、彼らの指揮の下に、最も防衛に貢献しなくてはならないはずのエバーゼノンの領属騎士団はあまり良い働きをしていない。
説明を受けている間にも、刻々と戦況は変化している。
別の地区を受け持っている通信班からの伝達がひっきりなしに出入りしている。
第一騎士団の奮闘によって半数以上は仕留めているとは言え、やはりそこそこの人数を討ち漏らしてしまっている。
その中には、国境を引き返して、想定外だったシンクリレアの騎士団の待機を伝えた者や、そのままエバーゼノンから領堺を突破してイエイツ辺境伯領に侵入してきた一団も居た。
程なくして、エバーゼノン側からの攻撃は激減した。
第一騎士団の兄貴達のおかげで、向こうの戦力が想定外に半減してしまったからだろう。
作戦変更を余儀なくされたと思われる。
ただ、時折散発的に城壁めがけての投石や火炎魔法など投げつけてきているが、どう見てもダメージを与えるためと言うよりは適当に気を引くためにしているだけという印象だという。
エバーゼノンからの侵攻が想定通りに行えない事で、ナシェガ軍(山賊風)は、別の地点から攻めてきた。
しかも、数カ所から。
戦力を分散させるつもりなのだろう。
以前同様、南の砦にはジョヴァンニ様を将とした一団が常に警戒をしていると聞く。
彼らは一度、あの兵器について説明を受けているから、何か対策をとっているだろうか。
一応相手は山賊のフリをしている。
まあ、そもそも同じ国境線上で、一方の国側からほぼ同時に攻撃してくる山賊などいないだろうが、単なる山賊の襲撃という事にして国家の意図するものでは無いという体でしらばっくれ、政治的には何も対応してこない。
こちらをイライラさせるのも作戦のウチだろう。
つまり、現在襲撃している山賊達、待機している後発部隊は皆、ナシェガ皇国の軍ではないのだから、煮るなと焼くなとこちらの好きにしていいという事だ。
それなら、存分に好きにさせて貰おうか。
立体地図をひと通り見て、あの忌まわしい巨大弩砲の移動や設置が可能な地形を、最重要危険ポイントとして目印を付けていく。
巨大弩砲…王妃殿下の異父弟ホスヒュー・センネル・ブリアンテ中尉が創り上げた大型兵器だ。
いくつかの部材からなり、それらを組み上げて台座が出来る。
コレをいわゆる"弩弓"…つまり"弓"とした場合の"矢"に当たるものは、ちょっとした電柱に近い長さがある。非常に緩やかに先端を尖らせている形状で。
電柱というよりは、太めの棹と言った方が近いかも知れない。いわば弾棹か。
台座自体も通常の弩弓の3~4倍ほどの大きさになるが、弾棹はもっと大きい感触だ。。
魔力を纏わせて発射されることで、着弾したときの威力はちょっとしたミサイル並みだ。
火薬兵器の類いを持たないこの世界の中では、かなりの脅威になると言える。
一応、基本的な設計図はナシェガ皇国の軍部に有るらしいが、それぞれの地形や設置場所から移動するのかしないのかなど、各個体に求められる条件をある程度鑑みて、最終的にはブリアンテ中尉の微調整が入るらしい。
そういう意味で完全に直ぐに稼働出来る保有数は8台。
この場合、大きさから言って8両と数えるべきなのか、大砲と解釈して8門と数えるべきなのか迷うところではあるが、とりあえず8台。
そのうち1台は先だってのイエイツ辺境伯領事変の際に、俺が消した。
そして、うち2台はそれぞれシンクリレア側とは別の、他国との紛争が常態化している国境側に運ばれていて、こちらに移動してくる可能性はない。
そして、もう1台、中尉の設計図に従って増産する際の完成見本として、軍部中央の工房に保管されて居るものがある。
現在、中尉が我が国に捕虜となって居ることで、最終チェック出来る人間が不在であり、それでも増産しようと思った際には、完成見本は不可欠だろう。
