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第六章
#133 敏腕CEO現る
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「ケイノスの旦那。コレってこの国の流儀なの?」
思わず俺はケイノスに訊いた。
話を通すのは拳を交えてからだゴルァ・・・みたいな。
「えっと。・・・確かに俺が冒険者として一番最初にこの国に来た時は、ギルドにたむろっていた一番のコワモテに『おめえ、見掛けねえ顔だなどこのもんだ』って絡まれて『シンクリレアから来たんだヨロシクな』って言ったら『よし、じゃあ先ずは挨拶代わりに一丁揉んでやっか』とか言われて囲まれたな・・・」
・・・あーーー・・・。わっかりやすー・・・。
ん、了解っす。つまりコレは通過儀礼ということで。
「そういう事は先に言ってくれ」
横目で睨んでカーニス様が言うと「さーせん」とケイノスは頭を掻いた。
そういえば元々ケイノスはカーニス様の知り合い枠だったんだよな。
基本、冒険者同士は敬語無しという事だけど、この微妙な半タメ語に力関係を感じる。
闘技場は周りが円形で階段上の段段腰掛けになっているだけのシンプルな造り。
入場口が四方にある。
今まさにその四方から大勢の甲冑の兵士が入場して俺達を取り囲む。
だけどこいつら甲冑で擬態しているけど中身はゴーレムだ。
頭数の多さと一見人型の相手だったことでキディアン様とカーニス様、ケイノスも身構えた。
ケイノスはチッと舌打ちして小さな声で「さすがに殺すのはまじぃよな」と呟く。
俺が「いや、あれら皆中身ゴーレムだからやっちゃって構わないでしょ」と言った途端、ケイノスだけでなくキディアン様とカーニス様も「なんだ。それなら・・・」とホッとしていた。
見回すと客席中央の高台の部分で簡易な日よけの中、レース越しに見ている者が何人か居る。
その中の一人は貴婦人のようだ。
いわゆる貴賓席というヤツかな。
その貴賓席の手前に一段低めの、ステージのようなモノが有り、ファンファーレと共にちょっと道化っぽい進行役が現れた。
「これはこれはシンクリレア王国のご使者の皆様、遠路はるばるようこそこの帝政コモアグフィ多族国においで下さいました!早速ではございますが、両国の親睦を深めるため、ちょっとした歓迎の催しを準備致しました!どうぞ心ゆくまでお楽しみ下さいませ~!」
ワーッと轟音のような歓声が上がった。
周りを取り囲んでいるゴーレム兵団が一斉に武器を構える。
つられるようにケイノスは背中のデカいロンパイアを構え鞘を外す。キディアン様は先端が複雑にねじれて大きな魔石の嵌まった杖を両手で構え、カーニス様の持っていた杖はいつの間にか両刃の戦斧に変容している。俺は背中に背負っているカムハラヒの柄を握った。
後方に並んでいたゴーレム兵達が一斉に矢を放ってきた。当然ながら俺達の周辺で弾き返される。
そう。キディアン様のシールドは『弾き落とす』のではなく『弾き返し』ていた。
射た者に戻るのだ。しかもシールドに当たった際にはかなりハッキリと飛んできた鏃から大きな魔法陣が何重にも炸裂した。つまり向こうとしても防御魔法で弾かれるのは想定内で、そのシールドを貫通する術式を鏃に組み込んでいるわけだ。だが貫通出来なかったあげく射手に戻るという芸当を見せたことで、観客は「おぉっ!」と湧く。
おぉっ、じゃねーよ!
