王子の宝剣

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第五章

#122 領主館解体

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王子がデサンデルム領主になることはもはや決定事項だ。
既に仮統治権を授与されている。

今回ホツメルに訪れた際に、現状仕事が無い市民達に向け、大規模な公共事業を企画している。
それは、一部を残し領主館の取り壊しだ。
王子は小国の王城に匹敵するような威容を誇るあの城館をそのまま自分が領主となった際の館として引き継く事はしないと決められた。

いくつかの理由がある。

まず一つ目。王子のお気持ち的にはコレが一番重要。
ゲンデソル伯爵家は爵位も伯爵家だし、裕福ではあったが名門では無い。だから成り上がりの見栄としてあの“城塞”然とした館を構えても傍目に見てその成金趣味を生暖かく受け止められるだろう。

だが、新領主であるエレオノール殿下は正真正銘の王子だ。
王位継承権を放棄していても王族である事に変わりが無い。しかも三柱女神の加護を持ち民に貢献してきたことを知らないものは居ない。
そしてあの規模の、要塞としても充分な機能を果たしうる古城。
しかも維持するには私兵の規模もそれなりに揃えなければセキュリティが万全にならない。
そこまで条件が揃ってしまうといずれか『謀反』を唆してくる者、あるいは王子が『謀反』を企てているなどという讒言の温床となりそうだ。
ただでさえ臣籍降下の際には大公位を賜ってしまう。
「独立を謀っている」などとさえ言われかねない。
だから敢えてあの、いかにもな城塞風領主館は取り壊し、位階に大きく外れない程度の、適度に優美な、見るからに荒事にはむかないただ綺麗なだけの邸を建て直そう、という話になった。
当然私兵の数も謀反を疑われるほどの頭数は抱え込まない。その分領属騎士に回す。
そもそも王子のお立場上どうしても王都に居ることの方が多くなりそうだし。ほどほどで。

つまり新領主館は、貴族館街エリアの最奥中心に置き、今の見上げるような大仰な場所に再建などはしない。
元の領主館の取り壊しも、新たな領主館の建設も、建物や庭園の構造デザインなども含め広く人出を募る。つまりは公共事業としてそれをやる。
そしてそれを一つお手本として警吏局や領政務局、市役所や管理庁などの公共機関も再建そのものは公共事業となるだろう。かなり大規模な公共事業ラッシュになる見込みだ。

そしてもうひとつ。

ホツメル市の名産は乳製品と岩塩と高級磁器。

実は今まで広大な敷地を有していた領主館が背負っている山・・・ゲンデス山の一部から岩塩が採掘されるのだ。
ゲンデス山自体が領主の私有地だったため、採掘権をゲンデソル伯爵から与えられた僅かな業者のみが独占することが出来ていた。
故に精製など、特段の加工もせず岩塩の塊のまま商品化して居るにも関わらず高価だった。この国は海に面した地域がごく僅かだから結構塩は貴重だ。需要に対する自給率はかなり低い。目下輸入に頼っている。
だから砂糖よりもうんと高い。ビーツの収穫高が良いのと糖ブナのように天然で甘味の採れる植物も多いから砂糖はむしろ安い。勿論ピンキリだが。故に砂糖を輸出して塩を輸入している。

ゲンデス山の岩塩採掘権をもう少し緩和して精製する工場を作り雇用を生み出すのと同時に塩自体の価格を下げ、もっと流通を促す方向に持って行こうという話になっている。
また、岩塩が採掘されるのとは逆側の比較的緩やかな山肌は磁器職人の窯場として解放する予定。

