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第四章
#65 えっ、俺が抱かれる方ってことですか
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翌朝は普通に早朝に起きてまた王城内の裏方を走り込みしながら通り過ぎて出勤。
甲冑の拭き掃除などしてるウチに先輩達が次々と入ってくる。
休暇が明けて、オルタンスさんは勿論アロンさんやビルオッドさん達、遠征隊で一緒だった先輩達全員、次々と出勤してきた。
「ダイ、お前休みの間も来てたんだってな!」
「休めるときに休まなくてどうするんだよ」
「普通に休んでるこっちが怠け者に見えちまうだろ!」
等々小突かれながらもみくちゃにされた。
聞き慣れた声とノリが嬉しい。
その日は我々は警邏の日だったから、通常制服がまだ支給されていない俺は詰め所に行ってコレもまた貸し出してもらった。
かなり黒みの強い臙脂のロング丈の団服で詰め襟。襟と袖には金モールラインの縁飾りを施され、肩章も金モール。但しフリンジ飾りなどは無くラインと第一騎士団の小さいエンブレムだけ。で黒い太いベルトと同質の剣帯。長ブーツも黒。そして庇とベルトが黒く中央にエンブレムの付いたケピ帽。
ケピ帽は深くかぶって目元に影が出来るようにするとカッコいいぜと先輩が教えてくれた。そして、白い手袋。
皆、それぞれ愛用の剣を腰に佩く。俺のカムハラヒは大刀だから背中に担ぐが、中には同じように大剣を担ぐ形の人が数人居る。槍を持った人やダガーを左右に帯びている人も居る。
何十班かに分かれて王都の城下を二列に並んでパトロールする。一班だいたい15~20人くらい。
予想はしていたけどやはり練り歩いていると周囲に人が集まってくる。ちゃんと道を避けてくれるんだが見物人は集まってくる。やっぱり騎士団はみんなの憧れなんだなあ。
ちびっ子達なんてみんなキラキラした目で見てるし、若い女性なんか黄色い声出して走って集まってくるもんな。そんな風にキャッキャ言われながら集まられると照れくさい。
先輩達は慣れているようですましているけど、子供に呼ばれると手を振ってあげたりして何気に優しさアピール。
途中途中の都市警吏の詰め所によって異常が無いかどうかを確かめていくのも仕事の一環。詰め所の担当者のサインをもらって行く。
途中神殿が見えた。アロンさんが「ここがソニスの居る神殿だ」と教えてくれた。
併設されている孤児院の柵から子供達が我々騎士団一行を見て「騎士様だー」と言いながら手を振っていた。ここがソニスの育った孤児院なのかと思うと何だか感慨深かった。
その日は特段の問題も無く帰城する。
貸し出しの制服を戻して手早く片付け図書館に向かう。
既にデュシコス様が個室を押さえてくれていた。ルネス様も居る。
そこで俺はいつもの貴族院名鑑の学習を始める。
先だって呼び出された中には数名知らない人物がいたから身が入った。ノートを付けながらふと思いだして、この後王子の離宮に呼ばれている事を話した。
「ああ、多分採寸だろう」
「採寸?」
「一ヶ月後の夜会用にな」
「えっ、昨日着たあの制服で出席するんだと思いましたが別のものを新調するのですか?」「そりゃあ。だってお前、夜会に出席するのは初めてだろう?ましてやほぼ主役だ。」
そうか、そう言われてしまうと・・・。しかしなぜ殿下の離宮で採寸を?と訊いたら二人に頭を抱えてため息を吐かれた。
「そういえば、明後日の週末はどうするのだ?何か予定があるのか?」
デュシコス様に訊かれて俺はハッとした。そういえばもう週末なんだ。
王都に帰還して三日のお休みもらって、二日通常出勤したのにその後また二日休日じゃん。休んで良いのか?普通に。休みすぎじゃね?とは思ったが。
「王都には当然転移ポータルはあるんですよね?」
「勿論あるが、三日以上前に予約入れておかないと間に合わないかもな。転移先にも寄るが。何だ?ホツメルにでも行くのか?」
