王子の宝剣

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第六章

#154 魔王召喚

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 王族が、表だった活動を自粛し、陛下の喪に服すのはほぼ一ヶ月。
特に送り火期間と呼ばれる、ご遺体を棺に納めて花で飾り、祈りを捧げながら弔灯をともし続ける儀式の間は、王宮における一切の行事・業務が停止する。

 そうはいっても、あちこちでどうしても対応を余儀なくされる手続きなどが発生しない訳ではない。
王太子ご一家に関しては、最も厳格な送り火の儀を実行しなくてはならない。
特に9日間は常に籠もりきりで、常に真新しい生花に取り替えながら灯火を絶やす事無くご遺体を見護る。

第二王子以下はその儀式を共に行うのは三日間となっている。

第二王子と我がエレオノール王子は、お籠もりの王太子殿下の代わりに、各方面からの弔辞に対する水面下の対応をしなくてはならない。
それと共に、各種の裁量も代行する。

 喪中という事で、概ね式典庁が采配してはくれるのだが、どうしても王族に決裁を仰がねばならないときには第二王子やエレオノール王子が代行するのだ。
ただ、そうはいってもやはり喪に服している以上、こちら側からは外部との連絡などは取れない。
親族で、別れのご挨拶に王城内神殿の殯の宮に訪れる王族も、無き陛下のご尊顔を拝めるのは遠巻きに一度だけと決められているとのこと。
王太子一家が囲む棺の周囲を花輪の結界が取り巻き、その外からご挨拶をして自らも携えてきた花を結界の花輪に加えて捧げ祈り、速やかにその場を退出しなければならない。

次々と訪れる王家の血縁にあたる高位貴族達の中には、デュシコス様もいた。

最初の三日間はウチの王子を含む他の王子達も側妃様も、そして、一応俺も直前に王子との婚姻を結び亡き陛下の親族となった事で、花輪の結界の内側に入って過ごしたのだが、三日以降はまさしく玉座を継承する立場の一家のみがそこに残り、他の親族は外に出される。

外に出た後も、追悼は行っているのだけど、傍系王族専用の祈りの部屋が設えられており、そこに通され、9日間はそこで弔事を続けるとの事。

最初の三日間、花輪の結界の中に居たときには、排泄の用以外でそのエリアからは出る事がなく、食事も花輪越しに侍女達から盆を渡され、カトラリーなどを必要としない、手でつかんで食べられるような薄い塩味の蒸かした根菜類と白い蒸しパンなど…この世界での精進料理的なものか…を食べる位だった。

俺たち大人は良いけれど、幼い王子達には辛かっただろうと思うが、さすがに子供とはいえ王族ともなるとこの儀式の厳格さが分かっているのか、みんな神妙にして、亡き陛下のために大人しく祈りを捧げていた。

とはいえ、睡眠も花輪の結界内で、生花と灯火の見守りをしながら交代の形で済まさねばならず、クッションやらブランケットなどを与えられてはいるものの、子供達には相当な疲労が蓄積された事だろうと思う。

この世界この国独特の追悼の儀式で、俺はどうして良いのか分からなかったのだが、大抵はそっと侍従長や侍女頭、サリア妃様が教えてくれた。

俺たちは傍系王族の祈りの部屋に移ってからは、少し楽にはなったけれど、あの花輪の結界で9日間籠もらねばならない直系の面々は本当に大変だと思う。
王太子妃殿下は乳飲み子も抱えておられるし、幼い王子達も辛いだろうに、愚痴一つこぼさないのは本当にご立派だと思う。

この9日を過ぎれば、あの花輪の結界からは出られるようだけど、棺の周りの灯火の見守りは3週間、残りまだ11日は続けなければならないらしい。ただ、行動範囲は多少緩やかになるし、自室で眠れるようになるのは幼い王子様達にとっては幸いだろう。

エレオノール王子は追悼の日々を粛々と送りながらも、時折どうしても入る王太子の代役のお仕事をこなし、一見気丈には振る舞っているが、やはり時折明らかに打ちひしがれているご様子が見て取れ、そういったときには極力手を握ったり、肩に触れたり、声をかけたりして可能な限りそっとではあるがお慰めするようにしていた。

 そんなこんなで最も厳格な9日間が過ぎ、10日目に、俺たちは街の神殿に弔問に訪れる事になった。
王城内の神殿には陛下の棺を安置した祭壇がもうけられ、ここからは親族ではなく神職による殯の儀が続く。
多くの司祭や神官が埋葬の時まで腐敗せぬよう魔力を注ぎ、直系のご一家の弔事をサポートしているのだという。

