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第四章
#71 御前試合もどき
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よく晴れた日だった。
丘の向こうには手入れのよく行き届いた色鮮やかな庭園の奥に宮殿と言っても差し支えのない豪奢な屋敷が白壁に陽光を受け輝く。
アマリガル侯爵邸の敷地内では有るものの、なだらかに続く丘の木立の中にはいくつものテーブルが並べられ、屋敷の料理人達がケータリング状態で色とりどりの軽食やスイーツ、ドリンクなどが並べられている長テーブルの前に並び立ち給仕をしている姿がある。
既にそこには多くの人々が集まりごった返していた。既に飲み物を片手に談笑している貴族達も居る。
貴族院議員のご夫妻、あるいはご令息を伴っている方も居る様子だ。
どうみても俺の能力を証明する為の御前試合もどきと言うよりトップクラスの王侯貴族達を集めた大規模なお茶会という方が良いのかも知れない。
あっという間に済んでしまったら場をしらけさせるのではという懸念すら湧いてくる。
魔道庁長官と彼に付き従う役付きの魔法使い数名と魔道具研究開発部の面々。
そして、なぜか頼んでいないのに警備のためという大義名分のもとに自主的に押し寄せてきた第一騎士団の先輩達。
当然ながら王太子殿下ご夫妻がいらっしゃるというので、近衛騎士団も配備されている。
因みに勿論アマリガル侯爵お抱えの私兵騎士団も居る。
広く見晴らしの良い場所が四方を丘に囲まれた底の方にあり、そのすり鉢状に近い場所はまさに天然の闘技場とも言えそうだ。
そこを望める最も良い角度の丘の上に異国風の天幕が幾つか設置されていた。
王族用の天幕には少し高く上げた床も設置されており柱もしっかりしていて天幕と言うより四阿のようでもある。
しっかりした柵もあり、赤い絨毯の上に両殿下用の立派な玉座もサイドテーブルも設置されている。
きっとアマリガル侯爵邸の使用人はあれからろくに寝ずに働く事になったのではないだろうか。万全の設えに「さすが!」と、感心するもちょっと同情する。
そのうちのひとつ、一番横長だが質素な天幕の下にはいかにも庶民の服装で取材のための帳面や双眼鏡、そして記録石や特別貸し出しの鑑定石を準備した新聞社の取材陣が何社も駆けつけてスタンバっている。
まずはこの賑々しいイベント会場の取材を既に始めているらしい記者もいる。中には観覧のために訪れた貴族院議員のご夫妻や、第一騎士団の先輩達に聞き込みを始めている者も。
王族用の天幕ではなく、端っこの方のテーブルにエレオノール王子がナーノ様とホランド様を従えていらした。いつもと違う黒いローブでこっそり見に来たような様子だ。
ひとしきりごった返す中、必死にアマリガル侯爵夫人が令息を伴いあちらこちらからの挨拶を受けていた。
宰相ご夫妻の姿もあり、ハリオンス公爵夫妻も。一応俺も挨拶に行く。
勿論アマリガル侯爵夫妻にも挨拶しに行ったよ。敵意むき出しだったけどね。でもまあそりゃ仕方ないよね。だってホントに俺のせいでこんな一大イベントの支度を正味一日半で準備しなきゃいけない羽目になったんだから(笑)
いやぁ~、それにしても一体何のための集まりなんだろうね。スゲーな。
新聞社の取材陣にシンソネオ魔道庁長官から「今日準備してきた鑑定魔道具はあなた方の会社で手に入れられる最高位のレベルのもの?レベル低いと正確な取材は出来ないと思うよ」と確認されていた。
案の定取材陣の中には「えっ」と慌てるグループもいくつかあり。
魔道庁長官は「君たちにはホント、正確な取材をして欲しいんだよ。じゃあ、これを貸してあげるから。傷つけたり汚したりしないように気をつけてね」と言って結構がっちりした大仰な造りの鑑定石の乗っているメカっぽいものを取材陣用天幕に一台運ばせた。
同じものは王族用天幕にも設置してある。
レベルの低い鑑定石だと、その石の持つ魔力よりも強い力を持つ魔法使いにかかると正しく鑑定できなくなる妨害魔法を受ける恐れがあるのだとか。
その道具はかぎりなく魔道庁長官の“眼”に近い精度で見られるとの事。勿論完全に追いつけては居ないのだけど。
だから多分『アームズ同化』というのは知られてしまうだろう。
そして・・・どうでも良い事だけど、俺が童貞というのも・・・まあ、晒されちゃうんだな。
ひとしきり宴もたけなわになってきたとき、ファンファーレが鳴りアマリガル侯爵のご挨拶があった。
見るとえらく汗だくで目の下にもクマがあり、この僅かな間にやつれた感じだ。
そして挨拶の口上が終わると王族用のテントに向け屋敷の方からパラソルを差し掛けられながら王太子殿下ご夫妻がしずしずとやって来られた。皆、両脇からそれぞれに臣下の礼を取り両殿下の通り過ぎるのを待ってから頭を上げる。
両殿下が着席されたあと、他の皆さんもそれぞれが適当な場所に着席したり疑似闘技場である丘の底を望める木陰に身を寄せたりした。
こういうのの段取りってどうなってんの?
