王子の宝剣

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第六章

#146 仮説

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「ですが、セタ・ヨーグドホンで用いられる魔法は、あくまでもヨーグの神聖力を取り込み体内で錬成してから放出して具現化する方式で、ヨーグの庇護下に無いナシェガ国で、その術式で召喚術を展開することは無理なのでは」

「さすがはソニス殿。その通りです。基本的にこの大陸で最も信者の規模が大きいのはシンクリレアでも国教である三柱女神信仰を基盤にした女神信仰です。
ナシェガ国もそれの一派に属します。
そういう意味でセタ・ヨーグドホンとは同じ神を祀っては居ません。
召喚術のように“祈り”の力を注ぎ込まねばならない術を使う際には、その土地に加護を与えている神への想いが非常に重要になります。つまりは違う神を信仰している者の祈りではいかに多くの魔力を捧げても大地や大気に満ちる加護の力を纏められないのです」

ポカンとしている俺の表情から意味が分かっていないと悟ったオリヴィエノスさんが説明してくれた。
…ふぅ~ん…という感想しか無い。

「それを踏まえた上での話ですが…」
オリヴィエノスさんが少し緊張した面持ちで続けた。
「当然ナシェガ国内でベガ殿が召喚術を行うことは出来ないという事で、代替案としてナシェガ皇国に対して『召喚者を倒したいならば魔族を抱き込んではどうか』と進言したらしいのです」

えっ?!! ちょっと待って!
正義の人だって言ってなかった?
その人の正義の基準、どうなってんの?
…でも、それを聞いた瞬間ソニスが「え、まさか…」と驚愕したあと、暫し考え込んだ。

ソニスは暫く唇の動きだけで、声にならない呟きを漏らしながら、視線を上に下にと動かして考えを纏めていた様子。
そのうちに何かに思い当たったように、ハッとしてオリヴィエノスさんの顔を見て不安げに何かを確認するような顔をする。

それだけで、ソニスが何に気づいたのか承知したらしきオリヴィエノスさんが強い目線で頷く。
言葉が無くても、何だかすっかり通じ合っている様子だ。

「…あぁ~~~…」
ソニスは頭を抱えて何かを納得していた。
何?何?何でそんな目で俺をチラ見してんの?

「…えーと、私の記憶では、確か…ベガ様はセタ・ヨーグドホンの中のジクーゼン市国民ですよね。…ただ、その出自は、アンツィデラ族の生き残りの魔法使いの孫…だったという情報を見た気がしますが…」
「はい。さすがですね。よくご存じで」
「弱冠17歳の少年が、神聖魔道士試験を首席で合格したというのは、大陸中の新聞で一面に報道された歴史に残る一大事でしたから」

なんかよくわかんないけど、聞けば聞くほど凄い人っぽい。

「そう。ただ、そのアンツィデラ族の生き残りという情報は伏せられていて、胡散臭いと世間で思われているゴシップ誌1紙でのみ、こっそりとその情報が掲載されていた。ナシェガ皇国に忖度してか、あるいは圧力があってか…」

???

俺には何のことかさっぱり分からない。
セタ・ヨーグドホン連合国には大小取り混ぜてもの凄く沢山の国があり、更にもの凄く沢山の種族や部族が居るって言っていたから、その中のひとつの部族出身なんだろう。
けど、その出自がもの凄く小さい扱いでしか報じられていないって事だよな?
それはそもかく、その事がなぜナシェガ皇国への忖度になるのだろうか。

「ダイが置いてけぼりになっているので、かみ砕いて説明しても良いでしょうか」

さすがソニス!さすソニ!!ありがとう!!

…で、色々分からない事は質問しつつパズルを埋めていった。

まず、セタ・ヨーグドホン連合国家と言うだけあって、大小取り混ぜ150超の主権国家がそこに属している。
小さい国は、国と言っても町程度の大きさしかない。そういう国がだいぶ多いとも言える。大抵はそういう国は単一の部族で形成されているらしいが。
そういう小さき国がちまちま集まって、大多数を占める中規模国家に挟まれ、そしてところどころにガツンと若干大きめの国が点在して居る形で、連合国家になっているらしいんだ。

ベガ様というのは、その中では比較的中規模クラスである【ジクーゼン市国】という国の国民らしい。
俺がカムハラヒと出会ったフェタグエド市の市街地と郊外、城壁の周辺を合わせたくらいの大きさの都市国家。俺の感覚としてはだいたい相模原市くらいの大きさかなって感じだ。

