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第五章
#115 世界樹連合国 (Side ナツコⅠ)
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我が国ナシェガ皇国には騎士団と軍部が存在する。
騎士団は主に魔獣討伐、そして自然災害が比較的多いこの国での救助活動や支援、復興のケアなどが主な使命だ。
対する軍部は国内外で発生する紛争に対応することが任務である。
魔獣の発生もひとつの自然現象であり、そういう意味でかなり雑に括ってしまえば騎士団は対自然、軍部は対人間(亜人も含む)と言える。
私、ネフィタシオーネ・アハティア。
国内に有る全ての騎士団を統べる将軍である。そう呼ばれている。
各騎士団にそれぞれ騎士団長が居り、それを統括する立場にいる。
女だてらに、しかも片田舎の平民出身である私がこの地位に就けたのは、地元の魔獣の出没率が高く様々な局面での対応に慣れていたのもあるが、私が希少な転生者であり、大抵の転生者が持って生まれる事の多いある種のチート能力を有していたからに他ならない。
何より前皇后陛下のご配慮でアハティア辺境伯家の養女としてくださったおかげもある。
先代の皇帝は現皇帝陛下の兄であり、御子を為さぬうちに無くなった故に弟に帝位を譲ることになった。その事から先代の皇后陛下は皇太后ではなくユミエラ前皇后陛下と呼ばれている。現皇帝よりも二つほどお若い。
そして、現皇帝よりも賢くておいでだ。
というより現皇帝が愚昧なのだが。強いて言うなら前皇帝も決して政治家としては賢くは無かった。クーデターを率いるカリスマ性はあったようだが。
この軍事大国のナシェガ皇国で国政を担う男達はほぼ9割方は脳筋で膨張志向、上昇志向が強く権威権力を拡大することに脳ミソの殆どを使っており、治めるとか調えるとかいうことに一切意識がむかない。
そこを何とか回していたのがユミエラ前皇后陛下だったのだ。
それはともかく、私は転生者である。
前世の名前は南原夏子。子供の頃からの夢だった刑事になり、殉職した。享年27歳。
そして、その前世の寿命を超えた28歳の今年、私は前世でよく知ったお気に入りの後輩、本庄大輔と再会した。
本庄大輔は多くの門弟を抱える古流の道場主の孫で素晴らしいイケメンだ。
面立ちは一見いかにも日本人らしい、端正だが凹凸薄めで地味系。だからか無表情の時には冷たく見える。
だが、性格的にはむしろお茶目だし分け隔て無く優しい好青年だから、少しの会話でも表情を引き出せればその人懐こく爽やかな表情と真面目で紳士的な立ち居振る舞い、加えて何とも説明しがたい妙な色気で前世でもそうだったがこちらの世界でも多くの人々を魅了するだろう。
現にその様子だ。
あのシンクリレア王国の奇跡と呼ばれ、幼少期から多くの男女を恋の病に堕とし苦しめたエレオノール王子殿下をも虜にしたのだからそれもある意味でチートなのかも知れない。
別に魅了の魔力などを持っているわけでは無いのだが。
まあ、魔法だの魔力だのと言うものが一切無かった前世でも彼は常にモテモテだったのだからスキル的な“魅了”など関係ないのだが。
そう、そのシンクリレア王国の奇跡、妖精、女神の化身と謳われるエレオノール殿下が本庄大輔と恋仲になり、そして婚約し、事実上結ばれた。
きっと本庄は以前の世界では手に入らなかったであろう幸福を手にしているはずだ。
私は前世に居たときから、彼がひょっとすると恋愛対象が女性ではないのではないかと薄々感じていた。
いつもしつこく女性達に迫り倒されたり罠にはめられたり散々だったが、そういう意味でも同性愛が極めて普通なこの世界に来てやっと彼の求める相手に巡り会えて本当に良かったと思う。
どことなく彼は女性が苦手な自分を、親の因果と思って戸惑い憎み、どこかで煩わしく思って居たフシがあった。