とりあえず王太子殿下ご夫妻の玉座の前にあるスロープの下の方に膝をついて騎士礼をしてみた。
そして王太子殿下並びに妃殿下に拝謁の栄誉に浴せた感謝の口上を述べる。王太子殿下はきらきらしい美丈夫で、本当に爽やか。妃殿下もお優しそうなたおやかな貴婦人で「今日は楽しみにしていますよ」と柔らかい口調で励ましてくださった。
ところで、俺が両殿下にご挨拶し始めたあたりで既に取材を始めている記者団からざわめきが。
噂には聞いていたけど、本当に魔力がゼロなんだな、と言うようなモノ。
一部貴族院の方々からは嘲笑が起きる。
そして、屋敷の塔が見える丘の上の方から一人のイケメンが大剣を携えて現れた。
俺よりは若干小柄な黒髪の若者。
俺は目を瞠る。
なぜならこのイケメン、微妙にハーフっぽくはあるがどことなく日本人の血が入っているように見えるのだ。
彼も召喚者なのか?と思った。呆然としている俺の横まで歩を進め、跪いて王太子ご夫妻に騎士礼を捧げた。
「そなたは・・・転生者なのか?」
鑑定アイテムのステータス画面を見ながら驚きを隠さない王太子殿下のお言葉にアマリガル侯爵はドヤ顔で応える。
「この者は他国の召喚者の子孫であります」
「お初にお目にかかります。王太子殿下妃殿下に拝謁賜り光栄に存じます。コタロウ・カンノカワと申します。」
コタロウ・カンノカワ・・・どう聞いても日本人名だよね。そして微妙に武士っぽくもある。
異世界で武士に会えたら俺スゲー感動する!