貫通させる術式なんて普通に殺る気満々じゃん。シャレになんねーじゃん。歓迎の催しってアンタらねえ・・・。
次に手前のゴーレム兵団が重装歩兵と呼ぶにはお粗末な緩い感じの密集感で盾を構え、槍で突いてきた。・・・ゴメン。ちょっと笑った。
カーニス様の戦斧は魔力を纏わせて、突き出される槍を次から次へと叩き落とす。ついでに盾も切り裂きゴーレム本体も弾きとばす。
ケイノスのもっているロンパイアはミスリル制だって自慢していたから驚くほどの切れ味で槍も盾も甲冑すらもバッサバッサ斬っていた。
その槍隊の背後から剣士達が飛び出してきて打ち合いが始まる。
勿論俺もその地稽古みたいなバトルに巻き込まれていく。
あまり本気を出すとあっという間に終わってしまうし、一気に一網打尽に出来ないわけじゃないけど、その代わり観客席にも被害出ちゃうかななどと考えカムハラヒにはあまり魔力を通さないようにした。
槍や剣でかかってくるゴーレム兵団を俺達が相手にしていると、頭上から有翼の鉄蜥蜴軍団みたいな一団が襲いかかってきた。
蛇のおもちゃみたいに柔らかいうねりを再現可能な細かいパーツが沢山繋がっている蛇腹状の甲冑で覆われて、全身メカっぽい。
だけどこいつらも遠隔から操られている空虚な自立性のないロボットだ。
「鉄蜥蜴の方は俺が片付けます!」
お三方にそう告げるとケイノスが「一人でッ?30体以上いるぜ」とゴーレムの攻撃を躱しながら言うとカーニス様が「お願いします!」と敵を斬り倒しながら言った。
俺はカムハラヒに魔力を巡らせる。その間に鉄蜥蜴が上空から邪気を槍状に集めたものを一斉に俺に放つ。
当然それらは俺の体には届かない。キディアン様のシールドで弾かれたからだ。
ただ、今度は先ほどの矢のように射手に戻ることはなくシールドに当たった瞬間煙となって消えたのだが。
カムハラヒで闘技場の上空に円を描く。空の青を水に見立てて棹さしかき回すように。
円が閉じた瞬間頭上の空いっぱいに黒い蜘蛛の巣のような網が現れ鉄蜥蜴軍団をすくい取り一括りにまとめ上げズシンと闘技場の開いているスペースに土煙を上げて落下する。
観客席からは悲鳴と怒号が巻き起こる。
その間俺の索敵で、この鉄蜥蜴軍団を操っていた攻撃主体を探す。
今カムハラヒの放った闇の網に繋がれた鉄蜥蜴軍団が纏っている魔術式と同じ色の魔紋をサーチしている。
居た!
俺は一振りその人物の傍らをギリギリ掠める位置に縦一閃弧を描いて突進する風刃を放った。
それは貴婦人がレース越しに観戦している高台貴賓席の向かって右寄り。
モーツァルトの髪型をしてカイゼル髭を蓄えた下まつげの濃いおじ様が、石の建物が綺麗に真っ直ぐな切れ目を入れられ、そこに垂れていたレースのカーテンを裂き日よけのテントが崩れる中で固まって震えていた。
隣の貴婦人は帽子から垂れるネットと口許を覆う扇に隠されて表情は分からない。だが大して驚いても居なそうだ。
鉄蜥蜴軍団は司令者からの魔力伝達が途切れて、ただのガラクタのように分解してバラバラになった。俺はせっかくだしいい機会だと思って、束ねている闇の網から魔力を送り『蝕』を数カ所置いた後すぐに闇の網を解除した。
鉄蜥蜴のパーツに置かれたいくつかの黒い点は次第にじわじわとその黒の範囲を広げて積み重なるパーツをどんどん塗り込んでいく。
最初に闇の点が置かれた部分から黒い僅かな湯気のようなものを生じては物体は姿を消していく。
そうして終いには鉄蜥蜴軍団を形作っていた金属のパーツの山はすっかり消えてしまった。
観客席からざわめきと共に怒りや呪詛のようなものが飛び交い始める。
おや、そんなに大切なものを壊しちゃったのかな?