彼は幼少期の辛い生い立ちを持っている。
厳格な道場主と旧家のお嬢様との間に出来た一人娘である本庄の母は、道場を引き継がせるに足る高弟に娶せようとしていた父親の意に反し、武道とは全く無関係な平凡なサラリーマンと駆け落ちのようにして結婚した。だが、抑圧された生活の中できっと彼女はどこか歪んでしまったのだろう。
酷く多情な女だったのだ。尻軽とかいうレベルで無く、病的だった。
彼女は常に複数の男性と遊び続け離婚。戸籍上二人の間の子とされる本庄大輔は実際には誰の子供なのかは分からない。
ただ、出来た孫が男児だったという事で、母親の両親が面倒を見ると一時引き取ったが、実際には祖父からの虐待と言って良いレベルのしごきを受けていた。
母親と祖父との関係性は険悪だったから母親は息子を奪われたことに怒り奪い返しに行く。が、そのくせ男に溺れてネグレクト状態。
幾度かの攻防はあったものの、結局母子家庭と言う形で決められた曜日には道場に通うという形になる。
母親も祖父も罵り合いながら本庄大輔を取り合うくせに、どちらに行っても彼は方向性の違う虐待を受けた。
祖父にとって娘は自分を裏切って出て行った親不孝者で恥知らず。その娘と、娘をそそのかした男の血を引いている孫は憎悪のはけ口である側面もあったのだろう。
本庄がちびっ子剣士として筋が悪ければ虐待もそこまでは激化しなかったのかも知れない。
だが本庄は非常に筋が良かった。
娘をおかしくしたどこぞの馬の骨の血を引くことは憎悪の対象だったが、その筋の良さに己の血を感じてどこまでも武を極めさせたい欲望が湧き上がったのだろう。
もっともっとと理想を押しつけた。自分自身でも為し得なかった武芸を会得させようと躍起になった。
少しでもへたれれば折檻した。そして孫に少しずつ自我が芽生え理不尽に対する疑念が生じて来ているのを感じとると更に激しく折檻する。
救急車が呼ばれるほどの虐待を受けたことも何度か有ったらしい。
呼んだのは道場の隣家だった彼の親友、御園祐一の家族だったようだが。
私と出会う前の本庄に関する知識は幼少期からの親友だった御園祐一から聞いた話が殆どだ。
御園の両親が児童相談所や学校、本庄の家のご近所に相談を持ちかけて皆で見守ることになって少しはましになったが、本気で御園家で引き取ろうかと言う話まで出たほど酷かったようだ。
かたや折檻、かたやネグレクトというDVを繰り返していたくせに、彼らは何故か他人が本庄を引き取ろうとすると半狂乱で猛反発したらしい。
そのような環境で育ったにも関わらず、彼は本当に好い男なのだ。
まあ、祖父の影響で妙に古くさい変なところや、母の影響で性的なことに対する異常なまでの頑なさや、時折自分を追い込むときの狂気じみた部分など、歪みというか、時折闇を感じるところは有ったが。
だがその生まれ育った環境を考えると、その中でよくぞこんなに均整の取れた紳士になってくれたものだと奇跡とすら感じる。
エレオノール殿下も本当に素晴らしいお方だから二人には絶対に幸せになって欲しい。
私は姉上の大聖女ラーラ王女殿下とも一時交流があったが、あの二人の幸せはきっとラーラ殿下も喜ばれることだろう。
それなのに。
何としてもあの二人の中を引き裂きたいヤツが我が国に居る。
ナシェガ皇国第二皇子マキスレイヤン皇子殿下だ。
考えようによっては最も多感な年頃の時に他国から突如神々しい聖魔法を操る妖精のような美少年が現れて優雅に礼儀正しく、しかも僅かにはにかみを含む笑顔を向けられたのだから心を奪われても致し方なかったのかも知れない。
その初恋が鮮烈で、なおかつ大国の皇子という立場から大抵の望むものは手に入ってきた皇子にとって、初めて拒まれ手に入れられなかったものだ。だからこそどうしても諦めきれなかったという側面もあるのだろう。
そして、よりダメなのは皇帝陛下だ。