「お見通しですね」
「まあな。お前の事だから気にしているとは思っていた」
「その件なんですが・・・」
俺はお二人に、都市整備庁の人に会うにはどうしたら良いのかを訊ねた。会ってどうするのかを訊かれたから「実はし尿の利用方法で思うところがあって・・・」
まだ糞尿に拘る俺に呆れつつも笑って応えてくれるお二人。何とか渡りを付けてもらえるようだ。
デュシコス様とルネス様のご厚意に頼って整備庁の人に会える事になって浮かれながら王子の離宮を訪ねた。
要件は予想通り採寸だったのだが、出入りの商会がかなりの頭数でやって来た。
当然王子のご用命な訳で、会頭自らがその場を取り仕切るのだけど、採寸係も複数でかなり細かく、その間にデザイナーがカタログを見せながら王子の意見を聞き入れザッと図案を描いてみたりその間にナーノ様が生地を選んだりする。ボタンやアクセサリーや縁飾りに用いられる金糸や金やら宝石やらの見本なども並べているスタッフもいる。
俺はそこで何が決められて行っているのかも、紛糾しているのかもさっぱり分からない。ただ、同時に王子の衣装も決められて行っている際に、いくつかある案のうち「召喚者様はどちらがお好きですか?」とか「召喚者様から見てどれを殿下が付けておられると好ましいですか?」などと選択を委ねられる事もあった。感じたままを言うと、「じゃあそれで」と決まってしまう事も有ったからかなりビビった。
商会の一団が去ってしまった後はナーノ様の淹れてくれたお茶で一休みした。
その際に。
「宰相夫人からお茶会のお誘いが来ました。あなたのところへも今頃届いているはずです」えっもう?早ッ!奥様やる気満々じゃないですか!
「きっと夜会に向けダンスのご指導もされるんでしょうね」
つ、つまり一ヶ月でマスターせよと?不安しかない。
実際部屋に戻ってみたら本当に招待状が来ていた。
事前に王子から聞いていたから驚きは無かったが。
それよりもミックの顔が腫れている事の方が気になった。どう見ても殴られた痕だ。
年頃の男の子だから喧嘩くらいしてもおかしくはないけど、そういうキャラでも無いよな?
「どうしたの?それ」と訊いても「何でもありませんちょっとぶつけただけです」と気まずそうに顔を背けられる。
一応様々な体罰経験者としてはぶつけただけなのか殴られたのかの区別は出来るけどね。
でも、本人が話したくないなら今はまだそっとしておこう。
続くようなら話は別だけど。
翌朝いつものように裏方さんコースを走っていると、昨日もいた椅子を直してたドワーフのおじさんがいた。今日は井戸の滑車を直している。
俺は挨拶がてら立ち止まりおじさんに話しかけた。
おじさんの名はボルゴさん。
実は今俺の頭の中にはホツメルのし尿処理のシステムとして、燃料利用を考えている。動物の糞が燃料になる事はほとんどの人が知っている。
冒険者達も馬に乗るものはその糞を燃料に利用するのは普通だし、城塞の外で牧畜をしている農家は煮炊きも牛やロバの糞を利用したりもしている。下々の者はふんだんに魔石を入手できないからな。
けどそれは一般に草食動物の糞に限定される。肉食や雑食動物の糞は草食動物のそれに比べると煙が多く使いにくいからだ。
だがそれは糞そのものを燃やすから。俺が実現したいのはそれから発生するガスを燃料利用する事。
現代日本なら論理としては誰にだってすぐ理解できるし、それを実現するのも難しくは無いだろう。都市全体で、などというと規模的に採算が合わない事情もあるから実用化ならないけど。
でも、この世界だとまず魔法ありきで、大抵のものは魔法や魔石で済まそうとするから理工系の知識や技術が今ひとつなんだ。
魔力にも恵まれず魔石も手にできない貧民層でも薪を拾ってくれば燃料になるし。ただし、良い薪は売ってしまう。だから貧民街で使われるのは温度が低く煙が多い。
貧民街の民に目の悪い人が多いのはその煙の所為もある。
元々資源って、先に需要があるんだよな。熱源が欲しいから薪や石炭を必要とする。
