王子の宝剣

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第五章

#99 現場検証

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 ミリアの体から出て来た黒い靄がアズトガルゴスの姿になる。
それを見上げキッと睨み付けながら更にミリアを抱きしめる王子。その王子を見てアズトガルゴスは興味深げに目を見開き愉快そうに言う。

「ほぉ、お前が聖女殿の弟王子か。なるほど噂に違わぬ美貌だ。まあ姉君もアレを籠絡したほどの美女だからな」
俺は空中のアズトガルゴスに斬り掛かる。
カムハラヒを振り下ろすと彼の姿は宙で霧散し、再び少し離れた空中で一カ所に集まりアズトガルゴスの形になった。
戯言を!『籠絡』などと。かどわかしておきながら。拐かした魔王側の者のくせに。
まあ悪党の弁というのは得てしてそういうものだろうが。
それにしてもあの男の眼が興味深そうに王子のお顔を覗き込むのがもう汚らわしい!
童女の処女を奪うような変態クズ野郎が!
俺はカムハラヒに意識を集中させアズトガルゴスの影を強い光で袈裟懸けに切り裂いた。彼を象っていた黒い靄が光に飲まれて霧散しながら消えていった。
消え去る間際にアズトガルゴスの高笑いが聞こえた。

力尽きたように気を失ったミリアとヤッカを保護して我々はファモンの病室に戻った。
特別病棟の神官達は二人の無事を泣いて喜んだ。
意識を取り戻したミリアは何故神官達が自分のために涙しているのかが分からなかったようだった。
「みんな心配していたんだよ」と言っても訝しむような様子だ。
そこからは例え見ず知らずだったとしても、普通の大人は病身の少女が行方をくらませば普通に身を案じる、それは当たり前の感覚なんだ・・・ということを信じられない彼女の人間不信が窺えて胸が痛んだ。

一方、病室に戻った直後にヤッカは王子の再生治癒を受け欠損した腕と脚が元に戻った。
担当の神官達は目の前でその奇跡を見て驚き震えて跪き拝んだ。
彼らの中には王子が欠損部分も再生出来る能力があるという噂を聞いたことの有る者も居たのだが、ただの噂が真実であることを目の当たりにして衝撃を受けていた。

「これから現場検証に行くのでしょう。せめて脚は・・・と思って。でも職人なのだから腕が無いと家族を食べさせていけなくなるでしょうし・・・」
王子はちょっと迷いを見せつつも微笑んだ。
ヤッカはおんおんと声を上げて泣いて泣いて跪いてひれ伏してそれはもう大変だった。

腕と脚が馴染んだ頃、ヤッカの目撃したゲンデソル弟の殺害現場を検証しに行った。
今度はさすがに馬で出かけた。
俺とデュシコス様とコタロウ君とヤッカ、そして公安部の捜査官で。
王子はやはり療養所で治癒神官には治癒しきれない重傷者の治癒に回ることになり、ナーノ様とホランド様がお側に付く事になった。

速歩にときおり駆歩を混ぜ気味に進んで2時間半程度で現場に到着する。
ここでヤッカの話を再確認する。
ヤッカが荷届け後、夜明け前にファモンからホツメルへの商道を荷車で戻る途中。
空が白み始めた頃、狭い商道を異様に飛ばしてくる馬車に蹴散らされて土手から落下。荷車は大破したけど本人は何とか助かり土手をよじ登った時にちょっと先から激しい口論の声がして、そっと覗きに行った。
そこで、先ほどの暴走馬車が停まって居り、御者とその助手が殺されていたのと、その馬車から平民に化けたゲンデソル弟が引きずり出されて殺されたのを目撃したと言う事。
引きずり出されたンデソル弟が命乞いをする際に『言われたとおりに魔法陣を設置してきた。生け贄も置いてきた。自分はもうあの領地のことは知らない。金ならやる。見逃してくれ』と言っていた・・・という内容。