ここで大事な事は、セタ・ヨーグドホン連合国は、魔族国とは戦後いち早く国交を回復した国だ。
人族以外の種族も多く抱えているせいもあるかも知れない。
いくつかの小国では、それこそ、おとなしめの魔物やら魔族で構成されている集落もあり、元々から、ケイノスのような魔族とのハーフなどが普通に暮らしている国も多かったという。

人族の国の多くは、我がシンクリレアのように体裁としては和平を結び、良好な関係を模索している訳だけど、実質魔族国との間には目に見えない異分子への偏見と差別という分厚い壁があり、“魔物“魔族”であれ“魔族国”であれ“魔王”などというものの実体を正しくは捉えていないといえる。
そもそも友好を謳うための交流式典が8年に一度って少なくねえ?オリンピック二期分だよ?
せめて一期くらいのペースにすべきじゃない?つか、使節団の交換派遣とかは常時やっても良いくらいだよね。
本気で友好を築く気があるなら、まあ、するよね。

因みに、ナシェガ皇国の方が、我がシンクリレア王国より更に魔族国へのアプローチは消極的らしい。
ナシェガ皇国はシンクリレア王国よりも他種族への差別が根強いせいなのかも知れない。未だに人族以外は普通に奴隷として売買されているし、市民権もない。
それはつまり、我が国よりももっと“魔族”というものに対する理解が無く、ひたすら漠然と“悪しきもの”“恐ろしきもの”という印象で判断しているフシが有る。
無論国家の上層部は、コモアグフィ多族国がどう言う国家であるか、調査は入っていて、知識としては知ってはいるのだろうが。
それでもやはり、なかなか潜在的な意識を変えるのは難しいのだとオリヴィエノスさんは言っていた。
…もう、往来に普通に明らかな獣形よりの獣人や、ツノやら牙やら羽やらがある魔人が跋扈しているだけで、自動的に「蛮族」と身構えてしまう感覚は、なかなか情報だけでは払拭出来ない、とのこと。

「特にウチ(ナシェガ皇国)は、その傾向が強いのですよ」
オリヴィエノスさんが苦々しく言う。

つまりは、“魔族”関連に関しては正しい認識のないナシェガ皇国に対し、逆に既にセタ・ヨーグドホン連合国の人々は、随分早くからそれらに関する比較的正しい認識を持っていたと言う事だ。
ましてや、よもやベガ様がその認識が欠けているなどと言う事はあり得ない、とオリヴィエノスさんもソニスも断言する。
ヨーグを崇める信仰心は当然としても、魔力量や魔法に関する技能が優れているだけではなく、古今東西に関する知識も、優れた見識も持ち合わせていなければ“神聖魔道士団筆頭魔導師”の称号を得られないのだから、と。

それともうひとつ、大事な事。
ベガ様は、【ジクーゼン市国】出身。
だが、その出自は『【アンツィデラ族】の生き残りの魔法使いの孫』だそうな。
このアンツィデラ族というのは、元々はナシェガ皇国の隣接する小国を成していた部族で、特に魔法に長けた人々だったらしい。
もっとも、それは生活する上での魔法であり、攻撃魔法的なものは狩猟の為くらい。
それがまあ、例によって、ナシェガ皇国に侵攻されてその国は滅んでしまったのだと。
その侵略は、あっという間に結果が出ているにもかかわらず、無抵抗の民まで執拗に蹂躙したという。
そんな中、命からがら落ち延びた部族の生き残りが、周辺の国に散らばり息を潜めて命を繋いだ。
他種族・他部族であるセタ・ヨーグドホンは紛れ込みやすかったんだろう。

つまりは、ベガ様はナシェガ皇国に対しての民族的遺恨があると言う事。
そんな彼が、果たして素直にナシェガ皇国が更に強国化するのを手伝うだろうか。
その流れを聞いただけでも少しモヤッとする。