そんで、転生者なのか。そして召喚者の子孫、と。武器を手にしていない今の俺には相手の素性を読む事は出来ないが、そうなのか。
だがこのコタロウ・カンノカワさん、なんだかちょっとギラギラというかピリピリとしていて不健康そう。
・・・いや、御前試合だと言われていたらピリピリもするか。
早速レフェリー役の団長の声がかかって疑似闘技場の中央に誘導される。
降りていく途中で振り返り、俺はエレオノール王子に立礼をした。
その仕草で王太子が王子の存在にやっと気づき、「なぜそんなところに居る。こちらにおいで」と王族席に手招きした。
そのまま王族席の天幕内でご観覧ということに。
スロープをおりながら俺は魔法袋からカムハラヒを取り出す。
丘の上の方が微妙にざわついた。
そして団長が指示する場所で向かい合う。カムハラヒを持ったから相手の魔力が分かるしある程度の情報が頭に降りてくる。
やはり彼のご先祖様に当たる他国の召喚者ってのは武士だったらしい。
そして、彼自身もご先祖様からの伝承なのか多少は剣術の素地がある様子。
年齢は18歳らしい。年下じゃん!佇まいが落ち着いているから年下とは思えなかったけど。俺なんかよりよほど剣士の風格がある。
どうやら思ったより簡単には決着付けられなさそうだな。それならそれで願ったりだ。
この世界に来てカムハラヒを持って、今まで本気を出せた事がなかったから。
コタロウ君の魔力属性は火と風と光。剣士であると同時に魔法使いとしてのスキルもある。現時点で無敗らしい。さすが転生者ってところなのだろう。
お互い向き合い団長のかけ声で礼をし、それぞれの得物を抜く。
抜刀した瞬間に迸るカムハラヒの魔力。丘の上からどよめきが聞こえた。
コタロウ君も酷く動揺して顔を歪めたが暫しの逡巡の後何かを決意したようにその目が邪悪にすわった。
互いに蹲踞の姿勢になって切っ先を交差する。
立ち姿勢になってからすぐに踏み込む。フェイントだが。誘われて大刀が頸を刈りに来る。
ダッキングして躱すと頭上を爆風が通り過ぎる。すかさず俺は横一文字に薙ぐ。が、それは魔方陣に当たり弾かれる。おぉ、防御魔法!羨ましい。
すぐさま体勢をとりもどす。が、向こうは返す手で今度は低い位置を狙ってくる。
受ける。細い刀身が重量級の大剣と切り結んでいるのはなかなかにヒヤヒヤするが、びくともしない。
この細い刀身にこもっているものはおそらくその大剣とは比べものにならない。
俺ではなくこのカムハラヒこそがチートなんだから。
大剣がパワーで押し弾いて一旦距離を取る。
敵の体勢が整うのを待たず俺は飛びかかって振りかぶる。
コタロウ君が受ける。弾かれる。また斬り掛かる。受け止められる。
そうやって切り結ぶ度にその魔力の風圧みたいなものが周辺に爆風を起こして丘の草原や木立を薙ぎ、観覧席から悲鳴が上がる。
ちらと見たら、エレオノール王子とルネス様とオーデュカ長官がシールドを作り観覧席を保護していた。
レフェリー役の団長はだいぶ遠くに飛ばされていた。足下に二筋ずいぶん踏ん張ったあとが残っては居たけど。
ああ、この手応え!実に気持ちが良い。カムハラヒもそう感じているだろう?手の先から相棒の熱い脈動が伝わってくる。
だが、気持ちが良いのはこちらだけで、相手はこれを共有はしていなかったらしい。
既にコタロウ君は目が血走り息が荒くなっている。それは体力的な原因ではなく、焦りが表に出ているように見える。
「くそっ!」
吐き捨てるように叫んでそのパワーで俺の体を押し飛ばしたあと、強化された跳躍力でとびすさり、大剣に風を集めかまいたちのような小ぶりな風刃を幾つも放ってきた。
俺に防御魔法は使えないから彼のように魔方陣で弾くなんて事は出来ない。風刃だから刃を叩き落とす事も出来ない。
俺に出来る事は。
刹那、彼の放った風よりももっと強力な風を放ちそれに巻き込み天空に放り出した。
より強靱な攻撃を持ってして敵の攻撃を封殺するしかない。
観覧席から驚愕の声が上がったのが聞こえた。
それもそのはず、コタロウ君のカラダもその風に巻き込まれて飛ばされてしまったのだ。
俺はとっさに闇のチェーンを放ってコタロウ君のカラダを捕縛し、引き戻した。
目の前の草床に彼のカラダを下ろす。
彼は何が起こったのか分からない様子で大刀を握りしめ周りを見回してから俺を見てわなわなと震えた。