けども、し尿の利用はその論理が逆なんだ。溢れかえっているあれらを放置しておく事が害だから可能な限り消費しようと。
とにかく何でも良いから策を講じないと、せっかく王子の力で浄化したあの貧民街の路地はまた元のあの状態に戻ってしまう。
それが良い事じゃないって誰だって分かっているはずだ。
俺はドワーフのボルゴさんに、これこれこういった目的で使うものを作れないかなあと相談してみた。
地面に木の枯れ枝で図を描きながら説明するといくつかの質問を受け、話を詰めていく。ブツブツ何か言いながらボルゴさんが考え込み、そのうち「まあ、じゃあ、ちょいと試しに雛形でも作ってみるわ」と言ってくれた。
今日は珍しく到着が30分前になってしまったぜ。思いのほかボルゴさんと話し込んでしまった。
俺が部室・・・否、ロッカールームに入ると既に数人の先輩が支度をしていた。
「おはようございます」と言いながらドアを開けた瞬間振り返った数人は、俺に悪意を向けている。日頃から俺の事をあまりよく思っていない一派だ。
まあ、そういう人も居るよな。相性の問題だと思ってやり過ごし自分の支度を始めると。
「えせ召喚者様は今日はごゆっくりだったんですね」
嫌みな口調で言った。
「ああ、今朝はちょっと途中で人と話し込んじゃって。でも遅刻はしてませんよね」
俺の言葉は無視してジロジロ見ながらそばに寄ってきた。
その間に少しずつ他の先輩達も入って来たのだが、皆俺たちの様子を見て眉を寄せいぶかしんでいる様子。そのうち最初からいた悪意ある数人が「もしや殿下のお部屋からご出勤ですか?」「夜のおつとめご苦労様です」などと言い出した。
後から入ってきた先輩が「おい、やめろ」と割って入ろうとするがそれを押しのけて「こんな男娼と一緒に訓練なんぞ出来るかッ」と行って簡易な木の椅子を俺に向かって蹴り飛ばした。
俺は「男娼?」と思わず復唱してしまう。最初に絡み始めた一人が「とぼけるなよ。良いご身分だな」と手に持っていた新聞を投げつけてきた。
俺が拾って読もうとするといつの間にか入ってきていたアロンさんが横からそれを奪い「こんなの見なくていい」ともみくちゃにして捨てようとしたから「え、ちょっと待ってくださいよ」と取り返す。
広げる俺の手を邪魔しようとしたけどそれを躱しながら広げる。
それはいわゆるゴシップ系の新聞ではあったがでかでかと『召喚者は偽者?手違い?魔力ゼロの失敗召喚者にもかかわらず、その肉体で王子を籠絡か』だとか面白おかしそうな記事が載っていた。
ラストの文節が意味不明なんだけど。
俺の肉体って・・・。ぶふっと思わず吹き出してしまった。
「何笑ってんだよ!」
相手は激高するが俺は思わず記事の内容を読み込んでしまう。
『かかる召喚術には莫大な国費を投じる必要があり、その失敗した際のリスクなどから再三にわたり貴族院の反対を受けていたにもかかわらず、魔力に自信のあった王子は強引に最高司祭や宰相を巻き込み召喚術を敢行。』
むっ、何か流れ的に王子悪いみたいな方向に持って行こうとする論調に?
『準備不足は否めなかったと関係者は語る』
いや、この関係者って誰だよ?
『・・・当初の目的だった救世の勇者には遠く及ばない魔力ゼロのただの異世界人を召喚した結果に終わった』
いつの間にか勇者召喚になってんだ。まあ『剣』より説得力あるか。けど、それなら間違いなく俺は偽者だ。
オルタンスさんは無言で取り上げようとしたがそれも躱す。ここからが笑えます。
『ただ、この異世界人は素晴らしく性的で魅力的な容姿をしており、一目で王子は恋に落ちてしまった。この不埒な異世界人に王子が完全に籠絡されるのにさしたる時間はかからなかった』
「・・・ですってよ!読んだ?オルタンスさん、コレ読んだ?・・・俺、性的・・・ぐっ・・・ぶほ・・・俺の容姿・・・って、ねえコレだよ?」
アロンさんとオルタンスさんが苦い表情で俺を見ているのすら可笑しかった。
このイケメンの宝庫第一騎士団で最も地味顔でガタイも貧相なのに?