でも、だったらそんな大事なものけしかけてこなきゃ良かったのにね。
カイゼル髭のモーツァルトおじさまがブルブルと震えながら「き、貴様はッ!」と俺を指さしながら怒りを露わにした。
一歩バルコニーの手摺りに近寄りその指先に魔力を込めて放ってきた。多分雷撃の。
当然のようにキディアン様のシールドに跳ね返される。
そう。跳ね返されて自分に攻撃が戻って・・・。・・・・・・あーーー・・・。
うぎゃあっ!、みたいな叫びと共に己の放った雷撃でバチバチッと黒焦げに。
・・・ちょっ・・・。
近くに侍っていた側近達が「公爵様ッ」と言って駆け寄りすぐに介抱しだしたが、俺達4人は思わず下を見て肩をふるわせてしまった。
ただ、我々は一応どんなに可笑しくても声は出さないように堪えていたんだけど、そんなこちら側の辛抱を台無しにする大爆笑が大空に響いた。
隣の貴婦人が腹を抱えて畳んだ扇で膝をバシバシ叩いて笑いまくっているのだ。
えっと・・・・・・。
俺達が最適なリアクションを探して逡巡していると。
急に世界から音が消えた。
観客は未だにこちらに怒号のようなものを叫んでいる様子だったのが音が消えて狼狽えているし、貴婦人は相変わらず腹を抱えてどうみてもヒーヒー言ってるが声は出ていない。ケイノスは自分の手や体、喉を触りながら狼狽しながら口をパクパクして何かを叫んでいるようだったのに・・・。
一切の音がしなくなっていた。
キディアン様とカーニス様は鋭い視線で辺りをうかがっている。
その中で闘技場の正面入り口の扉がゆっくり開き衛兵が8人くらいバラバラと駆け込んで扉の左右について整列した。
その真ん中から一人の人物が踏み込んでくる。
闘技場の地面を踏みしめる靴音だけがサイレントの空間に響く。
イケメンだった。
完膚なきイケメンだった。
どう見ても30代半ばの若手敏腕CEO。一分の隙も無い。
持って生まれた資質にも恵まれ、更に実績を持って自信を積み上げている超エリート。そんな風格が満ちあふれている。
オールバックで固めた黒髪と少し高めの鼻梁から真っ直ぐ通った鼻筋と酷薄そうな薄い唇。
威圧的な、やや透明感のあるルビーのような瞳。
長身で手足が長く細身なのに肩や胸板の厚みに侮れない筋力が宿っているのが分かる。
要所要所に金モールの縁飾り刺繍が施された黒い団服風詰め襟の衣装。詰め襟と肩章のラインには朱が入っているのが又鮮やかだ。
団服のジャケットはふくらはぎまであり、その長い足が大股で一歩踏み出すことで翻り裏地の朱がチラ見えする。
何よりヤバいのはその綺麗になでつけたオールバックの黒髪から伸びた一対の黒い角。
彼は数歩分闘技場に踏み込んだ後、顎を上げ高台に向かって苦みのある低い、だけどよく通る声で問うた。
「アニスカイルヘルトハイド皇寡妃、これはなんのマネだ」
噛まずに言えて凄いと思うこの長い名前は未だサイレントのまま爆笑を続けている貴婦人に向けて居るのだろう。
オールバックCEOが目線まで挙げた黒手袋の右手で指バチをした瞬間、周囲の音が戻った。
「あら、私がやらせたんじゃないわ。何か面白い見物はないかしらって言ったらそこのベガギノスがこれを催してくれたのよ」
隣で実験が失敗したマッドサイエンティストみたいにあちこち焦げて少し煙を上げている先ほどのカイゼル髭のモーツァルトおじさんを扇で指し示しながら答えた。
「なるほど。そなた自身には一切の責任がないと言うのだな」
そう言い捨てると、もう高台の人物達に興味を失ったようにイケメンCEOはこちらに向かって近づいてきた。
俺はもう分かっていた。
この人物こそが4人の魔王の一人、森玄の魔王イズファーダであり、魔皇陛下であると。俺はその事を小声でキディアン様とカーニス様、ケイノスに知らせた。
何度かこの国に出入りしたことのあるケイノスでも勿論面識はなかったから「・・・ひぃっ」と声を上げて両膝を付いて祈りのポーズを取った。
キディアン様とカーニス様、俺の3人は武器を納め片膝をついての騎士礼の姿勢を取った。
「あなた方がシンクリレア王国からの使者団か」
「左様にございます」
一応一番立ち位置が近く一番年配であるキディアン様が応えた。
「楽にせよ」
渋い声に言われ我々は立ち上がるが、一応頭は垂れて胸に手を当てたままだ。
魔皇イズファーダはキディアン様とカーニス様の間を抜け俺に近づく。
「・・・では、あなたが第4王子妃の召喚者殿か」
王子妃!・・・妃!・・・あ、いや、そうだよな。そうだった。
「魔皇陛下にご挨拶申し上げます。召喚者ダイと申します」
コレ、正式な謁見とかじゃないよね。
正式な手順を踏んでのご挨拶ならもっとそれなりの口上を述べないといけないだろうけどこの場合だとへりくだりすぎるのもアレだよな。今俺達絶賛理不尽な扱い受けてる最中だし。
「森玄王イズファーダと申す。ダイ妃殿下にお目にかかれて恐悦に存ずる。最初の挨拶がこのような場所で申し訳無い。臣下の無礼を心から謝罪する」
えっ、なに?紳士ー!ちょっとうっかりトゥンクってしたよ。
・・・って、えっ、あの、手の甲にキスされたーーーッ???