「こんな、・・・こんなはずは・・・。簡単な仕事だと言った。相手は魔力なんか持たない偽物だと・・・なぜだ・・・」
小さくブツブツ言う声が聞こえる。
「このままでは・・・」
大剣の刀身に光の粒が纏わり始めて刀身自体がぼんやりと光を帯び始める。熱を練っているのだ。
刀身が色を変えて輝き始める。赤く、そして次第にオレンジになり更に白くなってくる。
俺は大きく振りかぶり斬り掛かる。当然に相手はその灼熱の鋼で受ける。切り結びながら俺は闇魔法の力で相手の熱をぐんぐんと吸収していく。
「な、何だと?」
切り結んだ剣を押し合いながら俺はもう一度集中して彼の情報を読み込み直した。
その中には『囚われ人』という気になる情報が。
俺の吸収でぐいぐい魔力を吸い取られているのは実感しているはずだ。
どこか絶望に似た悲痛な悔しさを込めたその眼の色には、それでも縋るような諦めない、諦める事が出来ない食い下がる気迫のようなものが滾っていた。
「・・・お前、囚われているのか?」
思わず口をついて出た俺の言葉にビクリと全身を戦慄かせたと思ったら急に「うおぉぉぉぉっ!」と激高して馬鹿力で俺を押し飛ばした。
もはや修羅の形相で大剣を俺に向けて振り下ろしてくる。彼の持てる全ての魔力を込めて剣自体の威力を何十倍にも増幅させて。
遠くで悲鳴が聞こえる。
彼のパワーのこもった剣は通常よりも大きく見えるくらいに気を放っていたが、俺のカムハラヒはその細身の刀身でそれをブレる事無く掬い上げながら受け止め弾き返した。
濁りのある短い摩擦音のあとに澄んだ鋭い金属音が炸裂し、大剣のブレイド部分が鏡のように昼の陽光を反射しながら回転してはじけ飛んだ。
そのブレイドが草床に音を立てて突き刺さったのを見てコタロウ君は血の気を失って固まった。
丘の上から歓声が聞こえる。
だが。
充血した眼から滂沱の涙を流しながら「まだだっ!まだ負けてねえっ!!」と掴みかかってきた。手首を返して後ろ手に巻き込み草の上に突っ伏せる。
「放せッ、放してくれッ!シュロがっ、シュロが・・・!」
シュロ?
そう思ったときに彼の目が丘の上から見下ろすアマリガル侯爵の姿を捉える。
「待ってくれ!まっまだ勝負は終わってない!まだ負けてねえっ!!」
その必死の懇願を見て俺はまさか、と思った。
「お前、もしや、人質を取られているのか?」
息を呑んで死にそうな表情で俺を振り返るその顔を見て確信した。
「この勝負にお前が勝たないと人質が殺されるのか?」
血がにじみそうなほどに下唇を噛むコタロウ君。
「お前が勝てば助かると?」
くっと辛そうに呻きながら彼は頷いた。「分かった」と言って俺はカムハラヒを地面に突き立て「俺の手が剣から離れたら体当たりしてこい。素手になったらお前の勝ちだったってことにしろ」と小声で言ってカムハラヒの柄から手を放した。
そもそもこの集まりは「勝ち負け」が焦点ではなかったはずだ。
素手では魔力ゼロの俺だが、ひとたび武器を持てば人並み外れた魔力込みの攻撃力を持つ。それを証明するのが目的だったはずだ。
だから素手の俺なら勝ちに拘る必要など無い。
俺に突進したまま転がる。
「そのまま押さえつけて俺の顔を殴れ」
逡巡して動きが鈍った。
「グズグズすんな!不審に思われる!早く殴れ、お前は勝たなきゃなんないんだろ?大事な人が危ないんだろ?」
コタロウ君は一瞬悲しい顔をしたが何か雄叫びを上げて目をつぶりながら俺の顔を何発も殴った。
いい加減ボコられまくった段階で団長が止めに入った。
そして、丘の上に向かって一礼するよう促される。
俺は突き立てたカムハラヒを抜いて鞘に収めた。その際も、俺が触れた瞬間にカムハラヒが膨大な魔力を放ったのが鑑定アイテム越しに見えたらしくざわめきが起きた。
一礼したあと顔を上げたら「近う参れ」と手招きしている王太子の両脇で妃殿下と俺の王子が口許を押さえて青ざめていた。
俺は鼻血と、唇も口の中も切れてたし顔のあちこちの腫れもありキモい顔になっていたんだと思う。
怖がらせてすんません。
丘の向こうには手入れのよく行き届いた色鮮やかな庭園の奥に宮殿と言っても差し支えのない豪奢な屋敷が白壁に陽光を受け輝く。
アマリガル侯爵邸の敷地内では有るものの、なだらかに続く丘の木立の中にはいくつものテーブルが並べられ、屋敷の料理人達がケータリング状態で色とりどりの軽食やスイーツ、ドリンクなどが並べられている長テーブルの前に並び立ち給仕をしている姿がある。
