王子の宝剣

円玉

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第五章

#96 ファモン市の歓迎

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 三柱女神を崇め祀りその恩恵に感謝と永遠の帰依を捧げる大宗教都市ファモン。

その中央神殿の地下に有る9人まで運べる転移ポータルに王子、デュシコス様、コタロウ君、ナーノ様、ホランド様、俺、そしてオーデュカ長官ともう一名ゲンデソル伯の不正調査を担当していた公安の捜査員が同行して転移した。

昨日王都の中央神殿で大司祭から。
「実はお二方にお願いがございますのじゃ。明日ファモンへ赴かれる際には是非とも正装して訪れてやっては頂けますまいかの。ファモンの中央神殿も皆お二方を歓迎する事にことのほか気合いが入ってしまっておりまして・・・国教の総本山はそのファモンの北東にある岩山の旧神殿ですが、そこから滅多に出てくることのない大司教が直々に祝福の式典を執り行いたいと降りてくるそうなのです。・・・その、一時間程度で良いので、と申しまして。・・・事後承諾となってしまって大変恐縮ではございますが既に準備万端整えてしまっておりまして・・・」
そんなわけで俺達は正装で向かった。

ただ、急に言われたから当然使い回し・・・なのだが、俺の出で立ちはあの遠征からの帰還報告兼解隊式の時に着た式典用騎士団の正装というヤツを着用することにした。
これはあの時借り物で、後日ちゃんと俺用に新調するって聞いたのにまだ届いてなかったから又借りた。多分こんなに早く又必要になるとは思ってなかったんだろう。
あの白地に金モール飾りが付いた赤マントのヤツ。

王子はそのとき来ていた黒の正装の形を一見色味だけ白にしたような感じのもの。よく見ると袖の折り返しの形やらボタンの位置や数とか縁飾りの切り替えやらは違うんだけど。あと、帰還報告の際には幾重にも重なるクラバットだったけどこの時は黒いリボンタイ。白い中にきゅっと締まるアクセントだ。俺の色をどこかで効果的に入れたいといっていたからそう言う事だろう。
そして、金の縁飾りが付いたパールホワイトのローブ。何か全体に周囲に紗がかかるかのようなエレガンスの塊で、ああ、もうホントに妖精の王子様って感じ。ふぅ・・・なんでこう尊いんだ俺の王子は。

何となく流れ的に二人に合わせて同行者の皆さんもやや正装ちっくな出で立ちになった。
多分式典には参列するはずだからと言う事で、大司祭から同行の皆様も極力正装で、と言われてしまったからだ。

とは言ってもナーノ様は黒のフロックコートをきっちりと着こなしていて普段の侍従姿とそんなに極端には違わない。
デュシコス様は相変わらず黒で統一。だけどやはり要所要所に金の房付き縁飾りやいかにも王族っぽい両肩の肩章から胸元に垂れ下がる頸飾なども有るうえローブの生地がただものでなく、光の当たり加減で見える地紋が極上品である事を物語っている。
ホランド様とコタロウ君はフル装備の甲冑姿だ。実はコタロウ君は甲冑が好きらしい。
「ロボットアーマーみたいでカッコいいですよね」と男の子の夢に思いを馳せご機嫌だった。
公安さんは俺ら騎士団が市街地警邏の時に着たのと同じ型で色違いの限りなく黒に近い深緑でロング丈の団服。色味の所為か俺達が市街地を警邏で回ったときよりもグッと軍服っぽい。彼がオールバックで無表情な所為もあるがかなり近づきがたいものを感じる。

で、一番ビックリしたのがオーデュカ長官だったんだけど・・・。
正直最初誰だか分からなかった。
無精髭をスッキリ剃ってボサボサ頭を綺麗に整えて伸び放題だった後ろ髪をジャケットと同系色のビロウドのリボンで纏め、いつものヨレヨレ白衣では無く貴族っぽい出で立ちで襟元にはレースのジャボ、淡いストーングレーのトラウザーズにダークモスグリーンのスペンサージャケットという細身の出で立ち。
あまりに俺がまじまじ見るから長官はビビって「なにっなにっ」と焦っていたんだけど、「別人みたいでビックリしました。○ィモシー・シャ○メをスゴく小柄に少年ぽくしたみたいで・・・。ヤバい。めっちゃ可愛いんですけど」
祐一のお姉さんが大好きで頼みもしないのに沢山画像を送りつけられた外タレさんを思い出す。
特にその眠そうな垂れ目と鼻根の高さ、上唇薄めの口許が凄く似ている。 兄弟だって言われたら信じちゃうくらい。