いやここが日本なら俺は貧相じゃ無い方だけど、ここの兄貴達マジ凄いから。筋肉祭りだから。
いつの間にかロッカールームにいる先輩達はぎゅうぎゅうに増えていて、気がつくと俺を囲うように向こうを向いている集団には討伐隊メンバーの先輩達が揃ってた。
ビルオッドさんなどはマジギレっぽくて今にも突っ込んでいきそうなのをイグファーさんに無言で止められている。
「ジギス!てめえ、自分が何言ってんのか分かってんのか?」
「何キレてんだよ!おうおう、そっち側のお兄さん達は皆さん全員遠征の時にそこの男娼に気持ちよくしてもらったって事ですかぁ?」
奥からファドフロスさんが飛びかかりかけたのを「待った!」と俺は肩を掴んで止めた。「ちょっと待って!え?男娼って事は・・・俺ひょっとしてやられる方って設定なの?」
ひしめき合うむさ苦しい先輩達が息を呑んだ。
あちこちで鼻息が聞こえる。なんかムンムンする。部室のニオイ甚だしい。
「ないわー。ちょっと待って、じゃあ殿下にも俺抱かれてる事になってるの?そういう意味で肉体で・・・ぐふっ、籠絡したって思われてんの?ねえ、ねえ、まさかのそっち?」
俺はもう可笑しくなってしまって笑いをこらえるのもギブだった。
「だいたい俺だよ?俺で勃つヤツなんていんのかよ?」
その発言に息を止めてキョドり始めた先輩が何人かいた・・・。え?・・・ちょっ・・・
「いや、俺はお前さえその気になってくれればいつでも勃つ」
俺の肩に手を置きながらアロンさんが酷くイイ笑顔で言った。何人かの先輩達が唾を飲む気配が。その変な熱でロッカールーム内の気温が3度くらい上がった。
「全くその気にはなってもらえなかったけどな。でも、お前の殿下に対する気持ちは真剣だって分かってるから応援する事に決めたんだ」
うっ、アロンさん良いやつ。前半ちょっとビミョーだったけど。
「確かに俺ら遠征の時ずいぶんダイにはイイ思いさせてもらったよ。何しろコイツはメシが美味かったから。コイツが嫁になってくれたらって何度も思った」
「ええっ、ニコラントさん、婚約者いるんじゃ・・・」
「・・・壊滅的なメシマズなんだ。・・・まあ、愛してるがな」
ちょっと部屋中に同情的な空気が漂った。一瞬みんなの心が一つになった。
「もうそろそろこのくだらない茶番も終わらせないと時間が迫ってるぞ」
オルタンスさんがイケボで割って入る。そしてジギス先輩の背後をぐるっと見回して。
「この中に鑑定眼の素養が有るものは鑑定してみろ。今のダイの魔力はどうだ」
「いや全然」「全くない」「確かにゼロだな」
あちらこちらで声がする。ジギス先輩達は「ほらみろ」と笑い始めた。オルタンスさんが目配せすると壁に掛かっていた真剣をビルオッドさんが持って俺に差し出す。
オルタンスさんが顎をしゃくって「抜け」と言うからいわれたとおりに持って抜いた。
その瞬間放出する魔力。カムハラヒでは無いからパワーはかなり控えめだけど。
「うわっ」みんながビックリして仰け反ったりぶつかり合ったりしていた。
「・・・なっ、ど、・・・どういう・・・」
魔力の圧に押されたのか身を避けるようによじったジギス先輩達がかなり動揺していた。
外から銅鑼の音がする。
訓練開始10分前の合図に急激にロッカールーム内は騒然として先輩達が装備の装着もそこそこに飛び出していく。
俺の背を押しながらオルタンスさんはジギス先輩達を振り返ってイケボで告げる。
「副団長に時間をもらっておいてやる。荷物を纏めろ。ダイがその記事通りえせ召喚者ならともかく真の召喚者である以上はお前達の言葉は不敬罪だ」
言葉を失ったジギス先輩達を室内に残して、俺たちは銅鑼の音の方に向かって走った。
甲冑の拭き掃除などしてるウチに先輩達が次々と入ってくる。
休暇が明けて、オルタンスさんは勿論アロンさんやビルオッドさん達、遠征隊で一緒だった先輩達全員、次々と出勤してきた。
「ダイ、お前休みの間も来てたんだってな!」
「休めるときに休まなくてどうするんだよ」
「普通に休んでるこっちが怠け者に見えちまうだろ!」
等々小突かれながらもみくちゃにされた。
聞き慣れた声とノリが嬉しい。
その日は我々は警邏の日だったから、通常制服がまだ支給されていない俺は詰め所に行ってコレもまた貸し出してもらった。
かなり黒みの強い臙脂のロング丈の団服で詰め襟。襟と袖には金モールラインの縁飾りを施され、肩章も金モール。但しフリンジ飾りなどは無くラインと第一騎士団の小さいエンブレムだけ。で黒い太いベルトと同質の剣帯。長ブーツも黒。そして庇とベルトが黒く中央にエンブレムの付いたケピ帽。
ケピ帽は深くかぶって目元に影が出来るようにするとカッコいいぜと先輩が教えてくれた。そして、白い手袋。
皆、それぞれ愛用の剣を腰に佩く。俺のカムハラヒは大刀だから背中に担ぐが、中には同じように大剣を担ぐ形の人が数人居る。槍を持った人やダガーを左右に帯びている人も居る。
何十班かに分かれて王都の城下を二列に並んでパトロールする。一班だいたい15~20人くらい。
予想はしていたけどやはり練り歩いていると周囲に人が集まってくる。ちゃんと道を避けてくれるんだが見物人は集まってくる。やっぱり騎士団はみんなの憧れなんだなあ。
ちびっ子達なんてみんなキラキラした目で見てるし、若い女性なんか黄色い声出して走って集まってくるもんな。そんな風にキャッキャ言われながら集まられると照れくさい。
先輩達は慣れているようですましているけど、子供に呼ばれると手を振ってあげたりして何気に優しさアピール。
途中途中の都市警吏の詰め所によって異常が無いかどうかを確かめていくのも仕事の一環。詰め所の担当者のサインをもらって行く。
途中神殿が見えた。アロンさんが「ここがソニスの居る神殿だ」と教えてくれた。
併設されている孤児院の柵から子供達が我々騎士団一行を見て「騎士様だー」と言いながら手を振っていた。ここがソニスの育った孤児院なのかと思うと何だか感慨深かった。
その日は特段の問題も無く帰城する。
貸し出しの制服を戻して手早く片付け図書館に向かう。
既にデュシコス様が個室を押さえてくれていた。ルネス様も居る。
そこで俺はいつもの貴族院名鑑の学習を始める。
先だって呼び出された中には数名知らない人物がいたから身が入った。ノートを付けながらふと思いだして、この後王子の離宮に呼ばれている事を話した。
「ああ、多分採寸だろう」
「採寸?」
「一ヶ月後の夜会用にな」
「えっ、昨日着たあの制服で出席するんだと思いましたが別のものを新調するのですか?」「そりゃあ。だってお前、夜会に出席するのは初めてだろう?ましてやほぼ主役だ。」
そうか、そう言われてしまうと・・・。しかしなぜ殿下の離宮で採寸を?と訊いたら二人に頭を抱えてため息を吐かれた。
「そういえば、明後日の週末はどうするのだ?何か予定があるのか?」
デュシコス様に訊かれて俺はハッとした。そういえばもう週末なんだ。
王都に帰還して三日のお休みもらって、二日通常出勤したのにその後また二日休日じゃん。休んで良いのか?普通に。休みすぎじゃね?とは思ったが。
「王都には当然転移ポータルはあるんですよね?」
「勿論あるが、三日以上前に予約入れておかないと間に合わないかもな。転移先にも寄るが。何だ?ホツメルにでも行くのか?」
「お見通しですね」
「まあな。お前の事だから気にしているとは思っていた」
「その件なんですが・・・」
俺はお二人に、都市整備庁の人に会うにはどうしたら良いのかを訊ねた。会ってどうするのかを訊かれたから「実はし尿の利用方法で思うところがあって・・・」
まだ糞尿に拘る俺に呆れつつも笑って応えてくれるお二人。何とか渡りを付けてもらえるようだ。
デュシコス様とルネス様のご厚意に頼って整備庁の人に会える事になって浮かれながら王子の離宮を訪ねた。
要件は予想通り採寸だったのだが、出入りの商会がかなりの頭数でやって来た。
当然王子のご用命な訳で、会頭自らがその場を取り仕切るのだけど、採寸係も複数でかなり細かく、その間にデザイナーがカタログを見せながら王子の意見を聞き入れザッと図案を描いてみたりその間にナーノ様が生地を選んだりする。ボタンやアクセサリーや縁飾りに用いられる金糸や金やら宝石やらの見本なども並べているスタッフもいる。
俺はそこで何が決められて行っているのかも、紛糾しているのかもさっぱり分からない。ただ、同時に王子の衣装も決められて行っている際に、いくつかある案のうち「召喚者様はどちらがお好きですか?」とか「召喚者様から見てどれを殿下が付けておられると好ましいですか?」などと選択を委ねられる事もあった。感じたままを言うと、「じゃあそれで」と決まってしまう事も有ったからかなりビビった。
商会の一団が去ってしまった後はナーノ様の淹れてくれたお茶で一休みした。
その際に。
「宰相夫人からお茶会のお誘いが来ました。あなたのところへも今頃届いているはずです」えっもう?早ッ!奥様やる気満々じゃないですか!
「きっと夜会に向けダンスのご指導もされるんでしょうね」
つ、つまり一ヶ月でマスターせよと?不安しかない。
実際部屋に戻ってみたら本当に招待状が来ていた。
事前に王子から聞いていたから驚きは無かったが。
それよりもミックの顔が腫れている事の方が気になった。どう見ても殴られた痕だ。
年頃の男の子だから喧嘩くらいしてもおかしくはないけど、そういうキャラでも無いよな?
「どうしたの?それ」と訊いても「何でもありませんちょっとぶつけただけです」と気まずそうに顔を背けられる。
一応様々な体罰経験者としてはぶつけただけなのか殴られたのかの区別は出来るけどね。
でも、本人が話したくないなら今はまだそっとしておこう。
続くようなら話は別だけど。
翌朝いつものように裏方さんコースを走っていると、昨日もいた椅子を直してたドワーフのおじさんがいた。今日は井戸の滑車を直している。
俺は挨拶がてら立ち止まりおじさんに話しかけた。
おじさんの名はボルゴさん。
実は今俺の頭の中にはホツメルのし尿処理のシステムとして、燃料利用を考えている。動物の糞が燃料になる事はほとんどの人が知っている。
冒険者達も馬に乗るものはその糞を燃料に利用するのは普通だし、城塞の外で牧畜をしている農家は煮炊きも牛やロバの糞を利用したりもしている。下々の者はふんだんに魔石を入手できないからな。
けどそれは一般に草食動物の糞に限定される。肉食や雑食動物の糞は草食動物のそれに比べると煙が多く使いにくいからだ。
だがそれは糞そのものを燃やすから。俺が実現したいのはそれから発生するガスを燃料利用する事。
現代日本なら論理としては誰にだってすぐ理解できるし、それを実現するのも難しくは無いだろう。都市全体で、などというと規模的に採算が合わない事情もあるから実用化ならないけど。
でも、この世界だとまず魔法ありきで、大抵のものは魔法や魔石で済まそうとするから理工系の知識や技術が今ひとつなんだ。
魔力にも恵まれず魔石も手にできない貧民層でも薪を拾ってくれば燃料になるし。ただし、良い薪は売ってしまう。だから貧民街で使われるのは温度が低く煙が多い。
貧民街の民に目の悪い人が多いのはその煙の所為もある。
元々資源って、先に需要があるんだよな。熱源が欲しいから薪や石炭を必要とする。
けども、し尿の利用はその論理が逆なんだ。溢れかえっているあれらを放置しておく事が害だから可能な限り消費しようと。