ヤッカが嘘を言っていないのは俺達が揃って療養所の特別病棟を訪れた際に、オーデュカ長官に魔道具を使って確認して貰っているから間違いない。
確かに土手の下の方まで降りるとそこに粉々になった荷車があった。どうやらロバは体のあちこちに怪我を負っていたものの数日後にヤッカの工房まで戻ってきたらしい。
もっとも、彼が腕や脚を食いちぎられたあの夜にその無事に戻ったロバも人喰鬼オーグルに食われてしまったらしいのだが。

それはともかく。
ここでひとつ疑問がわく。
『言われたとおり魔法陣を設置してきた。生け贄も置いてきた』・・・この言葉からまず思い浮かぶこと・・・魔賊があの領都に発生するためのポータルたる魔法陣をゲンデソル弟が設置して、それをした上で自分がトンズラしようとしていたのだろうと、第一印象としては思うよな。
だが。
魔賊の頭アズトガルゴスと契約し魔賊が領主城館内に出現出来る入り口にあたる魔法陣を設置したのはミリアだ。
ではここでゲンデソル弟が設置した魔法陣とは?そして生け贄とは?何を指すのか?
この件に関してはミリアは何か知っていることがあるだろうか。
いずれにせよ、ファモンに戻ったらまた様子を見ながらミリアの取り調べは続くだろう。

それはさておき。
黒いローブで身を隠した男二人が馬車を襲わせたのは明らかで、御者と助手の死体も、ゲンデソル弟の死体もその場で展開した魔法で人喰鬼オーグルを呼び出し、それらに骨まで食って片付けさせた。だが、跡形も無くなったかも知れないが血痕はどこかしらに残っているのではないか?
・・・そう思って血痕を捜す。

ここの商道は荷車等、商人の行き来がしやすいように極力表面の水平を揃えて並べられた石の道だ。石畳と言うほどには大きさは揃っていないし、不揃いゆえに所々に隙間は有るものの摩耗度が違ってデコボコが激しくなりすぎると定期的に削ったり取り替えたりして大雑把なりに整えられている。
つまりそんな風に削れたりヒビが入ったりザラついていたりの粗野な石で出来ており、隙間もあり、隙間からは所々草も伸びており、一度血痕が付くと精度の高い清浄魔法でも使わなければきれいには取れない場所。隙間や裏側に付いた汚れは大抵完璧には取れないものだから。
ましてやオーグルに食わせるなどしたなら血飛沫も不規則に飛び散り流血量も多かったであろう。
だがくまなく捜してもそれらしい痕跡が見当たらない。つまりは魔法でキレイさっぱり消されたと言う事だ。

「・・・ああ、くそ、ここにオーデュカが居れば・・・」
思わずといった感じでデュシコス様が呟いた。確かに、ここにオーデュカ様がいれば魔法の痕跡を嗅ぎ取ってくれそうだ。

「呼んだ?」
突然に背後から声がする。
振り返ればまさしくその人が飄々と立って我々の背後から地面を覗き込んでいた。
何故ここに・・・などというのは愚問だろう。
気になったから来ちゃったとか普通に言いそうだ。そして我々の今し方の会話を聞いていたらしく顎に手を当てて周辺を見渡すと“おちょうだい”をするように掌を上に向け何かしらの呪文のような物を詠唱した。
俺達の頭上に広範囲の魔法陣が出現して光る。
すると10メートル弱くらい先の足元に無数の血飛沫と引きずったような血痕、血だまり等の姿がオレンジ色の光の再現で見えた。それは数十秒の間にゆっくりと薄れて消えていったのだが・・・。