ぐいぐい近づいたらデュシコス様の杖にポカリと殴られた。
「お前、良い度胸だな。そこに婚約者がいるのに堂々と他の男を口説くのか」
「いやっ、口説いてなんて居ませんよ!驚くじゃ無いですか、普段のオーデュカ長官とはもうほぼ別人なんだから!ギャップ萌えっていうか、変身萌えですよ!」
「意味が分からん」
頭をさすりながらもう一度長官を見たら真っ赤になって公安の捜査員さんにしがみつき震えていたから更に萌えた。ちょっと前に宰相夫人から聞いたんだけど、やっぱり宰相とほぼ同年代・・・ひとつ下の年齢で、日本人顔負けの童顔だと思った。
だってオルタンスさんやホランドさんよりももっと年上って事だよ?ぶっちゃけ現在19歳の俺世代から見たら『おじさん』と呼ばれちゃう年頃だよ?

まあ、そもそもどうしてオーデュカ長官がこの一行に加わっているのかというと、もしも領主館を再精査した際に、魔賊の出現を補助出来得る何かしらの魔道具やら魔方陣が見つかったらそれを鑑定するお役目を担うと言う事なんだ。
魔道具は基本起動させるための術式が埋め込まれている。魔方陣も言うに及ばずだ。
で、この術式ってそれを施した術者特有の色というか匂いというか・・・軽く言えば一種の筆跡みたいな、でもそれよりはもっと明確に固有の・・・指紋みたいなものがどうしても残るらしいんだ。『魔紋』と言うらしいんだけど。
勿論、相当ハイレベルな鑑定眼が無いと分からないものではあるらしいんだけど。

あの、遠征の帰路、ナシェガ皇国のマキスレイヤン皇子が騎乗していたラシャルリドラゴンに刻み込まれた術・・・あれがハルエ様が施したものだと王子が気づいたのもそれが有ったからなんだって。でも王子は『何となく感じた』という程度の漠然とした感覚らしいんだけど、オーデュカ長官だと『魔紋鑑定&解析』というもっと技術的かつ詳細に術者を割り出せるらしくて。そこまでの鑑定能力を持っている魔道士が彼だけならばいずれか現場に行かせることになるだろうし、加えてどうもナシェガ皇国側がオーデュカ長官をも狙っているらしいから、国内の魔法使いの中でも守りの最強エレオノール王子と攻撃の最強デュシコス様、そして俺が同行している今回一緒に来ちゃった方が安心だろうという事になったわけだ。

振り向いたら王子が少し拗ねたみたいに睨んでいたから慌てて「違いますよ!口説いてなんて居ませんよ?」と言い募ったらツーンとそっぽを向かれてしまった。
「で、殿下?誤解ですよ?ホントそう言うんじゃ無いですよ?」
「とっとと転移しましょう!ザビ、パオーニ、準備は良いですか?」
俺の釈明を無視した王子が、魔道棟内、緊急用の転移ポータルの傍らでスタンバっていたオーデュカ長官の腹心達に声をかける。
どちらも召喚の儀に同席した黒ローブの魔法使いさん達だ。
彼らが意識を高めて掌をこちらに向けて呪文を唱え始めると足下の魔方陣が光を放ちだした。
「人数が多いから少し遅いな」
オーデュカ長官が確認のように独り言を呟いた。
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで魔方陣の放つ光がドッと大きな円柱となって高い天井に向けて我々を包む。

例によって脳やら内臓やらがぐっと引っ張られるような不快感と共に目眩に似た感覚に襲われて無意識に踏ん張り王子の肩を抱く。
ガツンと得体の知れない衝撃を受けたと思ったら、上の方からスーッと光のカーテンが消えてきた。
それが足下の魔方陣に吸い込まれたときに、目の前に跪く多くの神官達が見えた。