実はホツメル市の名産、高級磁器となっているが、別に高級で無くても良いのだ。事実ヤッカの日用食器はシンプルでお手頃値段だ。だからファモンで愛用されている。
土質は磁器にむいている石系だから土系の陶器よりどこまでもツヤツヤの高級感を追求出来るというところが多分ゲンデソル伯の成金心を刺激したのだろう。
それによってどんどん高級志向になり、大手商会を優遇し、採石場も窯場も良い場所は皆大手に独占させてしまった。
ヤッカ達、個人の職人はどんどん端っこの不便で不利な場所に追いやられてしまったのだ。
だから彼らは皆で一カ所の窯をかなり幾つもの房を持つ連続窯にして共有しながら作っていたのだという。だが、それ故に自分のペースでも出来ないし失敗したときには一斉にダメになってしまう。

王子と俺はゲンデス山の斜面をヤッカ達のような個人の庶民向け磁器職人に開放して窯場にして貰おうと思ったのだ。
この世界にはプラスチックは無いから器と言えば陶磁器・ガラス・木工・金属、あとせいぜい用途は限られるが革・・・というか動物の内臓、となる。その中でも皿、ボウル・カップ等の日用品で最も需要率が高いのはやはり陶磁器だ。食器類は日常的に使えば使うほど破損率も高い。つまりは消耗品だ。需要は途絶えない。高級磁器は今後も技術の継承のために続ける必要はあるだろう。だが、庶民向けのシンプルで使いやすく求めやすい価格の磁器の職人ももっと働きやすくしてあげなければ。
ヤッカ達シンプルな食器を作る職人が仕事が出来なくなってから、ファモンの食器が少しずつ減って孤児院や療養所などは困っているのだと神官の見習達から聞いた。

あと、窯には燃料が必要だ。今も庶民層の個人の職人は自分たちで木炭も作っている。


で。
実は三つ目。
この木炭をもっと大量に作って欲しいんだ。
なんとなれば。
今ホツメル市はどんどん更地化している。この世界の建物の多くはレンガ造りが大半だが、勿論木造もあるし、レンガの家も実際には構造躯体にはかなりの木材が使われている。
つまりはレンガや石の瓦礫と共に廃材も大量に出ている。コレをただ焼却処分するのでは無く木炭として有効利用したい。
それと共に、磁器窯の燃料として以外に排水の浄化にも木炭を利用したい。
最初は共同浴場の排水をそのまま流すのも川を汚すよなあと気になってはいたのだ。そして共同浴場はどんどん増えている。
それと共に更地化した事によって、せっかく一括で都市の地下インフラを再構築する機会を得ているのだから、排水路の要所要所に浄化ポイントを設置して、最終的には川に流すときにはそこそこの綺麗になった水を流したいのだ。

勿論この先どんどん都市が再建されてきたら排水量もガンガン増えるだろう。
そのために予めそれなりの規模の浄水プラントは必要だと思って居る。必要に応じて将来建て増しも視野に入れる必要があるだろう。
だが、先ずは今目の前にある共同浴場では、綺麗な湯が出る上の方から下の蛇口に下るに従って、食器洗いから始まり洗濯も、そして靴、馬具や農具の洗浄も、果ては排泄物を燃料タンクにまで運んできた肥桶的な物も洗っているのだ。さすがにその排水をそのまま捨てるのは日本人の環境意識としては抵抗を禁じ得ない。

もちろん将来的に大規模浄水施設を建造する際にはもっと本格的な浄水設備を練り込まないといけないだろう。
当然ながら都市の経済が追いつけば魔石にも頼る事になるのは想定している。
けど先ずは有る物を利用して出来ることをする。
木の葉や砂利や砂や木炭の層をつくり、川に流す直前には鯉やフナなどの淡水魚やカエルや貝やザリガニなどを放しておく。水生生物が普通に生きていけるのを確認しながら川に放流するのだ。
あ、当面は廃材利用分がかなりストック有るけど将来を見据え植林もする所存だ。

まあつまりはそういう理由で解体することにした。
・・・あと、実はね。
俺もうあの領主館の大広間に足を踏み入れたくなかったのよ。いや、コレはここだけの話ね。

さて、一部を残して解体。残される一部とは。
労働者の詰め所とか、岩塩にしても磁器にしてもそれぞれ道具類もだが、採掘した物、焼き上がった物などを保管する場所も必要だろう。
商会が商談に来ることも有ると想定してその事務所的なスペースも必要だろうし、当然そこで働く人が居る以上は食堂やら休憩所は必要だろう。そのため一部の建物は壊さず残すことにしたい。