後でこっそりと聞いた話ではあるが、どうやらこの神職達がサポートしている殯の期間に、玉座を継承する者にのみ施される密儀があるらしい。無論詳しい内容は誰も知らない。

故に傍系の我々は外部の神殿にお参りするのだ。

街の神殿にはソニスもいるが、今はまだ会って話すなどは無理だろう。
少し間を置いた方が良いのかも知れない。
確か、王太子殿下ご一家が王城内の神殿で弔事を行っている間は、傍系王族の我々も毎日神殿に弔灯を捧げに来る事になるはずだから、あと10日ほどは通う。
それが済めば、少しは挨拶くらいできるだろう。

そのときはそう考えていた。

だが、実際には街の中央神殿に通い始めて三日後に、デュシコス様から声をかけられた。
そのまま、王子と連れだって、聖殿の脇通路に誘導されると、そこにソニスが居て、まずは王子に対してのお悔やみのご挨拶をした後、オリヴィエノスさんからのコンタクトがあった事を知らされた。

そのことを聞いた瞬間俺の脳裏には、あの陛下の病室に現れた王妃様のシルエットをかたどった闇魔法の靄を思い出した。

その件に関してなのだか、それともセタ・ヨーグドホン連合国家の神聖魔道士団筆頭魔導師ベガ様に関する事なのか。
何はともあれ、このような時期にもかかわらず接触を図ってきたという事は、よほど急ぎ伝えたい事なのだろうと思われた。

直ぐに会って話を聞いておいた方が良いだろうか、いや、やはりせめて3週間の送り火の期間を過ぎてからの方が良いだろうかと逡巡していたら、王子が「直ぐにペイジア卿には会えるのでしょうか」とソニスに訊ねた。

「はい。通信アイテムを預けられていますので、連絡できます。所在も広場の目抜き通り沿いの宿に居るとの事ですから、直ぐにでも」

「では」
王子は俺を見上げて頷いた。
また出直す必要を感じなかったのだと思う。喪中ではあるが、表向き何か目立つ動きさえしなければ良いというご判断だろう。


 直ぐに連絡が付き、神殿に訪れる人波に紛れてオリヴィエノスさんが現れた。
しっかりと黒いフード付きケープを喪服の上に羽織って。
まずは王子に対してのお悔やみのご挨拶をしてから「このような時期に、お時間をいただいてしまい大変申し訳ありません」と謝罪した。

俺たちは、神殿の奥の小さめの客室に通してもらった。

ソニスは思うところがあったのか、ハーブティーを俺たちの前に並べた後に「それでは私は弔灯の蝋燭を運ぶ作業がございますので」と言って退室した。
もしかすると予めオリヴィエノスさんから重要な話だから、席を外していてほしい旨言われていたのかも知れない。

おそらく王妃様の件にも触れる事になるのだろう。
それならば王族以外には秘匿されている重要事項であり、ソニスのような立場の者が下手の知ってしまうと、その方が逆に危険ともいえる。

室内に残ったのはオリヴィエノスさんの他には王子と俺とデュシコス様の4人。
デュシコス様も「私も外した方が良いか?」と訊ねてきたが、俺も王子も同席を頼んだ。

オリヴィエノスさんは意識を集中して結界を施してから話し始めた。

「国王陛下がご崩御あそばされるほぼ5日ほど前になりますが、我が国…ナシェガ公国の王宮内にある託宣儀式広場で、深夜にベガ様のお導きで魔王を召喚する儀式を行ったとの事です」

テーブルの木目に視線を落として聞いていた俺は思わず目を上げた。
「アハティア将軍の手のものが、ベガ様をお世話する侍従としてお側に侍っております。彼は案内役も兼ねていますので、常に最も近くで見ておりました。ベガ様には気に入られているようですので。あ、ただ、この場合の“召喚”は異世界からのそれとは異質です。世界線を超えるものではありませんので。
“召喚”というよりは“招聘”と言った方が適当かも知れません。
緻密な術式の魔方陣と、膨大な魔力…特に今回は魔族を招こうというので、闇魔法の魔力を練って注ぎ込まなくてはなりません。かなり高位の魔道士かあるいは王族クラスでないと持ち得ないほどのパワーだと思われます」

「そのベガ様が呼び出そうとした“魔王”というのは誰の事ですか?」
俺は思わず訊いてしまった。
俺も実際に行ってみる前までは魔族国が帝政とは知らなかった。
魔王は一人ではない。
4人の魔王がそれぞれの国を統治し、その魔王達の頂点に君臨する魔皇イズファーダ。

ここで言われる「魔王」が指すのはおそらく魔皇イズファーダ陛下ではないだろう。
いやぁ、だって、まさかでしょ?

