王子の宝剣

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第四章

#75 『王妃派』と王妃様

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 ここのところ帰宅が常に遅かった王子がその日はノー残時間だった。

ミックとナーノ様と三人の侍女と離宮付きの若い執事と料理人2名と俺と・・・総勢9名で、ホランド様を従えた王子を「お帰りなさいませ、殿下」とお出迎えする。

その日の王子は大変ご機嫌でまるで気が急いているようだった。
いつものパールホワイトのローブを脱ぐ動作すらナーノ様に剥がれるがままやらせっぱなしで、瞳を輝かせながら。
「ダイ、今日、神殿に行ったのですって?」
「はい」
他にやる事無かったからソニスに会いに孤児院へ。孤児院に居なかったら多分併設されている施療院には居るだろうと踏んだわけだけど。
・・・つまり、実は司祭へのご挨拶と礼拝はついでだった。大きな声では言えないけど・・・。
そして目的がソニスに会いに行ったんだったのも言わない。・・・なんか、何となく。

「明日の打ち合わせで兄上のところに行っていたのだけど、神殿の使いが大司祭からの緊急の伝言を持って来たのです!ダイが祈りを捧げたときに沢山の精霊が祝福に現れたと!」
・・・あ、あれって精霊だったの?あの光るシャボン玉群。
そんなに興奮する事だったのか。あの後ミックも少し興奮していたけど、ミックから聞いたナーノ様はちょっと感心したみたいに眉を上げた後ものすごく黒く微笑んだから大して良い事でも無いのかと思ってた。
ついて行けて無くてポカンとしている俺に嬉しそうに王子は抱きついて。
「兄上も宰相も伝言を持ってきた神官に子細を聞いて、本当に驚いていました!三柱女神も精霊達も多大な祝福を寄せてくださって居るのですよ!精霊が一つだけでも見えたら大喜びで一生の記念になるのに!」
えっ、そうなんだ!俺が祈ったとき幾つくらい出たっけ?数えてなかったからもはやよく分からないけど。

でも、王子がこんなに喜ぶならついでとは思いつつもちゃんと祈ってきてよかった。
「殿下がこれほどにお喜びなら、もっとちゃんと見ておけばよかったです。何だかよく分からなかったから『なんだろうアレ』と思っただけで適当にしか見ていないので」
大層ご機嫌な王子はいつになくデレまくりで抱きついたまま俺の肩に顔を擦り付けながら揺れていたのだけど、ナーノ様に「せっかくのお早いお戻りなのですから湯浴みをなさってからのお食事がようございましょう」と窘められて、てへぺろ状態で俺から離れた。
・・・何今のッ!ぎゃんかわっ?

夕食後のティータイムでは、翌日行われる誓約の儀の流れを説明された。
最初に神殿で神々に婚約の報告をし、祈りを捧げてから大司祭の祝福のお言葉をもらい、誓約書にそれぞれがサインをして、それに大司祭と王太子殿下が証人のサインと調印をする。
その際には誓いのキスをするらしいんだけど、思わず「えっ、そんな人前で?」と思ってビビってしまった。
直後よくよく考えてみたら、俺、最初っから臆面も無く人前でしてんじゃん。
あはは。

・・・で、その後で王太子殿下に引率されて国王陛下にご挨拶に行く。本来ならば謁見の形式なのだろうけど、陛下はもう起き上がれないのでご病床の枕元に跪いてのご報告という形になるとのこと。
「王妃様にはお目にかかれるのでしょうか」
俺が訊ねると王子は何となく曖昧に首を振った。
「多分・・・、いらっしゃらないと思います。・・・王妃様は私に・・・あまり会いたくは無いと思うし・・・、おそらく、兄上も会わせるのをお望みではないのでは・・・」
「そうですか」