既にそこには多くの人々が集まりごった返していた。既に飲み物を片手に談笑している貴族達も居る。
貴族院議員のご夫妻、あるいはご令息を伴っている方も居る様子だ。
どうみても俺の能力を証明する為の御前試合もどきと言うよりトップクラスの王侯貴族達を集めた大規模なお茶会という方が良いのかも知れない。
あっという間に済んでしまったら場をしらけさせるのではという懸念すら湧いてくる。
魔道庁長官と彼に付き従う役付きの魔法使い数名と魔道具研究開発部の面々。
そして、なぜか頼んでいないのに警備のためという大義名分のもとに自主的に押し寄せてきた第一騎士団の先輩達。
当然ながら王太子殿下ご夫妻がいらっしゃるというので、近衛騎士団も配備されている。
因みに勿論アマリガル侯爵お抱えの私兵騎士団も居る。
広く見晴らしの良い場所が四方を丘に囲まれた底の方にあり、そのすり鉢状に近い場所はまさに天然の闘技場とも言えそうだ。
そこを望める最も良い角度の丘の上に異国風の天幕が幾つか設置されていた。
王族用の天幕には少し高く上げた床も設置されており柱もしっかりしていて天幕と言うより四阿のようでもある。
しっかりした柵もあり、赤い絨毯の上に両殿下用の立派な玉座もサイドテーブルも設置されている。
きっとアマリガル侯爵邸の使用人はあれからろくに寝ずに働く事になったのではないだろうか。万全の設えに「さすが!」と、感心するもちょっと同情する。
そのうちのひとつ、一番横長だが質素な天幕の下にはいかにも庶民の服装で取材のための帳面や双眼鏡、そして記録石や特別貸し出しの鑑定石を準備した新聞社の取材陣が何社も駆けつけてスタンバっている。
まずはこの賑々しいイベント会場の取材を既に始めているらしい記者もいる。中には観覧のために訪れた貴族院議員のご夫妻や、第一騎士団の先輩達に聞き込みを始めている者も。
王族用の天幕ではなく、端っこの方のテーブルにエレオノール王子がナーノ様とホランド様を従えていらした。いつもと違う黒いローブでこっそり見に来たような様子だ。
ひとしきりごった返す中、必死にアマリガル侯爵夫人が令息を伴いあちらこちらからの挨拶を受けていた。
宰相ご夫妻の姿もあり、ハリオンス公爵夫妻も。一応俺も挨拶に行く。
勿論アマリガル侯爵夫妻にも挨拶しに行ったよ。敵意むき出しだったけどね。でもまあそりゃ仕方ないよね。だってホントに俺のせいでこんな一大イベントの支度を正味一日半で準備しなきゃいけない羽目になったんだから(笑)
いやぁ~、それにしても一体何のための集まりなんだろうね。スゲーな。
新聞社の取材陣にシンソネオ魔道庁長官から「今日準備してきた鑑定魔道具はあなた方の会社で手に入れられる最高位のレベルのもの?レベル低いと正確な取材は出来ないと思うよ」と確認されていた。
案の定取材陣の中には「えっ」と慌てるグループもいくつかあり。
魔道庁長官は「君たちにはホント、正確な取材をして欲しいんだよ。じゃあ、これを貸してあげるから。傷つけたり汚したりしないように気をつけてね」と言って結構がっちりした大仰な造りの鑑定石の乗っているメカっぽいものを取材陣用天幕に一台運ばせた。
同じものは王族用天幕にも設置してある。
レベルの低い鑑定石だと、その石の持つ魔力よりも強い力を持つ魔法使いにかかると正しく鑑定できなくなる妨害魔法を受ける恐れがあるのだとか。
その道具はかぎりなく魔道庁長官の“眼”に近い精度で見られるとの事。勿論完全に追いつけては居ないのだけど。
だから多分『アームズ同化』というのは知られてしまうだろう。
そして・・・どうでも良い事だけど、俺が童貞というのも・・・まあ、晒されちゃうんだな。
ひとしきり宴もたけなわになってきたとき、ファンファーレが鳴りアマリガル侯爵のご挨拶があった。
見るとえらく汗だくで目の下にもクマがあり、この僅かな間にやつれた感じだ。
そして挨拶の口上が終わると王族用のテントに向け屋敷の方からパラソルを差し掛けられながら王太子殿下ご夫妻がしずしずとやって来られた。皆、両脇からそれぞれに臣下の礼を取り両殿下の通り過ぎるのを待ってから頭を上げる。
両殿下が着席されたあと、他の皆さんもそれぞれが適当な場所に着席したり疑似闘技場である丘の底を望める木陰に身を寄せたりした。
こういうのの段取りってどうなってんの?
