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第四章
#62 鑑定結果
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翌朝また普通に早出勤して甲冑拭きの作業とロッカールームの洗面台の掃除をしてから訓練を始めた。
既に先輩達は俺がいる事に驚かなくなっている。
木剣での素振りでは、俺は教官達の許可をもらってカムハラヒと一緒に購入した木刀を使った。
昨日よりは少し長めだが、やはり通常よりはずっと早めの時間に副団長から切りあげるよう言われた。
素直に従い帰り支度をしていると先輩騎士の一人が慌ててロッカールームに飛び込んできた。
「ダイ!急いで応接室に行け!ルイーサ公爵令息がお見えになっている!」
ルイーサ公爵令息?誰?と一瞬頭をひねったがすぐに思い出した。デュシコス様の事だ。
デュシコス・ポーラス・ノア・ルイーサ公爵令息。
いや既にご自身が子爵位を持っているのだからそちらで呼ぶ方が正式なのだろうけれど、やはり定着しているのは公爵令息の方なのだ。
そして、遠征隊ではファーストネームで呼ぶ事を統一されていたからついつい姓を忘れてしまう。
遠征隊のメンバーの中には姓を持たない者も居る。
特に獣人さん達はほぼ姓を持たない。そういう事情もあり、敢えてファーストネームで呼び合う事にしているのだ。
「遠征が終わって、一緒の行動をしなくなったら例の“貴族院名鑑”の学習はどうするのかと思ってな。夕べ就寝前に気づいたんだが。で、お前の部屋を訪ねたら出勤していると言うでは無いか」
そうだった。それに関しては、では俺の訓練が終わった後に王宮内に有る図書館の、小さめの個室を押さえてそこで実施しようという話になった。
ソレと共に夕べの事も話した。例の、貴族院の重鎮8人に呼び出された上値踏みされた事。
そしてその際デュシコス様とルネス様に教えてもらっていた日頃の学習が非常に役に立ったという事。
王子に対する不敬が甚だしかった事、等々。
「ノール兄様が遠征に参加するようになってから、毎回戻る度に奴らに“非公式”に呼び出され『あなたは元々庶民の血筋なのだから王宮で贅沢に暮らせるご恩返しをするのは当たり前』とか『自分のお力をゆめゆめ過信しすぎませぬよう』とか『大聖女様有ってのあなたです、決してご自身の評価と勘違いされませぬよう』なんていう否定的な事ばかり言われてきたのだ。毎回だぞ!一度少し反論した事が有ったのだが、直後兄様の家庭教師が指導がなっていないと解雇されてしまってだな、それ以来兄様は無抵抗になってしまった」
憤慨しながら語るデュシコス様のくれた情報は「やっぱりモラハラか」と自分の判断を裏付けるものだったけれど、しかしその情報網のすごさが気になった。
訪ねてみる。
「“非公式の聞き取り”では部屋に騎士が控えていただろう。あの中に私の間者がいるのだ」
・・・な、何というか。この方もしっかりとお貴族様なのだと痛感した。
「では今回あのように反論されたのは、よほど・・・」
「まあ、お前が侮辱されたのが許せなかったのだろう。そしてお前に関しては奴らがどこまで手出しできるか未知数な部分もあるからな。まあ、考えられ得る方法としてはお前の事を“えせ召喚者”なとど糾弾して本来『召喚者』に与えられている権利を剥奪しようとするところからなのではないかな」
『召喚者』でなくなったら俺は一体何者になるんだろうか。まあ、一介の平騎士になるだけか。でも『召喚者』では無いが『異世界人』である事は確かだよな。
う~ん、つまりは『役立たずのただの異世界人さん』という呼称に代わるという事か。と考え込んでいたら「まあ、そう悩むな」とデュシコス様。いや、悩んでは・・・。
「この後特に予定は無いのだろう?付いてこい」
命じられるまま付いていく。
長い回廊をどこまでも進むと連れだって歩く貴族達、侍従、護衛騎士や侍女などの姿が減って行き、替わりに行き交う人のほとんどが黒いローブを纏うか、少ないけどフード付きのケープを羽織っている出で立ちの人に変化していく。