王妃様は王太子殿下の王位継承を盤石にするために他の王子を次々と排斥したという。
第二王子は王妃の産んだ子だが、それはあくまでも第一王子である現王太子殿下に何か有ったときのための存在で、現在王太子妃殿下との間に複数の王子に恵まれている事を思えばほぼこの第二王子は王宮内での役割は終わったとも言える。
もともと王座に就きたいと思っていたわけでも無いから爵位をもらって臣籍降下して領地で夫人と共にのんびりしているらしい。

ただ、ここから下の王子は王妃の子では無い。第三王子は亡くなっている。詳しくは分からないが事故を装ってらしい。
そもそも第三王子の生母であるファヒナ妃は相当酷い嫌がらせを受けてみるみる痩せていったという。王妃からの指示で侍女達や騎士達すらファヒナ妃を貶め、わざと恥をかくよう儀礼や式典で敢えて慣例に則らない偽りの情報を吹き込んだり、何をしても失敗するよう誘導して精神的に追い詰めてその命を縮めた。
そして第4王子であるウチの王子も毒殺しようとして、その身代わりに前大聖女様が亡くなった。
第5王子は視力を失い、第6王子はお声が出なくなるような薬を使われたという。
我らがエレオノール王子が毒殺されそうになった一件では、人伝に聞いた王太子殿下が王妃様に詰問したらしい。
アレクシス王太子殿下は幼少の頃からずっと王妃から必ずや王位を継ぐようにと言い聞かされていたがそのプレッシャーに毅然と立ち向かって期待に応えるべく多大な努力をしてこられた。
その一方で、王位継承権のライバルなどと厭う事無く、弟妹の事はとても可愛がるお方だったのだ。第二王子の事も勿論だが、第三王子も。ラーラ王女の事も、当時まだ王女として会っていたエレオノール王子の事もお忙しい中時間を割いてまで会いに来てくれたし折々の贈り物も絶やした事が無かった。しかも贈り物はよほどの事が無い限りはご本人が持っていらして手渡し、僅かの時間であっても共に過ごしたというし、そしてそれはどの弟にも変わらない態度であったと。

そんなくらいだからエレオノール王子が毒殺されかけた話は王太子にとってかなりショックでにわかには信じられなかったし、詰問した際には王妃様が己の罪を認めなかったから、その時はお母上の言葉を信じてしまったという事だ。
だが、こと第5王子のお眼が見えなくなった時にはさすがに「もうやめてください母上」と泣いて責めたという。その辺から王妃と王太子の関係性はギクシャクしだし、王妃は精神的にちょっと不安定になり始めたとの事だ。

第5と第6王子はどちらも元王妃付きの侍女サリア妃がご生母である。第5王子は今13歳、第5王子は11歳でいらっしゃる。
第5王子をサリア妃が身ごもられた後、王太子の命で厳重な警備が敷かれたという。
それでも網の目を潜って遅効性で銀食器に反応が現れない毒を与え続けられて第6王子はお声が出ないお体になってしまわれた。
事情を知る一部の関係者の中では王太子と王妃様がほぼ決裂したと言っても良い出来事として認識されている。

俺は王妃様には一度お目にかかりたいと思っていた。
話を聞くだに『王妃派』と呼ばれている一派は実際のところ今の王妃様とは関係ないのでは無いかと言う気がしてきているからだ。
王太子殿下がまだ太子として冊立される以前であれば次々と他の王子を排そうとする動きもある程度分からなくも無い。
ただ、アレクシス様は正妃のご長男であり、しかも優秀だ。そしてこれといって問題を持たない第二王子もご自身の、つまりは正妃の王子でもある。
それでありながら次々と側妃の王子達をそうまで執拗に排除しようとしたのは、どことなく病的ですら有る。いや、病んでいたんだろう。

で、もしかすると病んでいる事でどこかに幽閉されているのでは?などとも思ってしまっている。
だって、公式的には王妃様はずっとずっと寝たきりの陛下に付き添って看病しているから表に出ていらっしゃらないと言われているのに、俺たちがご挨拶に行くときだけ席を外すの?
と言うかそもそも王妃様って日頃どこにいらっしゃるの?ずっと陛下の看病でお側に居て、自室というのはお持ちで無いの?王宮内での移動は一際されないの?
・・・まあ、余計な詮索なんだけど。