とりあえず王太子殿下ご夫妻の玉座の前にあるスロープの下の方に膝をついて騎士礼をしてみた。
そして王太子殿下並びに妃殿下に拝謁の栄誉に浴せた感謝の口上を述べる。王太子殿下はきらきらしい美丈夫で、本当に爽やか。妃殿下もお優しそうなたおやかな貴婦人で「今日は楽しみにしていますよ」と柔らかい口調で励ましてくださった。
ところで、俺が両殿下にご挨拶し始めたあたりで既に取材を始めている記者団からざわめきが。
噂には聞いていたけど、本当に魔力がゼロなんだな、と言うようなモノ。
一部貴族院の方々からは嘲笑が起きる。
そして、屋敷の塔が見える丘の上の方から一人のイケメンが大剣を携えて現れた。
俺よりは若干小柄な黒髪の若者。
俺は目を瞠る。
なぜならこのイケメン、微妙にハーフっぽくはあるがどことなく日本人の血が入っているように見えるのだ。
彼も召喚者なのか?と思った。呆然としている俺の横まで歩を進め、跪いて王太子ご夫妻に騎士礼を捧げた。
「そなたは・・・転生者なのか?」
鑑定アイテムのステータス画面を見ながら驚きを隠さない王太子殿下のお言葉にアマリガル侯爵はドヤ顔で応える。
「この者は他国の召喚者の子孫であります」
「お初にお目にかかります。王太子殿下妃殿下に拝謁賜り光栄に存じます。コタロウ・カンノカワと申します。」
コタロウ・カンノカワ・・・どう聞いても日本人名だよね。そして微妙に武士っぽくもある。
異世界で武士に会えたら俺スゲー感動する!