「…これは、現時点ではあくまでも、私の仮説にすぎませんが…」
オリヴィエノスさんが言う。

「ベガ様は、ダイ様や魔族の力を借りてナシェガ皇国を、討とうとして居るのでは…」

…まあ、順当な発想だよね。…でも。
知らない間に、知らないひとの手駒にされちゃっている感じですか?俺。

「あくまで仮説です」
オリヴィエノスさんが念を押す。
「ですが、その可能性もある、と、念頭に置いておいて頂ければと」

確かに、心の準備は必要なのかも知れない。
ただ、無言で利用されるのはイヤだな。
もしそうなら、それ、礼儀知らずだろ、ベガ様。一言あってほしい。

でも仮に、万が一「ナシェガ皇国ツブシたいんだけど手を貸してくんねえ?」と打診された場合、俺はどう答えたら良いんだろう。
俺はあの第二皇子と、まあ、信念も無しに大聖女様やその立場に該当するお方を欲しがって徒に皇子を煽っている皇帝陛下だけ何とか出来れば良いのであって、ナシェガ皇国そのものを滅ぼすとかはちょっと…、なのだが。

「現在アハティア将軍麾下の影が、更にベガ様の事も我が国の陛下や殿下の事、我が国の高官と懇ろなシンクリレアの…まあ、身分の高い方々についても、探り続けております」

最後の件は、おそらくやはりソニスの居る前では言えなかったのだろうと思うけど、多分…王妃様も含むのだろう。
「是非!よろしくお願いします!」
少し前のめり気味にお願いした。
王妃様の動向を探るのに、ナシェガ側の人が居ると心強い。
ナシェガ皇国にとっても、どう考えてもバクダンを抱え込むようなものだ。関わらないのが身の為なのに。

万が一、このことが引き金になって、両国間がきな臭い事になってしまったら、俺とナツコ先輩は敵同士になってしまうのか?
そんな事は絶対にイヤだ。

だからといって、ベガ様に他意が無く、俺達の予想出来ない側面で、ナシェガ皇国と手を組んでおいた方がなにかしらの国益に繋がると判断して、協力体制に入っておこうという流れだったとしても、俺としては全く有りがたくない。

彼らが召喚しようとしている魔族が誰なのかは知らないけど、多分高位の魔族さんって事になるのだろう。
俺の中ではもう、魔族の方々は友達枠だからなぁ。

「貴重な情報、ありがとうございます…」
憂鬱な気持ちで帰路に着くべく腰を上げた。

神殿のエントランスポーチを歩いていると、背後から数名、走りながら俺を呼び止めるものが有った。
年配の婦人が二人ほどひとりの聖騎士に伴われて走り寄る。
ひとりはシスターだが、もう一人の婦人は服装から見て、神殿詰め筆頭聖女様だ。
確か、最初の頃に紹介された。
マルグレテ様というお方だ。

マルグレテ様は、おそらくキャパを超える勢いでいらしたのだろう。悲壮な表情で走ってくるから、思わず掌を差しだして「そんなに走らなくても大丈夫です。私が参ります」とこちらから走っていく。
胸に手を当て呼吸を整えていたものの、もはや言葉も出ないほど息が上がってしまっている様子で、終いには俯いたまま両膝を付いてゼーゼーしていた。

「大丈夫ですか?どうか、ご無理なさらず。ご用事があるのでしたらお呼び下されば私の方から参りましたのに」
マルグレテ様の背中をさすりながら言うと、切れ切れに「す、すみ、ま、せん…」と
やっとで言葉を発し、少しまた呼吸を整えてから、ようやく徐に顔を上げた。

縋るような目だった。

どうしたんだろう?何かあったのか?
瞬時にそんな気持ちもよぎったが、焦って話させるのも気の毒で、少し待った。
「…召喚者様は、殿下に…エレオノール殿下に会われていますか?ご無事でしょうか?」

どういうことだ?皇子に何か異変でもあったというのか?

「…いえ、私は昨日遠出の鍛錬から戻ったばかりで、まだお目通りかなっては居ませんが…。なぜですか?殿下に何か?」

まだ肩で息をしている。
暫くの逡巡のあと、悩ましげに周囲の様子を見やりながら小声で言われた。
「…王都の結界が少し弱まっているのです。…いえ、当然ながら悪しきモノが入る隙などない程度にはしっかり張れています。何しろ我々聖女隊だけでも充分結界張りは出来ますので。…ただ…、通常は、より堅牢に、と、更に殿下に重ね掛けを施されているのですが、…ここ最近は…それが少し…その、不安定になっておりまして」

王子の結界は自動発動のはずだ。
一度術を施せば数年は持続すると聞いた。
何か有ったとしか思えない。

「お知らせ下さってありがとうございます。…急ぎ王城に戻り、殿下のご様子を確認致します」
しんどそうな老聖女様に敬礼をして、大急ぎで王城に向かった。
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