陛下は皇弟だった頃から何故我が国には神の依り代がいないのか、そういう存在を立てなければならないとずっと主張してきた。
何故いないのかも何も。
膨張主義の我が国は近隣国との領土を侵略、征服、併呑しながら大国にのし上がったことにより文化も宗教も多様な多民族国家だ。
何度か国教を定めようとしたが纏まりが付かなかった経緯がある。
国民の大多数が同じ神を崇めている近隣国とは違って、信仰の対象が分散しているのだ。だが、自然災害の多い我が国にも、聖女もしくは神子と言った神の依り代的な存在を是非とも・・・というのは皇帝の悲願なのだ。喉から手が出るほどそういった存在を求めてやまない。
自然災害が多いうえ魔獣が定期的にスタンピードを起こす。規模が大きくその度にかなりの犠牲が出てしまう。
騎士団は統率も取れており可能な限り最小限に抑えるべく対応しているが・・・。
毎回通り過ぎる度に残された惨状を見ては「我が国にも堅固にして大規模な結界を張れる神の依り代がいれば」と零すのだ。
そんな事よりも大量発生、そして暴走が頻発する地域に魔獣をせき止める大規模な砦を増設すべきだと上申する度に、かかる予算案が煮詰まらないままいつの間にか議論がフェードアウトしてしまうのを何とかしろ。
そして、隣接国との紛争に向け新たな魔道武器を開発するのには多額の国費を投じるくせに、気がつくと復興費が止まっている現状をどうにかしろ。
私が議会でそのような意見を言っても老害どもは「女のくせに」と軽んじる。
女に国政のことは分かるまい、と。
いや、お前らの中で政治が分かってるとか出来ているっていう人材がどれだけいるんだよ。
ちゃんと出来てるなら国境線では無く国内のあちらこちらで散発している暴動の説明がつかんだろう。
「もうダメだわ」
ユミエラ前皇后陛下が頭を抱えて仰った。
あのバカど・・・いや、困った方々が又何かやらかしたのだろうかと消音魔法をかけて前皇后陛下のお嘆きを聞くことにした。
「セタ・ヨーグドホン連合国家の神聖魔道士、お若い方のベガ殿が交渉に応じている様子よ」
私は息を呑んだ。
ここのところ皇帝陛下とマキスレイヤン第二皇子殿下は他国から召喚魔法を展開出来る魔道士を招こうと必死だった。
“招く”というとまともに聞こえるが、よく言えば“人材確保”、悪く言えば“拉致”だ。
殿下はどうしても本庄を消したい。エレオノール殿下を手に入れる為に。
ある意味目的はそれ一本だからブレが無い。
たちが悪いのはむしろ陛下の方だろう。
陛下は当初、エレオノール殿下であれラーラ王女殿下であれ、とにかくそういう女神の加護を得ている、あるいは女神の依り代となっているような存在を手に入れたいと言う名目だった。
それが、結局どんどん欲が膨らみエレオノール殿下を手に入れる為にはウチの国でも異世界からの召喚者で対抗しないと邪魔者である本庄を倒せないと言われ、じゃあそのために召喚魔法を使える者を他国から拉致れとなり、あちこちの魔道士に猛攻をかけるも、それほどの希少な魔法を施せる魔道士と言えば国家のトップであるだけで無く大陸の中でも5指に入る天才達だ。
そうそう簡単に掴まるはずもない。
どころか、所在を特定することすら出来ない有様だった。
当然、大国であることを良いことに常に国境線を削ごうとしている軍事大国ナシェガの動きは全方位から警戒されまくっているのだ。そりゃ怪しい動きがあればどこの国でも警戒する。
ましてや国家のトップにいる魔道士を拐かそうとしていたらガチガチに固めるに決まっているし、そもそもまんまと攫われる程度の魔道士ならばその地位には居ない。
だが、この件は皇帝にとっては諦めるという選択肢は無かった。何しろ長年の悲願だったのだ。
まさしくいかなる手段を講じても、だ。
セタ・ヨーグドホンは連合国家だ。幾つもの小国が集まっている。
それぞれが別民族で独自の文化を持つが、全ての小国達が『ヨーグ』と名付けられる一つの大樹を共有している。