そんで、転生者なのか。そして召喚者の子孫、と。武器を手にしていない今の俺には相手の素性を読む事は出来ないが、そうなのか。
だがこのコタロウ・カンノカワさん、なんだかちょっとギラギラというかピリピリとしていて不健康そう。
・・・いや、御前試合だと言われていたらピリピリもするか。
早速レフェリー役の団長の声がかかって疑似闘技場の中央に誘導される。
降りていく途中で振り返り、俺はエレオノール王子に立礼をした。
その仕草で王太子が王子の存在にやっと気づき、「なぜそんなところに居る。こちらにおいで」と王族席に手招きした。
そのまま王族席の天幕内でご観覧ということに。
スロープをおりながら俺は魔法袋からカムハラヒを取り出す。
丘の上の方が微妙にざわついた。
そして団長が指示する場所で向かい合う。カムハラヒを持ったから相手の魔力が分かるしある程度の情報が頭に降りてくる。
やはり彼のご先祖様に当たる他国の召喚者ってのは武士だったらしい。
そして、彼自身もご先祖様からの伝承なのか多少は剣術の素地がある様子。
年齢は18歳らしい。年下じゃん!佇まいが落ち着いているから年下とは思えなかったけど。俺なんかよりよほど剣士の風格がある。
どうやら思ったより簡単には決着付けられなさそうだな。それならそれで願ったりだ。
この世界に来てカムハラヒを持って、今まで本気を出せた事がなかったから。
コタロウ君の魔力属性は火と風と光。剣士であると同時に魔法使いとしてのスキルもある。現時点で無敗らしい。さすが転生者ってところなのだろう。
お互い向き合い団長のかけ声で礼をし、それぞれの得物を抜く。
抜刀した瞬間に迸るカムハラヒの魔力。丘の上からどよめきが聞こえた。
コタロウ君も酷く動揺して顔を歪めたが暫しの逡巡の後何かを決意したようにその目が邪悪にすわった。
互いに蹲踞の姿勢になって切っ先を交差する。
立ち姿勢になってからすぐに踏み込む。フェイントだが。誘われて大刀が頸を刈りに来る。
ダッキングして躱すと頭上を爆風が通り過ぎる。すかさず俺は横一文字に薙ぐ。が、それは魔方陣に当たり弾かれる。おぉ、防御魔法!羨ましい。
すぐさま体勢をとりもどす。が、向こうは返す手で今度は低い位置を狙ってくる。
受ける。細い刀身が重量級の大剣と切り結んでいるのはなかなかにヒヤヒヤするが、びくともしない。
この細い刀身にこもっているものはおそらくその大剣とは比べものにならない。
俺ではなくこのカムハラヒこそがチートなんだから。
大剣がパワーで押し弾いて一旦距離を取る。
敵の体勢が整うのを待たず俺は飛びかかって振りかぶる。
コタロウ君が受ける。弾かれる。また斬り掛かる。受け止められる。
そうやって切り結ぶ度にその魔力の風圧みたいなものが周辺に爆風を起こして丘の草原や木立を薙ぎ、観覧席から悲鳴が上がる。
ちらと見たら、エレオノール王子とルネス様とオーデュカ長官がシールドを作り観覧席を保護していた。
レフェリー役の団長はだいぶ遠くに飛ばされていた。足下に二筋ずいぶん踏ん張ったあとが残っては居たけど。
ああ、この手応え!実に気持ちが良い。カムハラヒもそう感じているだろう?手の先から相棒の熱い脈動が伝わってくる。
だが、気持ちが良いのはこちらだけで、相手はこれを共有はしていなかったらしい。
既にコタロウ君は目が血走り息が荒くなっている。それは体力的な原因ではなく、焦りが表に出ているように見える。
「くそっ!」
吐き捨てるように叫んでそのパワーで俺の体を押し飛ばしたあと、強化された跳躍力でとびすさり、大剣に風を集めかまいたちのような小ぶりな風刃を幾つも放ってきた。
俺に防御魔法は使えないから彼のように魔方陣で弾くなんて事は出来ない。風刃だから刃を叩き落とす事も出来ない。
俺に出来る事は。
刹那、彼の放った風よりももっと強力な風を放ちそれに巻き込み天空に放り出した。
より強靱な攻撃を持ってして敵の攻撃を封殺するしかない。
観覧席から驚愕の声が上がったのが聞こえた。
それもそのはず、コタロウ君のカラダもその風に巻き込まれて飛ばされてしまったのだ。
俺はとっさに闇のチェーンを放ってコタロウ君のカラダを捕縛し、引き戻した。
目の前の草床に彼のカラダを下ろす。
彼は何が起こったのか分からない様子で大刀を握りしめ周りを見回してから俺を見てわなわなと震えた。