魔道棟に入ってきたのだと分かった。
わーここいら歩いている人達ってみんな魔法使いさんなんだ!ファンタジー!密かに脳内で盛り上がる俺。
後で聞いたところによると、緑色のフード付きケープ・・・赤ずきんちゃんみたいなヤツ・・・を羽織っている人は錬金術師さんらしい。
錬金術師になれる人間は国全体から見ても本当にごく少数で、それ故にその才能アリと判断された者は幼少期から国家預かりで研鑽を積まされるらしい。
因みに非人道的に家族に合わせてももらえなくなるなどと言う事は無く、ちゃんと長期休暇とかは家に戻れるらしい。但し護衛付きになるらしいけども。
そして、錬金術師の才能を有する子供はほとんどが庶民で貴族には滅多に現れないらしい。そんなくらいだから昔はこの魔道棟勤めの中では錬金術師を差別する風潮があったらしい。
そんな風潮も、オーデュカ様が今の魔道庁長官に任命されてからは目に見えて改善されていったのだとか。
と言うわけで、連れてこられたところは魔道庁の中でも特別に堅固な結界で囲われている実験棟だ。その棟にはいくつかドアがある。
その突き当たりの一番重々しい青銅の扉の前に立つと門番として立っている魔道騎士がドアを開けてくれる。
その内部は。
ドーム状の天井も貴石で覆われている壁や床もどこもかしこも複雑な魔方陣や呪文が張り巡らされている。
そしてそれらの文字列や図形はゆらゆらと揺らめきながら流れたり、平面上を真横に滑っていたりプロジェクターで動画投影されてでも居るように変化していく。
それだけではなく何も無い空間にも時々蒼白い魔方陣が浮かび上がっては揺らめいたり消えたりしている。
言わせてもらえればこの部屋そのものが魔力を帯びた生命体の内部みたいで、ものすごく禍々しい感じで気持ち悪いくらいだ。
そこには思っていたより多い頭数の人が待っていた。
王子、団長、ナーノ様とホランド様、オルタンスさんも居る。あとは黒いローブの魔法使いさんが二人と、ちょっと見覚えのある貴族の青年三人ほどと・・・。
最初にこちらに近づいて奥へと導いてくれたのは青マントのエレガントで知的な長身の紳士。中年と言うにはまだちょっと若いが青年と言うには落ち着いている。
ああ、この人は、召喚の儀の時に居た人だ。と思ったら、そういえばここに居る人はみんなあの召喚の時に居た人達なんじゃないかと思った。何となく見覚えがあるような気がするのだ。あの時居た全員では無いけど。
紳士ににこやかに挨拶をされた。
「実は初めましてでは無く、二度目ましてなのだが覚えていないだろうね。私は宰相のアルマンド・マリオン・ノル・アンゼラクノス」
「いえ、覚えております。召喚の儀の場にいらっしゃいました。お久しぶりでございます。再びお目にかかれて光栄です。アンゼラクノス宰相閣下。第一騎士団所属、ダイと申します」
背を伸ばし踵を打ち付け立礼をした。宰相はやんわりと微笑みボサボサ頭のオーデュカ様を紹介してくれる。
「こちらがこの魔道棟のトップである魔道庁長官オーデュカ・シンソネオ」
「俺も二度目ましてなんだけど」
「勿論覚えております。あの折は大変申し訳なく、お目にかかってお詫びをする機会を持ちたいと願っておりました。シンソネオ魔道庁長官」
「え、お詫び?なんで?」
「長官が心血を注ぎ込んで展開した召喚の儀が失敗に終わり疲労困憊でお倒れになったと伺いましたので」
「・・・・・・」
奥の方でオルタンスさんが眉間を押さえたのが見えた。
暫し絶句したあと長官はブハッと吹き出し、「いや、倒れたのは君のせいじゃないから」と下げかけた上半身を押し戻された。
「これからそれを確認するために来てもらったんだよ」
「それ・・・とは」