日本のサスペンス物ドラマとかでよくあるルミノール反応検査に似て非なる物のような感じと言うべきか。
ルミノール反応は、例え血痕を除去した後でもルミノール試薬を噴霧すると赤血球中の鉄分とかヘミンと呼ばれる成分に反応して蛍光するという特質を生かして、事件性や証言の裏付けなどを取るための検査だ。
今オーデュカ様が行ったのは、血中魔素の再現なのだとか。
この世界には大気中にも生き物の体の中にも魔素という物が巡っていて、血液の中には血中魔素成分があり、それが循環しているのだそうだ。
一見きれいに血痕が消えていてもその魔素が放つエネルギーの反応は残ってしまうのだとか。
それと同時に、ある者が魔法やら魔術やらを使うと、その空間にその術者の魔法を使った痕跡が残る。清浄魔法で血痕や死体を消してもむしろその術を使ったという魔法痕が当分の間残るのだと。
尤もそれを検知出来る能力を持っている魔道士自体が滅多に居ないらしいのだが。

「まあ、この辺だよね。問題の地点は」
そう言って数歩場所を移動し「術者が立っていたのはここだね」と言って今度は片手だけを胸元で上に向けて呪文を唱えた。
掌から僅かに光が生じると、周辺の空気を巻き取るように大きく腕を無軌道に振り回す。その指先は少し内側に曲がりハンドボール大のものを掴んでいるような形になっている。何かが吸い込まれているかのように掌に向けて空気の揺らぎが生じたのが分かった。
「うん。ここでオーグルを呼び出して、又消して、その上で清浄魔法を使った・・・ヤッカの言ったとおりの順序だよ。・・・とりあえず魔紋は確保した。この現場で今出来る事ってその位じゃ無いの?」

事もなげに言われた。

俺は素朴な疑問として「俺達どうして最初からオーデュカ長官に一緒に来てもらわなかったんでしょうか」と思わずデュシコス様に訊いてしまった。
デュシコス様も「本当だな」と言いつつも「いや、私の中でどうしてもオーデュカはインドアで体力が無いという印象があってな。先ほどミリアとヤッカの救出にも駆けつけたし、今日はもう限界だろうと・・・」と言い訳とも説明とも付かない事をブツブツ呟いていた。
確かにあの時、ミリアとヤッカを確保して療養所に戻った後は疲れた様子で神官に差し出された果実水をごくごく飲んでぐったりしていたもんな。

「何言ってんですか!こんな非日常性の高い魔法検証の場面に立ち合えなかったら後々悔しすぎて恨みますよ!デュシコス様は俺の一番の理解者だと思っていたのに!」
そう言ってデュシコス様を責める口調は仲間はずれにされた駄々っ子のようだった。
「ああ、ああ、そうだな、私が悪かった。お前が来てくれて本当に助かる」
窘めるデュシコス様。
これではどっちが大人でどっちが子供か分からない。
そのオーデュカ長官を何やらコタロウ君が心酔気味に見ていた。
「スゴいっす。長官マジすごいっす!思いません?思いますよね?」
俺やら捜査官やらに激しく同意を求めてくるコタロウ君。落ち着け!
無愛想な捜査官殿はやや引き気味に頷きつつ先を促した。

「こちらの地点での検証はこれとして、ヤッカの証言によると、死体を喰らわせたオーグルを魔法で消した後に、ゲンデソル伯の弟君が乗っていた・・・おそらくお宝を積んだ荷馬車であろう・・・を奪われて消えたとのことだったが、この商道をファモン方向に向かったと言う事で良いのか?」
「は・・・ハイ・・・」
ヤッカは強面で仏頂面の捜査官にビビりつつ返答する。
その証言に頷きながら又オーデュカ長官は目を閉じ暫し呪文を唱えたと思ったら空中に文字のような柄のような光るものが浮かび上がる。
そしてそれはゆっくりと道の上を流れていく。長官の指示に従って皆でそれを追う。馬を牽きながら・・・途中からは騎乗してひたすらに文字もどきの流れを追った。
途中分岐点があり、ファモン方面に続く商道では無く山岳方面に続く領道の方に進み、暫く進んだところにある原っぱで途切れる。

「ああ、ここにはアズトガルゴスの転移魔法の名残があるね。小規模召喚魔法の痕跡もあるからここまで奪った荷馬車でやって来て、そしてこの場所でアズトガルゴスを呼び出し、アズトガルゴスの高度な転移魔法で荷馬車ごとどこか・・・彼らの根城かなんかに飛んだんだろう」