彼らにとってはまさしく『世界樹』と呼べるものだろう。
推定8千年前と言われる原住民の洞窟遺跡から発見された壁画に、既に大樹となっていたヨーグの姿が描かれていた。故にヨーグそのものは樹齢1万年を超えるのではとも言われている。
現段階ではその説を裏付けるものはその壁画のみだが。
あまりにも巨大だからいわれてみないとそれが樹である事が分からない。
まるで奇岩で構成された山のようだ。
また、どこまでも張り巡らされた根の流れが周辺の複雑な地形を形作っている。
ヨーグそのものに寄生する植物。又それに寄生する植物、それらの落ち葉がもたらす肥沃な土壌。それに発生する豊かな実り。その複雑で多様な植生に集まる動物達。
その大樹から見てどの位置に暮らしているかで日照条件が異なり、それによって生態系も違う。それがそれぞれの民族の文化の違いとなっている。
当然ながら、ヨーグは彼らにとっての神だ。
セタ・ヨーグドホンは言語すら違う民族も多い多民族国家だが、全ての小国・民族に共通しているのが「ヨーグを神と祀る一族」すなわち「セタ・ヨーグドホン」という宗教観である。
精霊の加護も厚い。
いくつかの部族は亜人であり、竜人や妖精の国などもある。
ただ、あまりに複雑な地形でもあり、太古から存在する故に謎も多く、時に闇の魔素が吹きだまり強大な魔獣が発生する時代が突発的に訪れる。
連合国家のどの場所でそれが発生しても彼らは協力してそれに立ち向かうのだが、やはり場所によっては気づきが遅れ太刀打ち出来ないほどの災厄になるときがある。
そういうときやはり勇者や賢者あるいは神子を召喚するのだ。
故に常に召喚魔法は伝承されている。文献も豊富だし成功率も高い。
セタ・ヨーグドホンは隣国では無い。間にはメーゲンカルナという難攻不落の地域が横たわる。
そのせいか、隣接国よりはナシェガ皇国に対する警戒感が薄いと言えるかも知れない。
そういう意味でトラップにかかりやすかったのだろうか。
いずれにせよ、連合国家筆頭魔道士ベガ殿を更に厳重に見張らせることにせねばならない。
騎士団は主に魔獣討伐、そして自然災害が比較的多いこの国での救助活動や支援、復興のケアなどが主な使命だ。
対する軍部は国内外で発生する紛争に対応することが任務である。
魔獣の発生もひとつの自然現象であり、そういう意味でかなり雑に括ってしまえば騎士団は対自然、軍部は対人間(亜人も含む)と言える。
私、ネフィタシオーネ・アハティア。
国内に有る全ての騎士団を統べる将軍である。そう呼ばれている。
各騎士団にそれぞれ騎士団長が居り、それを統括する立場にいる。
女だてらに、しかも片田舎の平民出身である私がこの地位に就けたのは、地元の魔獣の出没率が高く様々な局面での対応に慣れていたのもあるが、私が希少な転生者であり、大抵の転生者が持って生まれる事の多いある種のチート能力を有していたからに他ならない。
何より前皇后陛下のご配慮でアハティア辺境伯家の養女としてくださったおかげもある。
先代の皇帝は現皇帝陛下の兄であり、御子を為さぬうちに無くなった故に弟に帝位を譲ることになった。その事から先代の皇后陛下は皇太后ではなくユミエラ前皇后陛下と呼ばれている。現皇帝よりも二つほどお若い。
そして、現皇帝よりも賢くておいでだ。
というより現皇帝が愚昧なのだが。強いて言うなら前皇帝も決して政治家としては賢くは無かった。クーデターを率いるカリスマ性はあったようだが。
この軍事大国のナシェガ皇国で国政を担う男達はほぼ9割方は脳筋で膨張志向、上昇志向が強く権威権力を拡大することに脳ミソの殆どを使っており、治めるとか調えるとかいうことに一切意識がむかない。
そこを何とか回していたのがユミエラ前皇后陛下だったのだ。
それはともかく、私は転生者である。
前世の名前は南原夏子。子供の頃からの夢だった刑事になり、殉職した。享年27歳。