とにかく何でも良いから策を講じないと、せっかく王子の力で浄化したあの貧民街の路地はまた元のあの状態に戻ってしまう。
それが良い事じゃないって誰だって分かっているはずだ。
俺はドワーフのボルゴさんに、これこれこういった目的で使うものを作れないかなあと相談してみた。
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今日は珍しく到着が30分前になってしまったぜ。思いのほかボルゴさんと話し込んでしまった。
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「おはようございます」と言いながらドアを開けた瞬間振り返った数人は、俺に悪意を向けている。日頃から俺の事をあまりよく思っていない一派だ。
まあ、そういう人も居るよな。相性の問題だと思ってやり過ごし自分の支度を始めると。
「えせ召喚者様は今日はごゆっくりだったんですね」
嫌みな口調で言った。
「ああ、今朝はちょっと途中で人と話し込んじゃって。でも遅刻はしてませんよね」
俺の言葉は無視してジロジロ見ながらそばに寄ってきた。
その間に少しずつ他の先輩達も入って来たのだが、皆俺たちの様子を見て眉を寄せいぶかしんでいる様子。そのうち最初からいた悪意ある数人が「もしや殿下のお部屋からご出勤ですか?」「夜のおつとめご苦労様です」などと言い出した。
後から入ってきた先輩が「おい、やめろ」と割って入ろうとするがそれを押しのけて「こんな男娼と一緒に訓練なんぞ出来るかッ」と行って簡易な木の椅子を俺に向かって蹴り飛ばした。
俺は「男娼?」と思わず復唱してしまう。最初に絡み始めた一人が「とぼけるなよ。良いご身分だな」と手に持っていた新聞を投げつけてきた。
俺が拾って読もうとするといつの間にか入ってきていたアロンさんが横からそれを奪い「こんなの見なくていい」ともみくちゃにして捨てようとしたから「え、ちょっと待ってくださいよ」と取り返す。
広げる俺の手を邪魔しようとしたけどそれを躱しながら広げる。
それはいわゆるゴシップ系の新聞ではあったがでかでかと『召喚者は偽者?手違い?魔力ゼロの失敗召喚者にもかかわらず、その肉体で王子を籠絡か』だとか面白おかしそうな記事が載っていた。
ラストの文節が意味不明なんだけど。
俺の肉体って・・・。ぶふっと思わず吹き出してしまった。
「何笑ってんだよ!」
相手は激高するが俺は思わず記事の内容を読み込んでしまう。
『かかる召喚術には莫大な国費を投じる必要があり、その失敗した際のリスクなどから再三にわたり貴族院の反対を受けていたにもかかわらず、魔力に自信のあった王子は強引に最高司祭や宰相を巻き込み召喚術を敢行。』
むっ、何か流れ的に王子悪いみたいな方向に持って行こうとする論調に?
『準備不足は否めなかったと関係者は語る』
いや、この関係者って誰だよ?
『・・・当初の目的だった救世の勇者には遠く及ばない魔力ゼロのただの異世界人を召喚した結果に終わった』
いつの間にか勇者召喚になってんだ。まあ『剣』より説得力あるか。けど、それなら間違いなく俺は偽者だ。
オルタンスさんは無言で取り上げようとしたがそれも躱す。ここからが笑えます。
『ただ、この異世界人は素晴らしく性的で魅力的な容姿をしており、一目で王子は恋に落ちてしまった。この不埒な異世界人に王子が完全に籠絡されるのにさしたる時間はかからなかった』
「・・・ですってよ!読んだ?オルタンスさん、コレ読んだ?・・・俺、性的・・・ぐっ・・・ぶほ・・・俺の容姿・・・って、ねえコレだよ?」
アロンさんとオルタンスさんが苦い表情で俺を見ているのすら可笑しかった。
このイケメンの宝庫第一騎士団で最も地味顔でガタイも貧相なのに?
いやここが日本なら俺は貧相じゃ無い方だけど、ここの兄貴達マジ凄いから。筋肉祭りだから。
いつの間にかロッカールームにいる先輩達はぎゅうぎゅうに増えていて、気がつくと俺を囲うように向こうを向いている集団には討伐隊メンバーの先輩達が揃ってた。
ビルオッドさんなどはマジギレっぽくて今にも突っ込んでいきそうなのをイグファーさんに無言で止められている。
「ジギス!てめえ、自分が何言ってんのか分かってんのか?」
「何キレてんだよ!おうおう、そっち側のお兄さん達は皆さん全員遠征の時にそこの男娼に気持ちよくしてもらったって事ですかぁ?」
奥からファドフロスさんが飛びかかりかけたのを「待った!」と俺は肩を掴んで止めた。「ちょっと待って!え?男娼って事は・・・俺ひょっとしてやられる方って設定なの?」
ひしめき合うむさ苦しい先輩達が息を呑んだ。
あちこちで鼻息が聞こえる。なんかムンムンする。部室のニオイ甚だしい。
「ないわー。ちょっと待って、じゃあ殿下にも俺抱かれてる事になってるの?そういう意味で肉体で・・・ぐふっ、籠絡したって思われてんの?ねえ、ねえ、まさかのそっち?」
俺はもう可笑しくなってしまって笑いをこらえるのもギブだった。
「だいたい俺だよ?俺で勃つヤツなんていんのかよ?」
その発言に息を止めてキョドり始めた先輩が何人かいた・・・。え?・・・ちょっ・・・
「いや、俺はお前さえその気になってくれればいつでも勃つ」
俺の肩に手を置きながらアロンさんが酷くイイ笑顔で言った。何人かの先輩達が唾を飲む気配が。その変な熱でロッカールーム内の気温が3度くらい上がった。
「全くその気にはなってもらえなかったけどな。でも、お前の殿下に対する気持ちは真剣だって分かってるから応援する事に決めたんだ」
うっ、アロンさん良いやつ。前半ちょっとビミョーだったけど。
「確かに俺ら遠征の時ずいぶんダイにはイイ思いさせてもらったよ。何しろコイツはメシが美味かったから。コイツが嫁になってくれたらって何度も思った」
「ええっ、ニコラントさん、婚約者いるんじゃ・・・」
「・・・壊滅的なメシマズなんだ。・・・まあ、愛してるがな」
ちょっと部屋中に同情的な空気が漂った。一瞬みんなの心が一つになった。
「もうそろそろこのくだらない茶番も終わらせないと時間が迫ってるぞ」
オルタンスさんがイケボで割って入る。そしてジギス先輩の背後をぐるっと見回して。
「この中に鑑定眼の素養が有るものは鑑定してみろ。今のダイの魔力はどうだ」
「いや全然」「全くない」「確かにゼロだな」
あちらこちらで声がする。ジギス先輩達は「ほらみろ」と笑い始めた。オルタンスさんが目配せすると壁に掛かっていた真剣をビルオッドさんが持って俺に差し出す。
オルタンスさんが顎をしゃくって「抜け」と言うからいわれたとおりに持って抜いた。
その瞬間放出する魔力。カムハラヒでは無いからパワーはかなり控えめだけど。
「うわっ」みんながビックリして仰け反ったりぶつかり合ったりしていた。
「・・・なっ、ど、・・・どういう・・・」
魔力の圧に押されたのか身を避けるようによじったジギス先輩達がかなり動揺していた。
外から銅鑼の音がする。
訓練開始10分前の合図に急激にロッカールーム内は騒然として先輩達が装備の装着もそこそこに飛び出していく。
俺の背を押しながらオルタンスさんはジギス先輩達を振り返ってイケボで告げる。
「副団長に時間をもらっておいてやる。荷物を纏めろ。ダイがその記事通りえせ召喚者ならともかく真の召喚者である以上はお前達の言葉は不敬罪だ」
言葉を失ったジギス先輩達を室内に残して、俺たちは銅鑼の音の方に向かって走った。
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ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
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