王子の宝剣

円玉

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第五章

#121 久々のホツメル市

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少しだけ気が昂ぶっていたミリアを二人のシスターに託して軽く眠くなる治癒を施し病室に戻させたあと、俺達は拝殿で祈りを捧げた。

先ほどの興奮が残っているのかまだ王子は時折ハンカチで涙を拭っていた。
祈りが終わって身廊を戻る際に肩を抱き寄せた。王子が俺を見上げる気配がしてお顔を覗き込む。
少し恥ずかしそうに「ごめんなさい」と小声で言って照れ笑いをしながら俯き目元を隠す。
俺は側に居た司祭にどこかで休憩させてくれるように頼んだ。
因みに祈りを捧げている間例によって神像付近を中心に無数の精霊が飛び交い、特にこの時は王子が泣いていたせいか王子の周りに沢山集まってきた。

休憩室で暫しお茶を出され寛ぐ。

デュシコス様とコタロウ君、ナーノ様は黙り込んで難しい顔をしていた。
おそらくナーノ様だけその難しい表情の理由が違うのだろうとは思うが。
デュシコス様とコタロウ君はあの夜のホツメル市の地獄を現場で見て知っているから、やはり俺と同じでミリアの処遇がどうなるのかをずっと懸念していたのだと思う。
王子と群衆のもたらしたあの結論が正しかったのかどうかも一概には判断出来ない部分が有る。
何よりミリアを裁くには現時点で提示すべき要因に欠けがある。

だが、今回のあの民衆の反応を引き出してしまったことで、審問会議はこの結論に従うしかないだろう。
もとよりこの結論は神殿の希望に叶う。
俺達だって実のところ、そこを落とし所にしたい気持ちは強い。
人が人を裁くのは本当に難しいことなのだと感じる。

ナーノ様の懸念は、最終審判を下せるのは国王名代の王太子のみに与えられた権限であるにもかかわらず、この時点でほぼ王子が結審させたに等しくなってしまった事を中央がどう捉えるか・・・だろう。

無論、あの場でミリアの希望通りに処刑するなんて事は出来ないわけだからあれ以外の対応が有るとしたら教えてくれって感じなのだけど。

「ホツメルに向かうのは明日にしますか?」
俺は王子に訊ねた。元々の予定では祈りを捧げたらすぐにホツメルに行き、日帰りでファモンに戻る予定だった。
ただ、内示だったはずの時期領主の件はもう公然のこととなってしまっていて、領内の主要都市からの市長や寄子の貴族政務官だのギルド長だのがご挨拶に訪れているのだという。
慌ただしくバタバタとそれらを捌いていくのも失礼だし。
何より今は王子は先ほどの騒ぎでミリアを酷く気にしている。ちょっと気持ちも昂ぶって不安定だ。
いっそ今日は何度かミリアの様子を見に行かせた方が良いのではと思った。

そんな事も考えて同行の皆さんと話し合い、俺が司祭達の集まっている広間を覗くとダンテティノス司教猊下が俺の視線に気づいて心得たとばかりに微笑んだ。
このおっさん。
絶対そのつもりだったんだとその時思った。ご挨拶の市長さん、政務官達、来ちゃったと言うよりアンタが呼んだんだろ。
外堀を埋めてんだ。エレオノール殿下はウチの、と全方位に知らしめるために。
王太子に任命されたのでは無く我々が望んだからこそ叶ったのだと。先に言ったのは俺だからねと。
なにそのマウンティング。

結局、その日の晩餐は挨拶に駆けつけた皆さんが一堂に会しての、清貧都市ファモンとは思えないご馳走が並んだ。それらは皆各都市やギルドからの貢ぎ物だ。
貢ぎ物は全て一定時間神殿の供物台に並べられた後一旦感謝の祈りを捧げてから有効利用する。
それは神からの下賜となる。

その日のそれらは到底供物台に乗り切らない程だったから神官舎だけで無く、修道院、施療院、孤児院でもいつもより品数多くなるねと嬉しげなシスター達の言葉を聞いた。
それなら、と、ダンジョンで仕留めたレッドヤクー2頭分を王子がインベントリから出して「ではコレは私から皆さんへの返礼として。皆さんでどうぞ」と渡したらビックリされた。
実はレッドヤクーに関しては仕留めた全頭持ち帰りた~い!でもさすがに俺の魔法袋ではその容積は無理~などと言ってウダウダめそめそ諦めの悪い態度で居たら、王子がインベントリに収納して俺の我が儘を聞いてくれたという経緯がある。
そのうちの一頭だけは解体していざというときすぐに食えるようにして俺の魔法袋に持たせてくれたんだけどね。
・・・と言うわけで、お祭りでも無いけどお祭りみたいなご馳走。

何なら広場で振る舞い屋台も出たとか。
そのせいかファモンにあるまじき賑やかな喧噪がずっと広場から聞こえてた。

何度か王子と一緒にミリアの様子を見に行くと最初の数回はただ眠っており、夕方過ぎくらいに目覚めたときにはまた泣きはらした。
そのうちシスターに導かれて神殿に祈りを捧げに行き、長い告解もしたらしい。俺達は神殿の陰から彼女が祈りを捧げている姿を見てそのまま引き返した。
その告解も又途中からは気持ちが昂ぶりすぎて過呼吸になりそうだったから眠りの治癒をかけて連れ戻したらしかった。
これから彼女は何度もそういう自分との戦いを続けなければならないのだろう。

最後に再び眠ったミリアの寝顔を確認してから俺達は前回同様特別仕様の寝室に案内された。
その夜は王子の気持ちもだいぶ不安定だったらしくいつになく大胆に甘えられた。多分ご自分でもあの時の結論が正しかったのかどうか不安だったんだと思う。
「殿下は間違っていません。アレで良かったのです」
「本当にそう思う?」
「勿論です。あの後神殿で祈りを捧げたときに精霊達も殿下の元に集まっていましたからきっと殿下を労ってくれていたのだと思います」
何故か俺の膝に横座りされ擦り寄られながらそんな会話を何度もした。
不安で不安で、誰かに自分の判断を肯定して欲しい。そんなお気持ちなのが痛いほど伝わってくる。

・・・しかし、・・・良い匂いだ。

見上げる視線と眼が合う。
菫色の瞳は濡れて揺らめき・・・目が離せなくなる。
細い指先が髪に梳き入り後頭部に回されたと思ったら引き寄せられ唇が重なる。
当然のように甘い流れになだれ込み・・・。
きっと翌朝はその晩ファモンに泊まった何人かの市長達にも言われちゃうんだろうなと思いながら神殿を光らせたのだった。

案の定朝食前の朝のご挨拶で跪かれたり祝福や感動を述べられたりと・・・まあ、小っ恥ずかしかったんだけど。

朝食後早めにホツメル市に行く身支度をしていると二人のシスターの若い方が慌ただしく駆け寄ってきて困ったように相談された。
「・・・実は・・・ミリアが、ホツメルに・・・同行したいと申しておりまして・・・」
その言葉を聞いた瞬間王子の指が俺の手を握った。表情は強ばっている。
ナーノ様とホランド様は俺達三人・・・デュシコス様・コタロウ君・俺、の三人に回答を委ねている。

「良いんじゃないすか?ミリアが大丈夫なら」
コタロウ君がヘラッと言った。
「うむ。いずれは必要なことだからな・・・本人がそうしたいならば」
デュシコス様も思案気ではあるものの同意した。俺とて否やは無い。

ファモンからホツメル市に運ぶ支援物資の薬や薬草を積み込んだ荷馬車にミリアとシスターも乗り込み、その荷馬車の周りを俺達6人が護衛のように騎馬で囲んで移動した。
因みに荷馬車はシスターが交代で御している。

ホツメルに着く。ファモンからのアクセスだと先ずは東門に入る。
が。
もうね。遠く城壁しか見えない段階から数カ所から白い蒸気が上がっているのが見えた。
わくわくが止まらない。
果たして、門を通過して外周域に踏み込むと。

外周門から内周門までの真っ直ぐな道の両脇には広大なテント村が広がっており、大量の避難民を受け入れていた。その内周壁沿いには元々の貧民街の粗末な建物が点在し、その貧民街とテント村の間に横長に炊き出し所、生活物資配給所、そして医療所や役所の出張所などが並んでいる。
更に奥の方には湯気の立ち上っている建物が一定間隔で建てられていた。

それらは以前ホツメルに来た時も見た汚物燃料から湯を出すボイラーを利用した共同浴場だ。
その浴場の側にはそれなりに個室数の多い公衆トイレも作られている。
井戸から少し距離を取ったところに浴場があり、更に少し離れたところに公衆トイレが並ぶ。トイレと風呂場の途中にはレンガで囲われたかなり高い煙突の着いたプラントが幾つかあり、おそらく此処がトイレから送り込まれている汚物を燃料ガスに変え、利用するために送り出されるシステムが設置されているのだろう。
無論それぞれに安全装置は幾重にも施されている。

俺達の到着を見て、東門付近で活動していた警吏がバラバラと駆け寄って周りを固めた。
沿道に人垣が出来ている。
王子様ご一行として皆が手を振り声をかけてくれている。
我々は馬上から手を振りながら内周門までの道を少しゆっくりめに進んだ。
「新領主様バンザーイ」の声があちこちから飛び交う。
もう完全に知れ渡っちゃってんじゃん。

コタロウ君が傍らに着いていた警吏の若者に湯気の出ている建物を指さし「あれって共同浴場ですか?」と興味津々に訊ねていた。
若者がそうですと応えると額に手をかざして遠くの方にもあるのを確認して、幾つもあるんですねなどと言っていた。
「あれは召喚者様が最初に北側門の貧民街で始めたものですよね?普通これだけ都市が壊滅状態になってこれほどの避難民が出ると、汚物の処理も追いつかないし、衛生環境も悪くなるから感染症が出たりなどしてせっかく助かった命を落とす者も現れるのが普通ですが、あの給湯システムのおかげでそれ系の被害は今のところ出ていないのです」
嬉しそうに、誇らしげに応えられて「良かった」と思った。
同時にコタロウ君の「さすがは大輔さん!スゴいですー!なんかもーホント、尊敬します!どこまでもついて行きますよー!」と褒めちぎられてだいぶ照れくさかったが、心の奥ではちょっと得意な気持ちでもあり・・・。
まあ、俺なんかよりはこの世界では全く馴染みが無かったものにもかかわらず、俺のわかりにくい説明からあそこまでのシステムを作り上げてくれたボルゴさんのおかげなんだけどな。

普通銭湯は入り口でお金を払うけど、彼らは自分たちが出したものを持ち寄って来ることで支払いに代えている。あとは順繰りにトイレ、風呂場、ボイラー室、給水排水各施設の掃除当番を回していることが利用の対価とのこと。

内周門に入ると更に遙か遠くまで白い湯気を上げている建物が広大な更地に点在している。
以前見たときよりも増えている。
そして、中央広場の正面の神殿付近から少しずつ建物の土台ができはじめていた。

そして!何と!その中央広場を中心とした外郭円を描いた中に十の字を描いた形でレールが敷かれ、以前コタロウ君が説明したトロッコが資材を運搬し大活躍だった!

思わず俺とコタロウ君は「おぉーーーっ!!」と声を上げてハイタッチをした。

それはそうと、内周門を通過した地点で一旦我々は止められた。
馬車に積み込んだ薬や薬草などの、ファモンからの支援物資を下ろすためだ。
管理官達が集まり目録と照らし合わせながら荷物を運び出しているとミリアも邪魔にならないように荷車から降りた。
それに併せて一旦俺達も下馬する。

降り立った瞬間ミリアの表情は愕然とする。
「・・・え・・・・・・、これ・・・、ホ、・・・ホツ・・・・・・メル・・・?」
呻くように漏らした。

ああ、そうか。ミリアはホツメル市街地がこんなにまで更地になってしまっているのを初めて見たんだよなと思った。
「・・・・・・・・・う、・・・・・・あ・・・」
東門から入った我々から見ると左側の遙かに緩やかに小高い山があり、その中腹に領主館が見える。僅かに小さく見える邸を取り巻く城壁と、その奥に相当視力の良い人間でも無ければ見えないであろう程の遙か遠くに塔の微かなシルエット。
ただ、門から正面の大通りが向かう先にある、あの悲劇の中でも残った神殿の正殿と左側の山間中腹に見える領主館の城壁に、そこが確かに元はあのホツメル市であった名残を見てミリアの顔に絶望の影が落ちた。