万が一、ものすごいレベルの魔法使いがいて…まあ、ベガ様はそういうレベルなんだろうけど…そして強力な“召喚魔術”があるとしても、さすがにいきなり魔皇レベルの大物を召喚てのはちょっと現実的じゃないし。
まあ、“召喚”ではなく“招聘”であったとしても。
人族の魔法使いが、何かの望みのために時空を超えて異能の者を呼び出すって事でしょ?

いやまあ、魔法がない世界からきた人間がどのレベルの魔法を現実的と見るかどうかは、そこはなんとも言えない訳だけど…。

そもそもその魔術自体、すごく難しいらしいし、しかも注入する魔力はとんでもなく莫大な量を注がないといけないらしいし、そのくらいしないと捕まらないって事は、相手だってそれなりの魔力を持ってるレベルだって事だろうし、先方が拒否っていたら無理なんじゃねえの?

それこそ、ある程度容認しているとか、ボヤッとしているとか、抵抗するほどの防御力に欠けるとか…なんて条件でもないと捕まえられるとは思えない。

いくら何でも魔王クラスが防御力不足とかボヤッとしているとかは無いと思うから、向こうも応じる腹づもりがあるって事になるよね。

そんな事を考えていたら、オリヴィエノスさんが応えた。
「おそらくですが…、呪文の中で『星岳の魔王ヴィンディアレム』という言葉を唱えていたようだと…」

星岳の魔王ヴィンティアレム…。

魔皇イズファーダ様を含む、4人の魔王の一人。
エンデュサピオン様や魔皇后陛下フィンヌンギシス様から教わった。

「魔皇でもある森玄の魔王イズファーダ
氷原の魔王エンデュサピオン
熱砂の魔王バーシャイル
星岳の魔王ヴィンディアレム
それが四大魔王だと聞きました。
つまりはその四大魔王の一人を召喚したということですか?」

…ベガ様…恐るべし!

オリヴィエノスさんは黙って頷いた。
背中にひやりとしたものが走る。
だが。
「召喚術は成功しませんでした」
苦々しく重い口調が告げた。

俺と王子とデュシコス様は、一斉にほぅっと息をついて少し脱力した。

「ですが、失敗の理由が良くないのです」

ん?

「既にヴィンディアレムは契約を交わした人間がいる故に、他者の召喚を弾いたらしいというのです」

「既に星岳の魔王を操れる者がどこかに居るという事か?」
デュシコス様が厳しい表情で問う。
オリヴィエノスさんは頷いた。

「ベガ様はどうやら納得がいかなかったらしく、その後ご自身の持つ技術と智慧を絞って、その先客の魔力を探し出したようなのです。…我々凡人には到底どれ程の英知なのか計り知れませんが…」

そのあと、少しオリヴィエノスさんは一旦気持ちを整えて、決心したように背を伸ばして言った。

「その星岳王の魔力と相呼応している強大な魔力の波動の発生源は…ミアコパ湖の湖城にあったのです」

「ミアコパ湖…」

「そちらの湖城では、大変身分の高いシンクリレア王国の貴婦人が身を寄せている事実が確認されております」

俺たち三人は一斉に息をのんだ。
それはつまり。

そもそも“王族クラス”の魔力が必要って、さっき言っていたよな。

まさか、とも思ったが、それは直ぐにかき消える。
あの時の。陛下が息を引き取られたあの時、確かにあの魔法は闇魔法の類いだった。
王妃様は闇魔法が得意だったのか?
それは聞き及んでいないが。

だが、闇の魔力はこの世界では不吉な属性として、頭の古い者からは嫌忌されているはずだ。
もし王妃様のもつ魔力の属性に『闇』が含まれていたら、それを隠してきた可能性が有るのかも知れない。

それはともかく。
もし、王妃様が星岳の魔王ヴィンティアレムと既に関わりを持っているとしたら。

あの強力な魔法弾を撃ち込まれても滅多な事ではダメージを受けないとされているあの塔、以前王妃が幽閉されていた塔が破壊され、そしてそのまま行方をくらませた…あの一連の事件も、不可能ではない事にならないだろうか。

だが、だとしたら、そもそもいつからの関わり合いなのだろうか。

…そして、何より。
一体、何がしたい?王妃様は。
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