そんな事を考えながら明日の段取りに思いを馳せていたら、神妙な表情だったせいか王子が心配そうに「不安ですか?」と訊いてきた。
俺はふと顔を上げて一瞬逡巡したけど「・・・はい」と応えた。
「何も心配はいりません。大司祭は、・・・神殿はもうすっかりあなたの味方です」
「不安なのは、この先本当に殿下のお為になれるかどうか。重責を果たせるかどうか、です」
俺の言葉の意味を反芻したらしき間があってから、少し申し訳なさげに声を落として。
「・・・急に伴侶に、なんて戸惑った事でしょうね。でも、私は結構前から考えていたのですよ」
「結構前・・・?ですか?」
「・・・ハヌガノ渓谷で皆で昼食を摂ったときにあなたが『欲しければ自分でプロポーズする』と言ったのを聞いたときから。・・・そうか、その手があったか、と。あんなタイミングでプロポーズするというのは想定外でしたけど。でもあの瞬間、このチャンスを逃したらきっともうあなたを手に入れられないと思って・・・」
「手に入れ・・・って・・・、私は最初から私の全ては殿下のものだと宣言したではありませんか」
「主従的な意味では、ですよね?」
ウッと言葉に詰まってしまった。そんな俺を見て苦笑を漏らして王子は立ち上がった。
ご退室の合図だ。俺も立ち上がりお見送りの体勢に入る。
「明日からは違う意味で私のものです。・・・明日も明後日も大切な儀式がありますから、ゆっくり眠って体調を整えてくださいね」
そう言いながら俺の手を握って頬を寄せた。「殿下・・・」俺は操られているように呟く。
「殿下に触れることをお許しください」
王子はすばらしく高貴な微笑みで「許します」と応えた。
俺は乱暴なくらいに強く抱きしめて唇を重ねた。

その夜、何とも妙な夢を見た。
夢の中で、これは夢だと分かっているタイプのもので。
神殿の三柱女神像が高窓からの光芒に照らされ、そのうちに無数の例のシャボン玉が周囲を取り巻き、仄かに、虹色に発光し始める。
そのうち女神を取り巻く光なのか、女神が発光しているのか分からないくらい女神像の輪郭がぼやけてくる。
ふと見るとなぜか祭壇の上に一糸まとわぬエレオノール王子が横たわっている。
彫像のように美しいその白い裸体は仰向けに横たえられ微動だにしない。
元は女神達だった虹色の光が王子の周辺を取り巻き煌めき揺れる。
じわじわと光が王子に浸透していき、王子自身がぼんやりと発光しているように見え始める。夢の中で俺は一歩一歩王子に近づいているのだろう。だんだんとその悩ましいお姿が近づき手の届く位置に。
薄らとレースのような銀の縁取りが震えて菫色の艶めきが覗く。潤んだ瞳がこちらを捉える。
いつの間にか俺は吸い寄せられるように覆い被さり、獣のように王子を犯していた。
王子の痴態、俺の額や背中を伝う汗、周囲の生温かな白い霧。交わる熱い吐息。
これは夢なんだとどこかで思いながらも、妙に生々しくて・・・。
生々しいんだけど、じゃあ、俺のあそこを入れてる感触が有ったかと問われればそれは無かった。と、思う。
夢自体のムード全般の妖しさでテンション上がってる感じはあるけど、さすがに知らない感覚は無意識下でも再現できないのか。
だけど。
目が覚めたときには、ドッと落ち込んだ。
なんつー夢を見てるんだ、俺。しかも久しぶりに下着汚しているし。

早朝こっそりとバスルームでパンツ洗っていたらミックに見つかった。
叱られはしなかったけど意味深な目つきでほくそ笑まれ。
「ふぅ~ん、たじろいでる風だったのに意外に結構盛り上がっているんじゃ無いですか」

ぐぬぅ、お前、性格悪いな!
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