「失敗だったのかどうかってこと。・・・まあ確かに君はどう見ても人間で『剣』じゃないよ。だから『剣』を召喚するのが目的だった我々からしたら、その部分に於いては成功とは言えない状態かも知れない。でも、討伐の映像を見る限り、君はちゃんと異世界人としてのチート能力の片鱗を見せてくれているからね。最も大元のラーラ様を救い出せるチカラを得たのなら我々にとっては少なくとも『失敗』ではないと言えるだろう?」
俺は愕然とした。良い意味で。
「そんな風に思っていただけるのですか?」
感激のあまり、少し前のめりで訪ねてしまった。長官はビビりながら「ちょ、近いよ!」と後ずさった。
「ど、ドキドキするから、あまり近づかないでくれ」
確かに思わず鼻先あと5センチくらいまで近づいてしまった。失礼しました。
どうも間近で見たら長官は意外に童顔だった。そして王子より少し小さい。無精髭とか無ければアイドル顔なんじゃ無いだろうか。おいくつなんだろう。これで宰相と同じトシとか言われたらかなりビックリ仰天なんだが。
「じゃあ、オーデュカ、始めてくれ」
宰相が指示を下す。
「いや、さっきからもう見てるよ。ん~~、まあ、何も無いね。職業、騎士。スキルに料理というのがあるけど。へえ。何だか色々と小さい“能力”がいっぱい有るんだ。ああ、でも基本HPは高いんだね。あと、は。・・・この剣道4段とか居合道2段とか、珠算3級とか・・・?英検?漢検?・・・って何?“剣”と言うからには元の世界での剣術の事かな?それから・・・音楽、楽器何か出来るの?」
「出来ると言うほどでは・・・。数年間だけピアノを習わされていた事と、中学生の時・・・あ、13歳から15歳まで通う学問所ですが、その頃に友達がバンドやるからってベースやらされていた事が・・・。バンドというのはそれぞれが違う楽器を持って演奏したり歌ったりするグループの事で、ベースというのはその中で弦が4本だけの楽器です」
「ダンスが出来る?ウインナワルツって何?」
「クセの有る速いテンポの、3拍子の社交ダンスです。学園祭の時に覚えさせられました」
「なんだ、多才だな」という団長の声が聞こえた。「いやでも、囓った程度ですし、ヘタですよ」と俺。
「へえ、ダンスできるんだ。それは楽しみだね」と貴族青年の誰かがなぜか王子に。
大学の学祭でナツコ先輩の相手が急に盲腸になったから俺がかり出されたんだった。ヒールを履いたナツコ先輩と釣り合うのが俺だけだからとか何とか言われて。猛特訓させられたなあ。
オーデュカ・シンソネオ長官は鑑定しているとき、少し瞳が赤く光る。元々の色が茶色いから臙脂っぽくなるんだけど。コレって、王子が凄く集中して魔法を練っているときこうなるって教えてもらった気が・・・。
しかし、そんな事まで鑑定できるんだ。バンドなんて僅か半年間、それも一日1、2時間程度、週に二回くらいしかやってなかったのに。
「なるほど、君の家の血筋は何代か前、武家?武士?ってなってるけど元の世界の騎士みたいなもん?」
「厳密に言えば武士と騎士は違うのですが、そう思っていただいても構いません」
しばらくふむふむと何やら見られていて、何があばかれているんだろうかと終いにはヒヤヒヤしてきた。
そして、急に「えっ?」と言って顔を赤らめて「うそっ、童貞なの?」と口元を押さえて真っ赤になる長官。吹き出す団長とオルタンスさんとホランドさん。
宰相はじめ貴族の方々や魔法使いさんたちは微妙な困惑顔。
なぜか王子が注目を浴びていて真っ赤になって両手で顔を隠す。
デュシコス様だけ一人憮然としながら。
「オーデュカ、出歯亀はやめろ。つまりこの状態だと特別突出したスキルは無いし、魔力も無いって事で良いな?肝心なのはここからなのだぞ」
「ここから?」俺が問うと。
「そうだ、ダイ、あの元の世界仕様の剣を出せ。持ってきているんだろう?」
俺は魔法袋からカムハラヒを取り出した。
「おぉっ?」
長官が目を見開いて後ずさった。「抜け」デュシコス様が命じる。それに従っておもむろに抜刀し青眼に構えた。
その瞬間魔力が一気に吹き出して広い部屋の端まで届くほどに迸る。。
長官は、うわぁっと声を上げて尻餅をつき、宰相も瞠目して数歩下がった。