そして、その前世の寿命を超えた28歳の今年、私は前世でよく知ったお気に入りの後輩、本庄大輔と再会した。
本庄大輔は多くの門弟を抱える古流の道場主の孫で素晴らしいイケメンだ。
面立ちは一見いかにも日本人らしい、端正だが凹凸薄めで地味系。だからか無表情の時には冷たく見える。
だが、性格的にはむしろお茶目だし分け隔て無く優しい好青年だから、少しの会話でも表情を引き出せればその人懐こく爽やかな表情と真面目で紳士的な立ち居振る舞い、加えて何とも説明しがたい妙な色気で前世でもそうだったがこちらの世界でも多くの人々を魅了するだろう。
現にその様子だ。
あのシンクリレア王国の奇跡と呼ばれ、幼少期から多くの男女を恋の病に堕とし苦しめたエレオノール王子殿下をも虜にしたのだからそれもある意味でチートなのかも知れない。
別に魅了の魔力などを持っているわけでは無いのだが。
まあ、魔法だの魔力だのと言うものが一切無かった前世でも彼は常にモテモテだったのだからスキル的な“魅了”など関係ないのだが。
そう、そのシンクリレア王国の奇跡、妖精、女神の化身と謳われるエレオノール殿下が本庄大輔と恋仲になり、そして婚約し、事実上結ばれた。
きっと本庄は以前の世界では手に入らなかったであろう幸福を手にしているはずだ。
私は前世に居たときから、彼がひょっとすると恋愛対象が女性ではないのではないかと薄々感じていた。
いつもしつこく女性達に迫り倒されたり罠にはめられたり散々だったが、そういう意味でも同性愛が極めて普通なこの世界に来てやっと彼の求める相手に巡り会えて本当に良かったと思う。
どことなく彼は女性が苦手な自分を、親の因果と思って戸惑い憎み、どこかで煩わしく思って居たフシがあった。
彼は幼少期の辛い生い立ちを持っている。
厳格な道場主と旧家のお嬢様との間に出来た一人娘である本庄の母は、道場を引き継がせるに足る高弟に娶せようとしていた父親の意に反し、武道とは全く無関係な平凡なサラリーマンと駆け落ちのようにして結婚した。だが、抑圧された生活の中できっと彼女はどこか歪んでしまったのだろう。
酷く多情な女だったのだ。尻軽とかいうレベルで無く、病的だった。
彼女は常に複数の男性と遊び続け離婚。戸籍上二人の間の子とされる本庄大輔は実際には誰の子供なのかは分からない。
ただ、出来た孫が男児だったという事で、母親の両親が面倒を見ると一時引き取ったが、実際には祖父からの虐待と言って良いレベルのしごきを受けていた。
母親と祖父との関係性は険悪だったから母親は息子を奪われたことに怒り奪い返しに行く。が、そのくせ男に溺れてネグレクト状態。
幾度かの攻防はあったものの、結局母子家庭と言う形で決められた曜日には道場に通うという形になる。
母親も祖父も罵り合いながら本庄大輔を取り合うくせに、どちらに行っても彼は方向性の違う虐待を受けた。
祖父にとって娘は自分を裏切って出て行った親不孝者で恥知らず。その娘と、娘をそそのかした男の血を引いている孫は憎悪のはけ口である側面もあったのだろう。
本庄がちびっ子剣士として筋が悪ければ虐待もそこまでは激化しなかったのかも知れない。
だが本庄は非常に筋が良かった。
娘をおかしくしたどこぞの馬の骨の血を引くことは憎悪の対象だったが、その筋の良さに己の血を感じてどこまでも武を極めさせたい欲望が湧き上がったのだろう。
もっともっとと理想を押しつけた。自分自身でも為し得なかった武芸を会得させようと躍起になった。
少しでもへたれれば折檻した。そして孫に少しずつ自我が芽生え理不尽に対する疑念が生じて来ているのを感じとると更に激しく折檻する。
救急車が呼ばれるほどの虐待を受けたことも何度か有ったらしい。
呼んだのは道場の隣家だった彼の親友、御園祐一の家族だったようだが。
私と出会う前の本庄に関する知識は幼少期からの親友だった御園祐一から聞いた話が殆どだ。