巡礼地にして宗教都市ファモン。
その中心地に有る大聖堂は古い石造りで王都に有るそれの煌びやかさに比べまるで辺境の砦のように粗野である。
普段ならば都市全体がまるで巨大な修道院のようにも見えるのだろう。
ただ、その日は俺達が訪れるという“特別な式典”のために神殿の周辺にはそれぞれの女神を象徴する花々で飾られリボンやオーナメントがあちこちでキラキラ光条を振りまきながら揺れている。
・・・尤もこれは地下から地上に上がってから見たのだが。

俺達が地下の転移ポータルに到着して一歩踏み出した瞬間、地下ゆえにうっすらになってはいるが地上で鳴り響いているらしきリンゴンという鐘の音が聞こえた。
転移ポータル前のホールに整列こそして居るもののひしめくように跪く聖職者達の最前列はおそらく役付き司祭達だろう。装束が格上だ。
そしてその中心に一人佇むロン毛のロマンスグレー。
爪先しか見えない長いチュニックの上から金糸の縁飾りや唐草の刺繍が施された紫のスカプラリオに金の刺繍が施された長いパールホワイトのマント。金と紫水晶と小さなラピスラズリで作られた頸飾。
司教冠ミトラを被り杖を持ったこのファモン市の神殿の最高位司祭長であり国教の大司教ダンテティノス猊下。

多分これガッツリ正装でのお出迎えだよな?
ビビる。

「ようこそ聖地ファモンへ。お待ちしておりました」
猊下は跪き、お付きの司祭に司祭杖バクルスを預け王子のマントの裾を両手で掬い上げるとそれに口づけた。
王子は泰然と微笑み「ダンテティノス司教、出迎えありがとう」と告げる。
威厳半端ねえ。
「我らが女神の化身たる王子殿下の慶事を共にお祝い出来る栄誉を賜りましたこと光栄に存じます」
猊下は述べ、一旦ややうつむき加減に立ち上がると俺の前に来て両膝を付く祈りのポーズで両手を胸に当て頭を垂れた。
き、き、緊張する。
どうしていいのかわからないもんだから俺は黙って胸に手を当て立礼した。

猊下が後退って整列する役付き司祭達の前に立つと、俺達一行は神兵達に周りを囲まれ、青い魔石ランプの下がった提灯状の照明をぶら下げた案内係の神官に地上の正殿前に導かれた。
地上エントランスへの重厚な扉が開いた途端にものすごい歓声がぶつかってきた。
正殿前のエントランスは観音開きの扉が3カ所横並びしていて、全ての扉が全開だとかなりの開放感で神殿前の広場がよく見える。そこには焦げ茶のスカプラリオを来た神官の見習い、焦げ茶や黒の修道服に似た制服の神学生達が集まっており、その中に一部一般参賀の信者達が花びらやリボンを撒きながら「王子様ー」「女神様の化身さまー」「御身に祝福をー」「おめでとうございま-す」「召喚者さまー」「お二人に祝福を-」などとあちらこちらから声がかかる。

せっかくだからと、王子がエントランス前にでて大階段の下に集まる広場の群衆に向けてにこやかに手を振った。デュシコス様に背を押されて俺は王子の横、一歩下がった位置に立って少しずつ向きを変えて胸に手を当てながら立礼をした。
歓声がひときわ高まり祝福の言葉が飛び交う。
一般参賀の人達は結構な率でシャボン玉を吹いている人が点在している。
シャボン玉は濡れた虹色の光を湛えながらキラキラと宙を舞って穏やかな風に流されてたゆたっていく。
ああ、あれ、きっと精霊を模してんだ・・・。
ちょっと微笑ましいと思って思わずクフッと笑ってしまったら王子が俺をきょとんとして見上げた。なもんでシャボン玉が多分精霊のイメージなんですよと伝えると一緒に笑った。