魔法使いさんと貴族青年達は、うわとかぎぇっとか変な声を出したあとに「すごい、鑑定できない俺でも分かった!」「魔獣の威圧に近い・・・」などと呟いていた。
「す、すごい、すごい、すごすぎる!!ああ、ああ、そうか、そうなのか!!なんてことだ、なんてことなんだ!そんな事があるのか」
長官は尻餅をついたまま上気し、声を裏返しながら興奮しはじめた。
「殿下、失敗じゃ無かったんですよ!彼のジョブは『聖剣』!聖剣の所持者は殿下です!そして彼は、『聖剣』は、三柱全ての女神の加護を授けられています!そして、防御と治癒に関わる聖魔法以外の全ての属性を持ちますし、レベルは無限大です!!!しかも『聖剣』になるとHPも50000・・・?あ、経験値積むともっとあがるっぽい!・・・もう規格外です!」
「本当か?間違いないんだな!ダイそのものが『聖剣』として召喚されたってことなんだな?」
どこか遠いところで団長が歓喜の声音で叫び王子を始め近場に居たオルタンスさんやナーノ様に次々とハグをしてはしゃいでいた。珍しくナーノ様が黒くない笑顔で「私は早い段階でそうだと思っていましたよ」とドヤ顔。
デュシコス様は宰相と安堵したような表情で笑顔を交わし、青年達や魔法使いさんも半ば歓び半ば信じられないという風にざわついていた。
「そうか。そうですよね。どれ程の優れた剣でもそれを最大限に使いこなせる剣士がいてこそです。まさか剣士とセットってことだったとは!」
なんだか謳うように長官が言い放ち愉快そうに笑い始めた。宰相と王子は手指を組み少し上空を仰ぎながら感謝の祈りを捧げた。青年貴族達も次々とそれに倣う。気がつけばデュシコス様も跪いて天上の女神に祈りを捧げていた。
・・・え、・・・あの、ついて行けてないんだけど・・・。
そんな騒ぎになっている中でナーノ様と団長に押されて王子が俺の傍に駆け寄った。
バラ色に頬を染めて泣きそうな笑顔の王子が呆然と佇む俺の両手を握り。
「あなたは失敗じゃ無かったんですよ。あなたこそが私たちが召喚した『伝説の聖剣』だったんです」
震える声でそう告げると倒れ込むように抱きついて。
「もう、誰にもあなたを外れくじだなんて言わせません!」
既に先輩達は俺がいる事に驚かなくなっている。
木剣での素振りでは、俺は教官達の許可をもらってカムハラヒと一緒に購入した木刀を使った。
昨日よりは少し長めだが、やはり通常よりはずっと早めの時間に副団長から切りあげるよう言われた。
素直に従い帰り支度をしていると先輩騎士の一人が慌ててロッカールームに飛び込んできた。
「ダイ!急いで応接室に行け!ルイーサ公爵令息がお見えになっている!」
ルイーサ公爵令息?誰?と一瞬頭をひねったがすぐに思い出した。デュシコス様の事だ。
デュシコス・ポーラス・ノア・ルイーサ公爵令息。
いや既にご自身が子爵位を持っているのだからそちらで呼ぶ方が正式なのだろうけれど、やはり定着しているのは公爵令息の方なのだ。
そして、遠征隊ではファーストネームで呼ぶ事を統一されていたからついつい姓を忘れてしまう。
遠征隊のメンバーの中には姓を持たない者も居る。
特に獣人さん達はほぼ姓を持たない。そういう事情もあり、敢えてファーストネームで呼び合う事にしているのだ。
「遠征が終わって、一緒の行動をしなくなったら例の“貴族院名鑑”の学習はどうするのかと思ってな。夕べ就寝前に気づいたんだが。で、お前の部屋を訪ねたら出勤していると言うでは無いか」
そうだった。それに関しては、では俺の訓練が終わった後に王宮内に有る図書館の、小さめの個室を押さえてそこで実施しようという話になった。
ソレと共に夕べの事も話した。例の、貴族院の重鎮8人に呼び出された上値踏みされた事。
そしてその際デュシコス様とルネス様に教えてもらっていた日頃の学習が非常に役に立ったという事。
王子に対する不敬が甚だしかった事、等々。