そ、そっか。王子妃殿下だから?『妃』だからなの?
「いえ、あの、まだ婚約者の立場ですので・・・その尊称はご容赦下さいませ」
「美しいだけでなく慎ましくもあるとは。第四王子殿下のお心を射止めたのも納得だ」
怜悧な美貌をほんの僅かにほころばせて目を細めた。
こ、これって・・・。明らかに貴婦人に対するリップサービスだよね。
う、美しいって・・・。
ごふぅっ・・・!
「後ほど歓迎の席を設けよう。フィンヤンセン、お客人達を元の場所までご案内せよ」
「御意」
魔皇陛下の背後からいかにも執事然とした白髪白髭の姿勢のいい老人が現れた。
角も白い。
「ベガギノス、アニスカイルヘルトハイド皇寡妃、そなたらの処遇は追って沙汰する。自宅に戻り家族に別れを告げておくがよい」
魔皇陛下はそう言い捨てて今入ってきた正面入り口に向かって踵を返した。
俺達の足元に広めの白い魔法陣が光り出して周りの景色が霞み始める。
「えっ、ちょっと待ってよイズファーダ!なんで私までッ!待ちなさいったらッ」
アニスカイルヘルトハイド皇寡妃と呼ばれた貴婦人の声が遠くなっていく。
気がついたら我々は我々にあてがわれているグループ客室用の共同リビングスペースに居た。
思わず俺はケイノスに訊いた。
話を通すのは拳を交えてからだゴルァ・・・みたいな。
「えっと。・・・確かに俺が冒険者として一番最初にこの国に来た時は、ギルドにたむろっていた一番のコワモテに『おめえ、見掛けねえ顔だなどこのもんだ』って絡まれて『シンクリレアから来たんだヨロシクな』って言ったら『よし、じゃあ先ずは挨拶代わりに一丁揉んでやっか』とか言われて囲まれたな・・・」
・・・あーーー・・・。わっかりやすー・・・。
ん、了解っす。つまりコレは通過儀礼ということで。
「そういう事は先に言ってくれ」
横目で睨んでカーニス様が言うと「さーせん」とケイノスは頭を掻いた。
そういえば元々ケイノスはカーニス様の知り合い枠だったんだよな。
基本、冒険者同士は敬語無しという事だけど、この微妙な半タメ語に力関係を感じる。
闘技場は周りが円形で階段上の段段腰掛けになっているだけのシンプルな造り。
入場口が四方にある。
今まさにその四方から大勢の甲冑の兵士が入場して俺達を取り囲む。
だけどこいつら甲冑で擬態しているけど中身はゴーレムだ。
頭数の多さと一見人型の相手だったことでキディアン様とカーニス様、ケイノスも身構えた。
ケイノスはチッと舌打ちして小さな声で「さすがに殺すのはまじぃよな」と呟く。
俺が「いや、あれら皆中身ゴーレムだからやっちゃって構わないでしょ」と言った途端、ケイノスだけでなくキディアン様とカーニス様も「なんだ。それなら・・・」とホッとしていた。
見回すと客席中央の高台の部分で簡易な日よけの中、レース越しに見ている者が何人か居る。
その中の一人は貴婦人のようだ。
いわゆる貴賓席というヤツかな。
その貴賓席の手前に一段低めの、ステージのようなモノが有り、ファンファーレと共にちょっと道化っぽい進行役が現れた。
「これはこれはシンクリレア王国のご使者の皆様、遠路はるばるようこそこの帝政コモアグフィ多族国においで下さいました!早速ではございますが、両国の親睦を深めるため、ちょっとした歓迎の催しを準備致しました!どうぞ心ゆくまでお楽しみ下さいませ~!」
ワーッと轟音のような歓声が上がった。
周りを取り囲んでいるゴーレム兵団が一斉に武器を構える。
つられるようにケイノスは背中のデカいロンパイアを構え鞘を外す。キディアン様は先端が複雑にねじれて大きな魔石の嵌まった杖を両手で構え、カーニス様の持っていた杖はいつの間にか両刃の戦斧に変容している。俺は背中に背負っているカムハラヒの柄を握った。
後方に並んでいたゴーレム兵達が一斉に矢を放ってきた。当然ながら俺達の周辺で弾き返される。
そう。キディアン様のシールドは『弾き落とす』のではなく『弾き返し』ていた。
射た者に戻るのだ。しかもシールドに当たった際にはかなりハッキリと飛んできた鏃から大きな魔法陣が何重にも炸裂した。つまり向こうとしても防御魔法で弾かれるのは想定内で、そのシールドを貫通する術式を鏃に組み込んでいるわけだ。だが貫通出来なかったあげく射手に戻るという芸当を見せたことで、観客は「おぉっ!」と湧く。
おぉっ、じゃねーよ!
貫通させる術式なんて普通に殺る気満々じゃん。シャレになんねーじゃん。歓迎の催しってアンタらねえ・・・。
次に手前のゴーレム兵団が重装歩兵と呼ぶにはお粗末な緩い感じの密集感で盾を構え、槍で突いてきた。・・・ゴメン。ちょっと笑った。
カーニス様の戦斧は魔力を纏わせて、突き出される槍を次から次へと叩き落とす。ついでに盾も切り裂きゴーレム本体も弾きとばす。
ケイノスのもっているロンパイアはミスリル制だって自慢していたから驚くほどの切れ味で槍も盾も甲冑すらもバッサバッサ斬っていた。
その槍隊の背後から剣士達が飛び出してきて打ち合いが始まる。
勿論俺もその地稽古みたいなバトルに巻き込まれていく。
あまり本気を出すとあっという間に終わってしまうし、一気に一網打尽に出来ないわけじゃないけど、その代わり観客席にも被害出ちゃうかななどと考えカムハラヒにはあまり魔力を通さないようにした。
槍や剣でかかってくるゴーレム兵団を俺達が相手にしていると、頭上から有翼の鉄蜥蜴軍団みたいな一団が襲いかかってきた。
蛇のおもちゃみたいに柔らかいうねりを再現可能な細かいパーツが沢山繋がっている蛇腹状の甲冑で覆われて、全身メカっぽい。
だけどこいつらも遠隔から操られている空虚な自立性のないロボットだ。
「鉄蜥蜴の方は俺が片付けます!」
お三方にそう告げるとケイノスが「一人でッ?30体以上いるぜ」とゴーレムの攻撃を躱しながら言うとカーニス様が「お願いします!」と敵を斬り倒しながら言った。
俺はカムハラヒに魔力を巡らせる。その間に鉄蜥蜴が上空から邪気を槍状に集めたものを一斉に俺に放つ。
当然それらは俺の体には届かない。キディアン様のシールドで弾かれたからだ。
ただ、今度は先ほどの矢のように射手に戻ることはなくシールドに当たった瞬間煙となって消えたのだが。
カムハラヒで闘技場の上空に円を描く。空の青を水に見立てて棹さしかき回すように。
円が閉じた瞬間頭上の空いっぱいに黒い蜘蛛の巣のような網が現れ鉄蜥蜴軍団をすくい取り一括りにまとめ上げズシンと闘技場の開いているスペースに土煙を上げて落下する。
観客席からは悲鳴と怒号が巻き起こる。
その間俺の索敵で、この鉄蜥蜴軍団を操っていた攻撃主体を探す。
今カムハラヒの放った闇の網に繋がれた鉄蜥蜴軍団が纏っている魔術式と同じ色の魔紋をサーチしている。
居た!
俺は一振りその人物の傍らをギリギリ掠める位置に縦一閃弧を描いて突進する風刃を放った。
それは貴婦人がレース越しに観戦している高台貴賓席の向かって右寄り。
モーツァルトの髪型をしてカイゼル髭を蓄えた下まつげの濃いおじ様が、石の建物が綺麗に真っ直ぐな切れ目を入れられ、そこに垂れていたレースのカーテンを裂き日よけのテントが崩れる中で固まって震えていた。
隣の貴婦人は帽子から垂れるネットと口許を覆う扇に隠されて表情は分からない。だが大して驚いても居なそうだ。
鉄蜥蜴軍団は司令者からの魔力伝達が途切れて、ただのガラクタのように分解してバラバラになった。俺はせっかくだしいい機会だと思って、束ねている闇の網から魔力を送り『蝕』を数カ所置いた後すぐに闇の網を解除した。
鉄蜥蜴のパーツに置かれたいくつかの黒い点は次第にじわじわとその黒の範囲を広げて積み重なるパーツをどんどん塗り込んでいく。
最初に闇の点が置かれた部分から黒い僅かな湯気のようなものを生じては物体は姿を消していく。
そうして終いには鉄蜥蜴軍団を形作っていた金属のパーツの山はすっかり消えてしまった。
観客席からざわめきと共に怒りや呪詛のようなものが飛び交い始める。
おや、そんなに大切なものを壊しちゃったのかな?
でも、だったらそんな大事なものけしかけてこなきゃ良かったのにね。
カイゼル髭のモーツァルトおじさまがブルブルと震えながら「き、貴様はッ!」と俺を指さしながら怒りを露わにした。
一歩バルコニーの手摺りに近寄りその指先に魔力を込めて放ってきた。多分雷撃の。
当然のようにキディアン様のシールドに跳ね返される。
そう。跳ね返されて自分に攻撃が戻って・・・。・・・・・・あーーー・・・。
うぎゃあっ!、みたいな叫びと共に己の放った雷撃でバチバチッと黒焦げに。
・・・ちょっ・・・。
近くに侍っていた側近達が「公爵様ッ」と言って駆け寄りすぐに介抱しだしたが、俺達4人は思わず下を見て肩をふるわせてしまった。
ただ、我々は一応どんなに可笑しくても声は出さないように堪えていたんだけど、そんなこちら側の辛抱を台無しにする大爆笑が大空に響いた。
隣の貴婦人が腹を抱えて畳んだ扇で膝をバシバシ叩いて笑いまくっているのだ。
えっと・・・・・・。
俺達が最適なリアクションを探して逡巡していると。
急に世界から音が消えた。
観客は未だにこちらに怒号のようなものを叫んでいる様子だったのが音が消えて狼狽えているし、貴婦人は相変わらず腹を抱えてどうみてもヒーヒー言ってるが声は出ていない。ケイノスは自分の手や体、喉を触りながら狼狽しながら口をパクパクして何かを叫んでいるようだったのに・・・。
一切の音がしなくなっていた。
キディアン様とカーニス様は鋭い視線で辺りをうかがっている。
その中で闘技場の正面入り口の扉がゆっくり開き衛兵が8人くらいバラバラと駆け込んで扉の左右について整列した。
その真ん中から一人の人物が踏み込んでくる。
闘技場の地面を踏みしめる靴音だけがサイレントの空間に響く。
イケメンだった。
完膚なきイケメンだった。
どう見ても30代半ばの若手敏腕CEO。一分の隙も無い。
持って生まれた資質にも恵まれ、更に実績を持って自信を積み上げている超エリート。そんな風格が満ちあふれている。
オールバックで固めた黒髪と少し高めの鼻梁から真っ直ぐ通った鼻筋と酷薄そうな薄い唇。
威圧的な、やや透明感のあるルビーのような瞳。
長身で手足が長く細身なのに肩や胸板の厚みに侮れない筋力が宿っているのが分かる。
要所要所に金モールの縁飾り刺繍が施された黒い団服風詰め襟の衣装。詰め襟と肩章のラインには朱が入っているのが又鮮やかだ。
団服のジャケットはふくらはぎまであり、その長い足が大股で一歩踏み出すことで翻り裏地の朱がチラ見えする。
何よりヤバいのはその綺麗になでつけたオールバックの黒髪から伸びた一対の黒い角。