つまり、今回イエイツ辺境領への侵攻で使用される可能性があるものは最大で4台という事になる。
イエイツ辺境領との国境線上で設置出来そうな箇所は何カ所もあった。そのうち特に設置しやすそうな地形の場所を見繕う。
まずはその場所に近い場所まで行って、索敵をするのが手っ取り早い。
また、もし発射された場合の対策としての結界の強度や重ねがけの必要性なども意識共有しておいた。
その他、現在襲撃されている箇所の対応なども含め、ひと通り確認し合ったのち、デュシコス様には、ジョヴァンニ様の護る南の砦に飛んで貰った。
砦に出入りするシンクリレア側諜報員がもしあの兵器の所在地を嗅ぎつけているようならば、稼働する前に破壊することを勧めた。
兵器として稼働してしまったら脅威だが、矢に相当する弾棹を装填される前ならばただの小回りの効かない移動式櫓とも言える。
的としては大きく、集中攻撃するにはもってこいだ。周辺の攻撃によって装填の邪魔をするだけでも効果は有る。
「もし可能であるならば操作する人間の方を蹴散らして、兵器自体を確保できそうならしてください。ただし、少しでも危険を感じたら、迷わず破壊して下さい」
そう伝えると「わかった」と、デュシコス様は頷き黒いローブを翻して転移ポータルに向かった。
おそらく南の砦にも“索敵”のできる騎士は居るだろう。だが、ああいう人造物をキャッチ出来るかどうかは分からない。
魔物やら魔獣は間違いなく確認出来るだろうけれど。
そう思ったのだが、やはり、兵器自体がかなり大きく強力な魔石を搭載していることで、索敵係のセンサーにヒットしたとのこと。
むろん、以前にあれだけ大規模な紛争があったのだから、ただのんびりと待っているだけなんてジョヴァンニ様に限ってしているはずもない。
常に様々な手段で敵の動向は探っていたと思われる。
デュシコス様が参戦して多分、俺の作戦を伝えているだろう。
デュシコス様が南の砦に行く際に、王子及び付き従うナーノ様やホランド様が「私達はどこに行けば良いのですか」と訊ねてきた。
最も常駐人員の多いアス地区国境線の砦に行って、最強結界を張って置いてくださるようお願いした。
王子のお側を離れるのは抵抗があったが、効率を考えれば仕方がない。
何より戦況を聞くに、配備されている人員数も多い分だけ、怪我人も多そうだった。
その分、俺自身が最短ですべきことをすませて、王子の元に飛んでいくべきだと思った。
勿論王子を派遣する以上は、ナーノ様とホランド様以外にも、絶対的な安全を確保するために領内の屈強な騎士達で周りを固めて貰うことになる。
「あなたがやろうとしていることは分かります。出来る限り、あの忌まわしい兵器を破壊せず奪い取れるように頑張りましょう」
「どうか、危険は犯しませんよう。殿下がご無事で居て下されば、防御だけでも充分ですから」
転移ポータルの前で皇子達一行を送り出すときには、思い切り抱きしめて王子の額や頬にキスをした。
王子は小さく笑って。
「防御には自信があります!任せて下さい。…それよりも貴方も無茶をしないようにね」
一度ギュッと俺の体を抱きしめ返してから離れ、手を振りながら転移魔方陣の光の柱に吸い込まれていった。
見送った直後。
俺は最も遠い北寄りの砦に向かうべく別の転移ポータルへ近づいていた。
マティウス様に、領都の騎士団鍛錬用の最も広いグラウンドには誰も入らないように指示しつつ。
「領主様!!ゼル地区砦からの通信が途絶えました!直前に炎を纏った巨大な柱が飛んでくるという絶叫が聞こえたとのことです!」
駆け込んできた伝達が叫んだ。
俺はマティウス様と目を合わせて、即座に転移先を変更した。
そのゼル地区砦の転移ポータルは無事なのか?