御園の両親が児童相談所や学校、本庄の家のご近所に相談を持ちかけて皆で見守ることになって少しはましになったが、本気で御園家で引き取ろうかと言う話まで出たほど酷かったようだ。
かたや折檻、かたやネグレクトというDVを繰り返していたくせに、彼らは何故か他人が本庄を引き取ろうとすると半狂乱で猛反発したらしい。
そのような環境で育ったにも関わらず、彼は本当に好い男なのだ。
まあ、祖父の影響で妙に古くさい変なところや、母の影響で性的なことに対する異常なまでの頑なさや、時折自分を追い込むときの狂気じみた部分など、歪みというか、時折闇を感じるところは有ったが。
だがその生まれ育った環境を考えると、その中でよくぞこんなに均整の取れた紳士になってくれたものだと奇跡とすら感じる。
エレオノール殿下も本当に素晴らしいお方だから二人には絶対に幸せになって欲しい。
私は姉上の大聖女ラーラ王女殿下とも一時交流があったが、あの二人の幸せはきっとラーラ殿下も喜ばれることだろう。
それなのに。
何としてもあの二人の中を引き裂きたいヤツが我が国に居る。
ナシェガ皇国第二皇子マキスレイヤン皇子殿下だ。
考えようによっては最も多感な年頃の時に他国から突如神々しい聖魔法を操る妖精のような美少年が現れて優雅に礼儀正しく、しかも僅かにはにかみを含む笑顔を向けられたのだから心を奪われても致し方なかったのかも知れない。
その初恋が鮮烈で、なおかつ大国の皇子という立場から大抵の望むものは手に入ってきた皇子にとって、初めて拒まれ手に入れられなかったものだ。だからこそどうしても諦めきれなかったという側面もあるのだろう。
そして、よりダメなのは皇帝陛下だ。
陛下は皇弟だった頃から何故我が国には神の依り代がいないのか、そういう存在を立てなければならないとずっと主張してきた。
何故いないのかも何も。
膨張主義の我が国は近隣国との領土を侵略、征服、併呑しながら大国にのし上がったことにより文化も宗教も多様な多民族国家だ。
何度か国教を定めようとしたが纏まりが付かなかった経緯がある。
国民の大多数が同じ神を崇めている近隣国とは違って、信仰の対象が分散しているのだ。だが、自然災害の多い我が国にも、聖女もしくは神子と言った神の依り代的な存在を是非とも・・・というのは皇帝の悲願なのだ。喉から手が出るほどそういった存在を求めてやまない。
自然災害が多いうえ魔獣が定期的にスタンピードを起こす。規模が大きくその度にかなりの犠牲が出てしまう。
騎士団は統率も取れており可能な限り最小限に抑えるべく対応しているが・・・。
毎回通り過ぎる度に残された惨状を見ては「我が国にも堅固にして大規模な結界を張れる神の依り代がいれば」と零すのだ。
そんな事よりも大量発生、そして暴走が頻発する地域に魔獣をせき止める大規模な砦を増設すべきだと上申する度に、かかる予算案が煮詰まらないままいつの間にか議論がフェードアウトしてしまうのを何とかしろ。
そして、隣接国との紛争に向け新たな魔道武器を開発するのには多額の国費を投じるくせに、気がつくと復興費が止まっている現状をどうにかしろ。
私が議会でそのような意見を言っても老害どもは「女のくせに」と軽んじる。
女に国政のことは分かるまい、と。
いや、お前らの中で政治が分かってるとか出来ているっていう人材がどれだけいるんだよ。
ちゃんと出来てるなら国境線では無く国内のあちらこちらで散発している暴動の説明がつかんだろう。
「もうダメだわ」
ユミエラ前皇后陛下が頭を抱えて仰った。
あのバカど・・・いや、困った方々が又何かやらかしたのだろうかと消音魔法をかけて前皇后陛下のお嘆きを聞くことにした。
「セタ・ヨーグドホン連合国家の神聖魔道士、お若い方のベガ殿が交渉に応じている様子よ」
私は息を呑んだ。
ここのところ皇帝陛下とマキスレイヤン第二皇子殿下は他国から召喚魔法を展開出来る魔道士を招こうと必死だった。