王子がデサンデルム領主になることが決まったというのを聞いてから、忙しさに追われてじっくり話せる時間もごくたまにしか無くなっては居たけど、それでもあの時王子が言ってくれた言葉・・・。
『ホツメルであなたがやりたいと思っていたこと、挑戦したいと思っていたこと、元の世界で培われたあなたの知恵を都市復興に生かすこと・・・色々試せるといいですね』
その言葉で、お許しを得て、その時その時に思いついたことを少しずつ話し合ってきた。

まあ、他にも夢は膨らむんだけど・・・都市再建の早期に着手した方が良い事はこれらかなと思って、早めにかかることにした。
今回の訪問ではその件の通達もある。

東門から馬をゆっくり進ませ馬の背という少し目線の高いところから見ると結構地下インフラや公的建物の土台作りなどの進捗がよく分かる。
作業員達は俺達一行が気になるようで暫くこちらを見ているがある程度ジロジロ見たあとは又作業に戻る。
かなりに近づくと監督官が帽子を脱いで我々にお辞儀をし、作業員達にも一旦手を止めることを許可してお辞儀をさせ、又再び仕事に戻す。
王子は馬上から頷き手を振って「ご苦労様。無理をしてはいけませんよ?」と穏やかに声をかける。
感激して膝をつこうとする者達には「その必要はありません。後日改めてご挨拶に来ますからその時にね」と窘めて立ったままの一礼だけに留めるよう促す。

要所要所に役人のテントがあり、現場を仕切っている親方や技師などと相談したり指示を下したり陳情を聞いたりしている。
そのテントの近辺には時間になれば作業員達に供するのであろうパンや干し肉、果物や果実水の樽が用意して有ったり、かなり人が集まるトロッコの停車場などは露店の串焼き肉や腸詰めなどを焼いている出店まであった。店と言っても支払いしている様子は無かったからいわゆる炊き出しの一種だろうけど。

中央広場まで来るとトロッコが交差している場所なだけに、随分整備されつつあった。
トロッコレールのために以前見たホツメルの大通りよりも少し道は広げた様子。
「このトロッコのレールは残して都市が再建されたあとは路面電車にしましょう」
俺が王子に話しかけると「おわっ、路面電車っすか?いいっすねー!乗りてぇ!!」とコタロウ君がノリノリで食いついてきた。
当然なんだけどコタロウ君以外の人達はポカンとしている。
トロッコの荷車の代わりに乗合馬車の箱部分だけをレール上で移動させるのだと説明した。ホツメル市の市街地自体が広大だから、今までは街外れの人が中心部に出かけるのが大変だった、それが楽になるのだと、そうするとマルクト広場に出てくるのも、中心部にある役所に出てくるのも気楽に出来るという話もした。

そんな話をしながら進んでいくと次第に緩やかではあるがいかにも上り坂という体感になって来た。
立ち止まって振り返ると通り過ぎてきた道がやや俯瞰で見える。
そして領主館の城壁がのしかかるように近づいてきた。

通用門を潜る際には全員下馬した。
正門はあの魔法陣が設置されていた場所として封鎖されている。
現場維持のために何人もの騎士が門の付近に貼り込んでいた。俺達一行に胸に手を当て立礼をする。
荷馬車に乗っていたミリアもシスター達も降りたって、門の脇の預かり所に荷馬車を預けた。

門から邸へと続く坂道を見上げて、ミリアが厳しい表情で一旦立ち止まって数回深呼吸した。

心配そうなシスターに目線を送って一歩踏み出す。
それを確認して俺達も城塞の塀から街を見下ろすように回り込み蛇行する石畳の坂を上り始めた。
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