つまり、魔素をたどっての追跡もここまでが限界という事だ。さすがのオーデュカ様でも、転移先がどこかなんて事までは分からない。
我々は元来た道を戻り、ヤッカの目撃現場に再び降り立ってもう一度周辺を確認してから、そのままホツメル市に向かった。
今この情報がホットなうちに領主城館に行って予めミリアから聞き出してきた領主館内の魔賊召喚魔法陣を確認し、叶うことならばゲンデソル弟が設置してきたと行っていた魔法陣に関しても捜索しておければ・・・と言うところだ。

ファモンはホツメル市の東側にあるから東門にたどり着く事になる。俺が活動拠点にしていた青色共同井戸があるのは北東方面だから、とりあえず領主館の検証が終わるまではいつものカティナさんはじめとする馴染みの貧民街の皆さんと会うのはお預けだ。

そして、ヤッカの家族は東門の外周に設置されている避難所に身を寄せていたからそこに連れて行った。
感動の再会。
食いちぎられていたはずのお父さんの体が治っていたのを見たときの息子の反応がスゴかった。
妻よりも息子が大泣きして、まるで涙と言うより洗顔かよと言うくらいびしょびしょだった。コタロウ君の足元にひれ伏して何度も何度もお礼を言っていた。
「いや、おやっさんの体治したのは俺じゃ無いっすから」
コタロウ君は困惑していたが何気にもらい泣きなんかもしていてちょっとほっこりした。

東門から都市の内周に入ると、そこは俺達がちょっと前に見た地獄の現場とはずいぶん様変わりしていた。
無論それよりずっと前、遠征の復路で立ち寄った一大商業都市だったホツメル市の面影はかけらもないのだけど。
どこまでも広がる広大な更地。
瓦礫の山は数カ所に纏めて山積みされているがその山の高さが半端ない。それを何体かのゴーレムが使役されてゴミ廃棄場に運び、そこで粉砕し魔法で泥化した生活ゴミなんかと混ぜてレンガにリサイクルする。
へえ、ゴーレム使うなんてやっぱファンタジーな世界だよなー、まあ、この世界にはユンボなんて無いからこういうパワー系の作業の時はこの世界独特の道具としてゴーレムを使うんだと思って眺めていたら、そのうちの一体が急に動きを止めてしまった。
管理官達が「魔石切れだ」「ウチの方には小さいのしかもう残ってないから西門から貰ってこないと」とか騒いでいる。
そうか、この世界だと動力は魔石頼みだもんな。
魔石を使ってゴーレムを動かしていたのか。でもあんな風に作業の途中で止まっちゃうのは困るよな。

「単に運搬が目的ならトロッコとか作った方が効率的なんじゃないですか?上げ下ろしだけゴーレム使って」
俺が思わず言うとコタロウ君が「ああ!そうですよね!そっちの方が魔石を節約出来る分良いですよね」と同意した。
「トロッコ?何だそれは?」
デュシコス様が訊ねたので説明した。

地面に絵を描いて説明していたら、いつの間にか周りに東門の管理官や作業指揮官達が集まってきてざわつき始めた。
コタロウ君は地面の上に次々と設計図、分解図、手こぎの回転軸の説明を描いていった。
コタロウ君に質問している者まで居る。
その図も説明もかなり本格的で俺が「スゴいなコタロウ君」と感心していると、「前世で俺レゴマニアだったもんで」とドヤ顔された。
ああ、俺のクラスにも居たよ。レゴで何でも作っちゃうヤツ。学園祭でスゴいグレードのジオラマ作ってた。そういやそこにもトロッコ有ったな。
思わず尊敬の眼差しでコタロウ君を見たよ。

かくして、コタロウ君の指示を受けながらその場でトロッコの超小型ひな型制作会議が始まる。
なもんで、コタロウ君を東門に置いて、俺・デュシコス様・オーデュカ長官・捜査官殿の4人は領主館を目指した。
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