“招く”というとまともに聞こえるが、よく言えば“人材確保”、悪く言えば“拉致”だ。
殿下はどうしても本庄を消したい。エレオノール殿下を手に入れる為に。
ある意味目的はそれ一本だからブレが無い。
たちが悪いのはむしろ陛下の方だろう。
陛下は当初、エレオノール殿下であれラーラ王女殿下であれ、とにかくそういう女神の加護を得ている、あるいは女神の依り代となっているような存在を手に入れたいと言う名目だった。
それが、結局どんどん欲が膨らみエレオノール殿下を手に入れる為にはウチの国でも異世界からの召喚者で対抗しないと邪魔者である本庄を倒せないと言われ、じゃあそのために召喚魔法を使える者を他国から拉致れとなり、あちこちの魔道士に猛攻をかけるも、それほどの希少な魔法を施せる魔道士と言えば国家のトップであるだけで無く大陸の中でも5指に入る天才達だ。
そうそう簡単に掴まるはずもない。
どころか、所在を特定することすら出来ない有様だった。
当然、大国であることを良いことに常に国境線を削ごうとしている軍事大国ナシェガの動きは全方位から警戒されまくっているのだ。そりゃ怪しい動きがあればどこの国でも警戒する。
ましてや国家のトップにいる魔道士を拐かそうとしていたらガチガチに固めるに決まっているし、そもそもまんまと攫われる程度の魔道士ならばその地位には居ない。
だが、この件は皇帝にとっては諦めるという選択肢は無かった。何しろ長年の悲願だったのだ。
まさしくいかなる手段を講じても、だ。
セタ・ヨーグドホンは連合国家だ。幾つもの小国が集まっている。
それぞれが別民族で独自の文化を持つが、全ての小国達が『ヨーグ』と名付けられる一つの大樹を共有している。
彼らにとってはまさしく『世界樹』と呼べるものだろう。
推定8千年前と言われる原住民の洞窟遺跡から発見された壁画に、既に大樹となっていたヨーグの姿が描かれていた。故にヨーグそのものは樹齢1万年を超えるのではとも言われている。
現段階ではその説を裏付けるものはその壁画のみだが。
あまりにも巨大だからいわれてみないとそれが樹である事が分からない。
まるで奇岩で構成された山のようだ。
また、どこまでも張り巡らされた根の流れが周辺の複雑な地形を形作っている。
ヨーグそのものに寄生する植物。又それに寄生する植物、それらの落ち葉がもたらす肥沃な土壌。それに発生する豊かな実り。その複雑で多様な植生に集まる動物達。
その大樹から見てどの位置に暮らしているかで日照条件が異なり、それによって生態系も違う。それがそれぞれの民族の文化の違いとなっている。
当然ながら、ヨーグは彼らにとっての神だ。
セタ・ヨーグドホンは言語すら違う民族も多い多民族国家だが、全ての小国・民族に共通しているのが「ヨーグを神と祀る一族」すなわち「セタ・ヨーグドホン」という宗教観である。
精霊の加護も厚い。
いくつかの部族は亜人であり、竜人や妖精の国などもある。
ただ、あまりに複雑な地形でもあり、太古から存在する故に謎も多く、時に闇の魔素が吹きだまり強大な魔獣が発生する時代が突発的に訪れる。
連合国家のどの場所でそれが発生しても彼らは協力してそれに立ち向かうのだが、やはり場所によっては気づきが遅れ太刀打ち出来ないほどの災厄になるときがある。
そういうときやはり勇者や賢者あるいは神子を召喚するのだ。
故に常に召喚魔法は伝承されている。文献も豊富だし成功率も高い。
セタ・ヨーグドホンは隣国では無い。間にはメーゲンカルナという難攻不落の地域が横たわる。
そのせいか、隣接国よりはナシェガ皇国に対する警戒感が薄いと言えるかも知れない。
そういう意味でトラップにかかりやすかったのだろうか。
いずれにせよ、連合国家筆頭魔道士ベガ殿を更に厳重に見張らせることにせねばならない。
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