「ノール兄様が遠征に参加するようになってから、毎回戻る度に奴らに“非公式”に呼び出され『あなたは元々庶民の血筋なのだから王宮で贅沢に暮らせるご恩返しをするのは当たり前』とか『自分のお力をゆめゆめ過信しすぎませぬよう』とか『大聖女様有ってのあなたです、決してご自身の評価と勘違いされませぬよう』なんていう否定的な事ばかり言われてきたのだ。毎回だぞ!一度少し反論した事が有ったのだが、直後兄様の家庭教師が指導がなっていないと解雇されてしまってだな、それ以来兄様は無抵抗になってしまった」
憤慨しながら語るデュシコス様のくれた情報は「やっぱりモラハラか」と自分の判断を裏付けるものだったけれど、しかしその情報網のすごさが気になった。
訪ねてみる。
「“非公式の聞き取り”では部屋に騎士が控えていただろう。あの中に私の間者がいるのだ」
・・・な、何というか。この方もしっかりとお貴族様なのだと痛感した。
「では今回あのように反論されたのは、よほど・・・」
「まあ、お前が侮辱されたのが許せなかったのだろう。そしてお前に関しては奴らがどこまで手出しできるか未知数な部分もあるからな。まあ、考えられ得る方法としてはお前の事を“えせ召喚者”なとど糾弾して本来『召喚者』に与えられている権利を剥奪しようとするところからなのではないかな」
『召喚者』でなくなったら俺は一体何者になるんだろうか。まあ、一介の平騎士になるだけか。でも『召喚者』では無いが『異世界人』である事は確かだよな。
う~ん、つまりは『役立たずのただの異世界人さん』という呼称に代わるという事か。と考え込んでいたら「まあ、そう悩むな」とデュシコス様。いや、悩んでは・・・。
「この後特に予定は無いのだろう?付いてこい」
命じられるまま付いていく。
長い回廊をどこまでも進むと連れだって歩く貴族達、侍従、護衛騎士や侍女などの姿が減って行き、替わりに行き交う人のほとんどが黒いローブを纏うか、少ないけどフード付きのケープを羽織っている出で立ちの人に変化していく。
魔道棟に入ってきたのだと分かった。
わーここいら歩いている人達ってみんな魔法使いさんなんだ!ファンタジー!密かに脳内で盛り上がる俺。
後で聞いたところによると、緑色のフード付きケープ・・・赤ずきんちゃんみたいなヤツ・・・を羽織っている人は錬金術師さんらしい。
錬金術師になれる人間は国全体から見ても本当にごく少数で、それ故にその才能アリと判断された者は幼少期から国家預かりで研鑽を積まされるらしい。
因みに非人道的に家族に合わせてももらえなくなるなどと言う事は無く、ちゃんと長期休暇とかは家に戻れるらしい。但し護衛付きになるらしいけども。
そして、錬金術師の才能を有する子供はほとんどが庶民で貴族には滅多に現れないらしい。そんなくらいだから昔はこの魔道棟勤めの中では錬金術師を差別する風潮があったらしい。
そんな風潮も、オーデュカ様が今の魔道庁長官に任命されてからは目に見えて改善されていったのだとか。
と言うわけで、連れてこられたところは魔道庁の中でも特別に堅固な結界で囲われている実験棟だ。その棟にはいくつかドアがある。
その突き当たりの一番重々しい青銅の扉の前に立つと門番として立っている魔道騎士がドアを開けてくれる。
その内部は。
ドーム状の天井も貴石で覆われている壁や床もどこもかしこも複雑な魔方陣や呪文が張り巡らされている。
そしてそれらの文字列や図形はゆらゆらと揺らめきながら流れたり、平面上を真横に滑っていたりプロジェクターで動画投影されてでも居るように変化していく。
それだけではなく何も無い空間にも時々蒼白い魔方陣が浮かび上がっては揺らめいたり消えたりしている。
言わせてもらえればこの部屋そのものが魔力を帯びた生命体の内部みたいで、ものすごく禍々しい感じで気持ち悪いくらいだ。
そこには思っていたより多い頭数の人が待っていた。
王子、団長、ナーノ様とホランド様、オルタンスさんも居る。あとは黒いローブの魔法使いさんが二人と、ちょっと見覚えのある貴族の青年三人ほどと・・・。
最初にこちらに近づいて奥へと導いてくれたのは青マントのエレガントで知的な長身の紳士。中年と言うにはまだちょっと若いが青年と言うには落ち着いている。
ああ、この人は、召喚の儀の時に居た人だ。と思ったら、そういえばここに居る人はみんなあの召喚の時に居た人達なんじゃないかと思った。何となく見覚えがあるような気がするのだ。あの時居た全員では無いけど。
紳士ににこやかに挨拶をされた。
「実は初めましてでは無く、二度目ましてなのだが覚えていないだろうね。私は宰相のアルマンド・マリオン・ノル・アンゼラクノス」
「いえ、覚えております。召喚の儀の場にいらっしゃいました。お久しぶりでございます。再びお目にかかれて光栄です。アンゼラクノス宰相閣下。第一騎士団所属、ダイと申します」
背を伸ばし踵を打ち付け立礼をした。宰相はやんわりと微笑みボサボサ頭のオーデュカ様を紹介してくれる。
「こちらがこの魔道棟のトップである魔道庁長官オーデュカ・シンソネオ」
「俺も二度目ましてなんだけど」
「勿論覚えております。あの折は大変申し訳なく、お目にかかってお詫びをする機会を持ちたいと願っておりました。シンソネオ魔道庁長官」
「え、お詫び?なんで?」
「長官が心血を注ぎ込んで展開した召喚の儀が失敗に終わり疲労困憊でお倒れになったと伺いましたので」
「・・・・・・」
奥の方でオルタンスさんが眉間を押さえたのが見えた。
暫し絶句したあと長官はブハッと吹き出し、「いや、倒れたのは君のせいじゃないから」と下げかけた上半身を押し戻された。
「これからそれを確認するために来てもらったんだよ」
「それ・・・とは」
「失敗だったのかどうかってこと。・・・まあ確かに君はどう見ても人間で『剣』じゃないよ。だから『剣』を召喚するのが目的だった我々からしたら、その部分に於いては成功とは言えない状態かも知れない。でも、討伐の映像を見る限り、君はちゃんと異世界人としてのチート能力の片鱗を見せてくれているからね。最も大元のラーラ様を救い出せるチカラを得たのなら我々にとっては少なくとも『失敗』ではないと言えるだろう?」
俺は愕然とした。良い意味で。
「そんな風に思っていただけるのですか?」
感激のあまり、少し前のめりで訪ねてしまった。長官はビビりながら「ちょ、近いよ!」と後ずさった。
「ど、ドキドキするから、あまり近づかないでくれ」
確かに思わず鼻先あと5センチくらいまで近づいてしまった。失礼しました。
どうも間近で見たら長官は意外に童顔だった。そして王子より少し小さい。無精髭とか無ければアイドル顔なんじゃ無いだろうか。おいくつなんだろう。これで宰相と同じトシとか言われたらかなりビックリ仰天なんだが。
「じゃあ、オーデュカ、始めてくれ」
宰相が指示を下す。
「いや、さっきからもう見てるよ。ん~~、まあ、何も無いね。職業、騎士。スキルに料理というのがあるけど。へえ。何だか色々と小さい“能力”がいっぱい有るんだ。ああ、でも基本HPは高いんだね。あと、は。・・・この剣道4段とか居合道2段とか、珠算3級とか・・・?英検?漢検?・・・って何?“剣”と言うからには元の世界での剣術の事かな?それから・・・音楽、楽器何か出来るの?」
「出来ると言うほどでは・・・。数年間だけピアノを習わされていた事と、中学生の時・・・あ、13歳から15歳まで通う学問所ですが、その頃に友達がバンドやるからってベースやらされていた事が・・・。バンドというのはそれぞれが違う楽器を持って演奏したり歌ったりするグループの事で、ベースというのはその中で弦が4本だけの楽器です」
「ダンスが出来る?ウインナワルツって何?」
「クセの有る速いテンポの、3拍子の社交ダンスです。学園祭の時に覚えさせられました」
「なんだ、多才だな」という団長の声が聞こえた。「いやでも、囓った程度ですし、ヘタですよ」と俺。
「へえ、ダンスできるんだ。それは楽しみだね」と貴族青年の誰かがなぜか王子に。
大学の学祭でナツコ先輩の相手が急に盲腸になったから俺がかり出されたんだった。ヒールを履いたナツコ先輩と釣り合うのが俺だけだからとか何とか言われて。猛特訓させられたなあ。
オーデュカ・シンソネオ長官は鑑定しているとき、少し瞳が赤く光る。元々の色が茶色いから臙脂っぽくなるんだけど。コレって、王子が凄く集中して魔法を練っているときこうなるって教えてもらった気が・・・。
しかし、そんな事まで鑑定できるんだ。バンドなんて僅か半年間、それも一日1、2時間程度、週に二回くらいしかやってなかったのに。
「なるほど、君の家の血筋は何代か前、武家?武士?ってなってるけど元の世界の騎士みたいなもん?」
「厳密に言えば武士と騎士は違うのですが、そう思っていただいても構いません」
しばらくふむふむと何やら見られていて、何があばかれているんだろうかと終いにはヒヤヒヤしてきた。
そして、急に「えっ?」と言って顔を赤らめて「うそっ、童貞なの?」と口元を押さえて真っ赤になる長官。吹き出す団長とオルタンスさんとホランドさん。
宰相はじめ貴族の方々や魔法使いさんたちは微妙な困惑顔。
なぜか王子が注目を浴びていて真っ赤になって両手で顔を隠す。
デュシコス様だけ一人憮然としながら。
「オーデュカ、出歯亀はやめろ。つまりこの状態だと特別突出したスキルは無いし、魔力も無いって事で良いな?肝心なのはここからなのだぞ」
「ここから?」俺が問うと。
「そうだ、ダイ、あの元の世界仕様の剣を出せ。持ってきているんだろう?」
俺は魔法袋からカムハラヒを取り出した。
「おぉっ?」
長官が目を見開いて後ずさった。「抜け」デュシコス様が命じる。それに従っておもむろに抜刀し青眼に構えた。
その瞬間魔力が一気に吹き出して広い部屋の端まで届くほどに迸る。。
長官は、うわぁっと声を上げて尻餅をつき、宰相も瞠目して数歩下がった。
魔法使いさんと貴族青年達は、うわとかぎぇっとか変な声を出したあとに「すごい、鑑定できない俺でも分かった!」「魔獣の威圧に近い・・・」などと呟いていた。
「す、すごい、すごい、すごすぎる!!ああ、ああ、そうか、そうなのか!!なんてことだ、なんてことなんだ!そんな事があるのか」
長官は尻餅をついたまま上気し、声を裏返しながら興奮しはじめた。
「殿下、失敗じゃ無かったんですよ!彼のジョブは『聖剣』!聖剣の所持者は殿下です!そして彼は、『聖剣』は、三柱全ての女神の加護を授けられています!そして、防御と治癒に関わる聖魔法以外の全ての属性を持ちますし、レベルは無限大です!!!しかも『聖剣』になるとHPも50000・・・?あ、経験値積むともっとあがるっぽい!・・・もう規格外です!」
「本当か?間違いないんだな!ダイそのものが『聖剣』として召喚されたってことなんだな?」
どこか遠いところで団長が歓喜の声音で叫び王子を始め近場に居たオルタンスさんやナーノ様に次々とハグをしてはしゃいでいた。珍しくナーノ様が黒くない笑顔で「私は早い段階でそうだと思っていましたよ」とドヤ顔。
デュシコス様は宰相と安堵したような表情で笑顔を交わし、青年達や魔法使いさんも半ば歓び半ば信じられないという風にざわついていた。
「そうか。そうですよね。どれ程の優れた剣でもそれを最大限に使いこなせる剣士がいてこそです。まさか剣士とセットってことだったとは!」
なんだか謳うように長官が言い放ち愉快そうに笑い始めた。宰相と王子は手指を組み少し上空を仰ぎながら感謝の祈りを捧げた。青年貴族達も次々とそれに倣う。気がつけばデュシコス様も跪いて天上の女神に祈りを捧げていた。
・・・え、・・・あの、ついて行けてないんだけど・・・。
そんな騒ぎになっている中でナーノ様と団長に押されて王子が俺の傍に駆け寄った。
バラ色に頬を染めて泣きそうな笑顔の王子が呆然と佇む俺の両手を握り。
「あなたは失敗じゃ無かったんですよ。あなたこそが私たちが召喚した『伝説の聖剣』だったんです」
震える声でそう告げると倒れ込むように抱きついて。
「もう、誰にもあなたを外れくじだなんて言わせません!」
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