全身が強ばり、口許を両手で押さえてガタガタと震えていた。眼は乾いて張り付いてしまったのかと思うほど瞬きもせず見開いたままで。
体の震えが壊れたロボットのように不自然にガクガクしたと思ったら急にガクリと膝をついて地面に頽れた。

「?!」

我々の目線がミリアにむいたとき、シスターが「ミリアッ?」と彼女の体を支えた。

ミリアは土下座のように蹲り、両手で顔を覆い背中は激しい呼吸で上下しながら嗚咽を挙げた。
「ホツメルが・・・。あのホツメル市が・・・。・・・あたしが・・・・・・。あたしのせいで・・・」

蹲るミリアの背中をさするシスター。荷下ろし作業の進捗を気にしている。
全部の荷を下ろしてしまったら暫く荷台の中で落ち着かせようと思っているのだろう。
この近辺には労働者の手配をする役人のテントか焼け残った小さな礼拝堂、あとは農家のサイロの崩れかけたのくらいしか無い。その礼拝堂も内部はまだ混乱の中で人々が押し寄せてきた傷や血の汚れなどが残っている。それを見たら逆に刺激を受けてしまうだろう。身を寄せるような建物は無いという事だ。だから荷車の空きを待っている。

荷下ろしの男達が作業をしながら、ミリアの姿を見て「・・・あの子、ひょっとして・・・」
「ああ、王子様ご一行と一緒という事はそうなんだろう」「可哀想に・・・魔賊に操られ片棒担がされて・・・」「あんな小さい子に酷いことするよ。魔族だからとはいえ・・・」と憐憫の眼差しを向けている。

「おめえ、ミリアか?」
年の頃20前後くらいの男がミリアに話しかけてきた。頭に片眼ごと包帯代わりの麻布を巻き付けている。左手にも広範囲の麻布が巻かれている。巻ききれない部分も火傷あとが少しはみ出ている。
「俺、フィンド。覚えてねえか?同じ孤児院にほんの少しの間居ただろう?」
手押し車を一旦止めて近づく。
ミリアには覚えが無いみたいだった。俺達は緊張しつつ見守る。
「覚えてねえか。無理もねえな。おめえ達が入ってきてすぐに俺は売られちまったからな」しょーがねえなと土埃に汚れた褐色の顔を崩して笑った。

未だ涙で濡れている顔のままポカンと見上げていると、フィンドと名乗った男がミリアの傍らに跪き少し悲しげな笑顔を見せて彼女の頭に手を置いた。
「・・・聞いたよ。色々なところで話題にはなっているからな。・・・辛かったな」
ミリアの頭の上で軽くポンポンと手を動かす。
「・・・・・・頑張れ。・・・な?」
暫くミリアの顔を覗き込む。黙って見つめ合う時間が流れた。
「うん・・・」
押し出すようなくぐもった返事がして、ミリアの頭が少し揺れ、拳で涙を拭った。

ゆらりと立ち上がるとそれに呼応するように男も立ち上がった。
もっと色々と話すのかと思いきや。男は普通に「じゃな」と言ってまた手押し車を押して作業現場に戻っていった。
その後ろ姿を見送ったあと振り返ったミリアは唇を引き結び、遠い山腹の城壁を見やったあと俺達に眼を向け「スミマセンでした」と頭を下げ、近づいてきた。

「俺達、領主館に行くけど、君はどうする?」
コタロウ君が訊ねた。
「行きます」
ミリアは即答した。

――――――――――――――――――――――――――――

また本業の繁忙期が近づいてきたので結構間空いちゃうかもです。
通常業務の他に複数のイレギュラーが・・・!くっ・・・。
一年以内には完結するつもりだったのに、まだ当分続きそうです。
こんな感じですがまだ暫くお付き合いくださいませ~。

もう1.5話分くらいのストックがあるのでもしかすると間にあげるかも知れません。
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