設備班に確認を急がせる。
「三つ有るうちの一つは反応があります。ただ、通信班による確認が取れないので、現場がどうなっているかは保障出来ません。設備の周辺が崩落して閉じ込められてしまう可能性があります!」
設備班と通信班が懸念事項を伝えてくる。
オーデュカ長官から貰った簡易転移アイテムは持っているが、アレは到着地点にも同じ魔方陣が記されたアイテムを広げておかないといけないのだ。つまり使用不可。
「反応ある一つで飛びます」
俺は告げる。
到着地点が仮に崩落していても、カムハラヒで活路を切り開くことは出来るはずだ。
そんなことよりも、一刻も早く現場に行って、領都からの救護班を送り込んだ方が良い。おそらく現場は混乱しているし、相当数の死傷者が予想される。
先ずは俺が現場に飛んで、その後を追って貰うのが一番良いだろう。
その旨を矢継ぎ早に伝えて直ぐに直行した。
降り立った出口側の転移ポータルは、その周辺が半壊していて、対応している数人の設備班の一人は、はじけ飛んできた建物の大きめの石壁に直撃されて絶命していた。
おそらく他のメンバー達も細かい瓦礫の破片などに襲われたのだろう。
みな、左側面側からの爆風に襲われたらしく、そちら側に怪我を負っているものが多かった。
見ると、砦の地下のそこは、崩落によって出口が完全に塞がれている。
だが、負傷にめげず、設備班は必死に領都からの援軍が来ることを祈って作業を続けていた。
「あなたは…、召喚者様?」
左側の側頭部から血をだらだらと流している壮年の騎士が、よろめきながら駆け寄ってきた。
ぐらつく体を懸命に直立して騎士礼をとろうとしているのを押しとどめて、もはや建物の構造自体が判然としなくなっている中で、本来の出口の方向を教えて貰った。
崩落した時の粉塵があちこちに舞って、咳き込みながら作業しているものや、仲間を介抱しているものも居る。
「今すぐに出口を作ります」
俺が言うと、とある箇所を必至に掘り起こそうとしている数人が振り返り「無理です。完全に塞がれています」とかぶりを振った。
「スミマセンが、少し離れていて貰えますか」
指示を出して、俺はカムハラヒを抜いた。
抜いた瞬間に迸る魔力に、その場に居た騎士達が息を呑む気配がした。
「出来れば、土魔法が使える方はこの空間の防御をお願いします!」
カムハラヒにイメージを流し込んで、網を打つように、闇魔法で出口側に詰まっている
瓦礫を覆い込んだ。
まるで黒い炎に焼かれていくように、闇が揺らめき立ちながら、その場を塞いでいた瓦礫を溶かして消していった。
片側が消えたことにより重力の支えを失った反対側の天井や壁が崩れかけてきたのを、土魔法の使い手や、俺の闇の網で避けて飛ばしたり消したりした。
転移ポータルは完全に青空天井となった。
驚愕しているゼル地区砦の面々を背後に地上に降り立つと、そこでは爆撃に飛ばされた無残な騎士達の姿が有った。
しかもその向こうからは突撃してくる山賊達の姿が見える。
嬉しげな奇声を上げて爆煙の粉塵の向こうから、手に持った剣や槍をキャーキャーと振り回し、小躍りしている山賊姿の敵を見て、俺はキレた。
11
お気に入りに追加
455
あなたにおすすめの小説
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
元勇者の俺に、死んだ使い魔が美少年になって帰ってきた話
ずー子
BL
1年前くらいに書いた、ほのぼの話です。
魔王討伐で疲れた勇者のスローライフにかつて自分を庇って死んだ使い魔くんが生まれ変わって遊びに来てくれました!だけどその姿は人間の美少年で…
明るいほのぼのラブコメです。銀狐の美少年くんが可愛く感じて貰えたらとっても嬉しいです!
攻→勇者エラン
受→使い魔ミウ
一旦完結しました!冒険編も思いついたら書きたいなと思っています。応援ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる