王子の宝剣

円玉

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第五章

#123 少しずつ・・・

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領主館は既にがらんどうだった。

どこのドアも全て開け放ち、要所要所に見回りが立つ。
使用人部屋のベッドや椅子までもが運び出されていた。

領主館の馬車寄せからのポーチにはそれぞれの怪我を押して、最後まで領主館の整理に携わってくれた使用人達が勢揃いで俺達を迎えてくれた。
その殆どはもう既に次の職場が決まっており、出仕している。
あんな事が有った後だからと帰郷するものも何人かは居て、そういう者や次の職場が遠い者はそこには来ていないが、近くの職場に転職した者や、訳有って預かりの身となっている者は新領主となる王子へのご挨拶という事でこの場に並んでいた。

訳有って預かりの身・・・というのは。
つまりは次の領主館で働いてもらう事を検討中の者達だ。
執事。侍女頭。料理長。庭師。厩舎係。護衛騎士。
その中にはクリオン君とその恋人であるあの騎士君も居る。
並んでいる中にはあの時クリオン君を責めた家令も居たが、彼は新領主館での雇用を固辞した。
ゲンデソル伯爵がしていたことも承知しており、それ関係の商人や仲介人が訪れた際には特別なおもてなしもセッティングしていた自分がそのような恩恵にはあずかれないと。
全開の家宅捜索の際に伯爵を匿っていたことも、詰まるところ代々伯爵家に仕えてきた一族の忠誠心から来るもので、酌量の余地有りとしてほんの数日の拘留と捜査への協力、それと僅かな罰金で解放された。
今後は立ち居振る舞いや接客の指導係として隣のマブーフモア市の商業ギルドに努めることが決まっているとのこと。

王子を先頭に緩い列になってポーチにたどり着くなり皆が揃ってにこやかにお辞儀する。
「ようこそおいで下さいました」
未だ松葉杖をついてるものも居るし、治りかけているとは言え痛々しい傷痕が見えているものも居る。
そして彼らの、俺達に対して向けていた笑顔がある瞬間に凍り付く。
「ミリア・・・・・・!」

気まずい沈黙が流れた。
「・・・もう、体は大丈夫なのか?」
思わず駆け寄ってミリアの前にしゃがみ込んだクリオン君が覗き込むように問う。
目をそらし俯いてミリアが黙って頷く。

「俺の事が怖い?」
クリオン君は悲しげな傷ついた表情で呟くように訊ねた。
「無理も無いよな。・・・酷い目に遭わせてしまったね・・・どう償えば良いのか・・・・・・」
跪いて両手を地に着けて土下座のような格好になったクリオン君に慌ててミリアが否定する。
「クリオン様は何も悪くありません!・・・操られていたから!・・・そんな、だって、あたしが・・・、あたしのせいなのに・・・・・・っ」
途中から嗚咽に混じって切れ切れになりながらミリアはクリオンの肩に触れようとしたが、その手を引っ込めて崩れ落ちるようにクリオンよりも更に平たく地面に這いつくばった。

「ごめんなさい!ごめんなさいッ!皆さんを、全てを巻き込んで・・・あたし・・・、あたし・・・ッ」
血が出るほど額を床石に擦り付けてクリオン君と彼越しの使用人達に謝罪する。
「あなたを追い詰めたのは私たちです」
ゆっくりと近づき傍らにひざまずいて侍女頭がミリアの体を起き上がらせた。
「大半の使用人達があなた達姉妹を虐めていたのを知っていて放置していたのは私の責任です。身分の低いメイドは皆そのような扱いを受けるもの・・・と大したこととも思って居なかったわ。」
「知っていたのに、誰も庇わなかった。お前の姉さんの扱いも・・・。非道なことなのは今でこそそう思うけど・・・、当時の俺達は・・・そういう普通の感覚が無かった」
数人の騎士達も苦しげに言う。

みんなの場に並んでいる領主館に務めていた誰もが、どこかしらにミリアに対する罪悪感を抱いている。
手放しに彼女の罪を詰れる者など一人も居なかった。

侍女頭に誘導されてミリアもクリオン君も立ち上がる。
「俺は侍女頭様達と一緒に新領主館に雇ってもらえることになった。・・・暫くは更地の地ならし作業の手伝いだけどな。・・・また、見舞いに行っても良いか?」
ミリアの小さな手を掬い上げてクリオン君が訊ねる。
実は今までも数回ファモンを訪れミリアを見舞っては居る。やはり操られていたとはいえ、ミリアの体をボロボロにしてしまったのは自分だと思っているせいだろう。
ミリアは涙を拳で拭いながら一瞬クリオン君の顔を見たあと目をそらして黙って頷いた。

掬い上げたミリアの手の甲を軽く叩きながら何度か頷き「良かった」とクリオン君が呟く。
「君の私物は一応一通り纏めて東門近くの仮設管理局に預けてあるよ。落ち着いたら取りに行くと良い。私が届けようと思ったのだけど、他人だと引き取らせてもらえないようだから」
そう言うと軽く肩を叩いて後退り、並んで立つ使用人の列に戻った。

家令の先導で俺達は一通り邸宅の中を見て回った。
本当に何も無かった。何も無くなると逆にその広大さが際立つ。
塔で、最初にミリアが魔賊を引き入れるために施した床の魔法陣の痕跡を見て彼女はまたその跡を指でなぞりながらはらはらと涙をこぼす。

こうやって彼女はひとつひとつ自分のしてしまったことと向き合っているのだなと思った。

邸を巡る間、何かしらの思いが伴う場所に行き当たる都度、彼女が立ち止まり、俺達はそれを離れて見守り、待った。
何も無い空間をジッと見つめたり窓枠を撫でたりしゃがんで床に触れたりして、何かをかみ締めていたり。
時に放心状態になり、時にしゃくり上げて泣き、時に青ざめて震えた。

我々が元領主館を後にするとき、再び残った使用人達が玄関前のポーチに勢揃いして挨拶をしてくれた。
新たな領主館で雇用される者達には「これからよろしく」と。次の職場が見つかって人生の再出発を始めている者達にははなむけの言葉を。一人一人に王子は言葉をかけ、彼らはその言葉に感謝の礼を捧げた。

そして。一通りの挨拶の後、彼らは一人一人順繰りにミリアを黙ってハグしてから肩を叩いたり頭を撫でたりして離れた。

ミリアはこの日ホツメル市に居る間にもう体の半分の水分を流したのでは無いかと言うほど行く先々で泣いた。

俺達一行、家令に導かれて途中休憩所で侍女頭の淹れてくれたお茶と菓子で一服した。
休憩所はこの先商談に使われる予定の一角として最低限のもてなしの道具が残されていた場所で、全くがらんどうになってしまっている邸の中で不思議なほど自然に申し分の無いサロンが設えられていた。
家令や執事達、侍女達は「これが私どもがこのお屋敷でご提供出来る最後のご奉仕でございます」と言って少し目を潤ませながら、しかし姿勢も所作も完璧な仕事をして見せてくれた。

そのサロンは皆が囲んでいる丸テーブルの他に、少し大きめの楕円テーブルがあった。
俺と王子はそちらのテーブルに付いて、一応、現場で待機していた元領主館取り壊し&再利用計画の担当管理監と現場監督、測量士、地質学者、商業ギルドの商用土地利用担当者等に大雑把に説明をしながらのお茶だった。
最初、彼らはせっかくのお寛ぎの時間を邪魔しては・・・と遠慮していたのだけど、王子は「お茶や食事をながらの商談など普通のことです。皆も忙しい身だと私も承知していますから極力時間を無駄にすること無く」とその場を使うことになった。
まあ、誰よりも忙しいのは王子自身なのだけど。
そこで俺達は図面や見積もり、時系列での進捗予定表の作成など具体的な計画の意見交換をした。
もっともこの計画は既に王都とホツメル市の執務官との間を往復している文官から伝わっていたから、今回は王子本人からの正式な辞令となる。
予め用意されていた辞令書を彼らは次々に恭しく受け取り、受け取った順に最敬礼をして退出していった。

ああ、本当に王子を新領主と頂いた上で、このホツメルの復興を進め、再びここを領都として機能させるべく動き出すのだな、と実感がふつふつと湧いてきた。

最後に俺達一行が北側門の外周地区に寄ったときにはもう日が傾いてきていた。
俺達が到着するや礼によって「新領主様バンザイ」の声に交じり「王子様ーッ」「召喚者様ーッ」「小さい王子様ーッ」「騎士様ーッ」という黄色い声があちこちから飛び交っていた。
・・・・・・小さい王子様。
思わず全員、口許が緩むのを必死に堪えながらデュシコス様をチラ見すると、珍しく頬を染めて憮然とした表情のデュシコス様が居た。
ちょっと滅多に見ない年相応の反応がお可愛らしい。

大量の負傷者を寝かせて治癒していた場所は今は避難民のテント村になっていた。
共同井戸の近くの炊き出し所は相変わらず常時稼働していた。ただ、風呂のようなドでかい鍋とは言え、元々の数ではこれだけの需要には応じきれなかったらしくおなじ大きさの鍋が幾つも増えていた。
使われていたのは市場で売れ残りの野菜だったが、今はその市場もまだ復活して居らず支援物資や配給頼みにはなっているが何とか回せている様子。
以前と同じく鍋やボウルを持って管理官の指示を受け列に並ぶ人々がいた。

共同浴場も好調に白い湯気を立ち上らせている。

そして。

俺は目を瞠った。
従来の貧民街だった所は内周の城壁寄りに建ち並んでおり、テント村との間には炊き出しなどをすると共に役所の出張所や生活物資配給所、医療所等の仮設小屋が建てられていたのだけど、広大な空き地も有った。
その空き地だったところが畑になっているのだ。

前に見せてくれた焦がし豆茶の元、ダヒマの農園が5倍くらい広がっていた。
それ以外はガニュイモというジャガイモと似た感じだけど黄色くてゴリゴリしているイモ類の畑が半分、それ以外はヨモギによく似た・・・というか見た目も味も効能もヨモギそのもののギーシャという薬草が畑然と植えられていた。
ガニュイモはジャガイモより食感が劣るんだけど、味はうっすらとゴボウのようなよがみも有りつつもむしろちょっと甘く、腹持ちも良く、栄養もあるものらしい。
何よりガニュイモは種付けから収穫までが凄く早いらしい。しかも種付けの季節はあまり問わない。冬の寒さにも夏の暑さにも強い。
何月に種をまいてもきっちり三ヶ月足らずくらいで収穫出来るという素晴らしい作物だ。
そのガニュイモの種が沢山契約農家の倉庫の片隅に眠っていたのだ。

ここホツメルの外周域はどの方角の門の近辺も少し踏み込むと貧民街になっていたが、それとは別に空いている土地を大手の商会が領政機関から借り受け契約農家に農場を運営させていた。
元領主の不正が取り沙汰された直後に情報の早い大手の商会はいち早く引き上げて行った経緯もあり、そこに残された契約農家も困惑していたのだが、外周域にいた事で内周域で起きていた暴動からはある意味護られているような状態だった。
それがあの魔賊襲撃によって多くの避難民が外周域にドッと押し寄せ、農場は荒らされ収穫物もほぼ奪われて失ってしまった。つまりは彼らも被災者となってしまったわけだ。

ただ、収穫物を略奪していった者達もすぐに食える物で無かったせいか、種子類や苗木類には目もくれなかった。
勿論踏みしだかれてダメになった苗木も多かったが残ったものも少なくは無い。

そういったモノを分けて貰って金肥を撒いた畑にものは試しで種付けしてみたらしい。
その結果これだけの規模の畑が出来てきている。

しかも、金肥をまいた畑では殆ど二ヶ月前後で収穫出来るというのだ!
金肥作りを頑張っていたおじさん達はそれはそれは誇らしげに語っていた。

もともとガニュイモは冬場になると供給が激減する家畜の餌の備蓄分としてどこの酪農家にも種が沢山置いてある物なんだとか。
テント村で暮らす避難民達は元々が貧民では無いから「家畜の餌を食わせるつもりか?」と最初は嫌がっていたらしいけど、貧民街の人々にとっては契約農家にちょっと手伝いに行くといくらでも持たせてもらえるうえ、腹持ちも良く、金を出さないと手に入らない小麦を使うパンよりももっと身近な、ほぼ主食だ。
しかも試しに蒸かした物を避難民に食べさせてみたら思いのほか美味しいということで、抵抗を感じるものはだいぶ減った。

これから寒くなってくればおそらくどこからの支援物資も目減りしてくるだろう。
今はまだ多少の備蓄分があるにしても冬を越えるには心許ない。
コレが少しでも皆のお腹を満たしてくれると良いなと思う。

あと、ヨモギは確か傷薬にもなるけど、消化を助けるお腹の薬でもあり風邪の予防とかにもなるよね?血行をよくするんだったか、体を温めるだかの効果も有ったはず。
昔祖母がよもぎ餅を作りながらそんな事を言っていた。万病の薬よ、と。
ギーシャはどう考えてもヨモギと同一の物と思う。
これから寒くなるなら炊き出しのごった煮シチューにふんだんに入れてもらいたい。
これも金肥を少し撒いた土壌に植え替えたらぐんぐんと増えていって、その一画がギーシャ草原と化している。

そして、焦がし豆茶ことダヒマ農園も広がっていた。
思わずコーヒーもどきを呑む自分の至福のひとときを夢想してしまったよ。
コレもスゴく育ちが早くて、しかも非常に強く出来ているとのこと。
普通焦がし豆茶の実は夏に収穫される物らしいんだけどこの季節に作付けしてここまでしっかり育つなんてと驚かれたらしい。

そういった元契約農家の者達には酪農のノウハウを持つ者も多いから、近隣の都市から支援として送られてきた鶏や乳牛、山羊などを飼育し、乳や卵などは少しずつ賄えるようになってきた。
なんかホラ、何でか鶏卵の供給率も、家畜の出生率も劇的に上がっているらしいんで、近隣からの家畜支援は思ったより多かったらしい。
ウン。動物性タンパク質もできるだけ摂ってね。
ごった煮シチューにゆで卵は必須だね。

青色共同井戸地区の皆さんからは色々と声をかけて貰った。
感謝されることが多かったけど、実際には1を伝えると10で返してくれる皆から逆に勇気や元気を貰っているんだよね。

話し始めると切りが無くなって際限なく話し込んでしまいそうだったから、心を鬼にして又来るよ、と伝えてホツメル市を後にした。

ファモンに向かう馬車の中でミリアはすっかり疲れたらしくシスター達に見守られて眠ってしまった。到着しても爆睡していたからホランド様がそっと抱っこして寝床へ運んだ。本当に彼女はよく頑張ったと思う。

ファモンで夕食を摂り終わり、食後のお茶を出されたときに少し神妙な面持ちで年配の役付き神官が駆け込んできて王子と俺の間に跪いた。

「つい今し方、執務塔の通信魔道具にイエイツ辺境伯からの通信がございました。緊急で殿下かもしくは召喚者様のいずれかを呼び出して欲しいとのことでございます。いかが致しましょうか」

マティウス様から?
・・・・・・まさか?

俺と王子は同時に目を合わせ、即座に執務塔に向かった。
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