彼は数歩分闘技場に踏み込んだ後、顎を上げ高台に向かって苦みのある低い、だけどよく通る声で問うた。
「アニスカイルヘルトハイド皇寡妃、これはなんのマネだ」
噛まずに言えて凄いと思うこの長い名前は未だサイレントのまま爆笑を続けている貴婦人に向けて居るのだろう。
オールバックCEOが目線まで挙げた黒手袋の右手で指バチをした瞬間、周囲の音が戻った。
「あら、私がやらせたんじゃないわ。何か面白い見物はないかしらって言ったらそこのベガギノスがこれを催してくれたのよ」
隣で実験が失敗したマッドサイエンティストみたいにあちこち焦げて少し煙を上げている先ほどのカイゼル髭のモーツァルトおじさんを扇で指し示しながら答えた。
「なるほど。そなた自身には一切の責任がないと言うのだな」
そう言い捨てると、もう高台の人物達に興味を失ったようにイケメンCEOはこちらに向かって近づいてきた。
俺はもう分かっていた。
この人物こそが4人の魔王の一人、森玄の魔王イズファーダであり、魔皇陛下であると。俺はその事を小声でキディアン様とカーニス様、ケイノスに知らせた。
何度かこの国に出入りしたことのあるケイノスでも勿論面識はなかったから「・・・ひぃっ」と声を上げて両膝を付いて祈りのポーズを取った。
キディアン様とカーニス様、俺の3人は武器を納め片膝をついての騎士礼の姿勢を取った。
「あなた方がシンクリレア王国からの使者団か」
「左様にございます」
一応一番立ち位置が近く一番年配であるキディアン様が応えた。
「楽にせよ」
渋い声に言われ我々は立ち上がるが、一応頭は垂れて胸に手を当てたままだ。
魔皇イズファーダはキディアン様とカーニス様の間を抜け俺に近づく。
「・・・では、あなたが第4王子妃の召喚者殿か」
王子妃!・・・妃!・・・あ、いや、そうだよな。そうだった。
「魔皇陛下にご挨拶申し上げます。召喚者ダイと申します」
コレ、正式な謁見とかじゃないよね。
正式な手順を踏んでのご挨拶ならもっとそれなりの口上を述べないといけないだろうけどこの場合だとへりくだりすぎるのもアレだよな。今俺達絶賛理不尽な扱い受けてる最中だし。
「森玄王イズファーダと申す。ダイ妃殿下にお目にかかれて恐悦に存ずる。最初の挨拶がこのような場所で申し訳無い。臣下の無礼を心から謝罪する」
えっ、なに?紳士ー!ちょっとうっかりトゥンクってしたよ。
・・・って、えっ、あの、手の甲にキスされたーーーッ???
そ、そっか。王子妃殿下だから?『妃』だからなの?
「いえ、あの、まだ婚約者の立場ですので・・・その尊称はご容赦下さいませ」
「美しいだけでなく慎ましくもあるとは。第四王子殿下のお心を射止めたのも納得だ」
怜悧な美貌をほんの僅かにほころばせて目を細めた。
こ、これって・・・。明らかに貴婦人に対するリップサービスだよね。
う、美しいって・・・。
ごふぅっ・・・!
「後ほど歓迎の席を設けよう。フィンヤンセン、お客人達を元の場所までご案内せよ」
「御意」
魔皇陛下の背後からいかにも執事然とした白髪白髭の姿勢のいい老人が現れた。
角も白い。
「ベガギノス、アニスカイルヘルトハイド皇寡妃、そなたらの処遇は追って沙汰する。自宅に戻り家族に別れを告げておくがよい」
魔皇陛下はそう言い捨てて今入ってきた正面入り口に向かって踵を返した。
俺達の足元に広めの白い魔法陣が光り出して周りの景色が霞み始める。
「えっ、ちょっと待ってよイズファーダ!なんで私までッ!待ちなさいったらッ」
アニスカイルヘルトハイド皇寡妃と呼ばれた貴婦人の声が遠くなっていく。
気がついたら我々は我々にあてがわれているグループ客室用の共同リビングスペースに居た。
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