「こんな、・・・こんなはずは・・・。簡単な仕事だと言った。相手は魔力なんか持たない偽物だと・・・なぜだ・・・」
小さくブツブツ言う声が聞こえる。
「このままでは・・・」
大剣の刀身に光の粒が纏わり始めて刀身自体がぼんやりと光を帯び始める。熱を練っているのだ。
刀身が色を変えて輝き始める。赤く、そして次第にオレンジになり更に白くなってくる。
俺は大きく振りかぶり斬り掛かる。当然に相手はその灼熱の鋼で受ける。切り結びながら俺は闇魔法の力で相手の熱をぐんぐんと吸収していく。
「な、何だと?」
切り結んだ剣を押し合いながら俺はもう一度集中して彼の情報を読み込み直した。
その中には『囚われ人』という気になる情報が。
俺の吸収でぐいぐい魔力を吸い取られているのは実感しているはずだ。
どこか絶望に似た悲痛な悔しさを込めたその眼の色には、それでも縋るような諦めない、諦める事が出来ない食い下がる気迫のようなものが滾っていた。
「・・・お前、囚われているのか?」
思わず口をついて出た俺の言葉にビクリと全身を戦慄かせたと思ったら急に「うおぉぉぉぉっ!」と激高して馬鹿力で俺を押し飛ばした。
もはや修羅の形相で大剣を俺に向けて振り下ろしてくる。彼の持てる全ての魔力を込めて剣自体の威力を何十倍にも増幅させて。
遠くで悲鳴が聞こえる。
彼のパワーのこもった剣は通常よりも大きく見えるくらいに気を放っていたが、俺のカムハラヒはその細身の刀身でそれをブレる事無く掬い上げながら受け止め弾き返した。
濁りのある短い摩擦音のあとに澄んだ鋭い金属音が炸裂し、大剣のブレイド部分が鏡のように昼の陽光を反射しながら回転してはじけ飛んだ。
そのブレイドが草床に音を立てて突き刺さったのを見てコタロウ君は血の気を失って固まった。
丘の上から歓声が聞こえる。
だが。
充血した眼から滂沱の涙を流しながら「まだだっ!まだ負けてねえっ!!」と掴みかかってきた。手首を返して後ろ手に巻き込み草の上に突っ伏せる。
「放せッ、放してくれッ!シュロがっ、シュロが・・・!」
シュロ?
そう思ったときに彼の目が丘の上から見下ろすアマリガル侯爵の姿を捉える。
「待ってくれ!まっまだ勝負は終わってない!まだ負けてねえっ!!」
その必死の懇願を見て俺はまさか、と思った。
「お前、もしや、人質を取られているのか?」
息を呑んで死にそうな表情で俺を振り返るその顔を見て確信した。
「この勝負にお前が勝たないと人質が殺されるのか?」
血がにじみそうなほどに下唇を噛むコタロウ君。
「お前が勝てば助かると?」
くっと辛そうに呻きながら彼は頷いた。「分かった」と言って俺はカムハラヒを地面に突き立て「俺の手が剣から離れたら体当たりしてこい。素手になったらお前の勝ちだったってことにしろ」と小声で言ってカムハラヒの柄から手を放した。
そもそもこの集まりは「勝ち負け」が焦点ではなかったはずだ。
素手では魔力ゼロの俺だが、ひとたび武器を持てば人並み外れた魔力込みの攻撃力を持つ。それを証明するのが目的だったはずだ。
だから素手の俺なら勝ちに拘る必要など無い。
俺に突進したまま転がる。
「そのまま押さえつけて俺の顔を殴れ」
逡巡して動きが鈍った。
「グズグズすんな!不審に思われる!早く殴れ、お前は勝たなきゃなんないんだろ?大事な人が危ないんだろ?」
コタロウ君は一瞬悲しい顔をしたが何か雄叫びを上げて目をつぶりながら俺の顔を何発も殴った。
いい加減ボコられまくった段階で団長が止めに入った。
そして、丘の上に向かって一礼するよう促される。
俺は突き立てたカムハラヒを抜いて鞘に収めた。その際も、俺が触れた瞬間にカムハラヒが膨大な魔力を放ったのが鑑定アイテム越しに見えたらしくざわめきが起きた。
一礼したあと顔を上げたら「近う参れ」と手招きしている王太子の両脇で妃殿下と俺の王子が口許を押さえて青ざめていた。
俺は鼻血と、唇も口の中も切れてたし顔のあちこちの腫れもありキモい顔になっていたんだと思う。
怖がらせてすんません。
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ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
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