広場を囲む建物群はどれも所々レンガが覘く色あせた漆喰壁、もしくはシンプルなレンガ積みの建物で、この街がいわゆる清貧を美徳とする宗教都市である事をうかがわせる。
経済大都市だったホツメルとも、一帯がアミューズメントパーク化されている新興の観光都市ハヌガノとも、地方都市のフェタグエドとも、遠征の往路で立ち寄ったホグゾダ市とも違う。
だが、そんな清貧の街でも、この広場の周辺には出店が立ち並びリボン飾りやオーナメント、点在する聖者のオブジェ脇に立てられているポールを彩る花々が華やぎを添えている。

“歓迎”の規模がでかすぎて“祭り”じゃん。
この“祝福”を受け止める側に自分がいるのか。実感がわかなくて現実味が無い。
ふいに王子が俺の腰に腕を回して引き寄せられ密着した。一緒に手を振ってと言われて振る。
あちこちまんべんなく振るように命じられそのようにする。ただの操り人形だ。
王子が見上げてきた気配を感じてお顔を見ると小声で「キスして」と言われた。
「この民達の歓迎に対する一番の返礼になるから」と。
不思議と照れは起きなかった。普通恥ずかしいだろう。こんな衆人環視の中で。いつもならきっとそんな申し出はたじろいでしまう。でも。
吸い寄せられるように唇を重ねた。
瞬間、歓声が一斉に消えた。
遠くで飛ぶ鷹の声だけが一声聞こえた。

唇が離れて俺達が見つめ合う間、数秒間の沈黙のあと割れんばかりの歓声と拍手とが轟いた。
あとで知ったのだが、この時雨上がりでも無いのに正殿の頭上に虹が架かったらしいんだ。
そして、昼間の屋外だから目視し難いはずなのにやはり精霊が飛び交ったらしい。
その後、正殿入りして礼拝堂の女神像を前に二人揃って祈りを捧げたときもとんでもなく女神様達がノリノリのギンギンで精霊大暴れだった。
礼拝堂の中が薄暗いのをいい事にミラーボールかよと言うくらい。
いやいや、そこまでやると安っぽいから、と俺は女神様に念話で訴えたよ。届いてるかどうかは分からないけど。

でも、肉眼でそれを見るのが始めただったらしきファモンの神官さん達は感激したらしく、涙する方々も少なくなかった。
祝福のお言葉を語るロマンスグレー猊下も時々お声を震わせていた。
とにかくお言葉の中心は女神の加護と祝福を受けた二人がここファモンを訪れてくれて嬉しい。とても誇らしい。二人が結ばれることの恩恵を有りがたく思う。どうか仲睦まじくやってくれと言うような内容をものすごく美々しいお言葉で讃えまくってくださった。
猊下のお言葉の後に、王子が祭壇の前に進み出て、先頃起こったホツメルでの悲劇にいち早く駆けつけ治癒や支援を惜しみなく差し出してくれたファモンの神官達に謝礼と労いの言葉を述べ、今回の歓待と祝福に対する謝意を告げた。
甘くも凜としたそのお声が礼拝堂の高い天井に響き、背筋を伸ばして泰然と佇みその場に居並ぶ神官達の姿にゆっくりと目線を巡らしながら語る神々しいお姿に俺はもう恍惚となった。

俺の王子が尊すぎる。悪目立ちするといけないからさすがにひれ伏すことはしないけど、もう心の中では五体投地くらいの気持ちだった。
無意識に胸の前で手を組み祈りのポーズになっていた。

式典自体はほんの一時間半程度だった。
それでもやってよかったと思っている。三柱女神の加護持ち王族と言うよりはもはやファモンの僧侶達にとって王子は女神の化身なのだ。
そのお方がホツメルでの自分たちの働きを認めて労ってくれるというのはきっと苦労も報われたことだろう。

それにしても、あの状況で俺よくキスしたよね。あんな大群衆の見ている前で!
後で思い出すと居たたまれないほど恥ずかしいんだけど・・・。
見上げてくる王子の目を見たらもう操られるように・・・。いや、ようにじゃなく。操られていたんだろう。王子になのか女神になのか分からないけど。
いやもうホント東尋坊から飛び込みたい位に居たたまれない気持ちなんだけど!
・・・けど、まあ王子があれでいいならいいや。

そしてひとしきりの儀式を終えたあと比較的平服に近い服装に着替えて療養所に向かった。

だが。

メイドの少女ミリアも、ヤッカも忽然と姿を消していた。
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